PSYCHO-PASS 二次創作 MIDGRAY 作:ろくみ
11月14日。朝津はレイドジャケットを羽織り、軽谷の自宅前に待機していた。家から出てきた軽谷はやたらと小柄な捜査員を見て怪訝な顔をしたが、ジャケットの公安局マークを目にすると何も言わずに自身の車に乗り込んだ。
軽谷の車を朝津が運転する車が追いかける。助手席で芥は街の様子を眺めていたが、街の中には仮面の男の気配はない。
《BALTO2からBALTO1へ。》
朝津の端末から声がする。運転中の朝津に代わり、芥が回答する。
「こちらCHIPS2。BALTO1は運転中につき代行する。」
《わかった。会場の状況を伝える。会場内、異物など特になし。スタッフの犯罪係数を測定したが異常値は見当たらなかった。これから客が入る。》
「CHIPS2、了解。こちらも概ね予定通りに進行している。到着時刻に変更は無し。」
《BALTO2、了解。》
情報の共有を終え、通信は切れた。
芥はまた注意を街に向ける。街の中に仮面の男の気配はないが……街は、平穏から程遠い有様をしていた。人々は互いに身を寄せ合い、怯えた表情で噂話を繰り返す。瞬く間に通り過ぎていく景色ではあったが、人々が噂する内容が何なのか、芥には想像がついた。どこぞで捕物があっただとか、そう言う話をしているのだろう。
今日も朝からエリアストレス警報が鳴り止まない。案の定一係と三係は引っ張りだこになって街の中を駆けずり回っている。警備の応援は望めそうになかった。
仮に会場から仮面の男を逃した場合、街頭スキャナがひっきりなしに異常事態を叫ぶこの事態では追いかけることも難しいかもしれない、などと芥は思い、気を引き締めた。
特に異常は無く、車は会場に到着する。
軽谷は控室へと向かい、その廊下前で6人の刑事は顔を合わせる。
「客の色相については?」
「問題のある者はいなかった。」
会場を探っていた組は首を横に振る。街頭スキャナにも、ドミネーターにも、猟犬の鼻にも、何も引っかからない。不気味なほどの平穏があった。
「……念の為、ドミネーターの通信チェックだけしておかないっスか?」
唐突に戌井が提案した。控室の前という電波のあまり良くなさそうな所でも、きちんとドミネーターで犯罪係数が測れるか、盲点になっていないか調べようとの提案だった。
「いい案じゃないか、戌井。万全は期さなければ意味がない。」
芥は朝津を見ながら賛同する。今にも朝津に照準を向けそうな気配に、朝津は苦笑いして言った。
「構いません、けど……監視官と執行官でやるのはやめましょう。叛逆行為の取り消し申請、結構面倒くさいんですよ。」
それぞれが互いにドミネーターを向け、犯罪係数を測る。まず、執行官達が測られる。
戌井、163。芥、192。里見、114。片倉、189。
「……意外だな、芥と片倉は200超えてるもんだと思った。」
「ぶん殴られたいかバカ犬。」
戌井は片倉の不満を片手間に聞き流し、監視官達を促す。
レイドジャケットを着た2人もまた、互いにドミネーターを向ける。
指向性音声が2人の脳裏に響き───2人の監視官は、同時に驚きの声を上げた。
「15!?」
「84!?」
朝津は後輩の綺麗な色相に感嘆する。着任から激務続きであったというのに、灰賀の色相には何の翳りもなかった。
一方、灰賀は先輩の頼りないPSYCHO-PASSにこの上ない不安を覚えた。今にも倒れてもおかしくない、心労が蓄積しているのは明らかだった。
同じように不安を覚えた芥は、助けを求める顔で灰賀を見る。芥自身から、辞めろ、休めと言うことは出来ない為、灰賀からのアプローチを求めていた。
「……朝津先輩。」
「僕は、大丈夫です!」
灰賀の言葉を朝津は一蹴する。
自身が何の役にも立たないとはわかっていたが、何の役にも立たない置物すら必要とされる人員の逼迫から、朝津は目を背けることが出来なかった。
「……いつも通り、頑張っていきましょう。」
ドミネーターの通信環境が問題ないことを確認し、朝津は一同に持ち場につくよう促した。
芥が奥歯をギリリと噛み締め拳を強く握りしめたが、鈍感な朝津はそれに気がつく事はなかった。
灰賀は困った先輩だと視線を下ろし……自身のレイドジャケットのボタンが1つ外れているのに気がついて、止め直した。
朝津は軽谷の出番まで、控室にいる軽谷の警備をして過ごした。控室の隅で佇み、様子を見守るが異変は特に無い。慌ただしくスタッフが往来するが、彼らの犯罪係数は隔離範囲までには陥っていない。軽谷に近付く不審人物はいなかった。
「……刑事さん。」
出番が近くなった軽谷が朝津に話しかけた。不安げに向精神薬を飲み、値踏みをするように朝津を見る。
「何でしょうか。」
「警備体制は万全か?」
「……はい。」
軽谷に侮られていることを朝津は自覚する。訝し気な視線は、頼りなさげな刑事で大丈夫だろうか、と物語っていた。
自身が侮られる事について朝津はどうとも思わなかったが、不安に駆られている様子は捨ておけない。朝津は予習を生かす。
「会場は隅々まで調査済みです。また、スタッフやお客様についても犯罪係数や色相の測定を済ませています。危険人物は会場にはいません。」
「会場の外は?」
「講演会が始まった時点で会場と外を繋ぐ出入り口は全て施錠されます。また、外には警備ドローンが囲いますので、侵入できる余地はありません。」
「……君たちはどうなんだ。」
軽谷はまだ訝し気な目をしていた。
「君……は監視官だから大丈夫なのだろうが。執行官とかいう、潜在犯達が事件を起こす可能性は?」
「……。」
朝津は即答しない。朝津は現代に生きる人間であり、健常者と潜在犯のラインを知っている。朝津自身がどれだけ信頼し依存していても、執行官は潜在犯なのだということを理解している。『朝津自身が信頼しているから大丈夫』ということは信頼できる回答にはならないのだということを朝津はわかっていた。
朝津は少し考えてから答える。
「彼らの犯罪係数も先ほど測定しました。著しい上昇はありません。また、サイコハザードが起こらないよう、お客様に話しかける行為は最低限に済ませるよう伝えてあります。……ご要望とあれば、護送車に待機させるようにも出来ますが。」
訝し気な目は続いていたが、それ以上の追及は無い。
「いや……いい。潜在犯だからといって、無闇に疑うのは趣味じゃない。それに、護衛を頼んだのはこちらだ。引き続き、よろしく頼む。」
「はい!」
軽い会話の後扉が叩かれ、軽谷は控室を出る。朝津もそれに続き、ステージ袖まで移動する。
既に待機していた戌井が朝津の側にやってきて、朝津に変わらない状況を伝えた。
「街頭スキャナやドミネーターでの診断結果は共に異常無し。ここに集められたのはまごう事なく健常な精神の持ち主っス。……まァ、潜在犯のオレらを除いて、っスけどね。」
「ありがとう。外の警備は?」
「その辺も抜かりなくやってあるっスよ。会場入り口の施錠は完了、他の出入り口も封鎖済み。ネズミ1匹出入りする隙間なんてありゃしませんっス。」
「そっか……よかった。」
「気ィ抜かないでくださいっスよご主人。ここが大丈夫でも、帰りがけとかに襲撃されるかもなんスから。」
朝津は頷き、また気を張り詰めた。
情報共有が終わった戌井は、ステージ裏の道を駆けていく。ステージ上手の袖が戌井の配置だった。
ステージ袖から客席を見れば、人でいっぱきの客席の端に二係の皆が垣間見える。二階に里見と片倉、一階に灰賀と芥の姿があった。それぞれ注意深く客の様子を観察し、異変をいち早く察知しようと備えていた。
朝津はデバイスに軽く目を通す。街を駆けずり回る一係と三係の様子が伝えられており、支援は望めそうにもないことが改めてわかった。
やがて、客席の照明は落ち、客席の二係達の姿は見えなくなった。準備を整えた軽谷はステージに上がる。
《えー、本日は、お足元の悪い中……》
軽谷の講演が始まる。