クラブのみんなとの別れは事前の準備期間がそれなりにあったこともあって比較的穏やかなものとなった。
まあ泣いている子は沢山いたんだけど、最後はみんな笑顔で、いってらっしゃいと言ってくれた。
涙こそなかったけど、東京へ向かう新幹線の中で光ちゃんはずっと俺の手を握っていた。
東京のマンションの一室に着いた俺たちはこれから住むことになる部屋で一息つく。
事前にそのまま住める状態まで持っていっているので荷ほどきは最小限で済むし、後回しだ。
光ちゃんの為にミルクと砂糖たっぷりのコーヒーを用意する。
「はい、どうぞ。まあ、流石にインスタントだけどね」
コーヒーメーカーはあるんだけど、流石に豆の用意はまだないし。
インスタントコーヒーはどうせコーヒーは飲みたくなるだろうからと来るときに一個持ってきておいたのだ。
「ありがと」
二人でテーブルに座りコーヒーを飲む。
流石に二人だけだと静かだ。
居間にいる時はだいたい他にも誰かいたから、ちょっと寂しく感じる。
そんな風に思いながらしばらくまったりと過ごしていると、インターホンが鳴った。
カメラで確認すると、夜鷹純とレオが映っている。
到着したことは伝えてあったので早速様子を見に来たらしい。
「いらっしゃい夜鷹さん、レオ」
玄関のドアを開けて二人を迎え入れた。
「ああ、お邪魔するよ」
夜鷹純は簡潔な挨拶だけして入ってくる。
一方でレオはそれとは対照的に大きな身振り手振りで、にぎやかに挨拶をしてきた。
「やあ、理凰! これからはご近所さんだね! 今日は二人とも疲れているだろう? 夕食になりそうなものを買っておいたからみんなで食べよう!」
あ、なんか荷物持ってると思ったら、そういう事か。
これはありがたいな。
今日の食事どうしようかと思っていたんだよね。
「いらっしゃい、夜鷹コーチ。それにレオさんも」
一緒に迎えに出ていた光も二人に挨拶を返す。
買ってきてくれた料理の入った袋を受け取り二人を中に招き入れた。
「せっかく二人が夕食を用意してくれたんだ。ちょっと時間は早いけど、食事にしよう」
俺が皿の用意を始めるためにキッチンへ向かうと、光ちゃんも一緒について来る。
手には俺が持ちきれなかった分の料理の袋。
「私も手伝う。この袋の中のものをお皿に盛りつけていけばいいかな?」
光ちゃんはそう言いながら料理の入った袋をキッチンまでもってきて、台の上に置いた。
「うん、それでお願い。あ、二人はテーブルで座って待っててね! 今用意するから!」
てきぱきと二人で用意を済ませていく。
何がどこにあるかはきっちり二人とも把握済みだ。
「なるほど慎一郎たちが二人で暮らすことを許すはずだね。二人ともしっかりしているよ」
「家では俺も光も結構手伝いをしていたからね。こういうのは慣れたものだよ」
料理を盛った皿をテーブルに並べながらレオと会話を交わす。
「夜鷹さんは、とりあえず飲み物を。食べられそうなものがあれば言ってください適当な量だけ取り分けます」
夜鷹純は会ったばかりのころに比べれば、少しは普通の食事を楽しめるようになった。
まあ、本当に少しだけなんだけど。
準備が終わって俺と光ちゃんも席について、食事を始める。
夜鷹純は相変わらず言葉少なにだけど、光ちゃんの投げる言葉にしっかりと相槌を打っている。
全体としてみると、主に会話を回すのはレオだ。
陽気に、いろんなことを話す。
今は主に東京に暮らしてみた感想などが主だ。
人がびっくりするほどに多いとか、満員電車は最悪だ二度と乗らないとか。
まあ、満員電車はね。
あれはホントに悪い文明だから。
食事が終われば、四人でソファーに陣取り映画を見て過ごした。
コメディー映画をチョイスしたのは、少しでも光ちゃんの感じている寂しさがマシになればと思ったからだった。
でもまあ、これが思った以上にあたりの映画でみんなで大いに笑った。
まあ、夜鷹純は軽く笑いを漏らすくらいだったけど、あんた凄いぞこの作品の映画監督。
軽くでもこの人を笑わせられるなら。コメディー映画として文句なく本物だと思う。
気付けば夜も更けていて、二人は自分の部屋に戻っていく。
「今日はいろいろ助かったよレオ。ありがとう」
別れ際、俺はレオに対して心底からの礼を言った。
「かまわないさ。僕も楽しかったからね」
いや、ホントに助かった。
食事もそうだし、寂しさを忘れられた。
俺でも少し寂しさを感じているんだから、光ちゃんはもっとだろうからなあ。
今度お礼に気合いを入れた料理でも作ってもてなさないとな。
二人が帰った後は、順番に風呂を済ませて居間でゆっくりと適当なテレビ番組を見て過ごした。
一つのソファーで肩を寄せ合って、ずっと手をつないでいた。
「今日は俺の部屋で一緒に寝ようか。来客用の布団があるし、俺はそっちを使うから光はベッドを使うと良い」
流石に今日から別々の部屋で一人で寝るように言うのは酷だろうと思って提案する。
光ちゃんはちょっと驚いた顔で俺を見た。
「良いの?」
「今日だけと言わず、まあ、しばらくは。光が寂しくなくなるまで」
そう答えると、光ちゃんがつないでいた手を放して腕に抱き着いてきた。
そしてグリグリと頭を押し付けてくる。
「その、今日だけ、一緒のベッドじゃダメかな?」
「あー、まあ、今日くらいなら良いよ」
思ったより重症か。
まあ、漫画より色んな相手と関わっていたし、そのかかわりも深かったもんな。
明日は、食料とかを買ったりしなきゃだし。
周囲も改めて歩き回って地理を把握しておきたいから、ちゃんと眠っておいたほうが良い。
そういえば、レオが買ってきてくれたものの中に、レオが自分で飲むお酒に入れる用のレモンがあったな。
アレの残りがあったはずだ。
調味料は日持ちするから、一式揃ってる。
たしか、はちみつもあった。
「よく眠れるように、ホットレモネードでも作るよ」
立ち上がって、キッチンに行く俺に光ちゃんも一緒についてきた。
横で俺がレモネードを作るのを眺めている。
「レモネードって、こんな風に作るんだ」
俺の手元を覗き込みながら光ちゃんは言う。
「簡単だろ? 今度自分でも作ってみると良いよ」
実際、手順はとても簡単である。
誰だって作れるだろう。
レモンやはちみつの分量だけ気を付ければいい。
それだって味見さえすればおかしなことにはまずならない。
「そうだね、今度は私が理凰に作ってあげるね」
その時が楽しみだという様子で光ちゃんは笑って言う。
俺もそれに笑顔で返した。
「それは楽しみだな」
二人で笑いあって、出来上がったホットレモネードを手にソファーに戻った。
テレビを見ながらゆっくりとホットレモネードを飲む。
「ああ、暖かいね。ありがとう、理凰」
ぴったりと横にくっついて、ホットレモネードを飲みながら光ちゃんが言う。
たぶん、このありがとうはレモネードの分だけではないんだろうな。
飲み終わった後、俺たちは一緒のベッドで眠った。
しばらく髪を撫でてあげていると、光ちゃんは思ったよりずっとすんなりと眠りにつけたみたいで、俺はほっとした。
まあ今日は疲れてもいただろうし、すぐに眠れたならそれに越したことはないだろう。
しばらく髪を撫でて、光ちゃんが嫌な夢を見ずにぐっすりと眠れているのを確認してから俺も目を閉じる。
防音がしっかりしているんだろう。
本当に静かな夜だった。
いつしか俺も眠気に襲われて、いつの間にか眠りについていた。