PSYCHO-PASS 二次創作 MIDGRAY 作:ろくみ
都市部から程近い郊外に、白い建物がある。奥に見える野山と周辺に広がる住宅街や空き地と比べると、巨大な手がジオラマに真っ白な箱でも落としたかのような場違い感があった。その建物の壁には、REISのロゴが描かれている。
監視官と執行官は車と護送車から降り、ドミネーターを手に工場へと立ち入った。全てが
「……おい、何者だ!」
敷地内には何人かの集団がうろついていた。服装に統一感は無く、民間人であることがわかる。皆、釘銃やバールを手にたむろしている。
「お……俺達は……何も、してねぇ。ただ……薬を取りに来ただけだ……!」
民間人のうちの1人が喋り出す。その瞳からは正気が失われている。
「け、今朝から、急に色相が……濁って……嫌だ……隔離施設送りは嫌なんだよ……!」
「薬だ、薬さえあれば、この嫌な気分も、何もかも、止められるはずなんだ!」
そう言って、潜在犯達は刑事に殴りかかる。
戌井は振り下ろされたバールを受け止め、潜在犯を蹴り飛ばし、敵のバールを自身の獲物とした。その頬を釘が掠める。
「チッ……!」
しかし、潜在犯が次の釘を撃つ前に、緑の光弾が潜在犯を撃ち抜いていた。気を失った潜在犯はその場に崩れ落ちる。
「ナイスショット、ご主人!」
朝津は戌井の側に立ち、周囲に迫る潜在犯にドミネーターを向けていた。
乱闘の喧騒の中に、声がする。
「バカ犬!」
潜在犯達の奥、工場内に立ち入る扉に片倉と灰賀がいた。既に扉は開錠されている。
「おれらは先行ってる!」
「……ッ!おい!片倉!」
犬は吠えるが、片倉は聴きはしなかった。前髪で隠れていない左目を僅かに細め、潜在犯達と格闘する監視官と執行官2人を見る。
「朝津監視官は任せたぜ!……じゃあな!」
片倉は灰賀を連れ、扉を閉める。そして、灰賀と共に工場奥へと急ぐ。
工場中央にはガラス張りの廊下が走っており、下の工場の機械が見下ろせた。真っ白な部屋に白を基調とした機械が並び、先に進めば進むほど、梱包、充填、乾燥、分離、と工程が遡っていく。ガラス張りの廊下の奥、工場最奥には、工場全体を管理する
制御室の計器を灰賀は調べ始める。工場の稼働状況や、配合への介入のログを見て……灰賀は驚き、愕然とする。
それらには、途中から特に手が加えられた様子は見当たらなかった。調合は始めから決められた
「そんな……はずは……」
灰賀は調合に改めて目を通す。人々に安らぎを与える、色相を改善させる為……灰賀が探し出した調合が使われている。だが、その一部に違和があった。これまでは、REIS在籍中は気がついていなかった、僅かな綻び。当時も目を通していたはずだが、全く着目できなかった異常。特に治験を行ったわけではないが、灰賀は直感する。その異常が今回の事件の元凶であると……人々の色相悪化を齎す調合を、自分は見過ごしたのだと。
いや。
同僚達……REIS時代のチームメンバーの顔は不思議と浮かばなかった。他人が不正を行っていたのなら気がつけると、灰賀には研究者としての自負がある。灰賀は優秀な研究者だった。
「なら……犯人は……仮面の男、は……」
灰賀は着任から、まだ1週間しか経っていない。一通りの仕事は完璧にこなせても、経験に伴った感覚については劣っていた。
その先に待っているのがどれほど残酷な真実であっても。真実を追求する手を緩めることを、灰賀は許せなかった。
「……灰賀監視官。」
その時、灰賀を呼ぶ声がする。
振り返れば、コンソールルームの入り口に、執行官が1人立っていた。左目の瞳孔にはドミネーターの画面を表す水色の光が浮かび、真っ直ぐに灰賀を見つめている。執行官の手には黒色の拳銃が握られていた。
戌井はバールで潜在犯の腹を殴りつけた。痛みに歪んだ顔に拳をめりこませ、吹き飛ばす。他勢に無勢、劣勢なことには変わらなかったが、パラライザーの力によりある程度の始末は済んでいた。
が。後方から、その頼りの綱のドミネーターが床に落ちる音がする。
「あ……ぐ……!」
「ご主人!」
非力な監視官は潜在犯に絞められ、足を宙にバタつかせていた。
バール片手に戌井は潜在犯を殴りつける。それでも手を緩めようとしない潜在犯の腕に、戌井はガブリと噛みついた。
「ッ!」
「ヴーーー!」
噛みついたまま戌井は唸り、威嚇する。たまらず潜在犯が手を離すと、朝津は落ちたドミネーターを手に潜在犯を撃ち抜いた。パラライザーが命中し、潜在犯は地に伏せる。
「大丈夫っスか、ご主人。」
「だ……いじょう、ぶ……」
朝津はおぼつかない足取りだが、自力で立ち上がる。戌井は様子を見守りながら、口元についた鮮血を拭った。
潜在犯達の処置は済み、工場は無人の静寂を取り戻していた。
朝津達も、灰賀達を追って工場内の廊下を走る。廊下外の光景が、梱包、充填、乾燥と遡っていく。
すると着信があった。応じれば、途端に怒鳴るような大声が2人の耳を貫いた。
《
片倉の叫びがガラス張りの廊下をこだまする。
《
その一言で、戌井は全てを悟った。事件の謎も、片倉の状況も……そして、自らの大きな過ちも。
オフィスで話すべきではなかったのだと、1人で行かせるべきではなかったのだと、戌井は今更になって後悔する。
「片倉……!」
2人の刑事は走り出す。ガラス張りの廊下を、ただがむしゃらに走る。
「片倉さん、すぐに行きますから、片倉さんは早く撤退を……!」
《……ホント、逃げられたら……よかったのになぁ。》
通信機向こうから、苦しむ呻き声がする。
「テメェ……!」
《おれも……撃たれた。バカ犬、後は託すわ……》
「ふっざけんな!テメェまで何考えてんだ!」
苦痛に歪んだ笑い声がする。
《先に逝っちまったバカ共は、おれがキツく叱っておきますから……あんま、生き急ぐんじゃぁないぜ?》
「か、片倉さん……ダメです、生きて、生きて帰って……!」
言葉には別れの響きがあった。朝津は引き止めようと、繋ぎ止めようと、必死に、必死に話しかける。
《悪い、監視官……ちょっと欲張りが過ぎたみてぇだ。大将首をこっそり仕留めて帰るつもりが、うまくいかないもんだねぇ……》
「嫌だ……嫌だ……!すぐ迎えにいく、助けに行く!灰賀さんはどうしたんですか!?近くに居るはずでしょ!?」
我を忘れ、朝津は叫ぶ。最早間に合わないことはどこかでわかりつつ、叫ぶ。
「逃走しろ、片倉千秋執行官!これは監視官命令だ!」
《……。》
最期の息を吸う音がする。
《……大好きですよ、朝津さん。》
ガラス張りの廊下の外。機械類の間に青緑の稲妻が走る光景を、朝津は視界端にとらえた。はっとして、ガラスに手を当て、見下ろした瞬間。真っ白な工場の床と機械の間に、紅の花が咲くのが見える。