PSYCHO-PASS 二次創作 MIDGRAY   作:ろくみ

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前夜

「被害者の名は軽谷檀馬。国会議員だ。」

 

 灰賀は仮面の男に追いかけられていた男の名前と職業を読み上げ、オフィスのデバイスにかき集めた軽谷檀馬の情報を連携する。

 軽谷檀馬、衆議院議員。無所属。42歳。最近の色相チェックは特に問題はなく、事件に巻き込まれてもケアについては簡易セラピー程度で十分と判定された。

 

「そいつが仮面の男のターゲット?」

「どうもそのようだ。芥が追跡中の仮面の男の様子を目撃しており……街頭スキャナの映像もある。」

 

 軽谷檀馬を執拗に追いかけ回す仮面の男の姿は、明確に録画として残っていた。

 街頭スキャナの映像は既に分析が済んでいた。歩幅、重心、腕の振り具合、それらは全て精神病院に現れた仮面の男と一致している。

 

「精神病院を襲った後は、政治家か。方向性が全然読めねえな……」

「病院での被害者、田辺愛との関係性は不明だ。田辺が支援者という情報などは無い。」

 

 灰賀の話に、執行官達は考え……答えを出す。芥が回答する。

 

「精神病院での事件は予行練習、とか。」

 

 本命は国会議員であり、精神病院での件に深い動機は無い……と芥は結論付ける。事実として病院での事件に未だ明確な動機は見えてこない。実験の為選ばれたというのも妥当な推理だった。

 

「サイコハザードを起こし、軽谷檀馬を潜在犯に落とす……それが目的なのかも。」

「国会議員サマなんじゃ、恨みの1つや2つ、どっかで買っていてもおかしかねぇわな。」

 

 片倉はそう言って軽谷檀馬の情報を流し見る。

 

「被疑者の候補は、単純に怨恨だけでなく政敵やその熱狂的な支持者も視野に入るか……」

 

 朝津は軽谷の政策ビジョンを見る。『すべての人々に平穏な世界を。』とあり、向精神薬の無償配布などの政策が連なっている。ガヤからはばら撒きや製薬会社との癒着を叫ばれそうではあったが、悪い政策では無いと朝津は思った。

 

「そして軽谷は明日講演会を行うそうで……今回の件で、公安局に警護の依頼が来ている。」

「そりゃまぁ……そうなるだろうけどもさ。なにもこんなクソ忙しい時に来なくてもいいんじゃないッスかねぇ……」

 

 原因不明のエリアストレスの急上昇で、公安局の人材不足はその深刻さを深めていた。

 

「一係と三係の支援は見込めない。俺たちだけでなんとかするしかないだろう。」

「既に会場の見取り図は用意してある。」

 

 手際の良い新人は手早く資料を共有し、里見が主体となり作戦を立てる。

 

「会場は中規模のコンサートホール。一階席と二階席があり、収容人数は200人。」

 

 ステージ、一階客席、二階客席にそれぞれ2人ずつ、里見は駒を置く。

 

「……仮面の男は外から来るんだろ?ロビーとか、入り口とかにも気をつけた方がいいだろうに。」

 

 片倉の言葉に里見は首を横に振る。里見の勘は、警戒の対象を外側には見出していなかった。

 

「柳沢の分析により……仮面の男の身元はわからない、ということがわかった。」

 

 昨日、大言を叩いた柳沢だったが、ついぞ仮面の男と同じ歩行パターンの人間を特定することが出来なかった。仮面の男と同じ歩行パターンの人間は、病院内はおろか、周辺区域のスキャナにも写っていなかったという。

 

「仮面の男は突然その場に現れることができる。非現実的な結論だが、事実そうとしか考えられず、未だそのトリックも不明な以上……内側を警戒するべきだ。」

 

 里見は各々に配置を伝える。

 朝津と戌井がステージ上。灰賀と芥が一階席。里見と片倉が二階席に置かれた。

 

「敵の武器の射程は二階席からでもステージに到達する。一階席、ステージ脇共に油断しないように。」

「麻酔銃とのことだが、使われている薬品は何だ?即死か麻酔かはわからないのか?」

 

 芥の質問に里見は首を横に振る。答えは出ていなかった。

 

「まだ不明だ。精神病院での発砲については調査中。」

「何にせよ当たればマズいのは同じか。」

 

 当たらなければ問題はない、と芥は問題を流す。

 軽い概要が共有された後、灰賀はより詳細な資料をデバイスに提示した。

 

「明日の軽谷の行動をまとめたもの、そして警備の詳細だ。」

 

 これを今から詰めていく、という灰賀の言葉に朝津は目が回るのを感じた。顔を青ざめさせたまま、それでも目をごしごしと擦って気合を入れる。

 その脇に、コーヒーの入ったマグカップが置かれた。見上げれば芥が複雑な表情で朝津を見下ろしていた。憐憫や申し訳なさなども感じられるが、一番要素として多いのは諦めだった。

 無理をするなと言っても無駄なのだという諦めがあった。

 芥のそんな思いを、朝津は汲み取ることはできない。単純にキャパシティが既に限界であった為だ。芥にお礼を言って、カフェインと向精神薬を補充するのが今の朝津にできる最大級の行いだった。中身がぎっしり入ったタブレットケースを取り出し、開ける。

 隣で灰賀もまたコーヒーを啜る。オフィスに置かれた冷蔵庫には牛乳があり、最近のお気に入りを作るに十分な用意があった。

 

 数時間後。

 二係のオフィスには、魂の抜けた朝津と、朝津の介護をする芥だけが残っていた。既に前日の予習を済ませた4人は自室や自宅へと戻っていた。

 

「……再度確認しますね。明日の貴方の予定は?」

「朝8時から、軽谷氏の警護をしながら……会場に何か仕掛けられていないか調査を……」

「違います。会場の調査は灰賀監視官達の分担です。朝津監視官は明日8時に僕と軽谷氏の自宅に向かい、そこからつきっきりで警護をするんです。」

 

 複数の予定が混ざっていた朝津の中の認識を、芥は綺麗に整える。半分頭が眠っているような顔で見上げた朝津は、噛み締めるように確認する。

 

「明日は8時から、軽谷氏を守る……」

「そうです。」

 

 朝津はようやく明日するべき任務のインストールを完了させた。

 芥は時計を見る。もう日付が変わっており、今から帰宅させ、出勤させ、という時間を取らせるのは酷であった。

 

「……今日はもう寝ましょう。それに、何か食べなくては……食べたいものはありますか?」

「いや……大丈夫。芥さん、1人で食べてきていいですよ。」

 

 朝津はデスク脇のサイドチェストからゼリー飲料を取り出した。

 

「まだ、確認しておきたいところあるから……がんばりたいんです。」

「……そんなものばかり食べていては、力が出ませんよ。」

 

 芥は表情を曇らせる。

 無理をし過ぎだ、明日体が動かなかったらどうする、など。色々と言いたいことが吹き上がるが。

 同時に、やはり諦めがくる。器用な人間だったのなら、朝津は朝津ではなかった。

 

「貴方のそういうところ、嫌いじゃないんですけどね……」

「あはは、ありがとうございます。」

 

 朝津はコーヒーに手を伸ばした。だが、芥はマグカップを奪い、代わりにペットボトルの水を掴ませる。

 

「嫌いじゃない、って言ってるんです。まったく……」

 

 早急に夕飯を済ませ1秒でも早く朝津を寝かせるのだ、と芥はオフィスを飛び出した。

 お目付け役が居なくなった朝津は、ゼリー飲料を握りしめてデバイスの情報に再度目を通し始める。無味乾燥な栄養剤は無駄なくエネルギーを朝津に与え、朝津は頭が少ししゃきっとするのを感じる。

 全体の流れや人員配置などをひたすらに見て覚え、メモに書き出しては把握しようと努力を続けた。何が影響するのかわからない為、手を抜くことは出来なかった。

 この二係では作戦会議が行われる際、一般的に他の係で行われるものより、具体的で、細かい指示や意図が共有される。勿論場当たり的に計画が崩壊することが大抵だが、基本的な作戦は事前に段取りを共有するのが日常であった。

 

「……。」

 

 目の霞みを感じ、朝津は目を擦る。デスクの引き出しを開けると、ごちゃごちゃとした中身、ペンやデバイスの部品や封筒の間にぎっしりと錠剤のシートが詰まっている。1束を手に取る。

 1錠、2錠、3錠、向精神薬を取り出し、先ほど手に取ったタブレットケースの中身と一緒に水で流し込む。

 それから、デバイスへと視線を戻す。軽谷の行動スケジュールにもう一度目を通し、会場班の作戦に目を通し、仮面の男の歩行パターンの情報などにも目を通す。

 朝津はこめかみに手を当てた。頭の痛みを感じ、また錠剤シートに手を伸ばす。

 1錠、3錠、5錠、薬を手のひらに乗せ、タブレットケースの中身を全て加え、水で嚥下する。

 タブレットケースの中身は全て無くなってしまい、仕方なく朝津はデスクからもう1つタブレットケースを取り出した。

 

「な……何をしてるんだ!?」

 

 その時。オフィスの入り口から、動揺した声がした。先ほど帰宅したはずの灰賀が戻ってきていた。

 

「灰賀さん……?」

「何をしているんだと聞いている。」

 

 いつになく怒りに震えた声の灰賀に、朝津は怯えて身を強張らせる。

 

「何、って……明日の警護の、予習を……」

「そこじゃない。」

 

 灰賀は朝津の手にあったタブレットケースと錠剤シートをもぎ取った。

 

「私はラムネを作っていたつもりはないんだがな……『専門家の指導の下、容量用法を守って正しく使うこと。』守れているか?」

 

 注意書きを読み上げる灰賀に、朝津は視線を逸らした。

 

「あんまり効かなくて……つい。」

 

 灰賀は朝津の顔に手を伸ばす。顎と頬をわしづかみにし、無理やり面を上げさせる。灰賀は困惑した朝津の瞳を覗き込んだ。

 サイコケア錠剤は、脳内の物質を制御することによって感情を抑制し、色相を安定につなげるものだ。過剰摂取の先にあるものは脳機能の損傷と、廃人化しかない。そのことを、開発者である灰賀はよく知っていた。

 不思議なことに、朝津に脳障害の気配はなかった。急な後輩の接触に動揺するが、抵抗はせずに灰賀を見上げ続けている。

 朝津の健康状態を確認した灰賀は、朝津の顔から手を離す。

 

「次の非番に真っ当な医者に診てもらいなさい。知り合いに腕のいいのが何人かいる、連絡を入れておこうか。」

「い、いえ!そこまでしていただなくても……」

 

 灰賀はタブレットケースを振る。先ほどはぎっしりと中身が詰まっていたはずだが、今は何の音もせず、軽い。

 

「今診てもらっている医者を変えるか……仕事を変えるか。その域ですよ、今の先輩は。」

 

 物凄い勢いで向精神薬を消費する朝津の様子を、灰賀は開発に携わっていた人間として放置することができなかった。

 咎め始めた勢いのまま、灰賀は朝津に疑問を投げつける。

 

「どうして監視官を続けているんですか。」

「どうして……って。」

 

 灰賀は優秀な研究者ではあったが、カウンセラーの適性は無かった。気質として、聞いて答えが出るのであれば遠慮なく聞くべきと考える人間であった。

 

「はっきり言って、先輩には向いていない仕事だ。心がてんで追いついていない。」

 

 濁りやすく澄みにくいその色相に監視官としての適性が無いことなど、子供でもわかる。

 監視官適性、Dマイナス。業務を回す為に辛うじて存在が許されている昼行燈。そんな前口上を、灰賀は着任前に聞いていた。

 

「……それほどの夢なんですか。」

 

 灰賀は、昨日の宴での話を思い出す。

 

「人を裁く最前線に居たいという夢は、貴方の貴重な寿命と健康を擦り減らす価値があると……本気で思ってるんですか。」

 

 朝津は返答に困る。椅子にかけてあったレイドジャケットを無意識のうちにたぐり寄せる。肩に羽織り、内側に隠れるように丸まった。何故かサイズの合っていないぶかぶかのサイズを着用している為、朝津の小柄な身体はすっぽりと収まった。

 身の丈に合わない不釣り合いなレイドジャケットに包まる朝津の様子は、今の状態と重なって見えた。

 朝津は、ジャケットの裾を握りしめて言う。

 

「夢はただのキッカケでした。それだけだったら、僕はもう動けなくなっていたでしょう。……今はもう、ただの……僕のわがままなんです。」

 

 デバイス越しに、朝津はオフィスの席を見る。

 四者四様のレイアウトがされたスペース。どこからから拾ってきたガラクタが積んである戌井のデスク。ヒーローもののミニフィギュアが飾られた芥のデスク。たこ焼きのマスコットの小さなシールが貼られた里見のデスク。知恵の輪やお菓子の袋が所狭しと置いてある片倉のデスク。

 

「ここ以外どこにも、あの人達は居ないんです。こんな、どうしようもない僕を助けてくれる、あの人達は……」

 

 肩に羽織った、ぶかぶかのレイドジャケットをより深く羽織る。胸に描かれた天秤と杖に絡みつく蛇(アスクレピオス)意匠(シンボル)を強く、強く握りしめる。

 

「みっともないですよね。それで逆に迷惑かけてるのは、わかりきってるのに……」

 

 朝津のデスクには乱雑にメモを取ったノートが開かれている。その上には空になったゼリー飲料のゴミと、錠剤シートの残骸がある。

 

「あの人達とみんなの幸せを守って生きていたいって……そうじゃないと、僕は、僕でなくなってしまう、気がして……」

 

 朝津は俯き、呟く。その表情は灰賀からは髪で隠れて見えない。

 

「それが……僕が監視官を続けている理由です。」

 

 監視官として完全に間違えた答えだった。

 執行官など、使い捨ての駒だ。それらを束ね、統制し、時に切り捨ててこその監視官である。

 時には何かしらの信頼や絆が発生することもあるだろうが……朝津のそれは執着に近い。

 

「……こんなの、監視官失格ですね。」

 

 朝津自身、解答が赤点であることを自覚している。自覚しているが、ついぞ、その理由を手放せなかった。

 ふと、弾かれたように面を上げる。こんなことを話せる同僚はこれまでおらず、うっかり本音を滑らせたことに気がついた。

 

「あ……みんなには、内緒にしておいてください!夢を追ってる人……っていうことに、しておいてください。」

「……そうか。わかった。」

 

 切実な願いを感じ取り、灰賀は追求をやめた。

 

「……。」

 

 遠慮なく暗部に踏み込んだはいいものの、無理矢理に秘密を引き出した気まずさを灰賀は覚える。

 朝津はペットボトルの水を飲み、灰賀は天井を仰ぐ。

 微妙な沈黙が流れた後……灰賀が口を開く。

 

「ここだけの話ついでだが……私も昔は色相が悪かった。」

 

 灰賀は自らの過去を晒すことで、聞きすぎてしまったバランスを釣り合わせることにした。

 突然の話に驚き、朝津は灰賀を見上げる。

 

「昔といっても幼少期の話で、当時の記憶はない。親から伝え聞いた話だ。なんでも、生まれつき凄まじい濁り具合だったそうで、犯罪係数を測定していたら死んでいただろう、と母はよく言っていた。」

 

 灰賀は涼やかな顔で幼き頃の思い出話を続ける。

 

「街頭スキャナに引っかからないように、両親は私を家の中に押し込めて、ありとあらゆる治療を試したそうだ。結果はご覧の通り。小学校に上がる頃には、私の色相はクリアになった。」

 

 なんでもないことのように語る灰賀に朝津は目をしばたかせる。色相の改善、犯罪係数の改善は非常に難しい。難しいからこそ隔離施設が存在するのだ。

 

「それ以来、私の色相が濁ったことは1度もない。治療に救われた私は、同じように濁った人間を救いたいと思った。」

「だから、製薬会社に。」

「ああ。」

 

 灰賀は頷く。

 

「我ながら、それなりに人を救えていると……世を良くしている自負があった。」

 

 手元で、朝津から奪い取った錠剤シートを弄ぶ。シートに書かれた文字列から、それが数年前から発売されている薬であること、灰賀も開発に携わった型であることがわかった。

 

「ただ……研究の過程で臨床試験の場に立ち会う事があった。治験を行う為、実際の患者を目にすることがあったんだ。」

 

 当時の感情が呼び起こされ、灰賀は目を伏せる。

 

「どうしても、無力感に苛まれた。」

「……薬、効かなかったんですか。」

「いいや、薬は効いたさ。嬉しそうに社会に戻っていく患者を見ると、やってきてよかったなぁと喜びも覚えた。覚えたのだが……」

 

 問題はそこじゃないんだ、と灰賀は言う。

 

「治験の対象が……患者の列が途切れる事はなかった。薬のデータを取るのに十分な人数が存在する事、それ自体が……どうにも、許し難かった。」

 

 朝津は灰賀の顔を見上げていたが、その視線は交錯しない。灰賀はタブレットケースと錠剤シートだけを見つめている。

 

「人々が濁り切る前に、手遅れになる前に助けたい……そう思ったから、私は公安局を目指すことにした、というわけだ。」

 

 語り終えた灰賀は朝津を見る。

 

「……私だけ先輩の秘密を知っているのもどうかと思って。これが、私が監視官を目指した本当の理由だ。」

 

 宴の席での話は必ずしも嘘だけではなかったが、背景があったのだと告げる。

 

「だからこそ……こういうことは絶対に許せない。」

 

 見せつけるように、灰賀はタブレットケースを振る。いくら振っても、中身のないタブレットケースは何の音も立てなかった。

 これは本気で怒らせてしまったのだと、流石の朝津も気がついた。

 

「私の目がある限り、先輩には適性な治療を受けてもらう。」

「はい……」

 

 後輩に叱られ、朝津はしゅんとちぢこまる。

 

「だいたい、どこのヤブ医者だ、こんな大量に強い薬を処方する馬鹿者は……」

 

 灰賀が近くの引き出しを開けると、隙間には所狭しと向精神薬が詰まっていた。書類の間にくしゃくしゃになった処方箋が挟まっており、灰賀はその処方を行った者の名前を見る。

 柳沢奏とあった。灰賀の視線が鋭くなる。

 

「……許しておけないな、あの分析官……」

「お、穏便に、穏便に済ませてください、僕が無茶言ってるだけなので……!」

 

 柳沢分析官に泣きつき強めの薬の処方箋を書いて貰うのは、朝津の持つ悪癖の1つである。

 青筋を浮かべる灰賀を、朝津はあわあわと静止した。

 そこへ、芥が戻ってくる。

 

「ただいま戻りまし……灰賀監視官?」

 

 帰ったはずの灰賀が居ることに、芥は眼鏡の奥で目を丸くする。

 

「あ、ああ……芥君、おかえり。」

 

 灰賀が芥に気を取られた隙に、朝津はタブレットケースと錠剤シートを奪い返し、引き出しの中に投げ込んで乱暴に閉じる。朝津にとって芥は引き出しの中身の惨状を知られるとマズい人間の1人である。見つかったらさぞヒステリックに嘆くのだろうという想像は容易い。

 

「何か要件ですか……?」

「ええと……要件はなんだったか……」

 

 灰賀は明日の捜査について資料を確認するべく戻ってきたのだが、朝津との長話の結果何をしようとしていたのか完全に忘れてしまっていた。

 

「みなさん疲れているんですね……」

 

 呑気に誤魔化そうとする朝津を、お前が言うかとばかりに灰賀と芥が睨みつけた。

 そんな視線に気がつくことなく、朝津は机の上を片付け、荷を整える。

 

「芥さん、お待たせしました……帰りましょう。灰賀さんも、今日はお疲れ様でした。」

 

 灰賀に頭を下げ、朝津はオフィスを後にした。

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