狼嵜光視点
理凰と観戦した中部ブロック大会は、本当にすごい大会だった。
みんなの理凰への想いが伝わってくるような滑り。
名港と愛西、それにいのりちゃんも。
ちょっとだけ、他のクラブの子達が可哀そうなくらいだった。
あんな熱をもって滑られてしまったら、それはかなわないだろう。
理凰は、本当に多くの素敵な絆を結んできたんだなと誇らしくなった。
大会前日にみんなに言われたのだ。
「光ちゃんとはこうしていつも話しているし、お互いに言うべきこともちゃんと言えていると思うから、お別れもちゃんと言葉で出来る。でも、理凰にはさ、どうしても言葉では言えない事って色々あるから」
ちょっと照れた様子でみんなを代表して言う夕凪ちゃんは、可愛かった。
私の目から見て、実はうっかり理凰に転んだら一番危ないのは夕凪ちゃんなんじゃないかなと思っていたのだけど、その自説を補強出来た気がした。
移籍の話が決まってから、夕凪ちゃんには、背を追うのが楽しかったと、同じクラブでいてくれてありがとうと言われた。
理凰も言っていたけど、夕凪ちゃんは本当に格好いい子だと思う。
「住所決まったら教えてね。お菓子作って贈るから!」
「それなら私も、理凰に手伝ってもらいながらになるかもしれないけど、お返しを贈るね!」
四葉ちゃんとはお菓子を贈り合う約束をした。
私はまだあまりお菓子作りは出来ないけど、理凰と一緒に作って贈ろうと思っている。
りんなちゃんとは恋の話を。
実は本人から口止めされていたので理凰には言っていなかったけど、私は大分前からりんなちゃんの初恋の相手が理凰であることを聞いていたのだ。
「光ちゃん、向こうに行っても理凰君と仲良くね。光ちゃんが自分の恋を認められる日が早く来るように願ってるね」
「ありがとう、りんなちゃん。私も、りんなちゃんが新しい素敵な恋を見つけられるように願ってる」
「あはは、それは当分難しそうかも…」
りんなちゃんはこんなに素敵なのに。
いるかちゃんもそうだけど、これに関しては理凰は中々に罪深いことをしたと思う。
そんなことがあった後、中部大会のみんなの滑りを見て、少しだけ不思議な気持ちになった。
私は誰よりも今の理凰を知っている自負があるけれど、こうして自分以外の人からの理凰への想いを見ていると、あらためて理凰の魅力が見えてくるような気がしたのだ。
我ながら、まだ好きになるんだと呆れてしまうけれど。
全日本ノービスでは、みんな恨みっこなしという事で全力で戦おうと話していたので全開で行った。
みんなも凄くいい滑りをしていて、なによりいのりちゃんがあんなにも私に迫っていた事実に戦慄と共に喜びを感じた。
いのりちゃんはきっと、そう遠くない未来に私と同じところにやってくる。
そんな予感がした。
ジュニア大会では、いるかちゃんに僅差で勝った。
いるかちゃんはどんどん滑りが洗練されてきていて、私ももっと頑張らないと次は負けるかもしれない。
そしていのりちゃんもこの短期間でまた少し成長していてドキドキした。
でも、それらすべてを横に置けてしまうような滑りを私は既に全日本ノービスで理凰に見せられていたので、ジュニアでの色々に対しては意外と冷静に受け止められた。
未完成でも最高の滑りをと勧めたのは私だったけど、ちょっと失敗したかもしれない。
りんなちゃんは完全に恋する乙女の顔で涙を流して魅入っていたし。
四葉ちゃんも、ほとんどりんなちゃんと同じような様子だった。
うん、最後の最後で見事に盗まれたみたい。
ホントに理凰は、どうしようもない人だと思う。
あんな滑りを、自分に恋をしたがっていた子に見せたらどうなるかなんてわかり切ったことだと思うのだけど。
夕凪ちゃんは、恋といった類の色こそなかったけど、その目はもういのりちゃんが理凰に向けている目とそっくりだった。
夜鷹純にかつて同じ目を向けていた者として言わせてもらうと、ある意味で初恋を泥棒するよりも罪深い。
観戦から帰って次の日にみんなで集まって、盛大に理凰に対する文句とも惚気とも言えるような感想を言い合うことになったのは無理もないことだと思う。
私としては、また追いつくのが大変だなといういつもの感想を述べるにとどめた。
そのしばらく後の事。
私は理凰と一緒に、夜鷹純に呼び出された。
珍しく練習とは別の関係のない日にだ。
呼び出された場所は、個室のある喫茶店だった。
なにで知ったのだろう、こういうお店。
そんな風に疑問に思っていた私に、夜鷹純は単刀直入に切り出した。
「光は、もう気付いているよね?」
ああ、やっぱり。
そう思った。
大体の要件は予想がついていたのだ。
「君はもう、僕と同じ道を歩むことは出来ない」
理凰は、私とそして夜鷹純の事も信じてくれているのだろう。
何も口を挟む様子はなかった。
「はい。気が付いていました。私には理凰がいてくれて、そして私は理凰の手を離すことは決してしませんから」
夜鷹純は、ただ静かに頷く。
「君は僕にオリンピック行かせてほしいと願った。だから僕は君に僕と同じ道を歩ませた。それは僕の知っているオリンピックへの道が、それだけだったからだ」
夜鷹純の言葉をこんなにしっかりと聞くのは初めてかもしれない。
かなり記憶をさかのぼっても記憶にあるのは犠牲についての話くらいだし、それさえもここまで言葉を尽くしてくれてはいなかったきがする。
「これから君は、道なき道を歩かなくてはならない」
「はい」
「でも、君には理凰がいる。そして、僕も。もう道を示してあげることは出来ないけど、歩き方くらいは教えてあげられるだろう」
「はい…!」
涙をこぼす私の手を、理凰がそっと握ってくれた。
「光。僕は正直、君が僕と同じ道を歩く事に乗り気じゃなかった。この道は歩くものを決して幸せにはしないから。だから、君が道をそれたことを嬉しく思う」
夜鷹純は私のコーチは、初めて見る優しい微笑みを浮かべている。
「こんな風に思えるようになったのも、ちゃんと伝えようと思えたのも、君たちとの時間のおかげだ」
ああ、言われてみれば。
夜鷹純の語り口は、理凰のそれによく似ていた。
少し前、夜鷹純に理凰が語った犠牲についての話をした時、夜鷹純は彼の犠牲への考えを聞いた理凰と同じ笑みを浮かべていたのを思い出す。
そっか私もそうだけど、理凰は本当にこの人の事も変えてしまったんだ。
本当に、私たちの絆を結びなおしてくれたんだ。
「曲かけの約束も、大会での優勝の約束も、もう光には余分なだけだろう。光には理凰との約束があれば十分だ。レッスンはこれからも続ける。正式に君のコーチとして登録もしよう。色々面倒な所は、理凰が片付けてくれたしね」
ああ、もう、ちゃんと声も出せない。
ただ頷くだけで精いっぱいだ。
「君が許してくれるなら、これからは、普通のコーチと生徒だ」
許すなんて。
そう在ることができるならそれ以上なんて無い。
貴方は私の手を最初に引いてくれた人で、理凰に出会わせてくれた人で、今だって憧れのスケーターなんだから。
「改めてこれからもよろしくお願いします、夜鷹コーチ」
涙声になってしまったけど、何とかそう口にすることが出来た。
夜鷹コーチは、どこか安心した様子で頷くと、テーブル越しに手を伸ばして私の頭を撫でてくれた。
私は、夜鷹純に抱きかかえられて氷上で風を感じた時のことを思い出す。
あの時から、ずいぶん時間が流れた。
こうして、私と夜鷹コーチの少しねじれていた関係は、本当に形の上でも結びなおされることになった。
夜鷹コーチは私たちのスターフォックスへの移籍に際し私の専属コーチとして、同時に理凰の臨時コーチとして正式に登録された。
外向きの対応やキスクラに座るのは結局、ライリー先生に任せていたけれど。
それは夜鷹コーチらしいと思った。
ところで、色々面倒な所は理凰が片付けたと言っていたけれど、どういう事だろう。
「もとからそんな予定はなかったけど、僕は理凰の事は絶対に敵に回さないことにした」
なんて夜鷹コーチは言っていたけれど、理凰は曖昧に笑うばかりで何も教えてくれなかった。