東京に引っ越して数日後。
学校やクラブが始まるより少し前に俺は一人でライリー先生に呼び出されていた。
わざわざマンションにまで車で迎えに来てくれたあたり、結構真面目な話っぽい。
服なんかも完全に外行き用のキラキラ仕様。
「ずいぶん気合入ってますね。ぶっちゃけ俺、朱蒴君からいろいろ聞いているのでそんなに頑張らなくても平気ですよ?」
漫画でもライリー先生が運転していたオープンカーの助手席に座りながら先制する。
「あっちゃあ、そっか、理凰君はすうくんと仲良かったんだったっけ。まあ、それなら少し肩の力抜いて話すかー」
がっくりと、ハンドルに倒れこんで見せるライリー先生であるが、すぐに気を取り直して雰囲気を緩くした。
「どうせクラブで練習が始まればすぐに猫がはがれるのに、よく今日はそのモードで来ましたね」
「一応ねぇ。今日はちょっと真面目な話だったし」
言いながら、ライリー先生がアクセルを踏んだ。
車が動き出し、風が髪をさらう。
「近くの喫茶店でいい? ちゃんと個室はあるところだから」
「むしろそれで。まだ、あまり長く光を一人にしたくないので」
なんか、今のセリフを言った瞬間にライリー先生の目が輝いた気がする。
何か合宿で一緒になった時とか俺と光のこと見てるなあとは思ってたが、そうかライリー先生はそのタイプか。
「大事にしてるんだ、光ちゃんの事」
ちょっとからかうような調子だが、残念だったね。
「そうですね、世界で一番に大事にしたいと思ってます」
今更そんなことで恥ずかしがったりはしないんだよなあ。
「きゃー!」
うわあ、きゃーとか言いやがりましたよこの人。
めっちゃ嬉しそうですねえ。
ちょっと、サービスが過ぎたか。
そんな風にちょっとふざけ合ったりしているうちに目的の店に着いた。
車を降りて店に入ると予約をしてあったらしく、すぐに個室に案内された。
あーこれ結構高い所だな。
多分有名人とかが使ってるような店だろ。
個室ばかりなのもその辺の関係か。
席について適当な飲み物とケーキを頼んだ。
注文の品が届くまでは当たり障りのない会話に終始する。
しばらくして注文の品が揃って店員が離れると、ライリー先生が居住まいをただした。
「さて、理凰君」
こちらも姿勢を正して、目を合わせた。
「はい」
「君の事情は、慎一郎先生から聞きました。そのうえでいくつか確認を」
なるほど、やっぱりそのあたりの話か。
俺は頼んでいたコーヒーを一口だけ口にして先を促した。
「ええ、どうぞ」
口を湿らせるためか、話し出す前にライリー先生も飲み物を飲んでから話し出す。
「理凰君が、際限なく自分を追い込むのは別に記憶がない事とは関係がないと思って大丈夫かな?」
父さんからも聞いてはいたんだろうけど、そこを最初から疑わずに確認だけで済ますのは流石というか、ありがたいな。
「大丈夫です。あれは単純に楽しくてついついってだけなので」
まったくもって完全に、楽しすぎてブレーキが壊れていただけである。
そのあたりをちゃんとライリー先生はわかってくれているようであっさりと頷いた。
「それならそこは良いね。まあ、マージンはもっととったほうが良いと思うから、そこは要改善だけど」
そこは、まったくもってその通りなので同意するしかない。
「それに関しては俺も同じように感じるようになったので、気を付けていくつもりです。ライリー先生からも、俺がやりすぎていると思ったら注意してもらえれば助かります」
俺が素直にそう言えば、ライリー先生は朗らかに笑って了解を返してくれた。
「オッケー。任されます」
お互いにケーキを一口食べながら一息ついて話を続けた。
「あと、たまに出す熱の事だけど、こっちに移ってきて数日過ごしてみてどう? 大丈夫そうかしら?」
そこも今のところは問題なさそうである。
俺は前世では一人暮らしの時期も長かったので特に不安も感じていない。
「今の所、ストレスを感じるようなことはありませんし、あとは学校やクラブが始まってからですね」
なので可能性があるとしたら学校生活やクラブの方になるが。
そっちはそっちで、別に不安要素らしいものはないんだよなあ。
「まあでも、そのあたりもあんまり心配していません。学校は光が一緒ですし」
学校にせよクラブにせよ、光ちゃんが一緒だからなあ。
一人で飛び込むわけじゃないので気楽なものである。
しかもクラブの方は朱蒴君もいるし、他にも知り合いがチラホラ。
「クラブには朱蒴君もいますし、他にも結構知り合いが多いですしね。亜子ちゃんとかは光とも結構仲が良かったですし」
「そっか。君がそう言うなら、大丈夫なんだろうね」
まあ、名港でも上手くやっていたし、人間関係についてはそれなりに自信もある。
「そういえば、ちょうど話に出たから。いい機会だし言わせてもらおうかな」
「なんでしょうか?」
「すうくんのコーチとしてお礼を。すうくんの事ありがとう、理凰君」
ああ。
なるほどね。
「どういたしまして。そのお礼、確かに受け取りました」
俺の返しに、ライリー先生はちょっと困ったような顔で笑った。
「理凰君は本当に大人だね」
そしてそう言ってから、表情を引き締めた。
「ねえ、理凰君。君は本当に大丈夫?」
まっすぐに目を合わせて。
そこから読み取れるものを何一つ逃さないという意思が見て取れた。
だから俺も決して目を逸らさずに、見返したまま口を開いた。
「ええ、俺は本当に大丈夫ですよ」
笑みさえ浮かべて。
そこには嘘一つないから自信を持ってそう言える。
「そっか、そうなんだね。わかった、私はそれを信じます」
少しだけ悲しそうなのは、まあ、仕方がないか。
俺の中身の本当の事情を知るのが不可能である以上は、この年の子供がこれほどに強くあれてしまうことに思うところを待たないというのは難しいだろう。
「光を連れてこなかったのはこれを聞くためでしたか」
話がひと段落したので、またコーヒーを飲みケーキを食べるのも再開した。
ライリー先生も同じように残っていたケーキを食べ始める。
「そうだね。光ちゃんの前だと理凰君はきっと、弱いところは見せてくれないだろうと思ったから」
まあ、そういう可能性は否定できないな。
甘える事と弱さを見せるのはちょっと違うし。
光ちゃんの前ではやっぱり格好つけたくなるのも事実。
「まあ、男の子って言うのは格好をつけたい生き物ですからね」
肩をすくめて笑って言えば、ライリー先生も乗ってくれる。
「理凰君みたいな子でもそうなんだ?」
でもその問いには割と本気も混じっていそうであった。
「そりゃそうですよ。というか、むしろ俺は人よりそういう部分は強いんじゃないですかね」
無理とか言うのとは別に、やっぱり格好つけられるなら格好つけていきたいし。
俺はそういう自分が結構好きなのだ。
「なるほど。ちょっとだけ理凰君のことがわかった気がする」
ちょっとだけなのか。
俺そんなにわかりにくいタイプではないと思うんだけどな。
「ライリー先生から見て、俺ってそんなに分かりづらいですか?」
「分かりづらいというか、掴みにくいって感じが近いかなあ。コーチとしてはちょっと困りどころなんだよね」
「そんなにですか?」
ちょっと意外だ。
もっと見透かされてるかと思ってた。
「理凰君て、私に凄く近いタイプに感じる時もあるのに、真逆のように感じる時もあるから」
あー、これはあれだ。
前世の俺の部分と、今生を生きてきた俺の両方が見えちゃってる感じだな?
なるほど、なまじ鋭いせいでかえって混乱している感じなのか。
であるならば、簡単だ。
「とりあえず、今見えている部分を俺だと思ってくれれば大丈夫ですよ」
俺がそう言うと、ライリー先生は深く溜息をついた。
「本当に大人。りょーかい。そうしておく」
お手上げという風に、ホントに両手をあげて言うライリー先生。
そのあとは、また大して中身のない雑談を交わして。
帰り際、ケーキをお土産にお持ち帰りできるというので、光ちゃんの分のケーキを買った。
「それじゃあまた、今度はクラブでね!」
マンションの前まで送ってくれたライリー先生はウィンクと共に言葉を投げて去って行った。