PSYCHO-PASS 二次創作 MIDGRAY   作:ろくみ

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彼女は頬杖をついて

 12月1日。局長室。戌井は大袈裟に一礼してから部屋に足を踏み入れ、紫髪の女性に話しかける。

 

「ご無沙汰っす、局長ちゃん(・・・・・)。」

 

 まるで馴染みの料理屋か、友人の家にでも入るかのように、気さくに右腕を挙げる。金属製の義手が照明を反射し鈍く光る。

 女性は戌井の姿を見て、机の上に頬杖をつく。顔の輪郭を僅かに歪ませ、心底不機嫌そうに、来訪者に目をやった。

 

「……何用だろうか。」

「すっとぼとけても無駄っスよ。」

 

 戌井は笑って茶番に付き合う。“戌井と面識のある彼女”は、こういった茶番を好む。

 執行官、つまりは潜在犯である戌井が、何の障害もなく公安局の局長室に足を踏み入れられるのは、“彼女”の図らいに違いなかった。

 

「まったくもう、オレに書類作りの適性が無い(・・・・・・・・・・・・・)ことなんて(・・・・・)局長ちゃん(・・・・・)ならわかって然るべき(・・・・・・・・・・)なのに……公式な方と、非公式な方の2つも作らせんといてくれませんっスかね?」

 

 戌井はメモリーディスクの小箱を女性の目の前に置く。

 長期療養が必要になった戌井は、その長い時間で事件にまつわる報告書を2枚書き上げていた。

 

「頼んだ覚えはないが。」

「またまた、ご冗談を。この事件、暗がりにそっとしておいた方がいい事がいっぱいあるでしょうに。」

 

 双方の名目上は、機密保持の為直接データを手渡す為の来訪……ということになっている。

 実際のところメールで送付すれば済む話ではあるが……それでは腹の虫が収まらず、戌井はわざわざこうして局長室まで出向いていた。そして、“彼女”はそれを許容した。

 “彼女”が戌井の怒りを推測できないはずはなかった。

 

「ただのちょっとしたメタ読みですけども。ウチに……朝津監視官の二係に新人が来るってコトは。おおかたロクな新人じゃないのは、当たり前じゃぁないっスか。」

 

 戌井だけは、灰賀の配属に暗に込められた意図を予め感じ取っていた。

 万年人材不足の公安局とはいえ、Dマイナスのポンコツが監視官になっているのは異常だ。最大多数の最大幸福の元、シビュラによる職業適性によって適材は適所に配置される。それがこの社会の常識である。

 より多くの者を幸福に導くという名目の下動く、底意地の悪いこのシステムが、朝津定を”適材(・・)”とする理由。

 

 灰賀編理が聖人君子でなければありがたいぐらいだった。問題児として厄介払いに配属されたことが見て取れたなら、平和を予感できた、はずだった。だが、灰賀編理は正義を持った人間だった。人々の色相を守ることを心底徹底しており、能力値に遜色無い生粋のエリートだった。

 故に、最初から疑ってはいたのだ。コイツはロク(・・・・・・)なもんじゃないと(・・・・・・・・)シビュラが(・・・・・)そんな完璧な人間を(・・・・・・・・・)朝津の二係に(・・・・・・)配属するはず(・・・・・・)などないと(・・・・・)

 宴の翌朝、灰賀よりも早く起き出してはその思考を追跡しようと試みたり。暇さえあれば灰賀の座席に座り、同じ目線で物事を捉えようと試みていた。

 里見が示す以前から、悪人の気配を犬は嗅ぎ取っていた。

 

局長ちゃん(・・・・・)はさ、今回のトリック、最初からわかってたはずだろ?灰戸編理の色相は昔は濁っていた。それが急に綺麗になった……その過去を、シビュラちゃん(・・・・・・・)が知らないはずはない。だって、全知全能な万能の巫女サマなんだろう?」

 

 戌井は女性を見下ろしその瞳を見つめる。赤いフレームの眼鏡向こうにある、どこか無機質な、よくできた(・・・・・)眼球を見る。

 

 ……そう。適材適所、なのだ。

 今回の事件により、二係は壊滅的な打撃を受けた。壊滅的な打撃を受けることを、予見できないはずはなかった。

 朝津や戌井が生き延びられたのは、単に運がよかった、としかない。

 死亡や潜在犯堕ちする可能性の高い、『灰賀編理の先輩監視官』という役職(ポジション)に……貴重な、前途有望な人材は適さない。そういった視点からすれば……朝津定は、適材(・・)であった。

 

 戌井の言動に、女性は反応しない。視線は合っているが、女性は戌井を見ていない。

 

「……灰賀編理の色相は健常値(クリアカラー)だった。故に、監視官の職に任じた。」

「へぇ。じゃあ、最後にオレが測定した灰賀監視官の犯罪係数は───10だっけ。あれは、聞き間違えじゃなかったんだ。」

 

 戌井の追求は続く。

 女性がいまだに伏せようとする真実を、つまびらかに導き出す。

 

「でも、それって変だよな?」

 

 守るべき市民の安全と、二係という5名の命を賭けてまで、丁重に扱われ観測された、灰賀編理とは(・・・・・・)シビュラにとって(・・・・・・・・)何だったのか(・・・・・・)

 

「『勝手に悪人に身体を使われて、犯罪を起こさせられていた』なんてことに気がついちまったら……普通、誰だって色相は濁るはずだ。普通の……一般的な思考(・・・・・・)を持った人間であったのなら。」

 

 戌井は女性の顔を覗き込む。

 

後天的免罪体質獲得者(・・・・・・・・・・)。」

 

 無機質な目が、僅かに瞳孔を開かせた。

 戌井は鼻で笑う。どれほど科学が進化しても、人間の脳というのは正直なものらしい。

 

「解離性同一症の患者から生まれたもう1つの人格は───シビュラちゃん(・・・・・・・)には例外に当たる人物だった。」

 

 免罪体質者。犯罪係数を測定できないイレギュラーな素養を持つ者を、シビュラはそう呼ぶ。

 本来ならば、数百万人に1人の確率で先天的に保持する素質である。だが、“灰賀編理監視官”は後天的に(・・・・)その性質を手に入れた。

 そのイレギュラー性をシビュラは測りかねていたのだと。戌井は見抜く。

 女性は否定も肯定もしない。

 

「だから、局長ちゃん(・・・・・)は危険だと分かりきった上で監視官にして……アイツを試そうとした。イイ性格してるよなァ。」

 

 口調は軽いが、瞳には怒りの炎がある。その試みのせいで市民が、仲間が失われたのだという義憤がある。

 女性は、回答する。

 

「潜在犯が色相をクリアにすることが出来る。その可能性を探ることに、何か間違いがあるだろうか。」

 

 神とも思えるような視点から、大局的な答えが返される。

 

「事実、灰賀編理は最期、潜在犯の人格を抑えることに成功していた。制御しきる可能性は0では無かっただろう。だが……灰賀編理は、自身の命よりも事件に決着をつけることを優先した。」

 

 女性の瞳は、戌井を捉える。事件の真相に到達した者に対する称賛として、その全貌を語る。

 

我々(・・)は『免罪体質者灰賀編理』の要求を飲み、『灰賀編理』の集団的PSYCHO-PASSを測定した。」

 

 灰賀に突きつけられた犯罪係数は、解毒された“真実”ではなかった。解毒され、感情のフタが外れた程度では、天然の免罪体質には影響は無かった。

 現代(2119年)のシビュラは、1つの身体に複数の色相という特殊な状況に対応できないほど、時代遅れ(・・・・)のシステムではない。シビュラには集団的PSYCHO-PASSという対処法が既に存在していた。“個人”ではなく、“集団”としてその犯罪係数を測るという手法は実用化されるに至っていた。

 「排除されるべきは自分である」という言葉により、当人も知らずの間に、灰賀は仮面である自身の呪縛を解き放っていた。

 罪を止める為、覚悟を決めた男の懇願を……巫女は聞き届けた。

 

 処分を下そうと思えばいつでも判断は出来たのだと、悪びれもせずに宣う紅い耳飾りの女性に、戌井は嫌悪し口元を歪める。

 

「……そうかい。そいつは……残念だったなぁ。」

 

 灰賀は死に、免罪体質が発生したカラクリは失われた。元から再現性があるとは思えない奇跡ではあったが、血と肉片になってしまった今は解析すら叶わない。

 だが……戌井は、それでよかったのだと思う。

 意図的に、後天的に、免罪体質が作れるとなったら。その工程が科学的に解明されたのなら。シビュラが何をしでかすのか。犯罪者が何をやらかすのか。ロクな未来は思い浮かばない。

 

「うんうん。いい感じに答え合わせもできたとこだし……裏の報告書も渡せましたし。オレは帰りますわ。お疲れちゃんです。」

 

 踵を返し、戌井は立ち去ろうとする。

 

「……待ちたまえ。」

「……何スか?」

 

 戌井は振り返る。

 

「オレは偶然余計な事に気がついちまっただけの、つまんねー奴だ。局長ちゃん達(・・・・・・)と面白おかしい話ができるほど、賢くも、ユニークでもなんともない。」

 

 その役回りはオレじゃないよ、と大袈裟に手を振る。

 

「それでも、今回の件の全体像を知る唯一の人間(・・)だ。興味本位に聞きたい───人の目から見た“灰賀編理”という人間は、善人だったのか、悪人だったのか。」

 

 シビュラにとっての(しろ)(くろ)を同時に持ち合わせた類稀なる人間の、最終評価を女性は問う。

 これが文句を言いに来た戌井をあえて素通しした理由だった。

 仕方なしに、戌井は考える。

 暫し、沈黙が流れ……答えた。

 

「さぁ?」

 

 それが戌井の率直な答えだった。

 監視官として事件解決に突き進んだ灰賀は紛れもない善であり、潜在犯として人々を混沌に陥れた灰賀は確かに悪であった。

 戌井から見た“灰賀編理”は、どちらでもあり、どちらでもなかった。

 

「人間、そうスパァッと綺麗には見ることは出来ねぇっスよ。0か1かで考えてるシビュラちゃん(・・・・・・・)には、わからねー感覚かもしれないっスけどね。」

 

 女性がそれ以上呼び止めることはなく、戌井は局長室を後にした。

 戌井は誰もいないオフィスに戻る。朝津も不在のオフィスには、もう、誰もいない。執行官は戌井1人だけになってしまった。

 手持ち無沙汰に、戌井はコーヒーを沸かす。冷蔵庫の中を見るが……何も入っていない。古くなった牛乳などは、誰かに捨てられたのだろう。

 その時、戌井はふと気がつく。

 

「ああ……だから、カフェラテなのか。」

 

 白であり黒であった監視官の嗜好の原点を、戌井は悟る。

 1対1で混ざり合った、牛乳(しろ)コーヒー(くろ)

 

 無意識のうちに中庸に飢えていたのかもしれない───などと思うのは、勘繰りが過ぎただろうか。

 

 探偵は笑い、真っ黒(ブラック)を飲み干した。

 




『REIS製薬は、先日発売された新型向精神薬について、摂取した人が色相の悪化を発症したことが報告されたと明らかにしました。会社では新型向精神薬について自主回収するとともに、使用を中止するよう呼びかけています。

会社が自主回収することを発表したのは、先日10月1日発売の「MALUS」……』
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