PSYCHO-PASS 二次創作 MIDGRAY 作:ろくみ
業務終わり、帰路につこうとする朝津を、灰賀は引っ掴んだ。この状態の朝津を1人で帰せば明日には冷たくなっているだろうことが簡単に予想できた。
朝津にとっては残酷な運命だったが、奇しくも宿のアテはあった。
意思を発さない朝津をいいことに、灰賀は引きずるようにして無人の執行官の部屋へと連れて行く。後を執行官2人も追いかけて行った。
公安局全体がエリアストレスの頻発で多忙のため、芥の部屋の品の数々は手付かずで残っていた。任務に出かけたその日の朝のまま、部屋の中の時間は止まっていた。
朝津を椅子に座らせ、刑事たち3人はああでもない、こうでもないと言いながら、簡単な夕飯をこしらえる。どうにか[[rb:自動調理器 > オートサーバ]]に命令を入れると、簡素な食事が精製された。
朝津は無表情のまま分けられた量を胃に入れ、食べ終わればごちそうさま、と言った。
身支度を整え、朝津は布団に入る。
しかし、何時間経っても眠気が来ることはない。戌井が寝入り、片倉が寝入り、灰賀が寝入っても、朝津は眠ることは出来なかった。
朝津は暗闇の中、身を起こす。
夜更けの芥の部屋は、他3人の立てる僅かな物音しかしない。隅には畳まれたままの布団が2つ置かれていた。
何かに導かれるように、朝津は暗闇に目をやった。部屋の奥には書斎があり、固くドアは閉められている。
芥の宿舎の最も広い部分は二係達が好き勝手に出入りする公共のスペースに変わっていったが、書斎はその分本当の芥個人の部屋というポジションに置かれていた。
気がつくと、朝津は書斎のドアノブに手をかけていた。
そんなはずはないと理性では理解しているのに、ドアの向こうに芥がいるような気がした。
芥の書斎は、一般的に子供部屋と表現されるような見た目をしている。
壁には古びた刑事映画のポスターが一枚貼られている。本棚は漫画本や児童書、ゲームのカセットケースが無数に並ぶ。本の隙間や上部の空いたスペースに、捜査に使ったのだろう小難しそうな本が縦や横向きに押し込められていた。
奥には木製のデスクが置かれている。ライトスタンドがデスクの端に立っていて、側には何枚かの写真立てが並んでいた。どれも、二係の面々を写したものだ。楽しそうに笑っている写真だった。
自分達が写っているものだと分かった瞬間、朝津は目を逸らした。直視することはできなかった。
視線を下に逸らすと、デスクの引き出しが視界に入った。一番上の引き出しが少しだけ開いている。何かが突っかかって、半開きになっている。朝津は引き出しを開けた。
一番上の引き出しにはデスク周りで使う小物が整えられ入れられている。また、古びたハンカチや髪留め、壊れた眼鏡などが大事そうに仕舞われていた。
そして。それらの上に、一通の封筒が置かれていた。薄茶色の封筒の真ん中に、宛名が書かれている……『朝津監視官へ』と。
朝津は自分の心臓が跳ねるのを感じる。何が書かれているのか、想像することが出来ない。理解したく無いと脳が情報を拒絶している。見なかったことにしておこう、とすら思う。
けれど、意思に反して手は封筒へと伸びる。
封筒にはわずかに厚みがあった。中身が入っている。震える手で取り出すと、数枚の便箋が現れた。
『拝啓 朝津定監視官
いつかに備えて、この手紙を遺します。
あなたのことです、読み返せる手紙でないと、きっと何かを誤解してしまうでしょうから。
まず、ずっと言いたかったことから。
辞表をデスクの一番上の引き出しに入れておくのはやめましょう。結構簡単に見つかるものです。もう少し分かりづらいところに移すことをおすすめします。
破り捨てろとは言いません。
いつ辞めてもいいという防衛線は、あなたにとって大切なものなのでしょう。僕はあなたがその選択肢を持ち続けることに反対しません。
少し安心した所さえありました。
現実として、あなたにこの仕事は向いていない。
身体に無理が出てきたら、早めに転職先を探してください。
けれど、あなたに続ける意志があるのなら、僕はその意思を尊重します。
僕には最後までわからないままでしたが、散々な目を見ているのにも関らずこの仕事を続けているのには、夢以上の何か大事な理由があるのでしょう?
その際、今後の懸念点として。
仲間の誰かにドミネーターを向ける日がいつか来ることもあるでしょう。そして、仲間を処分した時は自責の念に駆られるのでしょう。
そんなことであなたが曇ることは、あなたの大事な意志を捨てようとするのは、僕の本意ではありません。
あなたは何故エリミネーターが最大で4発なのか、考えたことはありますか?
偶然その数になった、ということも十分考えられます。しかし、ドミネーターの殺人機能と執行官の数が同じことは、奇妙な一致ではありませんか。
執行官1人につき、1発。
つまりは、監視官が執行官を処分する為の弾。職務に擦り切れた者に用意されている、介錯の為の銃弾なのだと、僕は思っています。
あなたは優しい人で、真っ直ぐな人です。
悲劇を止めるために手段を選ばない人です。
僕は、そんなあなたが好きでした。
あなたと出会ったことで、初めて人並みの幸せというものを味わうことができました。
幸福を知っても良いのだと、思うことができたのです。
本当にありがとうございました。
どうか、あなたの進む道が良きものになりますように。
敬具 芥蒼一』
手紙はそう締め括られていたが、その後ろにもう一枚小さな紙が添えられている。
『追記
いつものコーヒーは1杯につき砂糖小さじ2杯です。片倉には倍量を入れてやってください。』
朝津は、おぼつかない足取りでキッチンへと向かった。
フィルターを入れ、豆を入れ、水を入れ、スイッチを入れて待つ。コーヒーの香ばしい温かな香りがキッチンから広がっていく。沸いたコーヒーをマグカップに注ぎ、小さじ2杯の砂糖を加える。
日常の味がした。
一口、一口、噛み締めるように、朝津はコーヒーを味わった。吐息で冷ましながら、ゆっくりと、時間をかけて啜ったコーヒーは、最後の一口を飲み終える頃には人肌並みのぬるさになっていた。
からになったマグカップを手に、朝津はキッチンに立ち竦む。
頬を、涙が伝った。
泣いているのだ、と脳が理解した瞬間、足から力が抜け、その場に崩れ落ちた。マグカップを割らないよう、咄嗟に胸の前で握り締める。
「……っ、うぅ………」
噛み締めた奥歯の間から、言葉にならない慟哭が漏れる。
物音に身を起こした片倉は、キッチンにうずくまる朝津の姿を見つけた。
声を押し殺して泣く姿に、片倉は何も言わずただ隣に座った。人の気配に朝津は一瞬びくりと身体を震わせ息を止めるが、それが片倉だとわかると、また嗚咽する。
涙が枯れ、喉が潰れても、朝津は静かに咽び泣いた。壁に描かれたホロの窓外が白む頃、朝津は徐々に静かになる。
片倉が目をやると、朝津は泣きながら眠っていた。肩を揺さぶっても起きる気配はない。
「……やっと寝たか。」
「ッ!?」
急な他者の声に片倉は驚く。ダイニングテーブルにいつの間にか起きていた戌井が座っており、様子を伺っていた。
「1人で運べるか?」
「当たり前……だろ……」
朝津の身体は小柄で軽い。捜査官の体力なら、たとえ数百メートルであっても運ぶ程度苦ではなかった。片倉は器用に朝津を担ぎ、1人で布団まで運んでいく。
灰賀も起き上がって様子を見守る。
「これで……元に戻るのだろうか。」
「……戻らんでしょう。」
戌井はポットに残ったコーヒーを注ぐ。時間の経ったコーヒーに湯気は無い。
いつになく、戌井は冷静な目をしていた。
「戻らないまま……粉々に折れたまま、あの人は進む。進んじまう。」
キッチンのカウンター端には、手紙の束が置き忘れられている。戌井は、汚れないよう、大切に中身を封筒に仕舞う。
「ああ、本当に。どうしようもねぇ。」
朝津に依存した男の言葉は、朝津の全てを赦していった。
その言葉がどこまで朝津自身に伝わっているのかは戌井にもわからない。これから何度も手紙を読み返しては泣くことになるのだろう。
先人に倣い、戌井は砂糖を2杯カップに入れる。
戌井は朝津が飲んだものと同じ味のコーヒーを一口含む。苦く、ほのかに甘い。
「……馬鹿野郎がよ。」
戌井は誰にともなく、吐き捨てるように言った。