偽理凰君の奮闘記   作:空門 志弦

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72話

「あれ、理凰君。どうしてここに?」

 

「はやいね、美玖ちゃん。おはよう。俺はあの二人の、なんだろう。付き添い?」

 

考えてみると、どう説明したものか迷うな。

 

「あ、司先生といのりちゃんもいるのか。なるほど魚淵先生のレッスンをわざわざここまで受けに来たんだ」

 

美玖ちゃんは、先だっての長野合宿ですでに二人とは知り合いである。

洸平君が司先生と仲がいいし自然とね。

 

「そういうこと。俺は休暇中だから息抜きがてらに、司先生はああいう人だから別にあの二人だけでもよかったんだけど、一応ね」

 

「そういうことか。入院してたって風の噂で聞いたけど大丈夫?」

 

「ありがとう、大丈夫だよ。ちょっと熱が高かっただけなんだ。入院も念のためだから」

 

「それならよかった」

 

ほっと息を吐いて、安心した様子の美玖ちゃん。

以前の合宿の相談以来、美玖ちゃんとは結構仲良くやっている。

たまに電話で相談を受ける位には。

 

「あれ、理凰君も来てたのか」

 

お、洸平君。

 

「俺は今回はオマケみたいなものですけどね」

 

まあ、最初はちょっと、洸平君からは警戒されたよね。

ちょっと面白かった。

わかりやすく、娘に手を出す悪い虫へのムーブだったからな。

美玖ちゃんに叱られたのと、俺と光ちゃんの関係を見たので誤解が解けて、今では普通に仲良くやっている。

 

「それじゃ俺はいのりちゃんの練習を見に行くのでまた後で」

 

なんか、アドバイスできることもあるかもしれないしね。

そんなわけで、美玖ちゃんと洸平君と別れて、俺はいのりちゃんの練習に付き合った。

四回転の習得は結構スムーズだった。

 

やっぱりフィジカルが出来ているのと、軸取りのレベルが上がっているのはでかいわ。

最初は苦戦してたけど、司先生のアドバイスで力が抜けてからはとんとん拍子だ。

俺が手本に少しだけ跳んで見せたのも良かったのかもしれない。

休養中だし、ホントに数回だけだけどね。

 

途中子供がやってきたり、洸平君と司先生が仲良く挨拶を交わしたりしつつ。

 

「美玖ちゃん、前回言ったジャンプに挑戦する?」

 

魚淵さんが美玖ちゃんに問う。

うん、なんで俺は美玖ちゃんの練習まで一緒に見ているのかな?

 

「四回転トウループですか。うーん、理凰君はどう思う?」

 

そこは洸平君に聞くところじゃないかな。

そして何故か洸平君まで当然みたいな顔をしているし。

 

「いや、そこは俺が口出していい所ではないのでは?」

 

「理凰君は、四回転トウループが実際に飛べるだろう?」

 

ああ、なるほど。

洸平君に言われて納得がいったわ。

漫画と流れが変わっていて驚いたけど冷静に考えてみれば、確かに実際に飛べる人間の意見は聞きたいか。

美玖ちゃんはもうスケートを続ける意思を固めているし、今回の全日本に過剰な思い入れもないしな。

 

「俺としては、挑戦してみることを勧めますね。実際に今回プログラムに組み込むかは別として、先々を考えれば手札は多いに越したことはありませんし、今の方が挑戦しやすいというのも間違いありません。体が成長しきった後に改めて挑戦するとしても、一度成功した経験があるかどうかはきっと大きい」

 

俺の言葉に、美玖ちゃんと洸平君がお互いを見て頷いた。

やれやれ、背を押してしまったからな。

 

司先生、あと数回だけ。

美玖ちゃんにも手本を見せてあげて良いですかね?

あ、OK?

余程の無理をしなければ気晴らしかねて少しは滑らせていいって言われている?

どうりで、俺のスケート靴が車に乗っていたわけだ。

さてさて、それじゃあ許可も下りたし。

 

「それじゃあ、美玖ちゃん。遅ればせだけど、これからも氷上で戦っていく事を決めた君への餞だ。しっかりと見ておくように」

 

ちょっと格好をつけて言ってから、俺は氷上へ。

そして美玖ちゃんの間近で、四回転トウループを飛んだ。

美玖ちゃんがハーネスで練習している合間にも、数回。

 

うーん、魚淵さんのハーネスと、俺の手本があるとはいえ、きっちりと四回転トウループを降りられるようになるあたり、やっぱり美玖ちゃんの才能も相当だな。

将来が実に楽しみだ。

 

美玖ちゃんと洸平君の二人にはめっちゃ感謝された。

そしてそのあと、司先生といのりちゃんも含めた四人に、ドン引きされた。

魚淵さん、あのね。

気持ちはわかるよ。

 

でも、折角会ったし、時間も少しならあるからって、軽いノリで五回転誘うのやめましょうよ。

別に隠す必要があるわけじゃないから口止めもしてないけども。

でも、口止めしておいたほうが良かったかもしれない。

これに関しては、光ちゃんにさえドン引きされたからな。

 

「理凰は一体どこに行こうとしているの? 宇宙? 将来はジャンプで成層圏突破するの?」

 

あれは中々、見事な突っ込みだった。

夜鷹純が口もと抑えて笑いこらえるのとか初めて見たぞ。

あれは俺の奇行と込みでの笑いではあるんだろうけど。

 

ハーネスありきの一発芸みたいなものだと説明したら、ため息はつかれたけど納得してくれたが。

まあ、気持ちはわかる。

五回転とか、フィギュアやっているからこそむしろ衝撃度高いよね。

 

結局、ドン引いた後に興味が勝ったいのりちゃんと美玖ちゃんにねだられてハーネスつけて五回転を跳んだけどね。

なんだかんだ喜ばれたよ、いのりちゃんと美玖ちゃんにはね!

折角だからと見学させた子供たちは大はしゃぎだぜ、ヤッタネ!

 

『えぇぇぇ。ほんとに五回転降りてる』

 

そのかわり司先生と、洸平君のドン引きレベルが上がった!

テッテレー!

台詞と恐らく心情も完全にシンクロしてたぞ。

ウケる。

 

そんな時にやってくる鳥のキグルミ。

もちろん中身は白鳥珠那である。

ドン引きしている司先生の頭がガブリとやられて慌てるいのりちゃんはパイプ椅子を手にした。

いのりちゃんて何気にアグレッシブだよね。

普通、迷わずその選択肢にはならんでしょ。

 

「ああ、あれは別に危険な生き物じゃないから大丈夫だよ、いのりちゃん」

 

流石にパイプ椅子はまずいので、やんわりと止める。

いのりちゃんはパイプ椅子をおろして様子をうかがっているが、すぐに洸平君が止めに入って、キグルミの中から出てきた顔に驚愕した。

 

「洗剤CMの白鳥ジュナ!?」

 

あのCM、なかなかの顔芸だよね。

初めて見た時、思わず吹いた。

漫画で白鳥さんは知ってたし、美玖ちゃんから話も聞いていたから余計にダメージでかくて。

 

そしてやっぱり司先生にダルがらみする白鳥さん。

般若の顔になるいのりちゃん。

まあ、美玖ちゃんがすぐなだめてくれるけど、サクッと司先生は助けてあげるか。

事前に用意しておいた武器もあるしな。

 

音もなく白鳥さんの背後に立ち俺は用意しておいたそれを、思い切り白鳥さんの頭に振り下ろした。

響く快音。

 

「あ痛ったぁぁああ、くない?」

 

そりゃハリセンだからね。

 

「俺たちの先生にウザがらみはやめてくださいね、白鳥さん」

 

にっこりと笑みを浮かべて圧をかける。

半歩身を引く白鳥さんだが、俺の顔を見て止まった。

 

「あ、お前あれだろ、美玖に手を出してる鴗鳥理凰だな!」

 

手は出してねえですよ。

 

「手なんて出されてないって何度も言ってるでしょ!?」

 

俺から受け取ったハリセンが美玖ちゃんによって再びジュナの頭に炸裂する。

うん、もう頭の中ではジュナ呼びでいいや。

 

「あいたぁ!」

 

「痛いわけないでしょ」

 

美玖ちゃんはにべもない。

顔が赤いからね。

身内のこういう言動は恥ずかしいよね。

 

「心が痛いよ! 僕は美玖を心配しているのに!」

 

「そのくだり、もう洸平さんと済ましているので、そっちで話してもらえますか?」

 

これ以上はちょっと美玖ちゃんが可哀そうなので、バッサリ切った。

洸平君くんがちょっとダメージを受けているが、美玖ちゃんの為だから我慢してもらおう。

まあ、結果だけ言ってしまうと一応誤解は解けて、なんだかんだ仲良くなったよ。

 

「そのハリセン、わざわざ用意したの?」

 

「ジュナさんの話は聞いていたので、突っ込み用ですね。ちゃんと役に立ったから正解でした」

 

「主に使ってたの、美玖だったけど」

 

「あれはジュナさんが悪い。年頃の女の子をああいう話題で振り回すもんじゃありませんよ」

 

「ぐぅ、それは確かに、返す言葉もないな」

 

打ち解けた様子の俺とジュナに、周りはほっとした様子だった。

まあ、話せば割りと気は合うだろうなと思っていたのだが予想通りである。

俺も馬鹿やるのは好きだし。

なんだかんだ俺のあのエキシビションの事とか、ジュナのCMの話などで盛り上がった。

そのあとしばらく皆でワイワイと話をした。

 

そうして魚淵さんと挨拶を済まし、十南町レイクの面々と別れを告げて新潟を離れた。

結構な弾丸旅行だったのに、そうとは思えないイベント過多な楽しい旅であった。

 

 

 

 

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