PSYCHO-PASS 二次創作 MIDGRAY   作:ろくみ

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《朝津定監視官・犯罪係数、96》

《執行対象ではありません》

 

 “灰賀”は怪訝な顔で朝津を見る。

 あれだけ薬漬けだったというのに、朝津のPSYCHO-PASSは未だ限界値ギリギリで踏みとどまっていた。

 

「……意外だな、朝津監視官。キミほど病んでいる人間も珍しいというのに。」

 

 朝津定には、才能がなかった。

 純粋無垢にこの社会を信奉する才能も───世を恨み、犯罪に手を染める才能も、無かった。

 どこまでも愚鈍であり、愚図であり、鈍才であり……凡愚であった。

 そしてその気質は、どのような極限状態であっても、変わらない。才能が天から降ってくることなど、無いのだから。

 解毒が施されたことにより、朝津の脳は悲観と絶望を呼び寄せる悪性感情物質を吐き出していたが、それは彼の犯罪係数(こころ)には影響していない。

 朝津の色相には、向精神薬は元々効いてなどいなかった。

 白塗りが意味を成さないほどの灰。治療を施すまでには至らぬ程度に病んだ器。それが、朝津の真実の色だった。

 

「そこを退きなさい、朝津監視官。」

「い……嫌だ!」

 

 朝津はドミネーターの銃口の前から離れない。戌井を庇うには、他の誰かが銃口を塞ぐほかなかった。

 

「犯罪係数が300を超えた者は、この社会から抹消されなければならない。社会に存在することができないほどに、病んでしまったからだ。」

 

 “灰賀”は、当たり前のことを、当たり前に告げる。

 

「それが正しいシビュラの判断であり、ワタシたちの職責だ。」

 

 告げられた言葉に、朝津は反論しない。

 

「里見、芥、片倉……そして戌井。皆、まやかしでキミとシビュラを騙していたに過ぎない。それとも……シビュラの裁を疑うつもりか?」

 

 朝津はシビュラの裁に疑念を唱える者ではなかった。

 

「講演会のあの一瞬で、芥は何人殺した?」

 

 灰賀は実例を引き合いに出す。

 

「アレが押さえつけられていた潜在犯の本性だ!あんな狂気を飼っている人間が、この社会にどれほど潜んでいると思う?」

 

 潜む狂気が人々に伝染し、色相を濁らせる要因足り得るのだと……それが、“灰賀”の主張だった。

 朝津は、その主張を曲げる事ができないことがわかっていた。“灰賀”は正しく、その正しさを否定する材料は、朝津には無かった。

 

「それ……でも……!」

 

 朝津は“灰賀”の持つドミネーターを掴む。非力な朝津には銃口を下げることはできない。代わりに銃口が逸れないよう、身体に密着させる。犯罪係数が危険域に突入しかけているのは承知の上だった。

 

「僕は……その本性にフタをして生きていたみんなのことが、好きだった!」

 

 “灰賀”の視界の中で、朝津の犯罪係数は90代を彷徨う。だが、やはりそれ以上には上がらない。シビュラは朝津の精神を、隔離境界(ボーダー)以下であると診断していた。

 

「何かを黙っているんだなって、隠し事があるんだって思う事なんか……しょっちゅうだ!それでも、必死に生きていたみんなが……僕なんかに合わせてくれたみんなが、好きだった。」

 

 朝津はどうしようもなく愚かで、鈍くはあったが、馬鹿ではなかった。執行官達が真実を隠そうとする傾向には気がついていた。

 気がつきながら、見ないふりをしていた。

 

「愚かな……全ては嘘偽りに過ぎない。皆、死以外に救いのない大罪人だ!キミ自身、“私”という嘘に騙されていたというのに、よくもそのようなことが言えたものだ!」

「そんな真実知るもんか!」

 

 朝津は叫ぶ。

 朝津は監視官として劣等だった。

 “真実”に、頓着しなかった。

 

「白塗りが、そんなに悪い事なんですか。嘘で塗り重ねた日常は……そんなに悪い事ですか。」

「根本的な治療を行わなければならない。疾患は排除しなければ……事態は何も解決しない!嘘では何も救えないんだ!」

「なら解決なんかいらない!」

 

 朝津は激しく首を横に振る。

 

「そのせいで、誰かが傷ついて、誰かが死ぬのなら……解決なんてしてほしくない!いらない!」

 

 “真実”を投げ捨て、だだをこねるその姿は、まるで刑事には見えない。

 

「僕は……貴方に、灰賀さんに救われて、いまここにいる。貴方がいたから、僕は立ち上がることができた。」

 

 あまりにも突き抜けた愚かさは、“灰賀”の理屈に反論すらできない。ただ、ただ、彼一人の視点を、彼の感情を叫ぶ。

 

「貴方は……僕を、助けてくれた。こんな僕を、心配して、助けに来て、励ましてくれた。そんな貴方が、僕にはもったいないぐらいの貴方が、傍にいて……僕は、うれしかった。」

 

 無我夢中で叫ぶ中。無意識のうちに灰賀を、嘘偽りの灰賀を肯定する。

 

「……貴方が、偽物だと言った貴方は、誰かを救うことができる人間でしょう!?」

 

 涙に濡れた瞳が、“灰賀”の瞳を覗き込む。

 

「灰賀監視官!」

 

 朝津は、灰賀を呼んだ。

 その時……“灰賀”の左腕は、“灰賀”の意思に反して動く。

 

「……ッ!?」

 

 “灰賀”は、右肩に脈絡なく痛みを感じる。左腕は灰賀自身に麻酔銃を押し当て、引き金を引いていた。それは“灰賀”の意図した行為では無かった。

 

「なぜ……だ……ッ……!灰賀……!」

 

 “灰賀”はもう1人の人格の蛮行に、怒りで顔を歪ませ───ふと、表情を緩める。

 

「さぁ……なぜだろう、な……」

 

 その口調は静かで、穏やかだった。

 朝津は、目の前の男が自分のよく知る後輩であることを悟る。

 後輩は微笑んだ。

 

「流石に……解決を放り投げるのは、どうかと思いますよ……先輩。」

 

 言葉では咎めながらも、言い方は優しく、朝津の愚かさを肯定していた。その愚かさから出た言葉に、灰賀は癒され、自尊を得ていた。

 

「事件は、解決しなければならないのだから。」

 

 この事件を解決する為に、何をするべきなのか。社会に潜む大犯罪者である“灰賀”を治療する為に、何をするべきなのか。灰賀は、結論に辿り着いていた。

 

「排除されるべきは……私だ。」

 

 朝津に向けられたままだった、ドミネーターを灰賀は自身へと向ける。

 指向性音声が、灰賀の脳裏に響く。

 

《灰賀編理監視官・犯罪係数、472》

《執行モード・リーサル・エリミネーター》

 

 灰賀の解毒薬は過去受けた治療を無に帰す。つまり、治療を受ける前の本来の色に戻すことができた。その効力がどこまで遡るのかは不明だったが……灰賀は、願った裁を受けることに成功した。

 

「やめて……やめてください!」

 

 言わんとすることを朝津は察し、泣きじゃくり、首を振り、ドミネーターをひったくる。

 だが。その背後で戌井がゆらりと立ち上がった。残った左手には、黒い拳銃がある。

 

「……撃ってくれ。」

「やめろ、撃つな!」

 

 2人の監視官は、相反する命令を下した。

 

「……私が、“ワタシ”を抑えていられるうちに……どうか、終わらせてほしい。」

「嫌だ……もう嫌だ!こんなの!」

 

 叫ぶ朝津に、灰賀はまた微笑む。

 

「他に治療法が、なにか、あるはずだ……だって!」

「いいや。たとえ何かあったとしても。私の場合、寛解の判断は決めかねる。本当の“ワタシ”は……この事件の最中、片倉君に追い詰められるまで、ずっとその姿を表そうとしなかったのだから。」

 

 灰賀は、“灰賀”が慎重かつ狡猾であることを知っていた。“灰賀”は事件捜査時、ずっと気配を隠していた。捜査の攪乱など、しようと思えば出来ただろう。だが、それはしなかった。猟犬たちに気配を嗅ぎつかれるのを恐れた“灰賀”は、仮面の男として活動する時以外、ずっと姿を潜めていた。故に想像がつく。寛解であると偽装し、灰賀の仮面を借りて自由を得る“灰賀”の姿が見える。

 

「“ワタシ”はドミネーターを手に入れてしまった。この銃の認証は私の網膜に依存している……あいつもこの銃を使えるんだ。このまま、私が生き続ければ……“ワタシ”は治療と称し、市民を殺すのだろう。それは……今の私が、望む未来じゃない。」

 

 この世は病んでいる。

 死以外に救いのない患者が大勢いる。それらがどうにかその場しのぎを積み重ね、シビュラの裁から逃れているだけに過ぎない……のかもしれない。

 けれども。それでも、人々が薬を手に取るのは。

 暗い闇からの助けを求め、社会と折り合いを付け……病を抱えながらも、善く生きたいと思うからに他ならない。

 二係の猟犬達もまた同じく、足並みを合わせて生きていたのだ。社会に。彼らより少し劣った、不完全な監視官(かいぬし)に。

 灰賀は、その在り方を初めて尊いと思った。

 

「……これ以上、“ワタシ”に罪を重ねさせないでくれ。」

 

 朝津の奥に立つ右腕を失った猟犬を、灰賀は見る。

 

「彼を……私達の大事な部下を、非道な潜在犯の手から……守らせてくれ。」

 

 犯罪係数300を超えてしまった彼を、殺すべきでは無いと灰賀は思う。その為にも……自分はここまでなのだと。“灰賀”を道連れに逝くしかないのだと。灰賀は覚悟を決めていた。

 

「……頼む。」

 

 懇願の言葉に……朝津は、ドミネーターを握り直した。

 指向性音声が、朝津の脳裏に響く。

 

《ユーザー認証・朝津定監視官・公安局刑事課所属・適性ユーザーです》

 

 灰賀の予想に反し、朝津は戌井に執行の許可を下さない。自ら、ドミネーターを灰賀へと向ける。

 ドミネーターは、口を開くように変形し、目の前の獲物に向けての殺傷弾の装填を完了させた。

 

 その姿を見て、灰賀はようやく理解する。

 朝津定は、目の前の罪を決して逃さない。

 優しく、泣き虫で、潜在犯に分け隔てなく接するどうしようもないお人好しであっても……間違いを正すことに、決して情を挟まない。

 

「……朝津先輩。」

 

 最期の言葉を伝える。

 灰賀は、結末にどこか納得を得ていた。

 この事件を解決できる監視官は他にも大勢いただろう。灰賀の二面性を暴き、ドミネーターを突き付けるまでは誰にでも出来る。公安局の監視官は皆優秀な者が選ばれるのだから。己の力か使役した執行官の力で、真実を手にするのはそれほど難儀なものではないはずだ。

 だが……この結末にたどり着くのは。灰賀自身を肯定し、救済を与えうるのは、恐らく、この世にただ1人だけ。

 

「私の先輩が……貴方でよかった。」

 

 朝津は口をぎゅっと結び、灰賀を見据える。涙に濡れた瞳が青白く光り、灰賀の犯罪係数を朝津の視界内に浮かび上がらせる。

 

「灰賀……編理、監視官。犯罪係数、472……」

 

 朝津は震える声で、罪人の名と、犯罪係数を告げる。

 トリガーを引く朝津自身が納得する為。そして、罪人自身に納得してもらいたいというエゴから、朝津はあえて、自身にだけ告げられるシビュラの裁を、罪を読み上げる。

 彼独特の(ルーティン)は、裁判制度があった大昔、裁判長が行なっていたものに似ていた。

 

「貴方に……刑を、執り行う……!」

 

 朝津は、トリガーを引いた。

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