PSYCHO-PASS 二次創作 MIDGRAY   作:ろくみ

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心理汚染

 2119年、東京。

 

 高度に発達した科学は、人の魂を数値化することに成功した。

 包括的生涯福祉支援システム、シビュラシステムによって、全国民はその精神を診断され、各々の精神的特質に応じた選択を提示される。

 最大多数の最大幸福の名の下、朝食から人生のキャリアまで、人々は全ての最適解をシステムに示され生きている、それが現代の日本社会であった。

 

 赤髪のスーツの男は廊下の突き当たりに設置されたスキャナを見上げた。精神病院という立地上、精神分析(サイマティックスキャン)を行うスキャナは他の建物より多めに配置されていた。

 

 生活の場面のあちこちにスキャナが完備され、人々は街や建物を歩くだけで心の内を測られる。この社会の当たり前の光景だ。

 

「ご主人。獲物はどっちに逃げたんスか?スキャナの記録からなんかわかりますかね?」

《ええと……そこから右の廊下を走って行きました!》

《違いますよ、左です。》

 

 2つの声がスーツの男の足を惑わせる。精神衛生特化の病院ではあるが、その広さは巨大な複合型商業施設(ショッピングモール)に匹敵する規模がある。道を1つ間違えただけで大幅なロスになりかねなかった。

 

「……どっち従えばいいんスか?」

《左だ。敵は近いぞ、さっさとしろ。》

「へいへい。」

 

 シビュラシステムに測定される様々な人々の心理数値PSYCHO-PASSのうち、将来的に犯罪に手を染める可能性のある数値は犯罪係数と呼ばれ、規定値を超えた者は実際に罪を犯したか否かに関わらず、精神的重篤患者として社会から隔離、治療される。

 現代において『捜査』とは、心理治療 (ケア)を拒む患者の強制確保を意味する。

 

 スーツの男は走りながら黒の拳銃を手に取った。

 銃は自身を手に持つ者の網膜を読み取り、正式な所持者であることを確かめた。

 手に持つ男にしか聞こえない、指向性音声が男の脳裏に響く。

 

《公安局刑事課所属・適正ユーザーです》

 

 銃の名をドミネーターという。照準を向けた者の犯罪係数を即座に診断することができる、シビュラの動く目だった。

 

 廊下を駆ける赤髪の男は、前方に獲物を発見する。廊下に置かれた棚や椅子をひっくり返し、重篤患者は逃走を続けていた。

 

「その辺にしておけよ。」

 

 赤髪の男は重篤患者にドミネーターを向ける。シビュラは即座に患者の心理状態を測り、その犯罪係数を持ち主に伝えた。

 

《犯罪係数、オーバー100。執行対象です。》

 

 犯罪係数が100を超えた者は潜在犯と呼ばれ、罪の有無に関わらず社会から隔離される。その際、ドミネーターは麻酔銃として刑事に力を貸す。

 

《執行モード・ノンリーサル・パラライザー》

《落ち着いて標準を定め、対象を無力化してください》

 

シビュラちゃん (・・・・・・・)も言ってるぜ、ちょっとメンタルいかん状態だってさ。」

「い……嫌だ!僕は……助けなきゃいけないんだ!」

「助け……?」

「妻が、妻と子供が攫われたんだ!僕は……!」

 

 潜在犯の男は一瞬躊躇うも、覚悟を決め、近くに投げ置かれていたメスを手に取る。迫る刑事と戦うつもりの様子だった。

 

《対象の脅威判定が更新されました》

《犯罪係数、オーバー200》

 

 より詳しく話を聞き出そうと、赤髪の男はトリガーを引くのを躊躇ったが、そこへ通信が叫ぶ。

 

《早く確保を!》

「……りょーかい、ご主人!」

 

 赤髪の男はトリガーを引いた。

 光線が廊下を貫き、潜在犯に当たる。潜在犯は大きく目を見開いてバッタリとその場に倒れた。

 

「クリアっス。けど、攫われたってのはどういう話なんスかね、ご主人。警備室にはなんか情報入ってますか?」

 

 男は通信向こうに話しかける。だが、返答はない。

 

「……ご主人?……BALTO1?……監視官!応答を!」

 

 何度か話しかけると、先程とは別の声が返答した。

 

《BALTO1とCHIPS2は現場に向かった。監視カメラに新たな潜在犯が映った為、そちらに急行している。警備室に居るのは俺とCHIPS1だけだ。》

「何でご主人が向かってんだよ!」

《すまない、止められなかった。》

 

 赤髪の男は深くため息をつき、頭をばりばりと掻く。

 

「CHIPS3、位置を頼む。オレも向かうわ。」

《了解した。》

 

 

 

 11月11日、午前11時02分。

 足立区立精神衛生総合病院にて犯罪係数が規定値超過したPSYCHO-PASSが観測され、厚生省公安局刑事課二係が出動した。

 患者が暴れており、医者や警備ドローンでは手に余る、というのが現場から伝えられた情報であった。

 二係は病院内を捜索する組と警備室で潜在犯の早急な発見を行う組に別れ捜査を行なっていた。ちょうど赤髪の男が潜在犯を確保している頃、警備室のモニターが別の潜在犯の姿を映し出していた。

 

「……なんだコイツ……!」

 

 面妖としか言いようのない歪んだ顔を模した仮面を付けた、白衣の男がスキャナを見上げていた。サイマティックススキャンは問題なく動作し、仮面の男の心理の危険度を示す。

 仮面の男は側に女性を連れている。女性は腕の中に赤ん坊を抱いていた。仮面の男は乱暴に女性の腕を引っ張り、強制的に病院の奥まで連れていく。

 様子を目撃した二係の刑事2人は、その場をもう2人の刑事に任せて飛び出していた。

 

 眼鏡の男が先を走り、小柄な男が後を追う。小柄な男はレイドジャケットを身に着けており、前を開けっぱなしにしているジャケットの裾がはためき、背中の大きな公安局マークが旗のようになびいた。

 角にて先の廊下を制圧 (クリア)していた、眼鏡の男が振り返る。眼鏡の男の足音に続き、小柄な男の足音が追いかけ、止まる。

 

「……やっぱり、監視官は戻っておいてもらえませんか!一応あなたはウチの唯一の司令塔なんですよ!?」

「でも……!今日は!新しい監視官が配属されるって……聞いてるので!大丈夫ですよ!」

 

 小柄な男は肩で息をきらしながら、眼鏡の男の隣に並び立つ。まだ司令塔はもう1人いるから、というのが小柄な男の言い分だった。

 

「何が大丈夫なものですか!こんな状況で合流なんか出来やしませんよ!だいたい……」

 

 物分かりの悪い小柄な男に、眼鏡の男は訴える。

 

「顔も知らない新人に舵取り任せる気ですか!」

「……!それは……まぁ……」

 

 小柄な男は同意する途中で事実に気がついた。

 

「……でも、どのみち、今警備室に残ってるCHIPS3の方が司令塔としては優秀でしょう。」

「だからといってですね……!」

 

 眼鏡の男には、その判断に対する反論が出来ない。先程もこの小柄の男は左右の指示を間違えたばかりであり、司令塔として優秀とはとても言い難い。……まぁ、これといって優秀な点がある訳でも無いのだが。

 言い争いが本格化する前に、2人の刑事は廊下の突き当たりに行き着く。

 道はまた二又に、右が左で分かれている。

 

「CHIPS3、どっちだ?」

《……仮面の男なら右だ。だが、どちらか左に向かってくれ!》

「何事ですか?」

《そこから左手の病室で、事態にあてられた別の患者達が暴れている!既にCHIPS1と4が向かっているが、早急な対処を頼みたい。》

 

 現代の人間はストレスに弱く、周辺に犯罪者が居るだけで犯罪係数が伝染し、上昇する。

 |思考汚染 《サイコハザード」と呼ばれる現象である。精神病院というメンタルに難がある患者が多い場の関係上、伝染が起こりやすい様子だった。

 

「了解。ボクが行きます!」

 

 眼鏡の男は振り返り、どこか頼りない小柄の男を見る。CHIPS1達を待たせるべきか、とも思う。

 しかし、小柄の男は決意を持った目で眼鏡の男を見上げている。事は一刻を争うのだ、と暗に告げていた。

 

「……任せましたよ、監視官!」

「はい!」

 

 眼鏡の男と小柄な男は互いに背を向け、走り出した。

 小柄な男は、病院の廊下を行く。周囲に警戒しながら、道を走る。

 すると、廊下の奥の扉の向こうから、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

 

「あそこか……!」

 

 半開きになった扉から、小柄な男は危険を省みず飛び込んだ。

 部屋は物資を置く倉庫のようであり、箱があちこちに積まれている。奥には別の部屋か廊下に続くのだろう扉があった。

 歪な仮面を付けた男と、赤ん坊を抱いた女性はその扉の前に立っている。

 

「止まってください!」

 

 小柄な男はドミネーターを男へと向ける。

 指向性音声が、小柄な男の脳裏に響く。

 

《犯罪係数、415。執行対象です》

 

 小柄な男は目を見開いた。視界の上に被さるようにドミネーターの診断が表示され、患者に対する正しい処分方法を告げる。

 手元でドミネーターはその構造を変形させた。かぱりと胴体が開き、獣が口を開け牙を剥くかの如く、銃身は広がった。

 犯罪係数が300を超えた者に対した時、ドミネーターは殺人銃として刑事に力を貸す。

 

《執行モード・リーサル・エリミネーター》

《落ち着いて照準を定め、対象を排除してください》

 

 殺人銃を構えたまま、小柄な男は躊躇する。システムは仮面の男が世界に存在するに相応しく無い存在として裁定を下した。だが、ドミネーターを持つ男はトリガーを引こうとしない。出来れば殺したくないという思いが、視線から、姿勢から滲み出る。

 仮面の男は小柄な男とドミネーターをじっと見据えた。そして、その右腕を挙げる。右手には面妖な形の銃が握られていた。拳銃の形をしているが、銃体に沿うようにして筒が取り付けられている。改造銃と思われるものだった。

 

「武器を……武器を捨ててください!」

 

 仮面の男は何も言わず、そのまま両手を高く上げた。隣で、女性は泣き叫ぶ赤ん坊を抱え、不安げに立ち竦んでいる。

 小柄な男は恐る恐る、一歩ずつ、仮面の男に歩み寄った。

 しかし。突然部屋の照明が落ちる。

 

「!」

 

 停電し、真っ暗になった部屋の中で、小柄な男は周囲を見回す。薄ぼんやりとした灯りの元、何が起きているのか把握するのが難しい。誰かが走る音や、ドアが開く音がする。

 そして、聞いたことのない、独特の銃声が2発、闇の中を裂く。

 

「ヒッ……!」

 

 女性の悲鳴に続き、赤子がこれまで以上にけたたましく泣き始めた。

 最早一刻の猶予もなく、小柄な男は音のする方へとドミネーターを向ける。

 

《犯罪係数、オーバー300。執行対象です》

 

 薄暗い室内で人間の目では判別はつかなかったが、システムは問題なく照準に当てられた人間の犯罪係数を読み取った。

 

「犯罪係数、352……!刑を執行します!」

 

 小柄な男はシビュラの裁を読み上げ、トリガーを引いた。

 殺人銃から緑の燐光が発射され、発射された光弾は“潜在犯”に当たる。

 光弾に当たった肉体は、体内にて血液が高速で沸騰し、皮を醜い風船のように膨らませ、弾け飛ぶ。

 

 その時、電源が戻る。医療機関なだけあり、非常用の発電設備は整っていた。

 

「……え……?」

 

 光が戻り、部屋の光景を男は目の当たりにする。仮面の男は既に姿形もなかった。

 

 床にも、壁にも、そして天井にも、鮮血が飛び散っていた。円形状に塗られた赤の中央には、女性が1人、立っている。彼女も血塗れであり、顔に、髪に、身体に、真っ赤な液体がかかっており、顎や髪先からは今も雫が滴り落ちる。

 そして。女性の腕には、何も無い。

 

 小柄な男はこの時初めて、赤子の泣き声が聞こえなくなっていることに気がついた。

 先ほど撃った、“潜在犯”は。

 

「なん……で……?」

 

 女性は目を見開き、わなわなと震え出す。揺れる視線が、空になった腕の中から、足元に飛び散る鮮血、我が子の命を奪った黒い拳銃、そして拳銃を持つジャケットの男へと移動する。

 

「ねぇ……なんで……!?どうして!?」

 

 よろよろと、おぼつかない足取りで女性は小柄な男に詰め寄る。

 

「あの子が……生まれたばかりのあの子が!いったい何をしたっていうの!?ねぇ!答えてよ!?」

 

 叫ぶたびに女性はヒートアップし、男のレイドジャケットを掴む。悲嘆と絶望に染まった瞳が、小柄な男を見据える。

 

 現代の人間はストレスに弱く、周辺に犯罪者が居るだけで犯罪係数が伝染し、上昇する。

 思考汚染と呼ばれる現象である。

 理由として考えられるのは、それぐらいだった。

 

 そして、小柄な男は何も答えることが出来ない。助けようとした相手の、無垢であるはずの子供の死を、男は飲み込めていなかった。

 

 何も言えないまま立ち竦む男に、女性は狂気を募らせる。次第に意味のない喚きが多くなり、ついには男を拳で殴りつけた。

 身構えていなかった男は倒れ、拳銃を取り落とす。女性は、拳銃を拾い上げ、男に向けて構えた。

 

「殺してやる……お前も殺してやる……!」

 

 指向性音声が、女性の脳裏に響く。

 

《不正ユーザーです》

《トリガーをロックします》

 

 持ち主の網膜は拳銃を銃として扱う許諾が降りていないことを銃は告げる。

 武器が役に立たないのを知った女性は、そのまま鈍器として使用するため、拳銃を鷲掴みに大きく振りかぶった。

 その時、暗がりから1人の男が姿を現す。先ほど刑事達が通信していた相手ではないが、この男も刑事たちと同じく黒のスーツを身にまとっている。

 鈍器として振り下ろされた拳銃を受け止め、あしらい、奪い取って、銃口を女性に向ける。

 指向性音声が、もう1人のスーツの男の脳裏に響く。

 

《犯罪係数、オーバー300。執行対象です》

《執行モード・リーサル・エリミネーター》

 

 拳銃は形状を変化させ、男は即座にトリガーを引く。

 撃ち抜かれた女性は、歪み、膨らみ、弾け飛び、床に散った。

 既に広がっていた鮮血と混じり合い、区別がつかなくなっていく。

 

「大丈夫ですか?監視官?」

「…………。」

 

 茫然自失としたジャケットの男に、もう1人のスーツの男は声をかけた。だが、めぼしい反応は得られない。

 そこへ、赤髪の男が駆けつける。

 

「これは……どういう状況っスか。」

 

 夥しい量の鮮血と、その側に呆然として座り込む監視官。その隣に、全く顔を知らないスーツの男が1人立ち、手にはドミネーターが握られている。

 

「あなたは……?」

「本日より着任した、二係の新しい監視官だ。」

 

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