偽理凰君の奮闘記   作:空門 志弦

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68話

68話

 

申川りんな視点

 

中部ブロック大会の滑走が間もなく始まる。

私の滑走順は一番だ。

私は何故かよく滑走順のくじで一番を引く。

前は嫌だった一番滑走。

でも今の私は、一番滑走も悪くないと思えるようになった。

 

「一番いい状態の氷で他の人の点とか一切気にせず、その時の自分の最高のパフォーマンスに集中できて思いっきり滑れるって気持ち良くない?」

 

お互い滑走順のくじが偏るもの同士という事で話をしていた時に理凰君が言ったこの言葉は、私にとって大切なお守りだ。

この言葉を聞いてから、私は考え方次第で見方も向き合い方も変えられることに気が付いた。

理凰君のようにまったく緊張しないなんて流石に言えないけど、緊張の中に確かに楽しいという感情をもちこむことが出来るようになった。

 

言葉一つ。

それだけのことだけど、言った相手が理凰君だと価値がまるで変わる。

だって理凰君は、本当に楽しそうに幸せそうに滑るのだ。

きっとスケートをやっている子で、あんなふうに滑りたいと思わない子はいないと思う。

 

理凰君。

私たち、名港ウィンドの人間、特に同世代の選手である私たちにとって本当に特別な人。

性別は違えど間違いなく世代のトップ選手であり、憧れずにいられない奇跡のような滑りをする人。

あの光ちゃんでさえ、時に苦笑交じりに置いて行かれないようにするのが大変だとこぼす努力の人。

 

世間は理凰君の事を簡単に天才なんて言うけれど名港だけでなく時に合宿を共にする愛西の人たちさえ、理凰君をただ天才だなんて呼ばない。

才能がある人なのは間違いないだろうけど、理凰君が凄いのはそこじゃない。

理凰君は自分の才能をどこまでも磨き上げて、徹底的に活かそうとするところこそが凄いのだ。

理凰君はいつも言う。

 

「まずは自分の目指せる最高の到達点を目指すんだ。才能の話はそれからで良いと思うよ」

 

本当に一歳年下? と思った私を誰も責められないと思う。

どこの修験者なのだろう。

でも実際に有言実行されてしまうと、思わされてしまうのだ。

 

まだ私は成長出来ている。

私の最高到達点はここじゃない。

まだ上を目指せる。

がんばれるって。

 

あんなに素敵な滑りを更に日々更新していく理凰君を見ていたら、諦めてしまう事がもったいなくなってしまう。

ほんのすこしの一歩ずつだって、あの滑りに近づいていきたいって思わずにいられない。

スケーターとしての私たちにとって理凰君は、そんな憧れであり彼方にある星のような道しるべ。

 

そして、女の子としての私たちにとっても別の形で憧れの人。

まず、ただでさえ容姿が良い。

鮮やかで輝くような金髪。

透き通った蒼い瞳。

顔立ちだって整っている。

女装していた時は正直敵わないかもと思ってしまったくらいだ。

 

外面だけ切り取ったってそうなのに、内面はそれ以上に魅力的。

大人で、優しく、ユーモアがあって。

そしてこれは光ちゃん以外にとってはある意味欠点にもなるけれど、とても一途だ。

本当に、失恋付き初恋泥棒の名に恥じない。

 

かくいう私も、初恋を盗まれた被害者である。

だってあんなのずるい。

恋をしない方が難しい。

 

スケートの事でつまずいていたら、手を引いて前へ進ませてくれた。

学校の事や友達の事で悩んでいたら、話を聞いて寄り添ってくれた。

助言を求めれば、的確な助言で見事に解決にさえ導いてくれた。

そして、またちゃんと自分の足で歩けるように手を放して、そっと背を押してくれるのだ。

 

光ちゃんがいなければ、迷わず告白していた。

まあでもその場合、きっと恐ろしい修羅場になっていただろう。

ライバルが多いとかいうレベルではない。

 

でもひどいと思う。

理凰君と光ちゃんの関係はあまりに素敵で、女の子だったらあんな恋をしてみたいって誰だって憧れる。

それをずっと見せられ続けるのは、こう、なんというか。

見ていて胸がときめくけど、胸やけしそうにもなるし、羨望に焦がれもするという。

とにかく女の子にはいろんな意味で毒だ。

目の毒だし、気の毒。

 

そんな理凰君は、少し前から今まで一度も見た事がない様子で悩んでいた。

あんな風に人に弱みを見せるような人じゃないから、みんなで凄く心配していた。

理凰君が練習中に目の前で倒れてから、私たちはようやく理凰君の悩みの内容を知った。

 

悩みの中身は移籍についてだった。

薄々気が付いていたけど、最近の理凰君はまともに練習を見てもらえていなかったらしい。

そして、倒れるまで悩んで、とうとう移籍を決めたという。

みんなが動揺した。

理凰君が倒れた事にも、もうすぐいなくなってしまう事にも。

でも雉多さんから聞いたのだ。

 

「なあ、お前ら。理凰はな、言ってたぞ。居心地が良くて離れがたいって。でも、心配は一つもしていないって」

 

離れがたいって、思ってくれていた。

自分が居なくなっても大丈夫だって、信じてくれていた。

 

「だってのに、お前らはそれでいいのか? あいつの信頼を裏切るのか?」

 

答えは決まってた。

 

「良くない、良いわけない! 離れがたいって、心配は一つもないって理凰君が言ってくれたなら…」

 

あきらめた恋だとしたって、決して嘘だったわけじゃない。

それに、憧れは今でもこの胸を焦がし続けてる。

女の子としても、スケーターとしてもだ。

だから。

 

「今度の中部大会で、全日本で、その先の未来でだって、私は自分の滑りで理凰君の信頼にこたえる!」

 

必ずそうする。

女の子としての私とスケーターとしての私。

その双方の一致した決意だった。

 

そして私以外の子達にも火が入った。

そうして私たちは話し合い、一つのことを決めた。

 

中部大会に理凰君を呼ぼう。

そのころには退院予定だから呼ばなくてもきっと応援に来てくれるだろうけど。

そして、この大会だけは私たちみんな、理凰君の為だけに滑ろうと。

 

「シングルスケーターは氷上では一人きりだ。だからちゃんと一人で立って、自分の意志で自分の為に滑るんだ。そのうえで何を背負い、何を想って、何を伝えるかはそれぞれの自由だと思うけどね」

 

いつかみんなで話した時に理凰君はそんなことを言った。

だから私たちは一人で立てる事を理凰君に示す。

私たち自身の意志で、理凰君がこれまでくれたものを背負い、理凰君への想いを胸に、理凰君への感謝と未来への祝福を捧げるために滑る。

みんなでそう決めたのだ。

 

私の名前が呼ばれた。

さあ、滑ろう。

私の淡い恋と、憧れのかぎりを込めて。

 

氷上を滑りだす。

 

もう数か月しかない、一緒に過ごせる時間。

でも、離れたからって何かがなくなるわけじゃない。

スケートを続けていくなら、きっとまた何度だって会える。

 

ジャンプを飛んだ。

理凰君が完成を手伝ってくれた、いくつものジャンプの一つ。

今日だけは、絶対に一つだって失敗しない。

今の私にとっての理想的な着氷。

 

ステップを踏む。

理凰君は、人の滑りを見るのがとても好きで、私たちのステップの練習をいつも楽しそうに見ていた。

今も、楽しんでいてくれたら嬉しい。

 

後半のジャンプ。

前だったら、体力切れで挑戦できなかったジャンプを飛んだ。

見た目はきっと優雅に。

本当はきついけど。

でも飛べた。

理凰君は体力づくりについてはちょっとスパルタだ。

でも、そのおかげで体力不足によるミスはずいぶん減った。

 

そして、最後にスピン。

ああ、気持ちが大事って本当なんだ。

こんなに満足できる滑り、生まれて初めてかもしれない。

 

ねえ、理凰君。

私の滑りは素敵だったかな。

貴方の旅立ちに贈るにふさわしいものだった?

 

そうだったら、とても嬉しい。

まだ少しだけ早いけど。

きっと、その時は私泣いてしまうから、心の中で今のうちに言っておこうと思うんだ。

 

ありがとう、そしてさようなら。

大好きだったよ、私の初恋の人。

貴方の旅路に幸多からんことを願っています。

 

 

 

 

牛川四葉視点

 

氷上で曲を待ちながらりんなちゃんの滑りを思い出す。

 

りんなちゃん、凄かったな。

それに綺麗だった。

そうだよね、りんなちゃんは理凰君の事、好きだったんだもんね。

そばで見ていたら分かる。

 

私は、憧れてはいたけど、恋までは出来なかったな。

だからちょっと羨ましい。

理凰君はあまりに素敵過ぎて、恋の相手としては気後れしちゃった。

 

でも、スケーターとしてなら、みんなに負けないくらいに憧れてるって言える。

それに恋ではないけど、女の子としての気持ちだってないわけじゃない。

 

曲が始まって滑りだした。

 

女の子としての私にとっての理凰君は、一言でいうなら憧れのお兄さんだ。

優しくてとても頼りになる。

スケーティングを何度も見てくれた。

いやな顔一つせず、丁寧に何度も。

 

私が思い出す理凰君はいつだって、優しい笑顔をしている。

だから、理凰君が私にも分かるくらいに顔に出して悩んでいた時、衝撃を受けた。

そんなことは当たり前なのに、理凰君もそんな風に悩むんだって。

 

―――っつ、回転足りない、でも、今日は絶対転ばない。

手をついて、強引に立て直す。

 

私も、きっと他のみんなも、知らないうちに理凰君に甘えてたんだ。

理凰君はとても強くて優しいから。

いつも本当に美味しそうに私が作ってきたお菓子を食べてくれて、凄く嬉しかった。

知らずに甘えていた分を少しでも返せていただろうか。

 

ステップを踏み、振り付けを踊る。

理凰君はいつも私の滑りを可憐だなんてほめてくれた。

褒め方まで何か格好良くて、余計に恥ずかしくなったけど、とても嬉しかった。

 

だから、いつも振り付けは、指先の先の先まで感情をこめて。

また理凰君に褒めてもらえるようにと、いつもこだわった。

そうしていたら、他のみんなにも自慢できる私の武器になっていた。

 

うん、今度のジャンプは完璧に飛べた。

あと少しで完走だ。

 

ねえ理凰君。

私、ちょっとだけ心残りがあるんだ。

憧れるばかりじゃなくて、もう少し踏み込んでいたら、私も理凰君に恋が出来たかなって。

光ちゃんにはかなわないと分かっているけど、せっかくなら理凰君に初恋してみたかったって思うの。

 

これで、最後のスピンだ。

 

もうちょっとだけ時間があって、もう少しだけ年齢を重ねる猶予があったらよかったのに。

でも残念。

時間切れなんだね。

別れた後にまた次に会った時は、もっとスケートが上手になって、奇麗になって驚かせてあげるんだから。

お菓子作りだってもっと上手になって、今よりもっと唸らせてみせる。

 

だからその時までは。

またね、理凰君。

私たちの憧れの人。

 

 

 

 

八木夕凪視点

 

まったくもう。

二人してそんなにハードル上げなくても良くないかな。

曲がりなりにも元ナンバーツーとして、情けない滑り見せられなくなるでしょ。

手を抜く気なんてもとからないけどさ。

 

ねえ、理凰。

いくら私だって、流石にもう気付いてる。

理凰が私に子供でいられる相手を作ってくれていた事。

 

悔しいけど、理凰と違って私のこれは背伸びだって、理凰はわかってたんでしょう?

私は自分で言うのもあれだけど格好つけだから、理凰がいなかったらきっともっと無理して大人ぶってたと思う。

まあ、あの私と話すときの微笑まし気な顔はいまだにムカつくけど。

 

だから、私にとって男の子としての理凰は感謝はあっても恋の対象ではない。

まあ、光ちゃんとの関係は流石に女の子としてちょっと、かなり、羨ましくはあったし憧れたけど。

 

でもスケーターとしては別だ。

光ちゃんが追い続けたい背中とするなら、理凰は…。

やめた。

心の中でだって、こんなの恥ずかしい。

 

さあ、滑ろう。

今の私に出来る最高の滑りを。

理凰みたいに、自分の最高到達点を超え続けるために。

 

三回転ルッツからの三回転ループコンビネーション。

よし、完璧に決めた。

脚が悲鳴を上げているけど、知ったことじゃない。

意地でも滑り切る。

 

悔しいけど、今の私がここまで滑れるのは理凰がいたからだ。

私がつい邪険な態度をとっても、理凰は私を遠ざけたりしなかった。

助言も、練習の手伝いも、みんなと変わらずに与えてくれた。

 

少しだけ。

本当に少しだけ思う。

何かが違ったら、私が理凰に恋していた未来もあったのだろうかと。

光ちゃんと理凰の関係があんまり眩しく見えたから、ちょっとした気の迷いだ。

 

だから、私が理凰に贈るのは挑戦の意思で良い。

光ちゃんに勝つことを諦めない。

私は私を決して諦めない。

 

理凰の、悔しいけど最高にかっこいいスケートを追い続けることをやめない。

どうせ理凰は、どこまでだって走り続けるんだろうけど。

背を見失ってなんてやらないから覚悟しておいてよね。

 

 

 

 

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