PSYCHO-PASS 二次創作 MIDGRAY   作:ろくみ

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白黒

「私は……生まれつき、色相が酷く悪かったらしい。」

 

 灰賀は語り出す。それは、朝津が数日前の夜聞いたものと同じ話だった。

 

「母の話では、色相をよくするため、ありとあらゆる治療と教育を行ったのだそうだが……今の私に、当時の記憶はない。恐らくは、当時、“今この私”は存在しなかったんだ。」

 

 余りにも突拍子もない推測であったが、灰賀は推理を紡ぐたび、確信を強める。

 

「当時、幼子だった“わたし”に行われた数々の治療に……“わたし”の精神は耐えられなかった。父母は矯正施設に送らず自力で治療を行おうと試みていた……そうして行われた民間療法の中には、虐待に近いものもあったのだろう。無理矢理に思想を矯正するんだ、非人道的で当たり前か……」

 

 多重人格症……正式には解離性同一症と呼ばれる神経病は、強い苦痛に耐えきれなくなった自我が自己の統一性を失い発症する。その苦痛は自分のものではないと、自我を切り離すことから成立する。

 

「“わたし”は……色相がクリアな“私”を編み出すことで、その苦痛から解放されたんだ。」

「そのままでいてくれりゃ、万事丸っと収まってたろうに……」

「……ああ、本当にな。」

 

 灰賀は自らの意思と反して口が動くのを感じる。そして、右腕が、ドミネーターを持った腕が勝手に持ち上がるのも、自らの視界の中に見る。

 指向性音声が、灰賀の脳裏に響く。

 

《犯罪係数、302》

《刑事課登録執行官・戌井緋奈太・任意執行対象です》

《執行モード・リーサル・エリミネーター》

 

「戌井さん!」

 

 朝津が飛び出し、戌井の身を庇う。すんでのところで照準から外れた戌井の右手の指先を、エリミネーターの弾が掠める。

 途端、戌井の右腕は沸騰し、肘まで吹き飛んだ。絶叫が工場内に響き渡る。

 

「───ッ!」

 

 色相を悪化させる薬を喰らった戌井の心は、既に殺処分判定まで濁っていた。

 

「そいつは……ズルじゃぁないっスかね……」

 

 息も絶え絶え、戌井は言う。

 戌井が灰賀に向け続けたドミネーターは、最後まで変形することなく、戌井の反逆行為を咎めていた。

 精神は灰賀のまま、灰賀の身体は本来の人格の“灰賀”に操られていた。

 絶望に染まった灰賀の表情は、やがて、“灰賀”に飲み込まれる。

 

「犯罪係数300を超えれば、処分の対象となる。いいシステムだ。朝津監視官、キミもそう思うだろう?」

 

 朝津は答えない。戌井と“灰賀”の間に立ち、歯を食い縛り、悲嘆を宿した双眸で“灰賀”を見上げる。

 

「シビュラシステムによって人々は心の内を測られるようになり、犯罪を起こすような重篤患者は、その犯行が行われる前に社会から除去される。素晴らしい。素晴らしいことじゃないか。」

 

 薄ら笑いを浮かべ、“灰賀”は社会を大袈裟に賛美する。

 

「だが……ここまで精緻に心の濁りが測られるようになったというのに、何故未だに、社会から犯罪が、病がなくならない?何故なのか……キミにはわかるか、朝津監視官。」

 

 朝津は首を横に振った。朝津は理解者なり得ないことを知って、“灰賀”は少し残念そうに、期待はずれだと朝津を見下ろした。

 

「“私”はこの薬を、『色相を濁らせる薬』などと分析していたが。正確な効果は違う……『本来の色相に戻す薬』だ。向精神薬の効果を払拭させる解毒剤なのだよ、これは。」

 

 “灰賀”は愛おしそうに麻酔銃を、中に装填された薬を見上げ、その効果を、社会に齎した薬の効能を説明する。

 

「新薬MALUS……アレの開発には苦労した。薬には治験というものがあってね、下手にすぐ解毒の効果が出てしまっては商品にならない。広く社会に拡げることができないんだ。ある程度潜伏期間を宿してから……突然ベールが剥げるように偽装するのにだいぶ時間をかけてしまった。」

 

 おかげで取り締まる側に回るまで、歳をかなり取ってしまった、と“灰賀”は笑う。

 

「朝津監視官。何故この世から犯罪が無くならないのか……それは、感染源がまだ世の中にのさばっているからに他ならない。本来ならば隔離されなければならない患者が、真っ白に自らの色を塗り潰して生き、病を撒き散らしている。それが、ワタシが到達した結論だ。」

 

 風邪を引いた人間が解熱剤を使用し平気と偽って社会生活を行い、病原菌を撒き散らすように……本来であれば色相が濁った人間が向精神薬を使用し、無意識のうちに心理汚染(サイコハザード)を引き起こしているのだ、と“灰賀”は結論づけた。

 その理屈を聞き、戌井はようやく“灰賀”の動機を悟る。痛みにオーバーフローしそうな頭をもたげ、血を噴く腕を押さえながら、戌井は口を挟む。

 

「今の今で……ようやく……わかったぜ……主人格サン。アンタは、ずっと後ろめたかったんだ(・・・・・・・・・)。」

 

 “灰賀”は目を細め、戌井を見下ろした。

 探偵は語る。右腕を失い、激痛に襲われながらも、その推理が澱むことはない。探偵としての職業病であった。

 

「アンタはずっと灰賀っていう仮面を被って生きてきた。本当のアンタの心は真っ暗だ。どうしようもないぐらいに犯罪的で、表に出てきたら死んじまう。この社会に適応できないぐらい、アンタの本来の人格は終わってた。そんなアンタが……灰賀の人生を眺める心境は如何程だったろうな?」

 

 灰賀に“灰賀”の意識や記憶の共有はされていなかったが、本来の人格である“灰賀”は裏人格の灰賀の挙動を全て知っていた。それは、戌井達のプロフィールに造詣があることなどから簡単に推測できた。

 灰賀という仮面の向こう側で、“灰賀”は灰賀の様子を、社会の姿を見ていた。

 

「妬ましさも、恨めしさも、絶望もあったろう。だけど、一番にあったのは……後ろめたさだ。“灰賀編理”は本当の姿じゃない。真実じゃない。精神が壊れてしまうから、そのままだと死んでしまうから……真っ白な仮面に依存するしかなかった。本来受けるべき治療を受ける事なく。その後ろめたさを抱えたまま。“真実”に対して大きく拗らたまんま、アンタは大人になった。“市民の色相は本来の色を失っているのではないか”ッて考えも。そんな後ろめたさから来た発想なんだろう?“世界は真実を偽装している(・・・・・・・・・・・・)───自分と同じように(・・・・・・・・)”なんて。」

 

 灰賀は患者に対するシビュラの措置を躊躇う事は無かった。それが殺人であっても、迷いも、後悔も無い。合理的な気質なのだと戌井は最初は思っていたが……真実は違う。

 灰賀編理は最初から病んでいた。

 

「そりゃ……軽谷も狙われるワケだ。向精神薬を人々に配ろうなんて所業、アンタにすりゃ大罪人に等しいんだろう。」

 

 戌井は犯行の動機を振り返る。

 市販薬への細工によって仮面の男の計画は既に完遂されていた。それなのに、仮面を被り、麻酔銃を手に、表舞台に出てきた動機を、戌井は推理する。

 

「初手で病院を狙った理由は単純だ……アンタはガキを殺してみたかったんだ。正確に言えば、生まれた時から薬漬けのガキの色相を見たかった。本来なら、ウン十年も前にアンタが受けるべきだった治療を、その目で、その手で施したかった。……もっとも、その治療を直接行ったのは朝津監視官だったけども。」

 

 “真実”に対して、灰賀は突き進むしか出来なかった。自らの後ろめたさから、本来の人格が持つ罪悪感から逃れる為、目の前の患者を救うことで仮初の満足を得ていた。

 

「ああ……そうか。そうだったのか。ありがとう、探偵君。キミの推理で、ワタシはワタシの気持ちに整理がついたよ。“真実”……なるほど。流石にそこまで深くの内省はしていなかった。」

 

 本心から“灰賀”は感謝の言葉を口にした。そして、真心から……凶行に走る。

 

「ご褒美だ。ご主人様の、本当の姿というものを見せてやろう。」

 

 防ぐ間もなく、朝津の腹が麻酔銃によって撃ち抜かれる。

 

「ッ!!」

「ご主人!」

 

 駆け寄ろうとした戌井に、“灰賀”は右手のドミネーターを向けようとする。その右手の前に、朝津が立ち塞がった。

 射線上に朝津が割り込む。照準は朝津を真正面から捉えた。

 指向性音声が灰賀の脳裏に響く。

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