偽理凰君の奮闘記   作:空門 志弦

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73話

全日本ノービス女子については簡単に結果だけ話そうと思う。

あれは彼女たちの戦いであり物語。

あまり俺が口に出すようなものでもないだろうから。

 

優勝は漫画通りに光ちゃんが掻っ攫った。

ここは既定路線。

流石にこの段階ではいのりちゃんもまだ届かない。

 

だが二位以下はかなりの波乱含みだ。

二位は光ちゃんから15点差ほどでいのりちゃんが。

アクセルとルッツで回転不足を取られなかったらもしかしたら10点差以内に迫っていたかもしれない。

うん、やっぱりいのりちゃんおかしいわ。

 

恐らくジュニアのうちに何度か光ちゃんに勝つんじゃないだろうか。

流石に勝率は光ちゃんに大きく傾くだろうが、今少し地力が上がりギャンブル構成がはまったら、十分ありうる可能性になってきた。

 

そして見事にノーミスで滑り切った夕凪ちゃんが僅差で四位のすずちゃんを抑えて三位に。

結果なんと、表彰台を逃すことになった四位のすずちゃん。

光ちゃんの後の滑走で空気に飲まれかけて、最初のジャンプは転んだもののその後にきっちり立て直し、リカバリーで挑戦した四回転を見事に成功させた美玖ちゃんが五位に入り。

六位は亜子ちゃん。

七位は一番滑走をギャンブル構成で少々のミスのみで見事に滑り切ったりんなちゃんとなった。

 

七位のりんなちゃん時点で普通に100点越えという。

四葉ちゃんだって、軽く80点超えてるんだぞ。

なんなら90点近い。

それで入賞すらできてないとかおかしいよ。

魔境という言葉すら生ぬるい。

漫画の時でさえそうだったけど、俺のせいで豊作具合が更におかしくなってる。

 

しかしこれジュニア大会の方で早々に再戦になるのか光ちゃんといのりちゃん。

さすがにこの期間で差は縮められないだろうし、勝敗はまだ動かないだろうけど、さてあの二人はどう来るかな。

まあ、今の滑りを詰めて、可能性に賭ける位しかやりようはないか。

構成自体は今回のもので勝負になるはずなんだから、後はどこまでクオリティーをあげていけるかだ。

ギャンブル構成をギャンブルじゃなくしていくのが今のいのりちゃんがやるべきことだろう。

 

おっと。

思考がそれているな。

ふむ、俺にしては緊張しているのか?

まあ、今回はちょっとばかり思い入れが強いからな。

 

さて、そろそろ俺の順番だ。

例のごとく最終滑走。

女子の方が魔境過ぎて、誰も彼もが当てられてまともに滑れたのが朱蒴君と斑鳩君くらいという。

ひどい事件だったね。

俺が一番滑走だった時とはたしてどちらがより惨事だっただろうか。

 

氷上に立つ。

息をすって吐く。

今日も、いや、今日こそはこの仮面とともに滑ることにこそ意味がある。

もはや俺の一部となったペルソナ。

此処での生活で育ち、いつしか確かな俺の一部となった顔。

その顔を慈しむように撫でると、曲が流れ始めた。

 

最初のジャンプは四回転ルッツからのコンビネーション。

魚淵さんとの練習のおかげでかなりクオリティーをあげられた。

文句なくプログラムに組み込めるようになるまでもう少しと言ったところ。

 

 

―――りんなちゃん。

泣き虫なのは変わらなかったけど、君が本当は強い子であることを俺は知っている。

今ではもっと強くしなやかになった。

滑りにも自信が出てきたね。

君がいつも一番滑走だなんて他の同世代の女子がちょっと可哀そうなくらいだ。

 

君が俺に贈ってくれた滑りは本当に素敵だった。

俺の道行きへの祝福が確かに伝わってきた。

君が俺に抱いてくれていた、淡い恋も。

君のような素敵な子に恋をされたことを誇りに思う。

そして君の恋に応えられなくてごめん。

せめて、この滑りを君の未来へ捧げさせてほしい。

 

 

二つ目のジャンプは四回転アクセルの単独ジャンプ。

俺としてはまだまだ不格好な、ジャンプを意識しているのが透けて見えるであろう助走。

だが、今日は構わない。

それでこそだ。

 

氷を強く蹴り、宙へ跳ぶ。

回転は十分。

しかし着地は少々荒くなった。

だが許容範囲。

 

流石にアクセルとルッツは後半には持ち込めなかった。

此処が今の俺の限界だ。

でも、それは今の限界に過ぎない。

目指すなら最大限を。

プログラムにおいて明白な指標である得点。

それに対する俺の最終目標は、現行ルール上の理論値得点に可能な限り近づく事。

そう決めている。

 

 

―――四葉ちゃん。

君は本当に成長した。

きっと、いつかそう遠くない未来で踊ることにかけては光ちゃんにだって手が届くかもしれない。

今だって本当に可憐で、心惹かれる踊りをするんだから。

いつもお菓子、本当に美味しかった。

俺は君の事を、本当の妹のように思っていたけれど。

それは少しずるかったかもしれないな。

 

君が心のどこかで恋をしたがっていたことに気が付いていたのに、叶わぬ恋だからと目隠しをしたんだ。

君はちゃんと強い子だったのだから、しっかりと向き合ってあげるべきだった。

いつか君が素敵な恋をする日が来ることを願って。

このステップを贈ろう。

 

 

四葉ちゃんの可憐なステップを思い出しながら、ステップシークエンスを滑る。

レオ謹製の容赦なく難易度を高め美しさを追求するそのステップは、この一年で磨きに磨き上げてきた。

振り付けも、スケーティングも、一切妥協を許さずに仕上がった自慢の一品。

だがまだ磨ける。

もっと美しくできる。

四葉ちゃん、君達だってそうだ。

今よりもっと、未来でもずっと、成長して行ける。

 

 

―――夕凪ちゃん。

君は自分の事を背伸びをしている格好つけだなんて思っていたようだけどそれは勘違いだ。

背伸びをしようとするのは君の向上心の表れだ。

君は格好をつけているんじゃない。

ちゃんと本当に格好良いんだ。

俺がしたのは、ほんの少し息を吐ける場所を作ったくらいのもの。

 

君のその挑戦の意思と諦めない心は本当に格好良くて、その挑むような瞳を向けられるたびに俺は心が奮い立つ。

君がその瞳を向けるなら、俺はそれにふさわしい俺であり続けよう。

君の目に焼き付いて離れないくらいの滑りを、追い続けることに夢中になれるような滑りを君に見せよう。

 

 

四回転フリップ、四回転ループをコンビネーションでこそないが続けざまに飛ぶ。

流石の俺も、今の未成熟な体では結構な負担だ。

だがそれがどうしたというのか。

みんなと今まで過ごしてきた時間に報いるのなら、この程度はやってみせないと気が済まない。

 

 

―――いのりちゃん。

俺の最初の生徒だった、そして今のところはたった一人の生徒の女の子。

俺が目覚めたこの世界とそっくりな前世で見た漫画では主人公だった女の子。

 

出会って分かった。

この子は確かに、主人公たるべき輝きを秘めていると。

笑顔が素敵で、スケートに対して全力でひたむきで、簡単には挫ける事がない。

弱さがないわけじゃないけれど、それ以上に強さも持っている女の子だ。

 

君の成長を見守るのは楽しかった。

ちょっとだけ、自分でずっと育てたいと思ってしまうくらいには。

でも俺には、やりたいこととやるべきことが一致した人生の目標があって、そして何よりも、俺は君よりも先に光ちゃんに出会っていた。

君の勝利を一番に願えない俺には、君の手を放して司先生に託すことが最大限だ。

 

手を離したのについつい顔を見に行ってしまうのは許してほしい。

やっぱり、教え子としての君に対する思い入れはどうにも深くてその成長を追いたくなってしまう。

君のスケートには光ちゃんにも負けない輝きが確かにある。

 

挫ける事もあるだろう。

時には立ち止まっても良い。

それでも、また立ち上がって、きっと君は駆けてゆく。

光ちゃんにいつか追いついて、時に追い越して。

二人で高め合っていく。

俺はそれを知っている。

 

だから、君に捧げるのは感謝だ。

俺の生徒でいてくれてありがとう。

光ちゃんを一人にしないでくれてありがとう。

君がこの世界にいてくれて、俺はとても嬉しい。

また少し距離が離れてしまうけど、それでも俺は君の軌跡をずっと追い続けるだろう。

 

 

いのりちゃんの得意のジャンプである四回転サルコウからコンビネーションを飛んだ。

此処からは後半。

流石に足も息もきつくなってきているが、もう、ジャンプはきっちり詰め切っている物だけ。

意地でも失敗なんてしない。

四回転トウループも完璧に決めて、ジャンプはすべて成功させた。

 

 

―――父さん。母さん。汐恩。名港に愛西のみんな。

今まで本当にありがとう。

楽しかった。

幸せだった。

みんなのおかげで、俺は最初から大好きだったこの世界がもっと好きになった。

だから、これからも好きでい続けるために、もっと好きになっていくために、俺は前に進む。

 

光ちゃんと一緒に。

俺には光ちゃんがいるし、光ちゃんには俺がいる。

たまにきっと、いるかちゃんも助けてくれるだろう。

まったく、いるかちゃんはさ。

 

「もう私たちにこの程度の距離とか関係ないでしょ?」

 

なんて言うんだよ。

格好良くて、うれしくて、光ちゃんと二人で笑っちゃたんだ。

 

信じられる?

夜鷹純も、ぎこちなくだけど、俺の頭を撫でてきたんだ。

あの人、そんなこともできたんだな。

もうちょっと上手くなったら、光ちゃんの頭も撫でてあげてよって言っておいた。

 

だから、俺は大丈夫だ。

これからも頑張っていくし、一人になる訳でもない。

みんなとだって、距離が離れても繋がっている。

俺はこれを犠牲だなんて思わない。

俺の中からは何一つ失われてなんていないから。

 

だから、これはほんのひと時のさよならだ。

この業界は狭いから、顔だって何度だって合わせる機会があるだろう。

だから、みんなに伝えるべきは、いってきますって、そんな当たり前の言葉だけ。

 

 

ああ、滑り終わった。

どうだろうか。

伝えるべきことを伝えられただろうか。

みんなが贈ってくれた滑りにふさわしい滑りを、返せただろうか。

 

すごいな、歓声と拍手が土砂降りの雨みたいって本当なんだな。

あれを言っていたのは誰だったか。

流石に疲れた。

息が全然整わない。

でもしっかりと礼はして。

そうして俺は氷上を離れた。

 

父さんが迎えてくれて、抱きしめられた。

疲れ切って力の入らない手で、それでも俺からも抱きしめ返した。

 

 

 

その後のジュニア大会の事も少しだけ語ろう。

女子の方は、光ちゃんが僅差でいるかちゃんを抑え一位となった。

いるかちゃんは、きっと漫画よりも善戦したのだと思うけど、わずかに及ばなかった。

三位に、いのりちゃん。

やはりこの短期間ではプログラムを詰め切れなかったようで、しかし、ジュニアの選手も混じる中でこの結果は間違いなく快挙と言えるだろう。

 

俺は、ジュニア大会では完成版の方のプログラムを滑って圧倒的な点差でその他を突き放して優勝した。

全日本ノービスでの滑りで何かが嵌ったようで、最高に調子が良かったのだ。

四回転もルッツまでは納得のいくレベルで組み込めたのが大きかった。

来季からはそろそろまた新たなプログラムを滑ることになると思うので、最高の滑りおさめだったと言っていい。

 

それからしばらくしてシーズンが終わりを告げた。

俺と光ちゃんが名古屋を離れ東京へと旅立つ日は刻々と近づいていた。

 

 

 

 

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