PSYCHO-PASS 二次創作 MIDGRAY   作:ろくみ

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路地

 片倉は廃棄区画の路地を歩き、その後を朝津と里見が追った。ここ数日雨は降っていないはずであったが、暗い路地の地面には水溜りが広がり、革靴の底を濡らす。どんよりとした淀んだ空気を分けるように、3人の刑事達は社会の暗部へと踏み込んでいく。

 シビュラの統治下から外れ、表向きは存在しない事になっているスラム街。それが廃棄区画だった。社会に馴染めない人間の逃げ場であり、濃縮された社会の膿だった。故に、人手不足が叫ばれる公安局も無闇に手を出すことはなく、廃棄区画で起こる犯罪は管轄外という暗黙の了解がある。特に大きな事情が無い限り、刑事たちが立ち入ることはない。

 路地の奥に、小さなテントが設置されていた。祭りの屋台が1つだけ移動してきたような場違い感がある。片倉はすだれをめくり、首を突っ込む。

 

「久しぶり~元気そ?」

「ッ!!テメェ……!」

 

 店主は怯えたように来訪者を見た。

 露天には様々なおもちゃが所狭しと置かれている。色とりどりの粒が入った瓶、捻れたプラスチックのリングが重なったもの、真新しい向精神薬の箱、ロボットが描かれたパッケージ、蛍光色の水鉄砲、得体の知れない怪物のぬいぐるみ。強面の店主と廃棄区画の裏路地というシチュエーションには場違い過ぎる品揃えだった。

 

「なあに、そんなビビる必要ないぜ、“おもちゃ屋”さんよ。今日来た目的は摘発じゃぁない。」

 

 片倉は店主にプリントアウトした写真を見せる。病院を襲った日の仮面の男の写真だった。手に握られた銃を片倉は示す。

 

「麻酔銃……だとさ。そんな面白いモン、どこで手に入れるかってなったら、場所は限られるよなぁ?」

 

 店主は煙草をふかしながらちらりと写真を見る。

 

「……知らんな。ウチは雑貨屋だ。他を当たってくれ。」

「その辺で噂を聞いたぜ、最近この辺じゃ見かけない新顔がうろついてたってコト。お前さんは今羽振りが良いってコト。表社会のいい品が手に入ったって吹聴してたそうじゃないか。」

 

 店主は答えようとしない。頑なに口をキュッと結び、そっぽを向いた。片倉はずいずいと店の中に踏み込み、置かれた品々を眺め、値踏みをした。

 

「銃火器なんて今時おいくらするんでしょうねぇ。さぞかし高額になるんだろう。けど、そんな高額の引き出しをすれば必ず足がつく。一方で、キャッシュレスなんて闇社会が対応してるワケもなく。」

 

 片倉は闇市の基本を説明する。

 

「だから、物々交換がこの店のルール。闇側は表では手に入らない“おもちゃ”を渡して、表側は表で造られた高品質のものを渡す。何を渡して、何を手に入れたんだい、“おもちゃ屋”サンよ。」

 

 説明中、朝津は並べられた品の中に違和感のある物に気がつき、手に取る。

 

「……これ、この前発売された新薬ですよね?」

 

 真新しい向精神薬の箱だった。箱は開けられており、中身のシートは既に何枚か減っている。

 朝津はこの手の向精神薬について、特に発売日に関しては薬剤師並みに詳しい。いつも最新情報を注意深く追いかけている為だ。

 朝津の目の前にある箱のロゴにはMALUSとある。先月、10月1日に発売されたばかりの新薬だった。

 

「さっすが監視官!トレードの品はコイツだな?」

 

 事態を見守っていた里見も身を乗り出す。

 

「そんな薬を売って良いような店構えには見えないな。ドミネーターの準備はあるが?」

「わーかった!わかったよ!」

 

 シビュラの目の元に引き摺り出しても良いのだぞ、と凄まれ、流石の店主も降参する。

 

「……先月、男がやってきた。顔は知らん。目深に上着を被ってたからな。明らかに、外の、表のヤツだってのはわかってた……だから俺は言ってやったんだ。外のヤツにチャカは売れねえってな。」

「で?」

「ヤツは言った。『実弾銃に興味はない』『家畜を撃つ為の麻酔銃が欲しい』とね。んで、その箱を出した。」

 

 店主は向精神薬の箱を目で示した。

 

「表の薬はレアだ。闇医者の自家製じゃない、純度の高え薬なんて、この辺じゃ滅多にお目にかかれねぇ。」

「欲に負けたの。愚かだねぇ。」

 

 片倉の言葉に、店主は弾かれたように反論する。

 

「アレはそんなヤベェもんじゃねぇ!人間に当てたって大した威力にゃならねぇ、ちゃちぃオモチャだ!」

「麻酔銃ってことはアレだろ、中身に毒薬なんか仕込んだらアウトじゃねぇか。」

「んなコト俺は知らん!何を入れようがヤツの勝手だ。オレが渡したのは殺傷力の無いオモチャだ!それの何が違法だってんだ!」

 

 自分に非は無いと店主は騒ぎ立てる。

 

「その麻酔銃の飛距離は?」

「……20メートル前後だと思う。」

「なるほど、参考になる。」

「知ってる事は全部話した。もういいだろ!」

 

 これ以上有益な情報は出てこないと里見は悟り、朝津に目配せをした。

 

「ご協力、感謝します。」

 

 朝津は頭を下げ、店を後にする。先頭を朝津が歩き、その後を里見と片倉が並んで歩く。徐々に、徐々に、里見と片倉の歩くスピードは遅くなり、朝津との間に距離が空く。2メートル。5メートル。10メートル。暗い路地で、朝津の小柄な背中が物陰に見え隠れする程度にまで小さくなっていく。

 

「……里見サン、どうしたんですかぁ?朝津監視官、行っちゃいますよぉ。」

 

 あからさまに能天気な物言いに、里見は片倉の行いを確信して眉間に右手をやった。左手で片倉の腕を掴み、持ち上げる。

 ポケットから出た片倉の右手は、向精神薬のシートをむんずと掴んでいた。

 向精神薬の錠剤シートをちょろまかすことにおいて、片倉ほど手慣れた者もいなかった。

 

「なぁんだい、里見サン。コイツはおれが拾ったモンだぜ。」

「お前な……」

「なんて、冗談はさておき。現物確保しとかないと、この先の捜査には繋がらないでしょ。ロット番号から流通経路がわかるかもしれない。」

 

 手癖の悪い元強盗犯は、必要とあらば脱法行為に躊躇が無かった。生粋の刑事は深く深くため息を吐く。

 

廃棄区画で(・・・・・)起こる犯罪(・・・・・)に対しては(・・・・・)公安局の管轄外だぜ(・・・・・・・・・)、刑事サン。仮におれらが購入するとて、おれらの貴重なお小遣いを犯罪者に渡していいワケあるかい?」

「……。」

「オマケに。あんな怪しい露天で、不特定多数に診断もなく向精神薬が配られるのはさ……厚生省の職員として、ちょっと見過ごして良いはずはないだろ。」

「……次の定期検査は気をつけるんだな……」

 

 里見は反論を放棄した。同じ潜在犯とはいえ、底を流れる倫理観がまるで違っていた。やろうと思えば理解することも出来なくは無いが……里見はあえて放っておくことにした。

 投げやりに前に向けた両目は、一番放っておくと危ない男のやらかしを目撃する。

 

「……監視官?」

「ちょっ、朝津監視官!おーい!おーいってば!そっちは行き止まりですよぉ!」

 

 方向音痴の上司が、ふらふらとてんで方向違いの道を歩むのが見えた。里見は声をあげて慌てて駆け出し、片倉も後に続いた。

 

 

 一方その頃。二係の残り3人もまた街を駆けていた。

 指向性音声が、芥の脳裏に響く。

 

《犯罪係数、オーバー200》

《執行モード・ノンリーサル・パラライザー》

 

 光弾に撃たれた潜在犯は、その場にドサリと倒れ伏した。

 これで5人目か、と芥は冷静にカウントする。

 今日もまた、朝から警報は鳴りっぱなしであり、廃棄区画に向かった3人の代わりに残りの3人が事態の収拾に当たっていた。

 

「……朝津監視官……大丈夫かな。」

 

 芥は曇天を見上げ、案じる。案じながら、脇を走り逃げる潜在犯にドミネーターを向ける。

 

《執行モード・ノンリーサル・パラライザー》

 

 目すらくれずに芥はトリガーを引いた。

 

 芥はメンバー分けに不満があるわけでは無い。

 街に大量発生している潜在犯の対処には自身が最も適していることを芥は理解していた。戦闘班のリーダーが灰賀になるのも道理だと思っていた。廃棄区画とはいえ、戦いに行くのでは無い。里見や片倉もついている。どちらが安全かというのは考えるまでも無い。

 だが、自身の目の届かない所に朝津がいるのはなんとなく不安だった。

 

《なーにぼーっとしてんの、ヤンデレ君!》

 

 通信機から喧しい声がする。

 

《そこから南西、7時の方角100メートル程んとこに別の潜在犯だ。さっさと行ってきな!》

「……了解。」

 

 ヤンデレと呼ばれる事は不服ではあったが、余程の侮蔑でなければ見逃す程度の寛大さが芥にはある。手を出すのは朝津を馬鹿にされた時と決めていた。

 エリアストレスは最高潮に達していた。人々は街中に発生した悪意に逃げ惑い、逃げ惑う中色相を濁らせ、堕ちていく。

 芥はドミネーターを手に、周囲を見回しながら走った。市民が逃げ惑う中に何かの異変がないものか、このエリアストレスの原因がないものかと探す。これまで見落としていた何かがあるかもしれない、と目を凝らす。

 突然、芥は立ち止まった。

 大通りの奥に場違いな白衣の男の姿が目に入る。凶悪な潜在犯を相手にした時特有の、全身の毛が逆立つ感覚がある。

 

「こちらCHIPS2!仮面の男を発見!」

 

 芥は大通りを走り出した。

 仮面の男もまた走っており、何かを、誰かを追いかけている。それが見知らぬスーツの男であることを芥は追跡中に知る。

 見知らぬスーツの男、仮面の男、芥は大通りを走る。見知らぬ男は脇道へと曲がり、仮面の男と芥もまたそれに続く。

 脇道を曲がると、芥は前方にいたはずの2人を見失っていた。人混みと往来する車、巻き起こる喧騒の中に仮面の男達の姿は消えていた。

 

「芥ぁー!仮面の男が居たってのはマジか?」

 

 前方から戌井が駆けつけ、道の先には2人が行っていないことが明らかとなる。

 芥は街を観察し、横道を発見する。ドミネーターのグリップを再度強く握り、走る。建物と建物の間の裏路地はT字路へと突き当たった。

 芥は人の気配を感じ、ドミネーターのトリガーに指を置いて飛び出す。照準は目の前にいた男の鳩尾に、開いたジャケットの間に見えるベストに据えられる。

 指向性音声が、芥の脳裏に響く。

 

《犯罪係数、28》

《刑事課登録監視官・灰戸編理》

《執行対象ではありません。》

「ッ、灰賀監視官……!?」

《警告・執行官による叛逆行為は記録の上本部に報告されます。》

 

 指向性音声は喧しく芥の行いを咎めた。

 灰賀はほっとした様子でドミネーターを下ろす。

 

「なんだ、芥君と戌井君か……」

「仮面の男がこちらに来ませんでしたか?」

「いや。君の通信から追いかけて来てはみたが……」

 

 首を横に振る。こちらも空振りのようだった。

 その時、3人の背後から物音がした。3人は一斉にドミネーターを向け、芥が先頭となって走り出す。

 道の奥には、スーツの男がいた。完全に怯え切った、追い詰められた小動物の目で追っ手を見上げている。

 

《犯罪係数、68。》

《執行対象ではありません。》

 

 3人の刑事の前にいたのは、仮面の男に追いかけられていた男だった。

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