PSYCHO-PASS 二次創作 MIDGRAY   作:ろくみ

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仮面

 悲しみに暮れる暇もなく、朝津と戌井は道を走っていた。奥の制御室(コンソールルーム)からは下層の工場に向かう階段が隣接しており、階段に向かう扉は乱暴に開かれた後のようで中途半端に開いたままになっていた。

 2人は階段を駆け下り、工場内部へと入り込む。精密機械と薬剤の独特な科学的な臭いの中に、錆びた鉄の臭いがする。刑事達は鉄の臭いの強い方へと駆けつけ───仲間のなきがらを見つける。

 弾け飛んだ身体に、広がる血の海。

 

「片、倉……さん……どうして……!」

 

 落ちこぼれ監視官は、安易に片倉の側に近寄ろうと駆け出した。片倉の死因がドミネーターで撃たれたことであることも、ドミネーターでの執行には権限が必要であることも、朝津の中では繋がっていなかった。

 

「ご主人!ダメだ!」

 

 駆け寄る朝津を止めようとした、その時。パラライザーの銃声がし、戌井はその場に倒れ伏した。朝津はハッとして戌井の身体を引きずり、機械の物陰に隠れる。

 カツ、カツ、カツ、と規則正しい足音がする。朝津には覚えがある。その音はオフィスで予習を行った夜に目を通していた、仮面の男の歩行パターンと同じだった。

 近づく足音に、朝津はドミネーターのグリップを握りしめる。潜在犯達の格闘はあったが、幸運なことに殺処分は無かった。ドミネーターの残弾はまだ十分に残っている。

 足音は止まった。

 朝津は立ち上がり、その人物にドミネーターを向けた。

 

《灰賀編理監視官・犯罪係数、15》

《執行対象ではありません》

 

「灰賀さん!?」

「朝津、先輩……!」

 

 灰賀は混乱した目で朝津を見た。

 

「仮面の男が……仮面の男が近くにいます!灰賀さんも気をつけて……」

「違、う……違うんだ……先輩……」

 

 真相に辿り着いた灰賀は、ふらつきながら後退する。今にも逃げ出そうという足取りに、朝津は違和感を覚えた。

 

「灰賀……さん?」

 

 後退する足は、途中でぴたりと止まった。

 同時に、朝津の持つドミネーターが変形を始めた。銃口は灰賀に向いたままのはずだが、その裁は急に変更される。

 指向性音声が、朝津の脳裏に響く。

 

《犯罪係数、425》

《執行モード・リーサル・エリミネーター》

 

「……え?」

 

 朝津が状況を飲み込むよりも早く、“灰賀”は左腕を上げる。その手には、仮面の男が持っていた麻酔銃が握られている。

 麻酔銃のトリガーが引かれた瞬間、朝津の足元に横たわっていた戌井が起き上がり、その身で朝津を庇い、薬の弾丸から朝津を守った。硬直したままの朝津を引き摺り、逃げ、別の物陰に隠れる。

 

「戌井さん……?」

 

 パラライザーで撃たれたはずでは、と朝津は全てが信じられないといった様子で戌井の顔を見上げた。戌井は視線を合わせず、真正面の宙を見つめていた。

 

「いやぁ……薬飲んでるから辛うじて動けるとはいえ、パラライザーってのは何度喰らっても痛ェもんだ……1週間に2回も喰らうもんじゃないっスね。」

 

 “灰賀”は、いつになく嗤う。

 

「ハ……ハハハ!まさか、勘づかれていたとは。ワタシも、見る目がない……すっかり騙されていた。」

 

 その口調は、いつもの灰賀のものとはまるで異なっていた。

 

「始末すべきは、刑事や殺人鬼、強盗犯ではなく……探偵からにしておくべきだった。いやはや、大した名演だ。キミは完全に狂った犬だと思い込まされていたよ……戌井執行官。」

「新人君を騙すつもりはなかったんスけど……悪意ある潜在犯を騙くらかせたのなら、それは幸運と言うべきなのかもな。」

 

 戌井緋奈太執行官。元探偵。潜在犯として堕ちる前は、公安局が放り投げた事件を漁り、解決していた男。その途中、色相を濁らせた彼は、潜在犯へと堕ちた。

 

「考えることは苦手じゃなかったのか?」

「ええ、苦手も苦手。大の不得意。ひとたび真面目に考えだしちゃ……ロクでもねぇ事まで(・・・・・・・・・)見えてしゃーない。ただでさえ暗ァい色相が、これ以上濁ったらどうすんだって話。だから普段は()被ってるんスよ。……それでも真面目に考えにゃいかん時があるのが、この仕事のお辛い所だ。」

 

 冗談混じりな台詞を、戌井は至極真剣に語る。

 

「もっとも……仮面を被っていたのはオレだけじゃあなかったみたいっスけど?」

 

 声を張り上げ、“灰賀”を煽る。

 

「いつから気がついていた?」

「確信を持ったのは里見サンっス。やっぱりイカれた犬にゃ、生粋の刑事ッてのには敵わねえ。」

 

 里見善光執行官。元監視官。最期の最期まで刑事を貫いた男。彼は、仲間達よりも先に犯人に辿り着き、ヒントを遺していた。

 

「里見サンの死に様。変だとは思わなかったっスか?なぁんで、里見サンは最期に刑事手帳なんかを遺していったんだろうって。」

 

 戌井は左手を『手帳を持つ手』の形にする。即座に執行官デバイスが作動し、刑事手帳のホログラムを展開する。

 里見の最期の姿。吹き飛んだ左手が、示し続けていたもの。

 

「取っ組み合いしてる最中も、死ぬ間際の落下中も……手帳を示す手の形なんて、取る余裕なんてあるもんスか?いいや!そんなはずはない。何か、意味がある……あの時、里見サンは“何か”に気づいたんだ。」

 

 気がついたキッカケは二階席での乱闘中だろうと戌井は推測する。

 ホログラムのスーツの向こうに手を伸ばした里見はその正体に気がついた。ホロの下の服と真の体格が宴の夜に見た灰賀と全く同じであることを、知ったのだ。

 

「でも、ドミネーターで死ぬ時は一瞬だ。今際にまともな言葉は残せねぇ。片手間で遺せるヒントが必要だった。」

 

 戌井は自身の刑事手帳を読み上げる。それは、全ての手帳に共通する文面だった。

 

「『上記の者は(・・・・・』|厚生省公安局《・・・・・・)刑事課所属(・・・・・)であること(・・・・・)を証明する(・・・・・)。』つまりは……公安局の人間を示すもの。」

 

 推理を聞き、朝津は思い出す。講演会があったあの日、一係も三係も、連続発生する潜在犯の対処で出ずっぱりだった。

 講演会の場に、公安局の人間は二係しかいなかった。

 

「そういえば……今日もレイドジャケットは上まで留める派っスか、灰賀監視官?」

 

 戌井はこれまでの事件現場を、仮面の男が出てきた日の灰賀の様子を思い返した。

 灰賀は朝津とは違い、レイドジャケットのボタンを上まで留める。軽谷の控室前に集まったあの時、ボタンが外れているのを見た灰賀はボタンを留め直していた。

 今の“灰賀”もまた、ボタンを上まで閉めたままでいる。

 

「でも、おかしいなぁ。オレが二階席で見たアンタは……レイドジャケットの裾がはためいていた。まるで、時間がなくて慌てて羽織って来たかのように。」

 

 軽谷が最初に襲われた現場でも、戌井は灰賀を見かけている。

 暗がりにいた灰賀を芥はドミネーターで示した。その照準は、レイドジャケットではなく、ジャケットが開いた先の胴体に示されていた。仮面の男が現れた現場では、灰賀はジャケットを開いていた。

 

「仮面の男は仮面と白衣とスーツのホログラムを身につけていた。その際、ホロに変な干渉があるのを恐れたのか、それとも公安局マーク背負って犯罪するのが嫌だったのか……アンタはジャケットを脱いで、その上からホロスーツを着込み、仮面を被っていた。犯行が終わればホロを変え、レイドジャケットを羽織ってオレらの前に現れたっていう寸法だ。」

「実に素晴らしい観察力と推理力だよ、探偵さん。」

 

 面白おかしくてたまらない、という様子で“灰賀”は嗤う。拍手すらしてみせ、戌井を褒める。

 

「なら、このワタシが何なのか……キミにはもうわかっているんだね。」

「ああ……最期の最期まで欲張りだったアイツが、良いとこ持っていきやがったけどな。」

 

 『仮面の男は2人いる(・・・・・・・・・)

 その言葉で、戌井だけが真相へのとっかかりを掴んでいた。片倉は朝津にだけは真相を教えないつもりで、あえてそういう表現をしたのだと戌井は推測する。強欲な男は、朝津が悲痛な真実に触れる前に事件を解決しようと先走ったのだ。

 

「この事件最大の謎。仮面の男はどうやって現場から現れ、そして消えたのか。色相や歩容認証の情報からは、仮面の男は現場から一歩も出歩いていないことは確かだ。でも、どうやって?色相の改ざんが行われた形跡は無かった。そもそも、歩容認証から、同一人物が出ていった痕跡も無かった。」

 

 矛盾を解決できる鍵は、“2人”という言葉だった。

 戌井はドミネーターのトリガーに指をかける。

 

「アンタは2人(・・)いたんだ、灰賀編理監視官……ッ!」

 

 戌井は物陰から身を翻し、“灰賀”へとドミネーターを向ける。だが。

 指向性音声が、戌井の脳裏に響く。

 

《灰賀編理監視官・犯罪係数、10》

《執行対象ではありません》

 

「ッ、う……!」

 

 灰賀はよろめき、側の壁に手をついた。そして、戌井が自身にドミネーターを向けている様子を見て……全てを悟った。

 

「あ……嗚呼……そうか……私、か……」

 

 絶望しきった声で、灰賀は結論を導き出す。

 

「私が……犯人だったんだな……」

「……おはようございますっス、灰賀監視官。アンタも、難儀なモンっスね……裏側の人格が起きている時の記憶は無いのに、裏側には表側の行動は全部見張られてるッてのは。」

 

 監視官の灰賀に、自身が罪を行った自覚はまるで無い。

 だが。仮面の男が出現した現場に、自身が必ず居合わせていた事。色相を濁らせる薬の存在を知っていた事。制御室に調合改竄の記録が無かった事。致命的に異常な調合に自身が気づかなかった事。

 灰賀から見える事件の断片のほころびは、1人の人物だけを浮き上がらせていた。

 そして……何より。

 この一連の事件の中で、灰賀は、灰賀だけが、仮面の男と面と向き合った事がなかった。

 積み上がった状況証拠から、灰賀もまた真実に辿り着いていた。

 

「ジキルとハイドが、色相で測られる社会に存在したら……貴方みたいになるんスね。」

 

 戌井は世界で最も有名な二重人格の博士に例える。高名な紳士ジキルが、薬の力によって邪悪なハイドへと変貌してしまう怪奇小説に、今の灰賀は当てはまっていた。

 

「ジキル監視官と、潜在犯のハイド……随分と厄介な状態じゃないっスか。」

「いや……違う。」

 

 灰賀は首を横に振る。

 

「ハイドは……後からやってきた裏の人格は、私の方なのだろう……」

 

 自身が何故こんな状態になってしまったのか。灰賀には心当たりがあった。

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