PSYCHO-PASS 二次創作 MIDGRAY 作:ろくみ
軽谷の講演は問題なく続いていた。日頃の支援の感謝と、今後の政策、都議選への出馬、その際の公約には向精神薬の配布を加え、人々の色相改善に向けて最大限に尽力することなどを語る。
《BALTO2より定期連絡。こちら異常なし……》
《CHIPS1、同様っス。》
《CHIPS3、異常は見当たらない。》
「BALTO1、特になしです。」
朝津はステージ袖の暗闇で目を凝らし、異変が無いことを確認し報告した。
その時。
視界端の闇の中、客席側から緑の光が弾けた。続いて、朝津の耳はパラライザーの銃声を聞く。
「!?」
朝津はステージ上に飛び出した。逆光になり、客席はよく見えない。青白い光は二階席の方から見えた。
二階席では、里見が仮面の男と対峙していた。仮面の男の腕の中には気絶した片倉が締め上げられている。
不意を突かれた片倉は、自らの手でドミネーターのトリガーを引かされていた。里見が異変に気付き、ドミネーターを向けるも……間に合わない。仮面の男は片倉の腕を上げ、その手に持ったドミネーターを里見へと向ける。
指向性音声が、意識のない片倉の脳裏に響く。
《犯罪係数、132》
《刑事課登録執行官・里見善光・任意執行対象です》
2発目の銃声が会場内に反響した。
パニックに陥った観客達は一斉に出口へと逃げ始める。壇上の軽谷も逃げる為走り出した。が、今度は奇怪な銃声が鳴り響く。
「ッ!!」
軽谷は脚を押さえてしゃがみ込む。
改造銃で撃たれたのだ、と朝津は気付く。
逆光の先、二階席で、再び光が動くのが見える。その緑色はドミネーターの光であり、その銃口はステージ上へ向かっていた。
次の標的になったのは、ステージ上手から飛び出してきた戌井だった。走り、ステージ中央に向かう途中で、戌井は撃たれ倒れ込む。
朝津はわけもわからぬまま走り出していた。状況などまるで理解できていなかった。それでも、戌井が向かっていたのと同じ方向へ、ステージの真ん中へ、射線上へ、軽谷と二階席を繋ぐ線上へ、朝津は走る。
だが……間に合わない。
朝津が伸ばした手の先で、軽谷の身体は醜く歪む。沸騰した血液が肉を溶かし皮を押し上げ、スーツの下で風船のように膨らんでいく。そして、爆ぜる。上半身を失った両脚は力無く血溜まりの中へと倒れ込む。
朝津は二階席を見上げた。光の向こう側の暗闇に、ホログラムの仮面が僅かに見える。
二階席の床に伏していた里見は、痛む身体に鞭打ち立ち上がった。嫌な予感がして事前に摂取していた向精神薬が功を奏し、里見はパラライザーで撃たれても動くことが出来た。
仮面の男は片倉を拘束しながら二階席のテラスからステージを見下ろし、今度は改造銃を向けようとしていた。里見は掴みかかり、これ以上の狼藉を阻止しようと試みる。
突然の乱入者に仮面の男は驚き、片倉の拘束を解した。里見は片倉から仮面の男を引き剥がし、自らもドミネーターを持って仮面の男に掴みかかる。
その瞬間、里見は腹に痛みを感じる。仮面の男の改造銃が、里見の腹に押し付けられていた。
ステージ上で、朝津はドミネーターを抜いた。撃たねばならない。今度こそ、撃たなければならないのだ、と朝津はドミネーターを二階席に向ける。
逆光の向こうで揉み合う男2人をドミネーターは冷静に判別する。
指向性音声が、朝津の脳裏に響く。
《犯罪係数、325》
《刑事課登録執行官・里見善光・任意執行対象です》
手元で変形するドミネーターに、脳裏に告げられたシビュラの裁に、朝津は目を見開き、立ち尽くすしかなかった。
里見と仮面の男は掴み合いながら、互いにドミネーターを向けようと試みていた。銃口がどちらかに向けば決着が着くという緊迫感の中、里見の左手が仮面の男の襟首を掴む。ホロスーツの下に手が届いた。
里見の目が見開かれる。
その一瞬が命取りとなった。仮面の男は里見の右手を、握られたままのドミネーターを、里見自身へと無理矢理向ける。
指向性音声が、里見の脳裏に響く。
《執行モード・リーサル・エリミネーター》
抵抗も虚しくトリガーは引かれる。
醜く歪む里見の身体は、二階席の柵の外に投げ落とされる。宙を落下しながら里見の身体は弾け、客席に血の雨を降らせた。
爆散の衝撃で、里見の持っていたドミネーターが宙を舞う。血塗れのドミネーターはステージの上に落ち、一度、二度、跳ね、白い床に赤い摩擦痕を残した。
仮面の男は再び改造銃を手に取り、ステージ上の朝津に向ける。朝津も咄嗟にドミネーターを向けるが、視界前を一つ結びの長髪が覆った。
「危ない!」
叫びと、奇怪な銃声、芥が苦痛に耐える声が続く。
芥は背中を撃たれていた。
朝津と芥はすぐに二階席を見上げるが、既に仮面の男の姿は消えていた。
芥は壇上に落ちた里見のドミネーターを拾い上げると、猛烈な勢いで会場を飛び出しロビーへと走って行った。
一歩遅れて、二階席の端の扉から、灰賀がレイドジャケットの裾をはためかせて飛び出してくる。
床に倒れ伏した片倉を見て、ステージ上に目をやる。呆然とした朝津、意識が朦朧とした戌井、そして巨大な血溜まりと化した軽谷。二階席の柵から下を覗けば、里見だった肉片が座席に散っていた。
全てが手遅れになった状況に、新人監視官は絶句する。
目を見開いたまま立ち竦む朝津の足を、戌井が掴む。パラライザーで撃たれた戌井には意識を保つのが精一杯だった。
「ご、主人……!芥を、止めろ……!」
朝津は、戌井の言葉の理由はわからなかったが、それでも、震える足を動かし、走り出した。
朝津が走り出す、ほんの少し前。
芥は入り口となるロビーに駆けつけていた。
会場から逃げてきた、何十人という客達が逃げ惑い、出口を、逃げ場を目指して押し寄せている。
出入り口となる大扉は施錠され、開かない。
「いるんだろ……お前達の中に、犯人が……」
芥はドミネーターを観客達に向ける。
指向性音声が、芥の脳裏に響く。
《執行モード・ノンリーサル・パラライザー》
指し示されるまま、芥は人々を撃つ。
阿鼻叫喚の民衆達は我先にと出口に押し寄せたが、大扉が開くことはない。大扉付近の人々は、人に押しつぶされ、悲鳴をあげる。
耳障りな叫びの中、ある指向性音声が芥の脳裏に響く。
《犯罪係数、オーバー300》
《執行モード・リーサル・エリミネーター》
「……見つけた。」
倒れた人々の山を分けるように、芥は該当する潜在犯を引き摺り出した。いたって普通の男に見えるその男は、芥の手によって地に捩じ伏せられる。
懐から、ホロスーツの操作リモコンが転がり落ちた。
「お前が犯人だな……お前が……お前が里見さんを……!」
「ち、違う!違うんだ!俺は何も……!」
潜在犯は死にものぐるいで足掻き、芥を弾き返す。生き延びる為、走り、逃げ出す───その背を、エリミネーターの光弾が貫いた。
鮮血を撒き散らし爆散する潜在犯を、怯えた羊達は眼前で目撃し、更に狂乱を深めていく。
羊の中に、1人、狂気に染まりきった者が現れる。目の前の猟犬を殺さねば、自分も死ぬと追い詰められてしまった、哀れな羊は、武器も持たずに猟犬へと殴りかかる。
芥は無造作に攻撃を手でいなし、羊を蹴り飛ばした。狂気に陥った一般人1人程度の対処が出来ない男ではなかった。
なかったのだが。
羊達は、目の前の男が自分達に危害を与える者だと認識した。
1人、また1人と、芥に殴りかかる。迫る大勢に、芥はドミネーターを向けた。
指向性音声が、芥の脳裏に響く。
内に眠っていた獣を、指向性音声が呼び覚ます。
《犯罪係数、オーバー300》
狂気とシビュラは、同じ言葉を芥の脳裏に告げる。
芥はトリガーを引いた。潜在犯は至近距離で爆発し、芥は頭から鮮血を被る。
鉄の臭いが、血の香りが、芥の意識を赤く染める。戦闘本能が呼び覚まされる。
芥は迫る羊にドミネーターを向けた。殺処分の判断が脳裏に響き、芥は、目の前の潜在犯の首を捻じ折った。
次々に迫る潜在犯達に芥はドミネーターを向け、診断通り、その命を摘み取っていく。
落ちていた鞄の紐で女の首を絞め、散乱した骨で男の眼孔を付き、倒れた老人の頭と子供の胸を踏み潰す。
芥は至近距離に迫った潜在犯の拳をモロに受けるが、びくともしない。代わりにドミネーターのトリガーを引く。
鮮血が眼鏡に付着し、芥は眼鏡を投げ捨てた。芥の視力に問題は無かった。
《犯罪係数、オーバー300》
《犯罪係数、オーバー300》
追い立てられた羊達は恐怖を反覆し、増幅し、更に病んでいく。
そして、狂犬に立ち向かい、果てる。
芥は再度ドミネーターのトリガーを引き、潜在犯を再び血溜まりへと変えた。
ここで、芥は自身のドミネーターが撃ち止めになることを知る。エリミネーターは最大4発の制限があった。
芥はステージ上から持ってきていた里見のドミネーターを見る。芥もドミネーターも血塗れであり、最早誰の血が滴り落ちているのかわからない惨状だった。
ドミネーターを潜在犯に向ければ、問題なくエリミネーターの構造へ変形した。
不思議と芥の頭の中はスッキリとしていた。いつになく思考は澄んでいて、正確に、的確に、次の行動を選ぶことができた。
獲物を見、診断し、指示通り、その命を刈り取る。
何十回と繰り返したその作業を、芥はまた繰り返そうとして───声を、聞く。
「芥蒼一執行官!」
芥の足元には潜在犯が倒れていた。足はその胸を今にも踏み抜きそうなところで止まった。
芥は、振り返る。
「あ……」
芥が通った道には、夥しい量の人が倒れていた。
大勢いたはずの客達は、もはや半分も残っていない。皆、血の海に沈んだか、倒れ伏し数分後に自然と訪れる死を待っている。
人が折り重なった先に、芥は小柄な男の姿を見る。
監視官の目が駆けつけてから、芥は自身の暴走を悟った。頭から被った鮮血は真っ白だったシャツをどす黒い紅に染め上げていた。髪先から、一つ結びの先端から、とめどなく赤い液体が滴り落ちる。
彼の監視官は、こんな惨状を望む人間では無かったと。芥は内省する。
「申し訳……ありません、監視官……」
朝津はドミネーターを構えていた。銃口は芥をまっすぐに捉えている。
シビュラの裁は指向性音声にて所持者の脳裏に告げられる。故にドミネーターを持つ当人にしかその罪の詳細はわからない。
だが、自身に向いた銃がエリミネーターに変化していることで、芥は大まかな判断を悟った。
朝津はトリガーを引くのを躊躇っていた。信じられない、信じたくないという思いから、絶対的な未来の訪れを永遠に停滞させている。
その間に、灰賀が駆けつける。状況を目にし、灰賀もまたドミネーターを抜いた。
「やめろ!」
朝津はドミネーターを構えたまま、灰賀を制する。
そんな朝津の様子を見て。芥は、どうしようもない人だなと、もう何度目かわからない思いを浮かべる。
朝津はまだ、緊急セラピーで芥の犯罪係数が下がる可能性に賭けていたが……芥は既にこの症状が治らないことを自覚していた。目の前の獲物を殺したい衝動を抑えられない。足元の、殺してもいい人間の心臓を踏みつぶしたいと、涎を垂らす獣を止められない。
狂犬病の治療方法は、無い。一度発症した犬は、処分する以外に無いのだ。
「朝津監視官。」
芥は、里見のドミネーターを握りしめる。
「さようなら。」
その一言で、朝津は理解する。
朝津が動かなければ、次の一瞬で芥は自身にドミネーターを向ける。
そうでもしなければ、芥は足元に倒れた市民を殺してしまう。それは、朝津が望まない事であり、芥自身止めたい未来だった。
「芥……蒼一、執行官。」
朝津は口元を歪ませ、震える声を絞り出す。
その決意に、芥はハッとして───微笑んだ。
「犯罪係数、522。」
絶望に暮れる監視官の瞳に、執行官はいつもと同じ、優しげな視線を返す。
「貴方、に……刑を、執り行う……!」
朝津が、トリガーを引いた。