マンションの内見を済ませた。
事前にある程度話は聞いていたけど、ヤバくない?
ほんとにあの値段で借りて良いんだろうか。
確かにオーナーは、このフロアについては商売するつもりがそもそもないとは言っていたけども。
うん、まあ、結局フロアの中でも一番小さいタイプの部屋にしてもらったよ。
それでも部屋数がそこそこあるからね。
これ以上は掃除が大変になる。
ちょうど夜鷹さんも一人暮らしだから同じタイプの部屋で、向かいにすると自然とそうなったし。
なお斜向かいはレオである。
これある種の変人荘になってない?
大丈夫オーナーさん?
あ、あのオーナーさんもなかなか大概だったわ。
というかあの人の場合、狙って面白そうな人間を集めている節がある。
そのうち漫画で光ちゃんのスケーティングのコーチになっていた匠先生や、ライリー先生まで引っ越してきたら俺は笑う自信しかないぞ。
なにしろ光ちゃんが漫画で言っていた変な人のフルコースであるからして。
まあ、ないだろうと言うか、ライリー先生はともかく匠先生は確実にないけども。
あの人、娘の瞳さんにべったりだから今より娘さんと距離が離れる東京には確実に引っ越しては来ないだろう。
ちなみに家具は改めて揃えることになった。
両親ともに、俺たちが帰ってこられる部屋をそのままで残しておきたいという意向だったからだ。
まあ、この年の子供が家から急に二人もいなくなるのはどうしても寂しいだろうし、二人の精神安定のためにもそこは素直にそうしてもらう事にした。
俺も、なんだかんだそう言ってもらえて嬉しかったしね。
「ねえ理凰、リビングのテーブルはどうしようか?」
「そうだね、多分頻繁に夜鷹さんやレオが来ると思うから、余裕をもった人数で使えるサイズのやつが良いんじゃない?」
「そっか、そうだよね。最低でも四人掛け。余裕を考えると六人掛けかな?」
「六人掛けのほうが良いんじゃないかな。あるいはいっそ八人掛けか。父さんたちが来た時を考えると」
「なるほど。確かにそうかも」
「デザインは光の好みで良いと思う。部屋の内装があんな感じだからね。むしろピッタリじゃないかな」
「あ、そっか、そうなんだ! 嬉しい!」
うんうん、光ちゃんが楽しそうで俺も嬉しいよ。
ところで、その微笑まし気でいて生暖かいなまなざしは何かなマイマザー。
そんな意思を込めて視線を向ける。
「口を出すところがないなぁって思って。色んな意味で」
家具を事前に買い揃えるために来たのだが、母さんが付き添いで付いてきている。
まあ、当然と言うか当初はむしろ母さんメインで揃えてもらうつもりだったんだけどね。
自分たちで選んでみるかと聞かれて、面白そうだからと光ちゃんと一緒に話に乗ったのである。
「理凰、カーテンはどれがいいかな?」
光ちゃんはすっかりはしゃいでいて、母さんの様子も気にならないようである。
「内装の雰囲気的に、色味は抑えたほうが映えると思うな。ヒラヒラはありで大丈夫というか、あった方が合うくらいだと思う」
「んー、そうするとこのあたりかな?」
配色はシンプルだけど、レースをふんだんに使ったカーテンを手に取る光ちゃん。
「ああ、これはかなり良いね。でもこっちなんかも良いんじゃないかな」
部屋に合う感じで、より光ちゃんの好みにも合いそうなカーテンがあったのでそちらを勧める。
「わあ、確かに素敵!」
はあ、やっぱり可愛いなあ光ちゃん。
癒されるわぁ。
最近は倒れたり、大会の予定が詰まってたり、移籍の準備があったりでゆっくり時間を取ってあげられてなかったから、今日の買い物は渡りに船だ。
なにより俺も喜ぶ光ちゃんを見れて嬉しいし。
なお父さんは来られていない。
まあ、クラブがいまだに忙しいから仕方ない。
人員の補充がようやく追いついてきて、かなり落ち着いてきてはいるんだが。
そして今日は汐恩もクラブで練習中だ。
漫画でもちょっと触れられていたけど、汐恩はかなり筋が良い。
将来がとても楽しみである。
今度また、練習を見てあげよう。
「後はソファーも欲しいよね?」
「そうだね。来客を考えると、大きめのを二つくらいかな?」
二人で持ってきておいた見取り図とにらめっこしながら考える。
「配置はこのあたり?」
光ちゃんが指さす位置は確かに妥当に感じる。
「うん、それでいいと思う」
俺はそう答えたうえで念のため母さんにも確認を取ったが、オーケーが出た。
「間取りを測っておいた感じから、大体このあたりのサイズから選ぶのが良いと思う」
事前に目星をつけておいた大体のサイズを教えてあげると、光ちゃんは腕を組んで悩み始めた。
「数が多くて迷うなあ」
「今まで選んだ家具のデザインを考えて統一感が出るようなものを選べば大分候補は絞れると思うよ」
俺が光ちゃんにアドバイスをすると、母さんがちょっとあきれた様子で言ってくる。
「理凰は一体どういうところでそういうことを覚えてくるのかしら?」
「主にネットだね。引っ越すってことになった時に軽く調べておいたんだよ」
なお、調べたのは本当だが、それは前世の知識を補強するためだったりする。
そうして、ソファーも決まったので良い時間だし食事をとることになった。
食前に頼んでおいたジュースを飲みつつ俺は口を開く。
「それにしても、本当によかったの?」
実は引っ越し先に持っていく一式の代金は今回完全に払ってもらっているのだ。
「親として、それくらいはさせてもらわないと困っちゃうわ。家の部屋の家具の事だって、どちらかというと私のわがままだもの」
そう、部屋をそのままにしたいと一番強く要望したのは母さんだった。
「疲れた時でも、困った時でも、元気で何にもなくったって、いつでも帰ってきて良いって二人に知っていてほしいの。もちろん、呼んでくれればいつだってこちらからも会いに行くわ」
「ありがとう、母さん。そう言ってもらえると俺も光も心強いよ」
「本当にありがとう、エイヴァ。実はね部屋をそのままにしたいって言ってくれた時、とても嬉しかったの」
光ちゃんはふんわりとした笑みを浮かべて同意して、そして同時に本音をこぼした。
漫画だと、母さんは光に貴方も私の娘だって言っていたけど、そうか。
この世界では、その言葉すらお互いに必要ないくらいに光ちゃんと母さんは自然に家族で親子なのか。
なんだか無性に嬉しくなってしまう。
いい気分で食事がよりおいしく感じる。
それがわかるみたいで、隣の席の光ちゃんが嬉しそうに笑う。
母さんも俺たち二人の様子を見て幸せそうに笑っていた。
ふと、光ちゃんを家に迎えた日の事を思い出す。
『これからみんなで素敵な時間を作っていこう。すぐには難しいだろうけど、ゆっくりとでもそれができるような家族になっていけたらいいと思ってる』
俺はあの日に光ちゃんにそう言ったけど、ちゃんと叶えられていたんだな。
家族みんなで、沢山の素敵な時間をすごしてきた。
そして、直接会う機会は減ってしまうけれど、これからだってきっと。
食事の後は、母さんも一緒に三人で買うものを選んだ。
楽し気に話し合いながら買うものを選ぶ光ちゃんと母さんは、どこからどう見ても本当の親子にしか見えなかった。
それを、つい目を細めてずっと見ていた俺を二人が呼ぶ。
「理凰はどうしたらいいと思う?」
「私と光は、これが良いと思うのだけど」
「どれどれ、なるほど。確かにこれなら部屋の雰囲気に合うんじゃないかな。他に買ったものとも喧嘩しないと思う」
俺も二人と一緒になって、買うものの選別を再び手伝い始めた。
その日は丸一日をかけての買い物をすることになったが、自信をもって楽しく幸せな時間だったと胸を張れる、そんな一日だった。