偽理凰君の奮闘記   作:空門 志弦

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71話

俺は今いのりちゃんと一緒に、司先生が運転する車に乗っている。

うん、まあ、アレだよ。

司先生は結局、ハーネス練習で肋骨にヒビ入れたよね。

 

アドバイスも注意もしたんだよ。

まあでも、あれは他ならぬ魚淵さんでさえよくあるって言ってる事故なわけで。

始めたばかりの人間が回数をこなしていけば、遅かれ早かれぶつかる結果だった。

 

使わないって選択肢もあることは提示したんだけどね。

じゃあ、あれ無しで今回の全日本で光ちゃんと勝負になるかって言われると、無理だよねって話になる訳だよ。

ハーネスのあるなしはどうしてもジャンプの習得速度に大きな影響を与えるから。

 

そんなわけで司先生は結局肋骨をやり、いのりちゃんはルッツでイップスを発症とあいなった。

俺もいのりちゃんのメンタルケアは、ある程度した。

多分漫画よりはマシな状態にできたと思う。

でも、こういうのはどうしても時間と経験がいるからね。

 

とりあえずルッツ自体はハーネスでもう一度習得しなおす事ができるだろうけど、根っこの部分の心の改善はすぐには無理だろう。

まあ、漫画通りルッツの習得しなおしじゃなく四回転を習得することになるんだろうけども。

異世界スナフキンの魚淵さんのすることだしな。

 

俺が同行しているのは、成人男性と小学生の女の子が二人でって言うよりはマシってのと、俺がちょうど今はかなり休養を増やしている関係で暇だったからだ。

いのりちゃんのお母さんであるのぞみさんと瞳先生からお願いされて、ちょうどいいから気分転換してきなさいと、母さんに送り出されたという顛末である。

 

流石に退院間もないから、そうしたお願いも受けられるくらいには大分ゆっくりしている。

魚淵さんとの練習も、アポ取れたのがあの日だけだったからあそこに入れたけど、ホントならもう少し休養予定だったんだよね。

 

なお流石に光ちゃんは同行していない。

いのりちゃんとの全日本での約束もあるし、司先生も苦手だし、といった感じでちょっと名残惜しそうではあったが辞退していた。

 

「ごめんね理凰さん、こんな突然に」

 

「いえいえ、俺も今は練習をだいぶ休んでいて、暇していたので」

 

例のごとく勉強とかも制限されてしまっていて、非常に暇だったのだ。

 

「えへへ、一緒に来てくれてありがとう、理凰君」

 

「こちらこそお誘いありがとう、いのりちゃん。しかし、いつも思うけど髪をおろすとまた感じが変わるよね」

 

そう、今日のいのりちゃんは髪をおろしたモードである。

まあ、一年の練習の間に、何度も見た事はあるんだけど。

 

「うん、やっぱり、これはこれで可愛くていいんじゃないかな」

 

「あ、ありがとう。」

 

もう結構付き合いは長いのに、いのりちゃんはこういうの慣れないよなあ。

声がうわずっているし、普通に顔が赤くなってる。

うーん、どう考えても可愛い子だと思うんだが、なんかやっぱりそのあたりに関してはちょっと自己評価低いところがあるというか。

 

がんばって褒めてるんだけどなあ。

いや、可愛いと思っているのは本心だから、頑張っているのはあくまで褒める回数的な意味だが。

隙があれば容姿的な部分を褒めてるんだが、なかなか本人の実感が付いてこないというか。

学校生活がアレだったっぽいから微妙にこの辺は根深いな。

もうちょっと自覚してくれた方が、自衛的な意味で良いんだが。

 

「なんですか司先生、胡乱なものを見るような目をして」

 

バックミラー越しに、向けられる目に苦情を入れる。

 

「いや、失恋付き初恋泥棒とはよく言ったものだなあと思って」

 

「司先生の耳にまで入っているんですかそれ」

 

「あ、司先生には、光ちゃんといるかちゃんから聞いた話を私が教えたんだ。エピソードが面白かったから」

 

そこ経由してたのか。

うん、確かにあの二人と話してたら、色々聞くよね。

でも。

 

「その辺の話って、そんな面白いネタあったっけ?」

 

「コーチの人と、花束配り歩いた話とか?」

 

あったな、そんなことも。

あれ、もとはと言えば雉多さんの実家の花屋の誤発注が発端だったんだよなあ。

そのまま枯れるのももったいないしってことで、コーチ陣巻き込んでお値打ちで買い取った花束を、日ごろの頑張りのご褒美って名目のもと配り歩いたんだよなあ。

なお、コーチ全員が俺が渡すのが一番喜ぶって言うから手渡し役は全部俺である。

何かちょっとしたイベントみたいになったよね。

 

「また懐かしい話を」

 

「あれ実話だったんだ。俺はてっきり誇張された話かと思ってたよ」

 

「コーチの一人の実家が花屋さんなんですよ。その時はたまたま花が大量に余ってて、もったいないから買い取って何かできないかなと思ったんですよね。思ったより大ごとになりましたけど」

 

なんか、きゃーきゃー凄かった。

アイドルにでもなった気分だったよね。

いやまあ、最近はそれが冗談で言えないくらい人気が出てきちゃってるんだけど。

そんな風に話をしていると、サービスエリアが見えてきた。

 

三人で肉まんを食べる。

あ、いのりちゃんがのぞみさんと通話始めた。

ああ、ここ、漫画で出てたあのサービスエリアか!

なんか、結構感慨深いなあ。

 

そっか、この肉まんがあの肉まんなのかあ。

うん、味は普通だな!

当たり前だけど!

 

そうしてトイレなんかを済まして。

また車に乗り。

 

「ねえねえ、理凰君!」

 

走る車の中で。

 

「司せんせー!」

 

うん、ホントに寝ないね、いのりちゃん。

 

「明日朝早くから練習なんだからちゃんと寝たほうが良いよ?」

 

「それはそうなんだけど、楽しすぎて!」

 

まあ、ワクワクするよね、車の遠出に、普段ずっとは一緒に居られない相手と一緒のシチュ。

だがしかし。

 

「あんまり寝ないと、膝枕の上で、子守唄の刑に処す」

 

「それは流石にいろんな意味で恥ずかしい…!」

 

まあ、ちょっと強引だったが、ちゃんと寝る気になったようだからヨシ!

司先生とサムズアップを交わし、俺もしばらくして目を閉じた。

 

ふと、目が覚めると、いのりちゃんが車を出ようとしていた。

ああ、あの場面か。

それなら俺は邪魔だろう。

このまま、寝ていることにするか。

 

しばらくして、眠っているいのりちゃんを背負った司先生が車に戻ってきた。

さて、入れ替わりでトイレと、軽くちょっと飲み物でも頂いてこようかな。

 

「あれ、起きてたの理凰さん?」

 

ちょっと目が赤いが見なかったことにしておこう。

 

「いや、扉の音で目が覚めた感じですね。喉が渇いたので何か飲んでトイレも済ませてくるので、司先生はいのりちゃんを見ていてあげてください」

 

そう言って車を出た。

さて、何を飲むか。

お、ノンカフェインのコーヒーがある。

これにしよう。

折角なので、あの二人が見ていた諏訪湖の景色でも見ながら飲むか。

諏訪湖方面の歩道の手すりに肘をかけ、コーヒーの蓋を開いた。

 

「っ、はー。うん、この景色で飲むコーヒーは中々」

 

夜の諏訪湖を一望しながらのホットコーヒーは中々に格別だ。

 

「いや、格好良すぎないかな? いつも思うけど理凰さん、本当に小学生?」

 

ありゃ、司先生。

結局来ちゃったのか。

 

「いのりちゃんは、大丈夫ですか?」

 

「鍵もちゃんと閉めたし、ぐっすり寝ていたからね」

 

「それなら平気か。ここから遠くもないし」

 

司先生はそう答えた俺を、少し気遣わしげに見た。

 

「理凰さんは本当にしっかりしているよね」

 

「よく言われます」

 

「無理はしてないかい?」

 

「してませんよ。ちゃんと自然にしていてこれなので」

 

まあ、記憶のこと、知られているからな。

気にはなるか。

 

「自分で言うのもなんですが、俺がスケートの練習している時の姿を見ていればわかるでしょう? あ、こいつ大分好き勝手やってるなって」

 

ニヤリと笑って言えば、司先生は苦笑いである。

 

「スケートの時は本当にそうだね」

 

しかし、すぐそれを引っ込める。

 

「でもそれ以外はどうかな。この前の入院の件があって、少し考えさせられたんだ」

 

あれは、なかなか痛恨だった。

成長しきった体であれば、普通に悩んで最後に踏ん切りをつけてそれで済む話だったはず。

まあ、言い訳だなあ。

 

「あれは、体質の部分が大きいので。入院が長引いたのはまあ、例の事故の事もあってなんですが。とだけ言っても納得しなさそうな顔ですね」

 

「そうだね」

 

「実際ほんとに無理はしていないんですよ。少なくとも心の上では。ただ、そうですね。結果的に駆け足で精神が大人になってしまった俺は、この体には本来なら不釣り合いなものを抱え込んでしまう悪癖がある」

 

もっとちゃんと甘えなくちゃいけなかったんだろう。

最初に比べれば、ずいぶん上手くなったつもりだったが、まだまだ足りていなかったってことだ。

今回の悩みは、自分で踏ん切りをつけなければという考え方自体がそもそも大人のものだということに気が付いていれば、何かもう少し、やりようがあったのではないかとも思う。

でも、俺の性格じゃ難しかっただろうな。

 

そして良くも悪くも、次はない。

体はどんどん成長して精神に追いついてきているし、完全に追いつく前に今回ほどの悩みに出会うかと言えば、まあ、ないな。

寒さを感じて暖かいコーヒーを飲むと、やけに苦く感じた。

 

「今回はそこの折り合いにしくじりました。次からは上手くやります。光と約束もしましたし」

 

だめだな、こうじゃない。

うーん、シチュエーションの所為か上手く仮面が被れてない気がする。

 

「理凰さん、ちょっとごめんね」

 

「あ、はい?」

 

え、何、ちょ、肩車!?

うお、めっちゃ高!

この世界に目覚めてからずっと子供目線だから、結構新鮮!

 

「どう、いい景色かな?」

 

「あ」

 

ちょっと視線の高さが変わるだけで、さっきまでの諏訪湖の景色が変わって見えた。

 

「これは大人としては、あまり言ってはいけないことかもしれないけど。理凰さんがそうしたくて、そうせずにいられなくて、今の君であるのなら。そのままの君でいればいい」

 

「悪癖を抱えたままで?」

 

「少なくとも、今回みたいに倒れないようには気を付けるんだろう?」

 

「そこは、必ずそうします。今回だって避けようとしたし、まあ、避けられなかったんですけど」

 

「理凰さんは、何でもできるから、出来なかったことを気にし過ぎるんじゃないかなあ」

 

ああ、それは、あるかもしれない。

 

「傲慢ですかね?」

 

「そんなことはないさ。そうして頑張る君に助けられている人は沢山いる。俺もそうだ」

 

そうであるなら、頑張っている甲斐があるな。

たとえ好きでやっていることであったとしたって、成果があるに越したことはない。

 

「でも、失敗はどうしたってする。だから理凰さんがさっき言った通り、次は上手くやればいい。そうして君はきっと本当に何でもできるようになっていくんだろうね」

 

それは買いかぶりだと思うけどな。

 

「あ、でも、今夜の話はご両親や光さんにはオフレコで。すごく怒られそうだ。特に光さんに」

 

それは確かに。

そして何故か俺も一緒に怒られそう。

 

「じゃあ、今夜の話は男同士の秘密ってことで」

 

そうして俺と司先生はしばらく笑い合って。

あばらの痛みで笑いを止めた司先生を心配したりしつつ。

コーヒーを飲み終えてトイレもすまし、車に戻って眠りについた。

 

 

 

 

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