「鴗鳥!サッカーやろうぜ!」
学校が始まってほんの少し経った。
うん、まだほんの少しなんだけど。
なんで俺はしつこくサッカー部顧問の先生に勧誘されているんですかねえ。
「サッカーやろうぜじゃないんですよ、先生。なんでそんなクラスメイトを遊びに誘うような軽いノリで勧誘してくるんですか。しかもこれ入学してからほとんど連日じゃないですか」
いやまあ、俺が悪いというか、原因は作ったと言えば作ったんだけど。
でも、体育の授業真面目に受けただけでこうなると思わないじゃん?
すげなく断る俺に、しがみついてくる先生。
「いいじゃん、お前がいれば全国狙えるんだよぉぉぉ! というかお前なら将来、世界に名を轟かせるファンタジスタになれる! その才能を見逃すなんてぇぇぇ!」
俺と光ちゃんの入学した学校は恐らくだけど、漫画で光ちゃんが転校した中学校だ。
漫画では情報が少なかったから、絶対とは言えないけどね。
まあ、そんな学校で俺はちょっとばかり目立ち過ぎた。
自分で言うのはアレだが、俺ははっきり言って身体能力がめっちゃ高い。
何しろ幼少期から効率を究めて自分を鍛えてきたからな。
この年で俺レベルに完成された肉体を持っている人間はまずいない。
無尽蔵のスタミナに、高い身体能力。
しかも、鷹の目持ち。
覚えが早いから、まあ、スポーツはだいたいなんでも行ける。
そんな素材がスポーツが盛んな学校に突如現れたらどうなるのかって話である。
後の祭りではあるんだが、正直な話、もっと力抜いておけばよかったかもしれない。
何しろこういう勧誘をしてくる先生、一人じゃないからね。
まあ、流石にここまで粘る人は他にいないけど。
大体の先生はまず俺のフィギュアスケートでの実績を考えて誘うことを断念するし、駄目もとで誘ってきても断られれば、まあ素直に引き下がるのが常だ。
でもこの人中々諦めねえんだよなあ。
悪い人じゃあないんだよ。
むしろ生徒からも人気が高いかなりの人格者。
ただひたすらに暑っ苦しくて、しつこいだけで。
そんなこの人を俺はこっそり汚い司先生とカテゴライズしていた。
漫画で司先生に土下座外交食らったクラブの面々はこんな気分だったんだろうか。
いや、流石にここまでじゃないか。
うん、これは改めたほうが良いな。
日が経つにつれて、だんだん司先生に失礼な気がしてきた。
「またやっているんですか、先生」
「あ、光」
俺がなかなか戻ってこないからだろう。
一緒に帰る約束をしていた光ちゃんが様子を見に来た。
「いい加減にしないと、親に連絡します。場合によっては教育委員会にも」
流石に、固まる先生。
しかし光ちゃんの追撃は止まらない。
「あと、連盟や機関にも頼めば動いてくれると思います。はっきり言って理凰は業界の至宝と言っても過言ではありませんし。そもそも、現在時点で将来のオリンピック金メダルが有力視されている様な選手を引き抜こうとか正気ですか」
あ、これ光ちゃん相当怒ってたね?
マジで口撃に容赦がない。
先生はすっかり顔が真っ青ダゾ。
ちなみに俺に勧誘かけたことがある先生や、勧誘かけたいなあと思いつつ我慢していた先生たちの顔色もちょっと悪い。
「あ、はい。あまりの才能に舞い上がって、大変失礼なことをいたしました。もうしませんので、どうか平にご容赦を」
すっかりシオシオになった先生を冷たい目で見る光ちゃん。
ゾクゾクしちゃうね。
「先生もわかってくれたみたいだし。帰ろう、理凰」
「そうだね。帰ろうか」
まあ、でもその前に。
「先生、何度も言っていますけど、俺はフィギュアをやめるつもりはありません。俺はフィギュアでオリンピック連覇を成し遂げると決めていますし、光とも約束しているんです。ずっと一緒にこの道を歩くって。だからもう無駄な勧誘はやめて、他の生徒たちの為にその情熱を使ってくださいね」
いつに無く厳しい調子ではっきりと言う。
その言葉を聞いた先生は表情が変わり、すぐに姿勢を正して頭を下げてきた。
「本当にすまなかった。君のフィギュアスケートにかける情熱を軽んじ、教師としてあるまじき態度をとっていた。二度とこのようなことはしないと約束する」
やっぱり悪い先生じゃないんだよ。
暑苦しくて猪突猛進なだけで。
俺はそうして先生の前を辞して、玄関口へ向かう。
途中、上機嫌に戻っていた光ちゃんが腕を組んできてそのまま歩く。
周りの生徒たちは一瞬こっちを見るが、またあいつらかという顔になってすぐに興味を失う。
いや、女子は少なからずキラキラした目で見てきたりするし、男子からは嫉妬の目が向けられたりもするが。
こっちもこの少しの間でずいぶん浸透したなあ。
学校側が配慮してくれたのか、それともスポーツコースの生徒がまとめられている関係か俺と光ちゃんは同じクラス。
そうなるとまあ、俺と光ちゃんは自然と授業時間以外は四六時中一緒に行動するわけで。
元々目立つ俺たちが、そういうものとして認識されるのはびっくりするくらい早かった。
「そう言えば、お野菜がもうなかったかも」
靴を履いて玄関を出たあたりで、光ちゃんが言った。
そういえば、昨日の夕食と今日の弁当で大体使い切ってたな。
「帰りに買って帰ろう。他にも何か切れているものとかあったっけ?」
自分でも思い出しながら光ちゃんに尋ねると、光ちゃんも思いだそうとして人差し指をこめかみのあたりに当てる仕草をした。
「あとは、そろそろティッシュとかが減ってきてたかな? でもそのあたりはかさばるから、ネットで注文したほうが良いと思う」
「確かにそうだね。とすると、帰り際に買うのは結局野菜くらいか」
最近は便利になったよなあ。
ああ、いや、この言い方はおかしいのか?
俺がこの世界で目覚めた時にはもう、ネット通販とかほぼ普通だったし。
「後はお店で買い物していたら何か思い出すんじゃない?」
買い物あるあるだよね。
買ってる途中で棚とか流し見してると、ああそう言えばあれ買わなきゃってなるやつ。
「それもそうか。まあ、後で何かないとなっても、お店はマンションからそんなに離れてないし、最悪もう一度買いに出れば良いし」
会話がすっかり所帯じみてきているが、まあこれは今の生活に慣れてきている証拠だろう。
最近は二人で生活費の家計簿もつけているしな。
金銭感覚を養う上で、これ以上の教材はない。
まあ、デート代とかでたまに大きく飛んではいくんだが、そこは別会計だ。
完全に俺の自腹だし。
最近、光ちゃんには俺が稼いでいる額がちょっとヤバイ事をばらした。
すでに薄々は気付かれていたみたいで、そんなには驚かれなかったけどね。
貯金額にはちょっと引かれたけど。
そして、俺が自分の稼ぎをよそで一切ばらさなかったことを感心するとともに納得された。
「今日の夕食は何にする?」
「あーそっか、それによって買う野菜も少し変わるよね」
最近の献立と被るものは避けるとすると。
「よし、今日はハンバーグにしようか」
「あ、良いかも。それなら私も手伝えるし」
最近、光ちゃんもだいぶ料理が出来るようになって来た。
物覚えがもともと良い上に、意欲があるから成長が目覚ましい。
最近は母さんにうちのレシピを教えてもらったりもしているみたいで、たまに二人でそのレシピのものを作ったりもする。
そのうち一人で料理が出来るようになるのが目標らしい。
「だって、理凰に一から全部を私が作ったものを食べてもらいたいでしょ? それで美味しいって言ってもらえたらきっとすごく嬉しいと思うから」
なんて言われて、流石にちょっと照れてしまった。
いつかその日が来るのが、今からとても楽しみだ。