俺はついに、禁断の手段に手を染めてしまった。
どうか許してほしい。
だってみんなのあんな滑り見せられたら、俺だって何か返したくなるじゃないか。
かといって、俺は体調を崩したばかり。
無理をしてはいろんな意味で本末転倒。
無理はせずに結果を出したかった俺は最後の手段をとった。
ついに、呼んでしまったのだ。
そう、漫画において司先生と並ぶファンタジー要素として名高いあの人。
異世界スナフキンを―――!
異世界スナフキンなんぞと呼んでいるが、一応ちゃんと人間である。
人間だよね?
割と本気で異世界から来ているのでは? と、疑いたくなるが多分この世界の普通? の人だ。
俺自身というイレギュラーのせいで色々言いきれないのが怖い。
彼の名前は魚淵翔と言って、ジャンプ指導を専門とする臨時コーチだ。
まだ十分に確立されきっていないハーネスという練習補助器具を使った練習法でジャンプを指導する、ハーネス師。
この場合のハーネスというのは簡単に言うと、体を固定するベルトが回転可能な形で釣り竿の先についているような道具。
魚淵さんはコレを使ってジャンプしている人間と並走しジャンプを飛んだ時に釣り上げて、ジャンプ軸の適切な形を覚えさせるという方法でジャンプを指導する。
その指導を、俺も依頼してみたのである。
この時期いのりちゃんの指導もしていたはずだから、近場に来ることは知っていた。
狙わない手はない。
そういえば滞空時間を引き延ばす目的で釣り上げているわけじゃないという話だったが、今の俺ならもしかして体重的にちょっと滞空時間延ばせたり?
もしかしてもしかしてだけど、五回転とか体感出来ちゃったりするんだろうか?
おっと、いかんいかん。
ちょっと少年心がソワソワしてしまった。
目的を忘れてはいけない。
今回の目的は四回転全種の完成。
四回転アクセルも、最低限、きっちりプログラムの中で着氷は出来るまでに持っていく。
俺は今回、方針を曲げる。
今回、いのりちゃんに、名港や愛西のみんなに贈るべきは、完成された滑りじゃない。
挑戦する滑りだ。
実はこれを勧めてくれたのは光ちゃんだったりする。
俺がみんなの滑りを見た後で、どんな滑りを返すべきか考えていた時に光ちゃんが言ったのだ。
「理凰の今の一番の滑りを、挑戦をこれからも続けていくっていう意思を、贈ってあげればいいんじゃないかな」
そういって、未完成版の方のプログラムを滑ることを強く推してくれた。
だから、全日本で俺はアップデート中の、今俺に出来る最大限のプログラムを滑る。
「四回転アクセルを飛びたいってホント!?」
おおう、食いつきが。
食いつきが凄い。
釣り餌が良すぎたか。
流石ジャンプ狂い。
「ええ。ぶっちゃけ着氷は出来ているんです。ただ、まだいろいろ安定しないんでそこを詰めたい。全日本で、プログラムに組み込むために」
そう、実は四回転アクセルの着氷自体はもう出来ている。
アクセルは俺にとって得意ジャンプだしな。
体が徐々に出来てきているのも手伝って思ったよりも軽く着氷だけなら行けた。
ジャンプだけ考えれば良いなら着氷率は100%だ。
ただプログラムに組み込むとなると話が違ってくるし、まだ回転数もちゃんとは安定しないのだ。
「降りてるの!? 四回転アクセルを!?」
「ジャンプだけで良いなら、着氷率は100%です」
唖然としている。
うーん、異世界スナフキンもそんな顔するんだな。
何か、ちゃんと人間っぽくてほっとしたぞ。
「まずは、一度、やってみようか?」
怖い。
圧が怖い。
跳ぶ、跳ぶから。
「ほんとに降りれてる…」
だから言ったっしょー?
まあ、俺もこの年の子に言われたら疑うと思うが。
「でも確かに、ちょっと軸がぶれるね。流石にフィジカルの不足が響いている感じか。いや、その歳で四回転アクセルがそれだけで済んでいるのはとてつもなく異常なんだけど」
貴方に異常と言われるのは何かちょっと納得いかないんですが?
「よし、それじゃあまずは回数をこなして正しい軸を体で覚えようか」
うん、意見はその通りだけど、目がガンギマッテいるんですよ。
四回転アクセルの完成見たいって、目が口ほどにものを言っているんですよ。
まあ、熱意をもって指導してくれるのは嬉しいんだが、ちょっと怖い。
しかしハーネス凄いな。
漫画で見た時は誇張し過ぎではないかと思っていたけど、実際にやってみると驚く。
俺の場合、鷹の目があるから余計にそうなのかもしれないが、正しい軸の状態を体感できるのは凄まじくでかい。
「上達が早いね。これなら余裕があればってお願いされてた他のジャンプのクオリティアップも十分手伝えそうだ」
それはありがたいなあ。
アクセル以外でも特にフリップやルッツの完成度はまだまだ、納得の域とは言えないし。
そうしてアクセルを一定水準までもっていき、ほかのジャンプもクオリティがしっかり上がった時。
魚淵さんは、目を輝かせて言った。
「理凰君、これで今日依頼されていた目標は達成したわけなんだけど、まだちょっと時間あるからさ」
うん、実は俺も言いたいことがあったんだ。
「ええ、まだ時間が残ってますからね」
きっと、今、俺たちの心は一つである。
「五回転、挑戦してみない?」
だよねぇ!
「めっちゃ、やってみたいです。是非お願いします」
ひゃっほう!
時間余っちゃったもんなあ!
しょうがないよなあ!
流石に、いきなりは飛べないが、色々な試行錯誤でだんだんと形になっていく。
前人未到のジャンプに挑戦しているという事実だけでも燃える。
クッソ楽しい。
魚淵さんも、童心に戻ったかのようにウッキウキである。
そして二人で壊れたテンションのまま挑戦を続ける事しばし。
「―――降りた。すごいよ理凰君、ホントに五回転降りちゃったよ!?」
ハーネスありきだが、五回転サルコウの着氷に成功した。
マジでできちゃうとは思わなかったよ。
トウループじゃないのは、足を痛めないようにトウジャンプは避けたからである。
「いやでもこれ、流石にハーネスなしだと無理ですね」
そうなのだ。
まあ、当たり前っちゃ当たり前なんだが。
これがトウループでも結果は同じだろう。
「まあ、明らかにフィジカル不足だよね」
かといって、成長したら筋力と共に体重も増すからなあ。
人体工学とか力学的にできるかできないかの狭間みたいな扱いになるのも納得である。
でも、成長した後の体のバランス如何では、トウループとサルコウまでなら可能性はゼロじゃない気がする。
五回転アクセル?
何らかの技術的ブレイクスルーか、人体の進化向上、あるいはスケート靴の大きな進化でもなければ無理じゃないかな。
あとは、たまたま奇跡的に、それに特化した肉体のバランスで生まれた人間がいたらワンチャンあるかも位か。
俺は、どうだろうな。
今のスケート界で、一番可能性があるのは多分俺だという自負はあるけど。
少なくとも俺が納得できるクオリティーで跳べる気は、現時点ではしない。
まあ、どうあれこれは体が完全に出来上がってからの話だ。
「ありがとうございました、魚淵さん。今日は助かりましたし、楽しかったです。最近ちょっと鬱屈してた部分もあったので、良い気晴らしでした」
本当に、実に楽しかった。
みんなからの贈り物も素敵だったし、すっかり元気になれたという実感がある。
感謝を込めて差し出した手は、しっかりと握り返された。
「僕も凄く楽しかったよ。また助けが欲しい時は呼んでね。特に五回転に挑戦するときは絶対に。何をおいても駆けつけるから」
ホントにジャンプ狂いだなあ。
でも気持ちはわかる。
世界初の五回転ジャンプが公式の試合で成功するところとか、俺だって見たい。
「流石に五回転は、挑戦することがあるとしてもずっと先の話だと思いますけどね」
「まだ、ちゃんとした形では得点も決まっていないようなものだしねえ」
そうなのである。
一応の得点は決まっているが、ジャンプ全種まとめて同じ点で、しかも四回転との点差も大したものがない。
正直、挑戦する意味は点数的な面ではあんまりないのだ。
まあ、それでも手が届きそうになったら挑戦するけど。
楽しいしね。