なんか光ちゃんが俺から離れなくなった。
うーん、流石に6歳そこそこの子に身近な人物の死をイメージさせかねない経験はトラウマ案件だったか。
しゃーなし。落ち着くまでなるべく甘やかしてあげよう。
え、一緒にお風呂?
ぐ、まあ、まだこの年齢ならセーフ、か?
あ、はいはい。
一緒に入るからそんな悲しそうな顔しないで。お願い。
クラブの時間に一緒にスケート練習?
いいよいいよ。
むしろいつもの事…え、他の子に目移り禁止?
ぉおう。
どしたん光ちゃん。話聞こか?
なんかコーチ陣の目線が生暖かいなあ。
でもこれ多分コーチたちが期待してる類じゃないよ。
え、コーチとも話しちゃダメなの?
ホントどしたん光ちゃん。
買い物行きたい?
よし来た。じゃあ、慎一郎さんとエイヴァさんにも声をかけて、え、二人で?
まあ、あんまり遠出は出来ないけどそれでも良ければ。
あ、夜鷹さん今晩は…って目の下のクマすげぇな。
今日の練習休みにします?
大丈夫? そうですか、それじゃ今日もよろしくお願いします。
そういえばこの前、夜鷹さんの好きそうなアロマ見つけたんで持って帰ってどうぞ。
今日はよく眠れるといいですね。
なんですその顔? 見たことない顔してますけど。
しかも師弟そろって。 それ、どういう感情なんです?
一緒に寝よう?
オーケーオーケー。
だが俺もいるのにネグリジェ脱ごうとするのはやめなさい。
女の子はちゃんと恥じらいを持たなくちゃだめだぞ。
一緒にお風呂入ったのに今更?
お風呂とベッドの上はまた話が違うのだ。
そんなこんなで結局、光ちゃんが落ち着くまでに1週間以上かかった。
落ち着いた後も、今回の一件以前に比べるとべったり度は上がっているが、コーチ陣曰く少なくともはたから見る分には以前と変わらない程度に落ち着いたらしい。
あれ、もしかして以前から俺と光ちゃんてべったりだった?
え、今更気付いたのかって?
そうか。そうだったのか…。
冷静になって振り返ると、確かにほとんどの時間を一緒に過ごしてるわ。
なお落ち着いた光ちゃんは、エイヴァさんに揶揄われて顔を両手で覆って悶えていた。
これあれだな。大人になった後も事あるごとにネタにされる奴だ。
ドンマイ、光ちゃん。
人間の歴史には黒歴史はつきものだよ!
まあそんなわけで本日のクラブ練習は、冷静になってここ最近の言動が恥ずかしくなってしまった光ちゃんとは別行動である。
さて、今日は何を鍛えようかと考えていると一人の女の子が近寄ってきた。
「あの、理凰君。ジャンプの練習を見てもらってもいいかな?」
最近俺が練習を見ている子の一人である、申川りんなちゃんである。
そう、漫画でも出番がそこまで多くなかったのに妙に印象深い、作中でも読者間でもおもしれー女という認識をされていたあの、りんなちゃんである。
「構わないけど、雉多さんは――あ、他の子見てるのか」
りんなちゃんの担当と言っていい雉多さんの姿を探すと、別の子の練習を見ている様子が確認できた。
こっちに気が付いた雉多さんと目が合うと、手でオーケーサインを作ってくれる。
ふむ、こっちで見てあげて構わないってことだな。
「オッケー、雉多さんも許可くれたから、さっそく始めよう」
しかし現状まだ幼いからか泣き虫な女の子って印象の方が強いが、一週間以上べったりだった光ちゃんが俺から離れたとたんに迷わず手伝いをお願いしてくるあたり、地のメンタルの強さが見え隠れしているというか、おもしれ―女の片鱗を感じる。
りんなちゃんは俺がそんなことを考えているうちにジャンプを何度か飛んでからこっちに戻ってきた。
「まず踏み切りの時に体が遠心力で外に流れているから、踏み切り前の滑っているときの意識を回転することじゃなくて、ジャンプを飛ぶ先に向けることに注意してみようか」
ジャンプを見ていて気になった部分を指摘する。
そして思いつく改善のための具体的な案を挙げて試してもらう。
「そうだな、ジャンプの前に大体あのあたりに飛ぶぞって目線を着氷の予想地点に送るイメージで」
「わかった! やってみるね!」
うーん素直。
光ちゃんもだけど、俺を信用し過ぎじゃないかなあ。
ほぼ同い年の自分と同じ子供のアドバイスとかもうちょっと疑ってかかってもいいのよ?
でも、その素直さが功を奏しているのか、ジャンプ明らかによくなってきてるし。
結果が良いならとりあえずヨシ!
と現場猫を思い浮かべる。
「よっ、理凰。おつかれさん」
クラブ練習の時間が終わると、雉多さんに声をかけられた。
そして頭をくしゃくしゃとかき回される。
「雉多さんもお疲れ様です」
されるがままになりつつ、挨拶はしっかり返しておく。
「りんなの事サンキューな。俺も付きっ切りってわけにはいかないからすげえ助かる」
「いや、人に教えるのって自分にもすごく参考になるし好きでやってることですから」
「はぁー、理凰はホント大人だよな。時々年上と話してる気分になるわ」
おおう、なかなかするどいね雉多さん。
まあ、俺はさほどその辺を隠そうとしてないからそう感じてもおかしくないけど。
「もう体調は大丈夫か? ずっとお姫様がべったりだっただろ?」
「あー光のアレは俺の体調がどうって言うより、光の方の不安の問題っていうか。ようやく落ち着いてくれたみたいで正直ホッとしました」
「ああ、なるほど」
「体調はちゃんと気にしてたつもりだったんですけど、もっと気を付けないとですね」
「いや、理凰は十分しっかりしてるだろ。風邪なんてどうしようもない時があるんだからあんま気にすんなよ」
そういってまた頭をかき混ぜられる。
いやあ、雉多さんなんか見た目ホストだし社会人としては口調荒めだけどいい人だわー。
「理凰!」
光ちゃんの俺を呼ぶ声に、雉多さんは頭を掻きまわしていた手を離した。
「噂をすれば、だな。お姫様がお呼びだぞ、理凰。それじゃ、またな」
「はい、雉多さん。また」
まあ、クラブでの俺の日常はこんなものである。