ただいま現在、フィギュアスケートはオフシーズン真っ只中。
そんなオフシーズン中の連休を使って、いるかちゃんが東京にやってきた。
「二人とも元気にしてた?」
駅から出てきたいるかちゃんは、ごく自然な様子で挨拶をしてくれる。
ここしばらくはこっちの生活に慣れるのに手いっぱいで、俺も司先生のレッスンに行けていなかったので、あちらを出てからは最初の再会となる。
まあ電話はちょくちょくしていたので、あまり久しぶりという気はしないけどね。
「俺も光も、元気にやってるよ。いるかちゃんの方も元気そうで何より」
俺が挨拶をすると、光ちゃんといるかちゃんはお互いに近寄って両手を握り合って喜び合う。
うーん、良い眺め。
でもあんまり目立つといろいろ面倒だから早めに場所移そうか。
二人が挨拶を済ませた頃合いで二人を連れて、予約を入れておいたレストランに移動した。
「わざわざ予約入れておいたんだ」
「予約入れておかないと、すごく待つんだよ。このメンツでそれは色々とね」
俺と光ちゃんといるかちゃんが揃っているとか、ちょっと目立ちすぎるし。
三人ともちょっと印象とか変わるように、服装とか帽子とか気をつかっているけども限界がある。
店に入って席に着くとようやく一息といったところ。
「今日は泊っていけるんだよね?」
光ちゃんが確認すれば、いるかちゃんは椅子に置いたバッグをポンと叩いて頷いた。
「もちろん、ちゃんと用意もしてきたからね」
そういう話になっている。
光ちゃんは今日が楽しみで結構ここ数日の間ソワソワしていた。
まあ、俺も光ちゃんのこと言えないんだけども。
ちょっと色々気合を入れて料理の仕込みとかしてしまったし。
「先に家を出た年長者として、二人の生活を査定してあげましょう」
冗談めかして言ういるかちゃん。
いるかちゃんがそう来るならと、俺もちょっと芝居めかして返すことにした。
「それは怖いな。精々良い査定結果を貰えるように精一杯もてなさないとね」
お互いにふざけてこんなことを言っているけど、いるかちゃんが結構本気で心配してくれていたことを俺と光ちゃんはしっかりと知っている。
一足先に寮生活を始めていたいるかちゃんは、色々と自分でやらないといけない苦労を知っているからね。
ちゃんとその心配が杞憂だっていう事を教えてあげないといけない。
やってきた食事を食べながら、お互いの近況などを話した。
いるかちゃんは自分の寮での生活や、愛西の様子を。
他には合同で合宿をした時に見た名港の様子なども。
俺と光ちゃんはこちらに来てからの生活を。
食事の後は東京の観光案内だ。
まあ、そうは言っても、駅から近い有名なお店などを巡るくらいだ。
今回いるかちゃんはそんなに長い休みではないから、一泊だけだしあちこち回る余裕はない。
多分、俺たちが気になって様子を見に来たって言うのが一番の目的なのだと思う。
軽い観光が終われば、三人で俺たちの住むマンションへ。
部屋に入ったいるかちゃんは、ちょっと慄いた様子だった。
「うっわ、外観見た時も思ったけど、やっぱりかなりヤバくない?」
まあ、実に同感である。
俺も最初見た時はちょっと引いた。
何なら今生を鴗鳥家ですごすことなく前世のままの価値観だったら、ここに住んでいなかったかもしれない。
でもお値段は、結構現実的なのだ。
「オーナーさんの厚意で、破格のお値段でね。そうじゃなかったら流石に」
鴗鳥家で多少変わったとはいえ、それでも前世の価値観は根強いからね。
いくら稼ぎがあっても、どうにも抵抗感はぬぐえないのだ。
お値段を気分的に大声で言う気になれずにいるかちゃんの耳元でささやく。
「え、ホントに? もしもこっちに移り住むことになったら、私もここのマンションに入れないか聞いてもらってもいい?」
まあ、そう思うよねえ。
そしてそれは全然かまわない。
いるかちゃんなら、きっとオーナーさんのお眼鏡にかなうだろうし。
「構わないよ? まあ、あるとしても先の話だろうけど」
最低でも高校を出てからの話になるだろうし。
流石にまだ大学の事とかは考えてないだろう。
いや、人によってはもう考え始めてる人もいるような時期か?
「まあ、先の話だよね。そもそも私は今のところ愛西を離れるつもりもないから、あるとしても引退後かなあ」
そうすると、大学はあっちのに入るだろうから最速でも大学を出た後か。
うん、本当に先の話だね。
「さて、俺は夕飯の準備を始めるから、光はいるかちゃんを部屋に案内してあげて」
一応、ベッド付きの客間があるのだが。
「ねえ、いるかちゃん、今日は私の部屋で一緒に寝ない? 色々話したいし」
「光がそれでいいなら、そうしようかな。私も久々にゆっくり光と話したいし」
まあ、そんな気はしてたよね。
二人は仲睦まじく部屋に荷物を置きに行った。
それじゃ俺は気合を入れて料理をするとしよう。
仕込みをしっかりしておいたので、残りの工程はそんなに残ってないけどね。
しばらく料理に没頭していると、荷物を置いたり色々済ませたいるかちゃんがキッチンにやってきた。
「うわ、料理が出来るのは知ってたけど、ここまでだったんだ」
何度か弁当は作ってあげたりしてたから俺が料理を出来る事はいるかちゃんも知っている。
でもここまで気合い入れて作るのは珍しいからな。
「遠方より友来るってね。今日は特別だよ」
「孔子だっけ? また渋い言い回しを」
それがすぐ出てくるあたり、勉強もちゃんと頑張っているみたいで何よりである。
いのりちゃんとか、ヤバいからね。
何度宿題を手伝ってあげた事か。
全部まるまるやってあげちゃうと良くないから、本人にちゃんとやらせないといけないし、何ならスケートを教えるよりよっぽど苦労させられたかもしれない。
おっと、いけない。
思わず遠い目をしてしまっていたようだ。
料理中に良くないね。
うん。
「理凰、布団の用意も済んだから、私も手伝うよ」
光ちゃんがいるかちゃんに遅れる形でやってきて言った。
「それじゃ、食器を並べてもらえるかな。それが済んだら盛り付けが済んだ料理の配膳をお願い」
「ん、わかった」
光ちゃんは短く了承を返すと、いるかちゃんの背を押した。
「いるかちゃんはお客様なんだから、テーブルで座って待っていてね」
「あ、そうだ。冷蔵庫にジュースがあったと思うから待っていてもらう間はそれを飲んでいてよ」
俺がコップを取り出しているかちゃんに渡せば、冷蔵庫からジュースを取り出した光ちゃんがいるかちゃんを席まで案内して、コップにジュースを注ぐ。
「ああ、うん。なんて言うか息ぴったりだし、ホントに手慣れてるね。電話でも聞いてたけど、ホントにしっかりやれてるみたいでちょっと安心したかも」
俺たちの連携にすこし目を丸くしたいるかちゃんは、それから優しく笑って言った。
「そりゃ、家では元から結構やっていたし。こっちに来てからほとんど毎日だからね」
たまに外食もあるが、基本は自炊だ。
そうなれば当然、習熟していくわけで。
もとから結構できていた所にさらに経験値が上乗せされてるからな。
そのあとは三人で賑やかに夕食を楽しんだ。
夜鷹純とレオの二人は、友人が来るという話を聞いて今日は遠慮してくれたのだ。
なお、あの二人とは毎日とまではいわないが結構な頻度で夕食を一緒に取っているし、顔はほとんど毎日合わせていたりする。
夜のリンク貸し切りでのレッスンもあるから、会わない日の方が珍しいくらいだ。
そんなわけで、その日は三人で結構遅くまで騒いで、そのあとも光ちゃんといるかちゃんの二人は部屋で色々会話をしていたらしい。
二人は起きたとき明らかに寝不足っぽくて、起きてくるのが遅かった。
まあ、でも二人とも凄く楽しかったみたいだから何よりである。