偽理凰君の奮闘記   作:空門 志弦

76 / 91
74話

鴗鳥汐恩視点

 

私のお兄ちゃんは世界一格好いい人である。

異論は認めるけれど、その場合はお兄ちゃん以上の男の子を目の前まで連れてきてほしい。

私はきっと連れて来てくれた人に深く感謝をしたうえで、その男の子に猛アタックを始める事だろう。

それこそお姉ちゃんのようにだ。

光ちゃんは現時点では、お姉ちゃんのような人であって、本当のお姉ちゃんというわけではないのだけど、どうせ時間の問題だと思っているのでお姉ちゃんと呼んでいる。

 

まあ、こんな調子で私は自他ともに認める超絶ブラコンかつ重度のシスコンであるので、お兄ちゃんとお姉ちゃんが家を出るということになった当時はそれはもう大泣きしたし、駄々もこねた。

最終的には仕方がない事と諦めるしかなかったことと、定期的にお兄ちゃんからのスケートの指導を取り付ける事で私は現実を受け入れた。

お兄ちゃんがこちらに司先生の指導を受けに来た時とか、お母さんが二人の様子を見に行くときなんかに指導してもらえることになっている。

 

正直な話、私は結束いのりという人が羨ましかったのである。

年齢的に直接戦うような機会はあまりなさそうだけど、とりあえず将来的にあの人の出した結果を超えていくのが当面の目標なくらいには。

いやだってあの人はずるい。

私のお兄ちゃんなのに、何で他人のあの人があんなに構われているのか。

お兄ちゃんにないがしろにされているとかは欠片も思わないけれど、それでも嫉妬はする。

 

え、こんなにブラコンになった理由?

それ、説明必要かな。

大体みんなが、そりゃそうだろうねって反応するんだけど。

まずもって、見た目がヤバいし。

そして、そのヤバイ見た目がオマケくらいになってしまうくらいに中身が凄い。

 

私のお兄ちゃんの記憶は、ホントに悪い記憶が一つもない勢いだ。

いつも優しい瞳で見守ってくれたし、ねだれば必ず優しく抱き上げてくれた。

怖くて眠れない夜は一緒に寝てくれたし、怖くなくなるように素敵な歌も歌ってくれた。

良くない類のわがままを言えば、幼い私にも分かるように丁寧に時間をかけて諭してくれたし、逆にわがままを我慢し過ぎていれば、口に出さなくても叶えてくれた。

 

お父さん、お母さんには悪いのだけど、私は家族でダントツにお兄ちゃんが好きだ。

二人もちゃんと大好きだけどね。

ちょっとお兄ちゃんが、私の好感度を稼ぎ過ぎているだけで。

そんなお兄ちゃんと、この上なくお似合いなお姉ちゃんは私にとって憧れの人。

私とはタイプは違うし、お兄ちゃんが汐恩は汐恩のままで素敵な女の子になれるって言うので、そのまま真似ようとかは思ったことがないけど。

 

勉強はあんまり好きじゃなかったはずなんだけど、お兄ちゃんの真似をしていたらいつの間にか英語とポルトガル語を覚えていた。

だって、お兄ちゃんが話していることがわからないの嫌だし。

最近はレオとか言う人との会話がわからないのであの人の母国語を勉強中だ。

 

そう言えばスケート練習をしているとよく、他の子に何でそんなに頑張れるのって聞かれるけど、別に頑張ってないんだけどなあ?

 

「汐恩は基準が理凰だからね。うーん、頑張れるのは良い事なんだけど、どうしたものかしら」

 

お母さんがちょっと困った風に言うけど、別に苦にならない範囲で楽しんでいるから問題ないと思う。

まあ、後になってみると問題はなかったけど、私は確かにズレてはいたらしい。

私がそれに気が付いたのは、ノービスに上がって、気が付いたらお兄ちゃんの絶対王者なんて異名にあやかって絶対女王だなんて呼ばれ始めてからであった。

 

 

 

とある女性雑誌記者目線

 

鴗鳥理凰選手が四回転アクセルを跳んだ、というか一つの試合で四回転全種を跳んだ。

そりゃあもう、フィギュアスケートを専門に取り扱っているうちの雑誌の編集部はえらい大騒ぎになった。

というか、うちに限らずマスメディア全体が大騒ぎになった。

 

去年の時点で四回転を跳んでいて、その時点でも大騒ぎだったけど今回はその比じゃない。

連日地上波で特集が組まれるレベルの大騒ぎだ。

まあ、それも当然の話である。

 

はっきり言って理凰選手はおかしい。

あの歳ですでにオリンピックに放り込んだら金メダル獲って帰ってきそうとか、現実感を失いそうだ。

女子もというか、女子の方が全体としてみたら圧倒的に豊作なはずなのだ。

狼嵜光選手を筆頭に、岡崎いるか選手、突如現れた天才少女の結束いのり選手。

それ以外にもスター選手たりえるタレントがひしめいている。

 

特に光選手は点数においても技術においても理凰選手に引けを取らない。

だから、光選手もメディアへの露出はかなりのものだ。

でもそれすら喰ってしまうくらいに、話題性がエグイ。

あの年齢での四回転全種の減点無しでの完璧な着氷。

理凰選手にしては荒いスケーティングだったが、それを補って余りある熱量。

 

私も取材の関係で現地で観戦していたが、あれはやばい。

数日間、夢に出てきたくらいである。

私が元はそこそこのフィギュアの選手だったこともあるだろうし、なまじフィギュアを記者として追ってきているがゆえに、現役時代よりさらに見る目が肥えていたのもあるだろう。

 

理凰選手はただでさえ話題性があるうえに、サービス精神も旺盛なのでネットでも人気がある。

女装してのエキシビションはネットで特に大うけだった。

記者としても実に助かるというか記事にしやすいネタであり、記者たちの間でも理凰選手は結構人気である。

 

ちょっと話がそれた。

何でこの話をしたかというと、ネットの話がこの後の話に関係するからだ。

ネットというのはノリが一種独特なので、理凰選手にはいろんなあだ名が付けられている。

性癖の破壊者だとか、リアル男の娘だとか、まあ、大体はふざけたものなのだが、その中に最近になって一般にも浸透してきた異名がある。

 

氷上の魔王。

この異名は元はと言えば、彼が一番滑走だった時の大会の惨状を指して冗談半分に言われ始めたものだが、最近では趣が変わってきている。

結果と実力が伴うにつれて、このご時世に本気の畏怖と畏敬を込めてこの異名が呼ばれ始めているのである。

 

そんな少年魔王様の目の前に、今、私はいる。

あ、顔が良い。

うん、まって。

そんな風にでも思ってないとやっていられないの。

え、ヤバイ。

この子ほんとに小学生?

私の手震えてないよね、大丈夫だよね?

 

「あー、その大丈夫ですか? そんな風に記者の方に固くなられるような人間じゃないつもりなんですけど」

 

うん、空気も物腰も柔らかいよ。

でもね、長年の記者としての経験が叫ぶの。

こいつはやべえって。

でも私も記者としての意地がある。

しっかり仕事はこなさないと。

 

「あ、大丈夫ですよ。ほんとにまだ少年なんだなーと驚いただけなので」

 

ホントはそんなことはないのだが、そういう事にした。

幸い理凰選手も察しが良くて、話を合わせてくれる。

 

「あはは、よく言われますねそれ」

 

頭の回転も絶対早いよこの子!

怖い!

 

「ええ、それでまずお聞きしたいのが、なぜ全日本ノービスであんな構成にしたのかという話なんですが」

 

声震えなくてよかった。

くそう、私にこの仕事振った上司に後で絶対に苦情入れるぞ。

ちゃんと言っておいてよ、プロの中でも一握りのホントの本物相手にするつもりで行けって。

そうすりゃ、心の準備もできたんだからさあ。

 

「ああ、あれはちょっと、記者さんもすでにご存じかとは思うんですが、私は来季からクラブを変わることになっていまして」

 

「ああ、狼嵜選手と共にスターフォックスに移籍するとか?」

 

まあ、身内に指導を受けるって言うのは良い面も悪い面もあるので、そういう選択もあるだろうなというのが業界の共通見解で、驚きはしたもののそこまでの騒ぎにはなっていない。

 

「ええ。なので、名港所属での締めくくりになる大きな大会で、仲良くしていたり世話になったみんなに何か返したかったので少しばかりの冒険を」

 

あれが少しばかりとか、絶対感覚おかしいよね?

しかも君、ジュニア大会に出場するの既定路線だったろうに締めくくりとか。

君にとって、ジュニア大会はオマケか何かか。

いや、結果の蹂躙劇を見ると何も言えないけども。

 

「なるほど、そうした思い入れの上で、あのような構成を選んだのですね」

 

思い入れで滑れちゃうんだあの構成。

やっぱり怪物なんだなあ。

 

「それでは、次に移籍した後の展望などもお聞かせいただけますか?」

 

私は軽い気持ちでその質問をした。

とんでもない爆弾を投げ返される結果を考えもせずに。

 

「そうですね、まずはノービスを四連覇します」

 

さらっと断定的に言うが、そりゃそうだろうなとしか思わなかった。

 

「そして、ジュニアで結果を残し続けて、オリンピックに出場し」

 

うんうん、きっと君ならばそうなるだろう。

記事としても、美味しいしありがたい。

 

「そしてオリンピック連覇を成し遂げます」

 

は?

え、この子、今なんて言った?

 

「はい、あの、次のオリンピックでの優勝とか、金メダルではなく?」

 

「ええ、それは過程ですね。私がするのはオリンピックの連覇です」

 

このスケートお化け!

オリンピック金メダルを、過程とか当たり前のように言いやがりましたけど!?

 

「俺はオリンピックを連覇し、そして世界の誰よりも現行ルール上の理論値得点に近いシングルスケーターになります。それが俺が掴むと決めている未来です」

 

目標とか、夢とすら言わないんだ。

そうか。

そうかあ。

 

よりによって私が取材に来た時にそういう宣言を出さないでくれないかな?

ぜったいに!

大騒ぎになるじゃんこれ!

ああ、もう、してやったりって顔して!

 

大人振り回すんじゃないわよ!

ああもうほんとに、なにこれ、頭に来るのにワクワクする!

きめた!

私、この子の事、これから専属で追っかける!

上司に絶対に飲ませてやる!

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。