PSYCHO-PASS 二次創作 MIDGRAY 作:ろくみ
『本日午後、港区の総合精神病院、東京都彩生会サイコパス治療センターにてエリアストレス上昇による集団汚染が発生し、2人の死亡が確認されました。
厚生省は色相管理に注意を呼びかけています。
少しでも不安を感じた場合は、お近くのセラピー施設にご相談ください。
CMの後は気象情報とエリアストレス予報をお伝えします。』
『新情報!
気分が晴れない。優れない。
そんな貴方の強い味方!
感情の波を抑える新薬が、色相を20%もクリアに(*当社比)
心の風邪には金の果実を───
「MALUS」
最も美しい貴方に。
ERIS製薬です。
(向精神薬は専門家の指導の下、用法用量を守って正しくお使い下さい。厚生省)』
11月12日。二係のオフィスでは、4人のスーツの男達達が昨日の報告書作りを進めていた。……正確には、2人がデバイスの前で画面と向き合っており、もう2人は早々に書類作りを終わらせ暇を持て余していた。
座席の間は狭い通路になっているのだが、その間をうろうろ、うろうろと眼鏡の男が手持ち無沙汰に往復を続けている。コツコツ、コツコツ、と規則正しい足音が静かなオフィスに響く。それは、まるで時計の秒針のように正確で、勤勉で、喧しい。通路は人1人が行き交うのが精一杯という狭さだったが、特に誰ともぶつかることもなく、眼鏡の男は歩き続けていた。一つ結びにされた長髪が揺れ、弧を描き、揺れ、また弧を描く。
「……。」
誰ともぶつかることもなかったが、指一本ほどの隙間しかない背後で人が無駄にウロウロしている状態は、一般的に言って鬱陶しい。
「あー!もう!芥!!気が散るからやめろ!!」
赤髪の男が頭を掻きむしって叫ぶと、眼鏡の男は立ち止まって見下した。
「報告書作りが終わってないのはお前だけだろ。」
まだ終わってないお前が悪い、と言って、眼鏡の男は往復を再開する。コツコツ、コツコツ、と規則正しい足音がオフィスに響く。
懲りる様子のない眼鏡の男に、赤髪の男は辟易として助けを求める。対象は自分と同じようにデバイスの画面を見つめている、目つきの鋭い男だった。
「里見サンもなんか言ってやってくださいよぅ!」
「……。」
目つきの鋭い男は額に手をやり眉間の皺に指を当てる。男は、このメンツが揃ってからというもの、眉間の皺が深くなったような気がしてならない。
ダメ元で眼鏡の男を諭す。
「芥。散歩するならオフィスの外に行ってくれ。展望デッキかなんかでやってこい。俺も事件の情報整理で忙しいんだ。」
「外に出かけてたら、監視官がいつ来るかわからないじゃあないですか!」
「……だ、そうだ。」
眼鏡の男の言葉に、赤髪の男は視線を下に落とした。
「今日は監視官は来ねーよ。」
来れる状態じゃない、ということは、一同の中でも赤髪の男が最もよく知っていた。昨日、放心状態で搬送されていった監視官を見たのは現場にいた赤髪の男1人だけである。
本日は朝から晩まで
それでも眼鏡の男はそわそわと歩き回る。
監視官がエリミネーターを発砲したこと、メンタルにダメージを受けたことは眼鏡の男も知っている。故に、あの時途中で別れ、監視官を1人で潜在犯の元に行かせたことが心残りで仕方がなかった。
気を揉む眼鏡の男の様子に、ずっと黙り込んでいた4人目の男が持っていたものを手渡す。銀色に光る金属細工だった。
「ほら、気紛らわせるなら座って出来る事にしとけ。」
片目を前髪で隠した男は、報告書が終わった後はずっと知恵の輪を弄って暇を潰していた。
眼鏡の男は知恵の輪を手に取る。端を持ち、捻り、力を入れる。
「壊すなよ?」
と、目隠れの男が言うが。一歩遅い。
「あ。」
バキ、と音を立て、金属片が砕けた。
「あー!!」
目隠れの男は立ち上がり眼鏡の男の胸倉を掴む。
喧嘩が始まりそうな気配に、目つきの鋭い男も立ち上がり、2人の間に割って入った。
騒動を耳にしながら、赤髪の男は死んだ目で報告書作りに向かう。単独行動があった為量が多いというのもあるが、そもそも赤髪の男はこういった資料作成が大の苦手であった。頭を掻き、ふわ、と大あくびをする。
その時、オフィスに来訪者があった。扉がコンコンと叩かれ、4人の執行官達は揃って入り口を見る。
入り口にいたのは、彼らが待ち望んでいたいつもの監視官ではなかった。
三十路過ぎの長身の男。真っ白なオールバックの髪型が目を惹く。
「公安局刑事課二係のオフィスは、ここで合っていただろうか。」
「どちら様で……?」
胸倉を掴んだままの目隠れの男は、首だけ振り向いて来訪者を見た。
「昨日着任した、
灰賀は一同を見渡しキッチリと頭を下げて礼をした。
新たな上司の来訪に、4人の男達は慌てて姿勢を整えた。
「よ、よろしくお願いします!」
頭を下げる4人を見て、灰賀は各々のプロフィールを軽く思い出す。
まず、近くにいた赤髪の男に話しかける。
「君が戌井執行官だったか。」
赤髪の男。CHIPS4、
「はい!オレが戌井っス!」
戌井と相対し、灰賀は一言プロフィールにあった“犬”という一言に納得する。この男を見ると、テンションの高い大型犬を相手にしているような、そんな感覚に陥った。
「んで、こいつらが芥、里見、片倉っス。」
「自己紹介を雑に済まさせるなっての。」
目隠れの男が言うも、戌井は相手にしない。
「監視官なんだから、もう部下のオレらのプロフィールぐらい把握してるんでしょう?」
「まぁ、そうだな。」
「だそうで。」
かいさーん、と言って、戌井は自席に着き、苦手な報告書作成に頭を悩ませ始める。
灰賀もまた自席に向かい、荷物の整理や座席に備えられたデバイスのセッティングなどを始めた。
「あの……灰賀監視官。」
そんな中、眼鏡の男が控えめに灰賀に話しかける。
「何かな、芥執行官。」
眼鏡の男。CHIPS2、
「もう1人の監視官を、どこかで見かけませんでしたか?」
「彼とは昨日の現場で会ったが、それっきりだ。今日は見かけていない。」
「そうですか……」
あからさまに肩を落とし、芥はまたオフィスの中の徘徊を再開する。コツコツ、コツコツ、と規則正しい足音がオフィスに響く。
“やや”偏執的……?と、灰賀は首を傾げた。
「放っておきましょう、監視官。」
目つきの鋭い男が呆れて言った。男は事件資料を見る手を止め、デバイスのセットアップを行う灰賀を気にかける。
「何か困ったことがあれば俺に言ってください。」
目つきの鋭い男。CHIPS3、
「ああ、ありがとう。だが、今は大丈夫だ。」
「どちらかといえば“困ったこと”はデバイスよりもコイツだろ。」
目隠れの男がオフィスを歩く芥の一つ結びを掴む。ガクンと首を後ろに引かれ、芥は悪質なイタズラに抗議し目隠れの男を睨みつけた。だが、目隠れの男は怯まず睨み返す。
「いー加減にしろっての!」
目隠れの男。CHIPS1、
「いくら心配したってどうにかなる問題じゃないでしょうが!」
「……。」
「床が擦り減るだろ、座っとけって。」
芥は自席に座らせられる。
座った途端、芥は戌井に話しかけた。落ち着いていることが本当にできない様子だった。
「本当なのか、あの人がエリミネーターを撃ったって。」
「……ああ、そうだ。オレが着いた時には全部終わってた。」
戌井の回答に、芥は頭を抱える。
「ああ……もう……!なんでまたよりによって、色相の悪いあの人がそういう目に遭うんだ!」
現代社会では、メンタルの健康状態は“色相”というパラメータによって簡易な表示がなされている。健全な状態であれば澄んだ白系統の色となるが、過度なストレスなどで負荷がかかると黒く濁る。
旧時代には「嘘つきは泥棒の始まり」といった諺があったが、現代では「色相の濁りは潜在犯の始まり」とされる。
過度なストレスの具体的な例としては、潜在犯と接することや、目の前で人が死ぬような状況、人を手にかけるような事態である。
「そうならない為の執行官だろうに……!」
過酷な現場に直面することが多い刑事という職には、監視官と執行官という役職が設けられている。
執行官は任務遂行の適性があると判断された潜在犯が任命される。一方、監視官は公安局適性がある色相の綺麗なエリートが任命される。
執行官とは監視官の部下であり、駒であり、盾であった。
然し、状況が必ずしも予定通りになる事はない。
「あの人は……朝津監視官は捜査に出るべきじゃないのに!」
芥はここぞと声を張り上げた。
と、その時。オフィスに新たな来訪者がある。
「何か呼びましたか?」
「朝津監視官!?」
執行官一同は立ち上がり、オフィスの入り口を見る。芥は入り口への僅かな距離を瞬く間に駆けていった。
灰賀は扉の前に佇む、小柄なスーツの男を見る。
「オフィスに来て大丈夫なんですか。」
「カウンセリングが終わったので来ました。」
「そう……ですか。」
芥はスンと澄まして自席に着き、デバイスに向かう。まるでつい数秒前まで真面目に仕事をしていたかのようであった。
朝津は部下の取り繕った様子に気付く様子はなく、オフィスの奥の自席へと向かう。途中、隣席に人が増えていることに気がつき、立ち止まった。
「あ……!新しい監視官の方……ですか?」
「はい。灰賀編理と申します。」
「あっ、僕は朝津定と申します、よろしくお願いします……」
灰賀は右手を差し出した。
朝津は一瞬何かを渡さなければならないのか?と心当たりを考えるが、何も思い当たらない。
「握手っスよ、ご主人。」
戌井が小声で伝え、朝津は気付かなかった自分を恥じつつ右手を差し出した。
朝津は右手だけ指抜きの片手袋をしていた。『鈍臭い朝津は事件で怪我を負ったらしく、それを隠しているのだ』という噂だけを灰賀は耳にしている。
灰賀はその小さな右手をしっかりと握った。
挨拶を終え、朝津は灰賀を改めて見る。待望の新人であったが、一回り以上歳上の同僚をどう呼べば良いのか、朝津は迷う。
「灰賀さん……とお呼びすれば、いいでしょうか……?」
「灰賀で構わない。同じ監視官という立場でしょう?そこまで畏まった敬語も必要は無いはずだ。」
「そ……うでしょうか。えっと……それじゃあ、灰賀……ええと、やっぱり呼び方は灰賀さんでいいですか?」
朝津は呼び捨てにしようとして若干の抵抗を感じて付け加える。
同時に、灰賀もまた歳下の同僚をどう呼ぶべきか首を傾げた。呼び捨ては好まない様子ではある。少しの読み込み時間の後、灰賀はある案に辿り着く。
「お世話になります、朝津先輩。」
「先……!?」
事実として朝津の方が長く監視官であるから、という理由で、灰賀は敬称をチョイスする。
だが、突拍子もない呼び名は朝津の意表を突き、朝津はフリーズした。
「ご主人ー。その大荷物はどうしたんスか?」
フリーズした朝津をつつき、戌井が話しかける。朝津は腕から袋を下げていた。
ハッと現実に戻ってきた朝津は、いそいそと荷物を開ける。
「差し入れです!みんな、昨日の今日で疲れてると思って……」
中身は菓子の袋だった。売店で買ってきたのだろう、クッキーやチョコレートが袋詰めされている。
「わーい、監視官大好きー!」
菓子類に目のない片倉は大喜びで引っ掴もうとする。が、芥にその手を叩かれた。爆発音のようなベチン!という音がオフィスに響く。片倉の腕は叩かれた所だけがみるみるうちに真っ赤に変わった。
「痛ッ!」
「独り占めしようとするな。」
様子を見た戌井が机下に置かれていたキャスター付きのサイドチェストを取り出す。上にハンカチを置き、その上にお菓子の袋をパーティ開きにして置いた。
ふと、灰賀はコーヒーの匂いを感じる。
二係のオフィスの片隅にはコーヒーメーカーと冷蔵庫が置かれており、側には里見が立っていた。二係のコーヒー淹れは里見の担当だった。
片倉が戸棚から5つのマグカップを取り出す一方、朝津は自身の机の引き出しから真新しい箱を取り出した。中身は新しい6つ目のマグカップだ。
6つのマグカップにコーヒーが注がれ、砂糖の入った陶器瓶を持った芥が尋ねる。
「灰賀監視官はコーヒーに砂糖は必要ですか?」
「いや、いらない。」
「了解です。」
里見が無糖のコーヒーのカップを3つ、ハンカチの敷かれたサイドチェストの上に置き、続いて芥が持ってきたコーヒーを置いた。
「これが朝津監視官の甘いやつ、これが片倉の超甘いやつ、で、ボクのがこれと。」
二係の執行官達は各々の椅子を持ち寄り、監視官達は立ったまま、お菓子とコーヒーの置かれたサイドチェストを囲む。
真っ先に片倉がチョコレートを口に放り込み、奪われてなるものかと戌井が続きクッキーを取る。
その様子を見ながら、里見はコーヒーを片手に話を始めた。
「……全員も集まったことですし、捜査会議を始めますか?」
芥は不安げに監視官の顔色を伺った。彼の監視官は何事も無かったかのような平然を装っている。
朝津はお菓子の代わりにメンタルケア用の向精神薬を口にする。コーヒーで嚥下し、答える。
「そうですね……よろしくお願いします。」
朝津は自身のデバイスに向かう。そこから資料の共有ができるはずだった。だが、いつまで経っても執行官達のデバイスの画面は変わらない。執行官達がデスクを覗き見れば、どのコマンドで共有なのかわからずあたふたする朝津の姿があった。
里見は眉間に手を当て、朝津の席へ向かいデバイスへ片手を伸ばす。里見が数個端のキーを押すと、画面の共有が開始された。
朝津が里見に頭を下げ、それから捜査会議が始まった。