遂に、フィギュアスケートの新たなシーズンが始まった。
こちらに来てからの初めてのシーズン。
そして、ただいま現在こちらに来てからの初の大会の滑走順のくじ引き中だ。
「あ、一番滑走だ。ラッキー!」
周囲の選手たちに戦慄が走った。
待ちたまえ君たち。
その反応はちょっと過剰じゃないかな。
うん、まあ、今までの事を考えると過剰とは言い切れないか。
ちなみに今シーズンはまた新たなプログラムを滑ることになっている。
滑走曲は、非常に人気があった某戦闘機を操作してステージをクリアしていくゲームシリーズの五作目の代表的な曲。
もとはエキシビションプログラム用にしようと思っていた曲なのだが、レオが気に入って二人で話し合った結果、普通のプログラムでつかう事になった。
このプログラム、去年のシーズン終わりからきっちり詰めてきたのでなかなか自慢の出来である。
まあ、流石に四回転アクセルはまだ組み込めてないけど。
しかし、ルッツまでなら満足な出来で入れられてるからね。
何ならルッツも一回だけは後半に入れている。
俺も日々進化しているのだ。
光ちゃんもいのりちゃんも成長速度がえぐいので、頑張らないといけない。
なにせ、光ちゃんとはあの夜の約束があるし、いのりちゃんがあんな目で俺を見るというなら、それにふさわしい俺でいたいからね。
「うわあ、今回僕は出場じゃなくてよかった。流石に、理凰君が一番滑走の大会はちょっと」
くじを引いて戻ってくると、朱蒴君にそんな言葉で迎えられた。
「ひどくない?」
思わず苦情を言うが、朱蒴君はジト目である。
「もっと自覚持ったほうが良いと僕は思うけど? 絶対今回の大会は空気がヤバいことになるからね? 一緒にクラブで練習してプログラムの内容知っている身として断言できる」
朱蒴君は光ちゃんと同じようなことを言う。
そんなにかなあ。
「なんでそこで疑わし気になるのかな。曲のせいか理凰君がまた成長したせいか知らないけど、あのプログラム滑っている時の理凰君はほんとに雰囲気ヤバいからね?」
まあ、曲かけ練習の時に周囲の様子がちょっとおかしいなとは思っていたのだ。
曲が凄く好きなやつなので、ノッて滑れているという自覚は確かにあったけど。
「自分の滑りはリアルタイムで客観的には見る事が出来ないから、自分ではその辺分からないんだよね」
ちょっと一度くらいは、自分の滑りを外から見て見たいと思う時がある。
どんな感じなんだろうと気になるから。
「まあ、それは確かにそうなんだろうけど。うん、まあいいや。今回の僕は被害受けるわけじゃないし。観客席で応援してる。頑張ってね」
そのあと、女子の部で出場していた光ちゃんの滑りを堪能して。
うん、やっぱりやべぇよね、光ちゃんも。
あれで、自分の滑りを見つけたらどうなるやら。
そうして、俺の順番がやってきた。
リンクに乗って事前練習を済まし、ライリー先生のもとへ。
「今更、理凰君に言うべきことなんて何にもないんだよねー。だから私からは一つだけ。思う存分、氷上を楽しんで来て!」
俺にとっては最高と言って良い檄を受けて、思わず笑ってしまった。
この人はホントになんだかんだで生徒の事をよく見ていると思う。
「了解です! 思いっきり楽しんできます!」
滑走位置に立って、曲が始まる。
勇壮で壮大なこの曲は前世から俺のお気に入りだ。
こっちの世界に目覚めてフィギュアスケートを始めて、この世界にもちゃんとこの曲が存在していることを知ってからは、いつか滑走曲に使おうと思っていた。
その曲を使ったプログラムの公式初お披露目が、リンクが最高のコンディションである一番滑走。
しかも、移籍後の最初の大会への意気込みも上乗せだ。
俺の気分はまさに、最高にハイってやつである。
ああ、これはヤバイ。
実にヤバいな。
氷の状態を気にせずに、ただただ己のベストだけを尽くして滑るこの感覚。
いったい何時ぶりだろうか。
俺は何故かほとんど毎回くじで最終滑走を引いてたから、こんなのは本当に久しぶりだ。
理想のポジション。
理想のコース取り。
自分の思うまま、滑りたいように滑り、一番美しくなるように滑ることだけ考えられる。
最終滑走は最終滑走で氷の状態と相談して滑るゲーム的な楽しみがあるが、この快感にはやはり敵わない。
四回転ルッツも氷の状態とテンションが助けてくれたおかげで、今までにないような本当に最高の出来だ。
他のジャンプもそう。
きっと今日という日に、氷上で俺よりも自由なスケーターなんて一人もいない。
ああ、本当に、たまらなく楽しい。
気が付けば、プログラムを滑り終えていた。
その日の俺の滑りは、いい意味で非常に大きな話題となり。
同時にその日の大会の惨状は、悪い意味で後年まで語り草となった。
うん、まことにすまない。
でも、最高に楽しかったです。
あとネットの君たち、曲の歌詞にちなんで悪魔降臨だとか、氷上に死が降り注いだとか言うのはやめなさい。
人聞きの悪い。
別に死人なんて出てないからね。
いやまあ、状況的には死屍累々とか言いたくなる感じではあったけども。
なお後に、このシーズンでのある出来事を経て、この滑走曲は夜鷹純にとってのあの曲のように俺にとっての代表的な滑走曲になるのだが今の俺は知る由もない。
なので、俺はただ良い気分で氷上を降りて、ライリー先生と一緒にキスクラに陣取った。
「うーん、もうほんと最高だった! 理凰君も最高に楽しかったみたいだし、文句なしだよね!」
ライリー先生も俺の滑りにご満悦といった様子でちょっとだけ素が漏れ出しているくらいだ。
結果としては見事に自己ベストを更新した。
そして、他の選手たちから大きく離れた点で優勝した。
今回はあまり有力な選手もいなかったというのもあるが、それでもちょっと二位以下との点差がヤバかった。
オーバーキルとか、さす魔王とか、シーズン始まったばかりなのにヤバイ今期最高得点がラスボス的に鎮座している件だとか、本当に好き放題言われた。
知名度が上がったのとあいまって、ネットでのおもちゃ具合も加速している気がする。
大丈夫だ、今季最高得点はちゃんと俺が更新するから。
え、それじゃ意味がない?
魔王がレベルアップするとかどういう事だ?
俺に言われましても。
他の誰に言えというのかって?
それはそうなんだけどね。
ヨシ、旗色が悪そうなのでそのあたりの話は横に置いておこう!
まあ、とにかく今シーズンは漫画の中で結構大きなイベントがあった年。
いのりちゃんのジュニアグランプリへの挑戦や、光ちゃんといのりちゃんの再戦もある。
漫画であった、いるかちゃんの怪我はどうなるだろうか。
例のメソッドなど色々と手は打っているが、氷上の事は完全に防ぐのが難しい。
出来れば回避を、回避できなかったとしてもせめてひどい怪我にはならないように願わずにいられない。
その大会の後、俺と光ちゃんのダブル優勝を祝ってクラブでちょっとしたパーティーが開かれた。
こちらに来てからそろそろ半年、もうずいぶんとこちらの生活にも、そしてクラブのみんなとも馴染んでいるという実感をあらためて感じる事が出来た。
光ちゃんも、元々それなりに仲の良かった亜子ちゃんとさらに仲良くなり、その亜子ちゃんの助けもあって他の子たちとも仲良くやっているようだ。
まあ、ちょくちょく俺とのことを色々聞かれてそこは少し大変らしいけど。
それも時間と共に減ってきているらしい。
なお最近クラブではコーヒーを飲むことがブームになっているとか。
色々と因果関係については深堀しないことにした。
でも一応、胃が荒れたりしないように気を付けるようには注意喚起しておいた。
「それを、理凰君が言うのか……」
朱蒴君にはそう言われてしまったが、だって、言わないと君たちの胃がちょっと心配なのだ。
自販機のコーヒーの売り切れ率明らかにヤバいんだもん。