PSYCHO-PASS 二次創作 MIDGRAY 作:ろくみ
現場に到着すると、待ちかねた様子の戌井と片倉が護送車から飛び出してくる。
そして朝津の惨状を目の当たりにし、絶句した。朝津は明らかに戦える状態では無かった。
執行官達が朝津に気を取られている間に、灰賀は捜査の準備を整える。レイドジャケットに袖を通し、ボタンを首元までとめ、ドミネーターを手に取った。
指向性音声が、灰賀の脳裏に響く。
《携帯型心理診断・鎮圧執行システム・ドミネーターを起動しました》
《ユーザー認証・灰賀編理監視官・公安局刑事課所属・適正ユーザーです》
そして、もう一着のレイドジャケットと、ドミネーターを手に、朝津の元に戻る。
荷を突き出した灰賀に、片倉が叫ぶ。
「やめて……やめてくれ!」
立つので精一杯な朝津の様子を、片倉は見ていることができない。
それでも灰賀は荷を朝津の前から除けようとはしなかった。
片倉は間に割り込み、荷を突き返そうとする。
その腕を朝津が掴んだ。朝津は首を横に振る。レイドジャケットを受け取り、袖に腕を入れる。長過ぎる袖の中から手を出し、次はドミネーターを受け取った。
指向性音声が、朝津の脳裏に響く。
《ユーザー認証・朝津定監視官・公安局刑事課所属・適正ユーザーです》
「……ご主人……」
朝津が戌井の声に答えることはなかった。無表情のまま、手の中のドミネーターを見つめている。
灰賀が指示を告げる。
「私と執行官2人は潜在犯の追跡。朝津監視官はこの場で待機……それでいいな。」
「……うっス。」
「……はい。」
朝津は黙って頷いた。
執行官達は朝津を気にしながらも現場へと走っていく。
残された朝津は、1人立ちすくむ。
廃棄区画に程近い街角に、人の気配は殆どない。僅かに通行人がいたが、公安局の立ち入り制限を見ると慌てて去って行った。
冬の冷たい風が、ぶかぶかのレイドジャケットの裾を揺らした。
どれぐらい時間が経ったろうか。30分か、1時間か。いや、実際のところ5分もなかったのかもしれない。今の朝津には、時間の感覚は断片的なものだった。
無の時間を切り裂いて、端末が鳴り響く。
《CHIPS4よりBALTO1!聞こえますか!》
反射的に朝津は通信に応じていた。
「……聞こえてる。」
《すまねぇ……すまねぇご主人!取り逃した!潜在犯が、そっちに行く!》
視線を上げると、廃棄区画の暗闇から1人の女が走ってくるのが見える。まだ齢半ば、成人していない見た目をしている。
少女は、朝津の姿を見て絶望の表情を浮かべる。逃げ道が塞がれていると理解した為だ。彼女の背後からは3人の刑事が追いかけてきている。
「お……お願い。そこを通して。まだ……わたし、何もしてないの!急に、街頭スキャナが誤作動を起こしたの、本当なの!わたしは、わたしは普通の……ッ!」
《犯罪係数オーバー200・執行対象です》
《執行モード・ノンリーサル・パラライザー》
《落ち着いて標準を定め、対象を無力化してください》
朝津はトリガーを引いた。
少女は即座にその場に崩れ落ちる。
一歩遅れて、刑事達が到着した。
灰賀は状況が飲み込めず、お前がやったのか?と、驚いた目で朝津を見た。灰賀は今の状態の朝津が、潜在犯に対峙できるとも……ましてや撃てるとも思っていなかった。
朝津はただ一言尋ねる。
「発見された潜在犯は、この方1人で間違いなかったでしょうか。」
「あ……ああ。」
灰賀の答えを聞くと、朝津は撤収作業を始め、ドミネーターを片付ける。
執行官達も何か言いたげだったが、口をつぐんで朝津の撤収作業を手伝い始めた。
二係がオフィスに戻ったのは、その日の夕方のことだった。病院に行くように、と多くの者が朝津を促したが、朝津はそれらの言葉を無視した。
朝津は黙ったまま、自分の席に座る。
灰賀達3人は、事件の流れを整理し、推理を始める。だが、どうにも調子は上がらない。話を回す主軸が居なくなった会議が正常に回るはずもなかった。
話に詰まり、戌井は立ち上がり、コーヒーを淹れる。操作者はいつもと異なりおぼつかない手つきであったが、機械は物さえ入れれば安定した味を提供した。
戌井はまず灰賀と片倉にマグカップを渡す。それから、自分のものと、もう一つのマグカップを両手に取り、朝津の所に向かった。
朝津は戌井が近付いてもみじろぎもせず、消沈している。デスクの邪魔にならない所に、戌井はマグカップを置いた。
そのやりとりを見ながら、片倉はコーヒーに口をつけ、その苦さに顔を顰めた。
砂糖を代わりに入れていた人間は、もう居なかった。
片倉は砂糖入れを取り、適当に中身を投げ入れる。砂糖入れを片付けようとして、片倉は朝津の方を見た。そして、朝津のデスクの上に砂糖入れを置いた。
朝津は目の前に置かれたマグカップと砂糖入れを見る。手を伸ばし、砂糖を何杯か加える。
口にし、また砂糖を加える。
どれだけ砂糖を加えても、求めていた味になることはない。日常の味を、朝津は思い出せなくなっていた。
底に残った砂糖の塊を、朝津は残ったコーヒーと共に一気に飲み干した。
砂糖のザラつきが、喉に違和感として残り続けた。