PSYCHO-PASS 二次創作 MIDGRAY   作:ろくみ

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現場‐灰賀

「灰賀監視官……少し、いいでしょうか。」

 

 現場に急行する車内、助手席の里見は灰賀に話しかけた。刑事達は事件の情報を頭に叩き込むことを済ませていたが、まだ現場到着までは僅かに時間があった。

 

「手短に頼む。」

「あまり、張り切り過ぎないように。」

 

 里見は簡潔に釘を刺した。事件にのめり込む灰賀を呑気に見ていられるほど、里見は薄情ではなかった。

 

「潜在犯と同じように考えるのは我々の役割だ。貴方はその上澄みを掬っていれば良い。」

 

 潜在犯の視点で事件を見るという行為自体が色相を濁らせる要因に足り得ることを元監視官は身を持って知っていた。

 推理をするという事は、潜在犯の犯罪を企み、考え、計画することの追走に他ならない。

 

「忠告痛み入ります。が……」

 

 灰賀はミラー越しに執行官達を睨んだ。

 

「監視官が真実を知らなくて良い理由にはならないでしょう。」

 

 先ほどの捜査会議時、真実に気付きつつ開示を躊躇った執行官達を灰賀は咎める。罠であったことを知り、監視官達がショックを受けることを恐れ、口を噤んだことは想像に容易いが……その過保護ぶりは目に余るものがあった。

 

「……いいんスよ、真実なんて知らんでも。」

 

 後部座席で戌井が答えた。

 

「オレたちの目的は世に現れた潜在犯を1秒でも早く回収することっスよ?真実を追うのは過程なんスから、そこを監視官サマがわざわざ突き詰める意味はあんま無いっつーか……」

 

 戌井は窓に鼻をぴとと付け、窓越しに空を見上げる。超高層ビルとホログラムによって描かれた偽のビルが立ち並ぶ隙間の向こうには、濁った灰色の曇天がのっぺりと広がっている。

 

「自力で推理も対策も考えることも出来やしないご主人に、そんなこと伝えたって……苦しませるだけじゃないっスか。」

「……君たちの推理が正しいかどうかは誰が判断する。」

 

 執行官は潜在犯でもある。本来ならば隔離施設に放り込まれ一生を過ごす重篤患者ではあるが、社会貢献の為、シビュラの猟犬として首輪を付けられ世に出ることを許されている。

 故に、首輪を外す為、自由を得る為、監視官を騙くらかす執行官も存在する。間違った推理を伝えれば、意図的に逃げ出す隙を作るのも不可能ではない。

 

「それはまぁ……これからは灰賀監視官がやってくれりゃいいんスよ。」

 

 よろしく頼みますよぉ、などと戌井は茶化した。

 

「気合の入っている所悪いとは思いますが。貴方がた監視官が活躍しないように執行官が居るんです。」

 

 それに、と里見は付け加えた。窓外に向けた視線の先には過ぎ行く路上の市民達の姿がある。

 

「それに……刑事が活躍する状況なんて、世も末だ。アニメの世界だけで十分なんですよ。」

 

 重い実感の籠った言葉で会話は終わる。ちょうど車が現場に到着した。

 

 現場は繁華街だった。店が並ぶ大通りのあちこちに警備ドローンや救護ドローンが配置され、現場の規制や倒れた人々の介抱を行っていた。

 刑事達は規制する警備ドローンに手を翳した。指が手帳を持つ形を取ると、デバイスが作動し刑事手帳のホログラムが表示される。『上記の者は厚生省公安局刑事課所属であることを証明する。』と書かれたホログラムを見て、警備ドローンは道を通した。

 灰賀は歩きながらレイドジャケットに袖を通し、ボタンを首元まで止める。

 それから、3人の刑事は黒色の拳銃を手にする。

 指向性音声が、3人の脳裏に響く。

 

《携帯型心理診断・鎮圧執行システム・ドミネーター・起動しました》

《ユーザー認証》

《灰賀編理監視官》

《戌井緋奈太執行官》

《里見善光執行官》

《公安局刑事課所属・適正ユーザーです》

 

 事件の発生は11月12日15時25分。街頭スキャナが目の前を通過する潜在犯を発見し、警備ドローンが出動したが、潜在犯は同行を拒否。やけを起こした潜在犯は歩行者にハサミで斬りつけ、今も尚逃走中、とのことだった。

 

「状況に変化無し、手筈通りに。」

 

 里見は車内にて共有した作戦に変更がないことを確認を取る。灰賀が頷き、戌井と里見は警備ドローンを連れて路地を走り去った。

 街頭スキャナの情報により、潜在犯の逃走経路の特定とその逃走先の推測は既に済んでいた。

 灰賀もまた作戦通り、潜在犯を追って走り出す。

 

 潜在犯は後方からやって来る追手に気がつき、走る速度を上げ、逃走を試みる。

 しかし、逃げ道になり得る路地には既にドローンが立ち塞がっていた。ドローンの居ない道を、右に、左に、潜在犯は走る。背後からは足音が追い立て、潜在犯の思考は徐々に狭まっていく。

 走る前方に人影が見えた。

 

「そこまでだ!」

 

 里見は予定通りの道を逃げてきた潜在犯にドミネーターを向けた。

 指向性音声が、里見の脳裏に響く。

 

《犯罪係数、オーバー260》

《執行モード・ノンリーサル・パラライザー》

 

 ハサミ片手に突っ込んでくる潜在犯に、里見がトリガーを引く。青白い閃光は潜在犯に直撃した───が。

 潜在犯は呻き声を上げ、尚も立ち上がる。

 

「ドラッグか……!」

 

 麻酔銃(パラライザー)は万能ではない。向精神薬などのドラッグを服用し、ハイになった潜在犯には麻酔が効かないケースは往々にして存在する。

 そして、里見はその可能性を考慮していなかった。

 

 潜在犯は痛みに顔を歪め、振り返る。背後には、ジャケットを着た男が1人迫っていた。銃を撃ってきた相手よりはマシだろうと、潜在犯は突如として後退し、背後のジャケットの男にハサミの刃を突き立てる。

 

 灰賀はドミネーターを手にしていたが、至近距離に迫っていた潜在犯の突然のターゲット変更に反応し切れない。照準を合わせる暇もなくハサミが迫り、灰賀は咄嗟に身を翻した。刃は宙を裂く。

 突き出される刃を掻い潜り、灰賀は潜在犯の手首を掴む。ハサミを持った潜在犯の手を強く捻りあげ、自身の肘を潜在犯の胴体に打ちつける。衝撃でハサミを落とすと、灰賀は蹴って刃物を道端に寄せた。格闘技の応用で潜在犯を投げ飛ばして距離を取り、灰賀はドミネーターを再度手に取る。

 指向性音声が、灰賀の脳裏に響く。

 

《犯罪係数、オーバー300》

《執行モード・リーサル・エリミネーター》

 

 潜在犯は最後の足掻きで灰賀に突撃しようと試みる。

 灰賀がトリガーを引こうとした───その時。

 

「ちょーっと待ったァ!」

 

 戌井が斬りかかった。手にはどこから拾ってきたのだろうか、細いビニール製のパイプがあった。硬質ポリ塩化ビニル管、通称塩ビ菅と呼ばれるものだ。

 灰賀と潜在犯の間に割り込み、潜在犯の頭を殴りつける。潜在犯は頭から血を流しながらも、塩ビ菅を掴み抵抗を続ける。戌井に腕を振り下ろし、爪で手の甲の皮膚を割く。戌井はその隙に鳩尾を蹴る。よろめき、体制を崩した潜在犯の脳天に、戌井はもう一度塩ビ菅をお見舞いした。

 潜在犯は意識を失い、地べたに崩れ落ちた。

 戌井は手の甲の傷から滴る赤い雫を舐め取り、新人を見た。

 

「さっき、あんま突っ走るなって言われてなかったっスか?エリミネーターの弾数はキャリアの勲章にゃならんっスよ。」

「やらねばならない事であるなら仕方がない。シビュラから患者と診断された者を、いち早く健常者から隔離することが私の仕事なのだから。」

 

 だからそれは執行官に任せればいいのに、と戌井はぼやく。だが、口ではそう言いながらも段々とこの新しい監視官の傾向が掴めてきた。

 

 執行官達を信用していないのではない。単純に合理性だけで動いているようだ。自身のPSYCHO-PASSは強靭であると思っており、実際、自己分析と現実の乖離は無い。

 執行官に対する壁を作ろうとしないのは同じだが、それ以外の全てがご主人とは真反対のタイプだ、と戌井は思う。びっくりするぐらい合理的で、タフで、完璧な男。

 

 戌井が仕留めた潜在犯の後処理をする裏で、里見は灰賀に頭を下げる。

 

「申し訳ありません、灰賀監視官。監視官を危険に晒すなど……」

「この潜在犯は薬物接種を行っていたのだろう?偶にあると研修にて聞いている。今回の潜在犯は突発的に発生したケースだ、予測出来ずとも仕方がない。勉強になった。」

 

 意図的にドミネーターから逃れる為、逃走前にドラッグを接種する輩も存在するが、突発的な犯行と見られる今回の潜在犯に対しては予測が漏れていた。

 イレギュラーはいつだって起こるものだ、と灰賀は許容し、里見を叱責することはなかった。

 

「作戦のお陰で、暴れても問題ない、市民の居ない路地に誘い込む事ができた。お手柄だ。」

「いえ……滅相も無い。」

 

 それでも反省を深める里見だったが……俯く里見の通信デバイスがけたたましく鳴る。通信の相手はもう一方の組として別れていた片倉だった。わざとらしくふざけた、情けない声を張り上げる。

 

《刑事サァン!籠城事件です。助けてェ。》

 

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