PSYCHO-PASS 二次創作 MIDGRAY   作:ろくみ

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捜査会議

 

「昨日の経緯を改めて確認する。東京都彩生会サイコパス治療センターより通報が入り、我々二係が急行する事となった。」

 

 里見が主体となり、話を進める。

 

「通報の内容は、『銃を持った男が暴れている』というものであり……第一目標は銃を持ったその潜在犯の確保だった。」

 

 該当の男の写真がデバイスに表示される。奇怪な仮面のホログラムを被っている為面相はわからない。服装は白衣を羽織り、手には拳銃のような異形の銃が握られている。

 

「この潜在犯に関して、街頭スキャナの顔認証は出来なかった。故にその正体も名前も不明。仮称として“仮面の男”とでも呼ぼう。」

 

 街頭スキャナには面相認識(フェイスレコグニション)の機能が搭載されており、顔が映るだけで個人を特定、色相判定やストレス傾向の判定に移る。これを阻むホログラムは違法とされている。が、堂々と違法行為を行う潜在犯にそういった道理は無い。

 

「仮面の男は、精神ケアを行っていたレクリエーションルームに侵入。その場にいた患者を連れて逃走を開始した。」

 

 逃走が始まったのは、ちょうど二係が現場に到着し、警備室の監視カメラから事態の把握を始めたのと同じ頃合いだった。

 

「そん時、もう1人潜在犯が発生したのを見つけてオレが別行動。画面の男を見つけたご主人と芥がまた別行動、って流れだっけ。」

「ああ。……途中、集団思考汚染(サイコハザード)が別途で発生してボクも分かれたワケだけど……。」

 

 芥は気掛かりそうに、もう一度朝津を見上げた。朝津は言う。

 

「……僕は、仮面の男を追い詰めました。測定値は300を超えていて……説得を試みようとしました。ですが……その瞬間、停電が発生した。」

 

 停電の理由を里見は把握していた。

 

「院のブレーカーに遠隔装置がセットされていた。仮面の男が装置を作動させたのだろう。」

 

 朝津は話を続ける。

 

「聞いたことのない銃声が2発聞こえて……事態の重大さから、発砲の判断を下しました。対象となったのは……女性が抱えていた、赤子でしたが……暗闇で気付くことが……出来ず……」

 

 平然を心がけようとしているが、その声は震えている。

 見かねた里見が話を引き継いだ。

 

「……使用後のドミネーターはメンテナンスが行われたが、全てにおいて問題は発見されなかった。あの時、犯罪係数は正常に測定され、刑は正常に執り行われた。」

 

 “正常に”という言葉を、里見はあえて二度使う。里見自身、幼子に執行判定が降ったことに納得していない。だが、いくら疑おうと、メンテナンスを何度行おうと、異常は無い。システムが対象を社会に不要と判断したのは歴然たる事実であった。少年法はとうの昔に無くなっており、犯罪係数が隔離境界(ボーダー)を超えれば全ての人間に平等に刑が与えられる。

 故に、発砲者である朝津に何か特別な処罰が下ることもない。色相の濁りが無いかどうかだけをチェックされ、カウンセリングを受けさせるだけ。それがこの社会であった。

 

「そこに私が合流し、場に残っていた潜在犯の処分を行った。以上が、昨日の流れということでいいだろうか?」

「あ……ああ。その後、潜在犯の目撃は無かった。」

 

 まるでその場にあったゴミをゴミ箱に放り込んだ、とでも言うかのように灰賀は自らの行いを説明する。朝津のように苦しむのでも、開き直るのでもなく、淡々と説明を済ませ、灰賀は口を閉じた。

 閉じた口にマグカップを近づけ、コーヒーを啜ろうとして顔を顰める。アチッ、という小声が聞こえた。

 

「……そういえば、灰賀監視官はどっから参戦したんスか?まだ出勤前だったっスよね?」

 

 戌井が尋ねる。タイミングよく朝津の元に駆けつけた新人に、事件の情報は共有されていただろうか、という疑問があった。

 

「事件前から病院に居ただけだ。個人的な所用……ではあるが。」

 

 灰賀は懐から処方箋を取り出す。

 

「監視官に着任するにあたって向精神薬は欠かせないと言うだろう?ちゃんとした診断を改めて受けるべきと言われ、受診したのだが……とんだ無駄足だった。いや、事件にいち早く駆けつけられたのは幸運だったが。」

 

 処方箋は処方箋のまま、今だに灰賀のポケットに押し込まれていた。捜査のドタバタで薬を買いに行くのを忘れたというのもあるが、現場を体験した灰賀自身、それが必要で無いことを自覚していた。

 監視官の任務は過酷だというのが一般的であるが、灰賀にとってはそれほどではなかった。

 新人の驚異的な色相の強さに驚愕しつつ、里見は話を前に進める。

 

「最大の謎は、仮面の男はどこから現れ、どこへ消えたかということだ。」

 

 資料は事件当日の病院内外の街頭スキャナへと変わる。無数に設置された街頭スキャナにより、精神病院の出入り口に死角は存在しないことが見て取れる。

 

「犯罪係数300を超える色相の悪い人間が街頭スキャナにかかった記録は、病院外には存在しなかった。事件前も、事件後も。」

 

 大都市のど真ん中にある病院に行き着くまでの間、1台のスキャナにも映らず行動することは事実上不可能であった。また、病院内にも色相によるセキュリティが施されていたが、それを強行突破した記録も無い。

 

「あの変な仮面が、色相を読み取らせなくしてたとか?……ほら、ヘルメット事件みたいに。」

 

 戌井がアイディアを出す。

 ヘルメット事件とは、数年前に起きた事件のことである。精神分析(サイマティックススキャン)を妨害するヘルメットが世の中にばら撒かれ、色相が測られないのをいいことに各地で犯罪や暴動が発生した。

 が、直後否定される。

 

「仮にそういう機能があったとしたら、犯罪係数をそもそも測らせないだろ。奴は犯罪係数300を叩き出させた。妨害が出来るのなら途中でやめる必要性が無い。」

 

 刑事がエリミネーターを躊躇する保証はどこにも無いのだから、と芥は付け加える。

 

「現れた方法も謎だけども……去った方法は更に難解じゃねぇか?」

 

 片倉が最大の問題点を提起する。

 

「仮に、仮にだ。色相悪化が病院内で起こったとする。隔離チョイ前ぐらいのところから、一気に濁っていく例はなくは無い。でも、おれらが取り逃すってのは尋常じゃないだろ。」

 

 戌井は再度アイディアを出した。

 

「途中で停電があったじゃん。停電の時、街頭スキャナも一旦止まった。その隙に逃げ去った……とか。」

「ねーよ。」

 

 だが、アイディアはまたしても否定される。

 

「おれらの到着と同時に病院周辺は警備ドローンで固められてる。ウチのドローンは自律式。病院側で停電が起ころうが爆発が起ころうが止まることはねーんだよ。そんなことも忘れたのか、バカ犬。」

「……確かに!」

「ちなみに、該当の病院の敷地内に地下道とかは通っていない。地上を通る以外にその場から去る手段は無い。ボクらが駆けつけた時点で、奴は袋のネズミ……のはずだった。」

 

 里見は事件のその後を簡単に説明する。

 

「包囲内に居た人間には事件後犯罪係数の測定が行われ、それぞれに処置が施された。その人間の中に犯罪係数300を超えたという者はおらず……例の改造銃を所持している者も見つからなかった。」

 

 そもそも、と里見は続ける。

 

「片倉の言うように、急激な色相の悪化が病院内で起こった、ということもあり得ない。奴は銃と違法ホログラムを所持していた。計画的な犯行であるのは明らかだ。」

 

 犯罪を行うため銃の所持などを計画すれば、その時点で色相が濁り、街頭スキャナに引っ掛かる。そういった犯行を事前に防ぐ為の犯罪係数であるはずだった。

 

「事実をまとめると……仮面の男は、突然病院内に出現し、突然消失した。ということになる。」

 

 刑事達は沈黙し、各々が各々の考えを巡らせる。だが、誰もそのトリックの解明は出来なかった。

 里見は船の遭難を悟り、話題を変える。

 

「仮面の男の犯行は計画的なものであったはずだ。ならば、今回の事件の目的は何だったのだろうか。」

 

 仮面の男の犯行を一同は思い返す。病院内に現れ、人を連れ、逃走した。

 目的が何かあるとするなら、人を連れ、というところだろうかと戌井は考察する。

 

「あの女性に何か関わりがあったとかっスかね?」

「被害者は田辺愛、24歳。専業主婦。子供の名前は薫。生後4ヶ月。精神病院には産後うつの治療にて訪れていた。交友関係に特に問題はなく、彼女の周囲に色相に問題がある人間は居ない。」

 

 現在調査の真っ最中ではあったが、交友関係のある人間の中に、不自然に外出を控える───街頭スキャナに映らないよう家に引き篭もる人間の該当は無い。被害者個人の方には動機を持つ人間は見当たらなかった。

 

「……詰んでないっスか、これ。」

「早々に諦めんな。テメェも同じ潜在犯だろーが、考えるんだよ、自分がやりそうな犯罪とその動機ってのを。」

 

 潜在犯が執行官として任命されるのは、監視官の盾にする為だけではない。複雑化する犯罪に対しては、犯罪者と同じ思考を持つ人間がその推理をするに相応しい。

 

「……人を選んだ理由は特にないかもしれない。」

 

 芥は思い浮かんだ考えを口にする。

 

「逃走の際、近くにいた不幸な市民を人質にした。ドミネーターの盾にする為に……」

 

 里見は、少し躊躇ってから、朝津が仮面の男を追い詰めた倉庫のカメラ映像を出す。予習していた映像の情報と、『ドミネーターの盾にする』という芥の言葉から、里見は最悪の仮説に辿り着いていた。

 映し出されたのは、朝津が部屋に入る前の時間の映像だった。仮面の男とまだ生きている女性と赤ん坊が部屋に入り……一行の歩みは止まる。

 

「逃げ……て、いない?」

 

 奥にある扉の前で、仮面の男は立ち止まる。女性は逃げようと足搔くが、男は無言で銃を突き付けて止めた。

 戌井はぽつりと呟いた。

 

「何かを待ってる?」

 

 やがて……数分ほどして。朝津が現場に到着する。数秒のやり取りの後、画面はプツンと暗転する。停電が起きて録画が途切れたのだ。

 片倉は里見の言わんとすることに気づき、現場の見取り図を動画の上に提示した。奥の扉は屋内駐車場へと続いている。仮面の男はそこから逃げたのだと考えられている。

 

「奥にあるのは何の錠もないただのドアだ。開けるのに手間取るようなものじゃない。ノブを回せば開くことは、ド素人でも見てわかる。」

 

 芥も意図を解し、歯をギリリと擦り合わせた。

 朝津の走る速度は早い方ではない。少なくとも二係の中では最遅である。一般人に毛が生えた程度の鈍足の朝津が、潜在犯に追いついたのが偶然でないとするのなら。

 

 執行官達の様子を見て、灰賀も悪意の存在を認識し、理解する。

 

「……成程。」

 

 気が付かないのは、その悪意を最も至近距離で浴びた朝津だけだった。

 真実を示すのを躊躇う執行官達に代わり、灰賀は推理を披露する。

 

「仮面の男の目的は、ドミネーターによる一般人の執行か。」

「……!」

 

 朝津は息を飲む。

 

「仮面の男が待っていたのは朝津監視官……ドミネーターを持った誰かだった。そのエリミネーター機能により、潜在犯として堕ちた人質を殺させることを目的としていた。」

 

 灰賀はその推理を語った。隣で朝津がふらついてデスクに手をついたが、灰賀に気付く様子はない。

 

「病院を襲った理由も明快だ。色相が濁りやすい患者が揃っているから、被害者を選びやすい。子連れが選ばれたのは……間違いなく患者であるからだろうか。職場に赤子を連れてくる医者は居ないから。」

 

 朝津と同じ、濁らされた人間を撃った身であったが、灰賀は推理を止めることはしない。眉一つ動かさず、情報の整理に努める。

 

「奴の目的が市民の色相を濁らせること、エリミネーターを市民に使わせることと仮定すると……次の目標は何になるだろうか。同じように大病院を狙うのか、メンタルケア施設のような小さい施設か……」

 

 灰賀は次の事件はどこで起こるのか、と考え込む。それとちょうど時を同じくして、公安局の管内放送が高らかと鳴り響いた。

 

《世田谷区と新宿区にて規定値超過のPSYCHO-PASSを計測。当直監視官は執行官と急行してください。》

 

「どーやら事件の方が待ってくれないらしいねぇ!」

 

 片倉は叫び立ち上がる。

 指示を下したのは里見だった。

 

「朝津監視官は芥と片倉で世田谷区へ。灰賀監視官は戌井と俺で新宿区へ、それでいいですか?」

「ああ、急ごう!」

 

 灰賀は答え、朝津は無言で頷いた。

 

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