PSYCHO-PASS 二次創作 MIDGRAY   作:ろくみ

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現場‐朝津

 世田谷区に到着した朝津達は、手早く身支度を整える。朝津は身の丈に合わない大きなレイドジャケットを羽織り、袖をまくって手を出した。前のボタンは止めないのが朝津のスタイルである。

 それから、3人の刑事は黒色の拳銃を手にする。

 指向性音声が、3人の脳裏に響く。

 

《携帯型心理診断・鎮圧執行システム・ドミネーター・起動しました》

《ユーザー認証》

《朝津定監視官》

《芥蒼一執行官》

《片倉千秋執行官》

《公安局刑事課所属・適正ユーザーです》

 

 芥は先導しながら事件の概要を説明する。朝津は一度に2つの事ができるほど器用では無い。運転や準備が終わった直後に情報共有を行うのが最も効率が良かった。

 

「事件発生は15時34分。街頭スキャナが潜在犯を発見したが、潜在犯はケアを拒みその場を逃走。スキャナでの反応は見失った。街のどこかに隠れているのだろう。」

「手分けして探し……ますか?」

「いや……」

 

 片倉は街の中を見渡した。警備ドローンがうろつき物々しい雰囲気に包まれた街を、市民が不安そうに遠巻きに眺めている。

 前髪に隠れていない左目を細め、臭い(・・)を追う。

 

「潜在犯はこの方角に逃げて……」

 

 自分であったらどんな逃走ルートを選ぶのか、現場を見て直感し、追跡を開始する。自身の潜在犯としての傾向や、街頭スキャナの無い道、市民達の視線、道路に落ちた紛失物など、追跡に足るものは多く存在していた。臭いを掴んだ猟犬は、次第に走る速度を上げる。朝津にはてんでわからなかったが、芥も同じように追跡を続けている為合っているのだろうと判断する。

 歩を進めた先で、芥は片倉に話しかけた。

 

「ちょっとこのルートはマズいんじゃないか。」

「いやまぁ……そうだけども。しょうがねーだろ。」

 

 道は住宅街に入っていた。執行官達は、どこかの家に立て籠りなどされれば厄介だと、嫌な予感を覚えながら、閑静な住宅街を慎重に歩く。

 

「……片倉。」

 

 芥はまた話しかける。視界の隅に勢いよく閉められるカーテンが見えた為だ。

 

「わかってるっての。」

 

 該当の家の前庭には植木鉢や庭木を映す環境ホログラムがあったが、それらのうちの1つが壊れ、ノイズがかったホログラムが投影されていた。何かの衝撃で壊れた様子だった。

 片倉はデバイスで別れたもう片方の班を呼び出した。

 

「刑事サァン!籠城事件です。助けてェ。」

 

 どうせ向こうはもうカタがついている頃だろう、という片倉の読みは当たる。すぐに里見の声がする。

 

《状況は?》

「目の前通り過ぎたのがバレたところ。」

 

 直接顔を見ずとも険しくなった里見の表情が3人の脳裏に浮かんだ。朝津ですら、里見が眉間に手を当てる流れまでがわかる。

 

《わかった、すぐに現場に向かう。その間に朝津監視官と芥は住人の数の特定と周辺住民の避難を。……裏口はありそうか?》

「ありそうだねぇ。おれの出番かな?」

《俺達の到着までに空けられるか?》

「誰に物を言ってるんだい刑事さん。こちとらその手の専門家だよ?……まぁ生粋の専門家なんで100%確実ということも言えませんけども。」

《余計な口を叩くな。》

 

 里見は軽口をぴしゃりと怒鳴り、通信を切った。

 

「まずは、ボクらは気付かず通り過ぎた、と思わせるように装いましょうか。」

 

 芥が先導して走りだし、該当の家の前を通り過ぎる。そして、住宅街を一周回って裏隣の家へ向かった。

 朝津は促され、ドアベルを鳴らして裏の家の住人に声をかける。

 

「こっ、公安局です!」

 

 ぎこちない朝津の指つきをデバイスがうまく読み取れず、刑事手帳が何度か消えたり現れたりした。だが意図は伝わり、住民達は慌てて家を明け渡し逃げていった。二係達は裏の家の敷地を回り、該当の籠城された家の裏口へと入り込む。

 裏口の扉は電子錠と物理錠の二重構造になっていた。電子認証付きの鍵を差し込んで開けるタイプであり、認証が降りなければ中のシリンダーは回らない。片倉が念の為ノブを回すが、鍵は両方かかっている。

 

「ケッタイな家だなぁ、まったく。現代人はシビュラを信じて施錠を疎かにしている、なんて夢物語かとおもっちゃうね!こんな時は!」

 

 ぶつくさ言いながら、片倉は解錠にとりかかる。

 犯罪係数の導入以来、犯罪率の低下と共に防犯という概念が薄れてきている。故に、扉に鍵がついていても鍵を付ける習慣が身についていない市民は多い……が、こういう時に限ってしっかりと鍵がかけられているものだった。

 片倉は警報器を無効化し、電子錠をショートさせ、シリンダーのロックを外す。腰から下げた針金を鍵穴へと突っ込む。宙を見上げ、指先の感覚で当たりを探した。

 朝津は人質の身を案じ、閉じられた扉を見つめた。

 

「……よし。」

 

 カチリ、と音を立てて、シリンダーは回る。片倉はデバイスを見て所要時間を確認した。

 

「10分か、腕が落ちたなぁ。」

 

 物理錠は1分で片すべきだろうに、などと腐す。

 ちょうどそこへ里見からの通信が入った。

 

《表に到着した。》

「ナイスタイミング。こっちは今裏口が開いたとこ。」

《住人については?》

「住民は老夫婦が2人。今日は外出はしていないようだ。……だが、今のこの家には2階の部屋に3人いるようだね。」

 

 解錠の間、調べ物をしていた芥が簡潔に答える。僅かな隙間から侵入させていた情報探査ドローンから、十分な走査(スキャン)情報が集まっていた。熱源探知(サーモ)によれば、建物の2階部分から3人分の反応があった。

 

《了解。こちらは表側からアクションをかける。その間に裏口から中へ突入を。》

「ラジャー!」

 

 片倉がそっと裏口の扉を開け、僅かな隙間から芥、片倉、朝津の順で入り込む。部屋の中は片付いているが、その中で不自然に倒れた家具や床に落ちた置物が目立つ。

 チャイムが鳴る。公安局です、という声がインターホンの機械越しに響く。

 

《エリアストレスの上昇により、避難命令が出されました。捜査にご協力頂けますでしょうか。》

 

 里見の声が聞こえるが、反応はない。代わりに、上の方からガタガタという不自然な音がする。居留守を使うつもりのようだった。

 芥はドミネーターを構え、先に進む。

 

「監視官。足元、気をつけて。」

 

 片倉が小声で朝津に告げる。鈍臭い監視官が引っ掛けないように、と足元に転がった置物を除けた。

 階段にはスニーカーの足跡がくっきりと残されている。土足で上がり込んだ不審者の証拠だった。

 足跡を辿り、朝津達はそっと2階へと登る───が。芥は、2階に人影を見つける。若い男だった。

 マズい。

 

「……やあ。お孫さんかな?お邪魔してまーす。」

 

 片倉の言葉に、潜在犯は踵を返して2階の奥へと駆け込んだ。

 様子を伺いに出てきたところを仕留めるつもりではあったが、想定より向こうの動きの方が早かった。

 扉が乱暴に閉じられ、簡易の鍵が閉じる。更に、どん、がら、がしゃん!と大きなものが崩れる音がする。

 

「片倉!」

「ああもう、わかってますっての!」

 

 ものの数秒で鍵は開く。が、扉は数センチだけ開くも何かにつかえて動かない。

 朝津は焦る。

 

「か、片倉さん!」

「監視官……世の中には、こういう、何をどうしたってって空かない扉ってモンがある。」

 

 片倉は言いながら隙間から内部の状況を確認する。

 余裕は無いが、こういう時こそ平気そうに見せておかねばならない。彼のポンコツ監視官は、執行官達の機微に敏感な割に、嘘を見抜くのは苦手だった。故に、ちょっとのハッタリで、何か手があるのではないかと騙されてくれる。

 そして、片倉は“手”を見つける。美しい手とは言えないが、まぁ仕方ない。開けば何でもよかろうなのだ。

 

「そういう時は、マスターキーの出番だ。」

 

 扉手前に人影が無いことを確認し、片倉は叫ぶ。

 

「……芥ァ!」

 

 合図と共に片倉は芥と入れ替わる。芥の渾身の蹴りが扉の前にあった戸棚ごと吹き飛ばし、通り道が作られる。

 3人は雪崩れ込むように部屋内へと転がり込む。

 

「公安局だ!大人しくしろォ!」

 

 室内には若い男と老夫婦がいて、片倉は若い男にドミネーターを向ける。

 指向性音声が、片倉の脳裏に響く。

 

《犯罪係数、オーバー300》

《執行モード・リーサル・エリミネーター》

「ダメです片倉さん!」

 

 ドミネーターが殺人銃の構造に変わり始めた瞬間、朝津は叫んだ。朝津は視線で芥に助けを求め、芥は一瞬にして意図を理解する。

 芥は潜在犯の懐へと跳ぶ。潜在犯は壊れた陶器のカケラを武器として持っていたが、芥が怯むことはない。無闇矢鱈に振り回される凶器を、そよ風のように避け、いなす。凶器を持ったままの手首を掴み、背負い投げの要領で床に叩きつける。関節を締めあげ、動けないように拘束する。

 潜在犯は言う。

 

「殺せよ……どうせ、俺は社会に要らない人間なんだろうが……!」

「そんなこと、そんなことありません!」

「は……はは。昔っから、そうだ……」

 

 潜在犯は深い疑心の宿った目で朝津を見上げる。

 

「どいつも、こいつもそう。生まれたからには意味がある?お前は社会に必要だ?……全部嘘っぱちだ!生まれつき色相が悪い奴は、何やったって良い人生なんかありゃしない!ゴミみたいなキャリアを押し付けられて……ちょっとでも悪化すりゃこのザマだ……!」

 

 じたばたと足掻く潜在犯を、芥は更に締め付けた。苦しむ潜在犯を見て朝津は芥を制する。

 

「誰も……誰もだ!俺が生きることなんか望んじゃいない!遠巻きに眺めて、死んでくれねぇかなって、内心望んでるんだ!言えば言った奴の色相が曇る、だから何も言わないだけだろ……死んでくれってさ!」

「僕は嫌だ!」

 

 朝津は叫ぶ。真っ直ぐに潜在犯を見据えて言う。

 

「僕は、誰かが死ぬところも、誰かが苦しむところも、もう見たくない!」

 

 そこへ、灰賀達も到着する。背後でドミネーターを構える気配に、朝津は必死で手で制す。

 その朝津の様子に、潜在犯は少し動揺する。

 潜在犯は知っていた。現代の刑事は、潜在犯である執行官と、生粋のエリートである監視官から構成される。レイドジャケットを着た、子供と見間違うような小柄な男が監視官なのだろうことも知っていた。

 目の前の監視官の言葉に、一切の濁りはない。本心から身を案じているのは嫌でも伝わった。

 潜在犯は力を抜き、抵抗を止める。

 

「……芥さん、離れて。」

「ですが……!」

「芥さん!」

 

 老夫婦のそばに片倉が居て、民間人に安全が確保されていることを確認し、朝津は芥に拘束を解かせる。執行官の芥もまたドミネーターの執行対象であった。

 朝津は全員無事に拘束を済ませようと考えていた。

 

「やめといた方がいいぜ監視官……ッ!」

 

 片倉は叫ぶが、間に合わない。弾かれたように立ち上がった潜在犯は、芥を引き剥がし、朝津の首を掴み、締め上げる。

 潜在犯に向けられたままのドミネーターは、潜在犯が今も尚犯罪係数300を超えていることを示していた。

 朝津の首を掴んだ潜在犯は仕返しとばかりに力を込める。小さい身体の細い首は男の両手で簡単に絞まった。

 道連れにするならば偽善者気取りのエリートがいい、と潜在犯は思う。せめて薄っぺらい偽善が剥がれた姿を見て嗤えれば、いい気味だと、世に対して復讐できると、堕ち切った思考が導き出す。

 

「監視官!」

 

 激昂した芥がエリミネーターを構える。灰賀達も身構え、5丁の殺人銃(エリミネーター)が潜在犯に向けられる。

 

「だ……ダメだ……!」

 

 けれど、朝津は撃たせようとはしない。苦痛に顔を歪ませるが、瞳は潜在犯を見据えている。殺したくないという強い意志は、全くもって薄れていなかった。

 首を掴む手に、朝津は自身の手を重ねる。

 

「あなたは、こんなことを、する人じゃない……!」

 

 朝津は言う。その言葉の裏には何の根拠も無い。何の根拠も無いが、底なしの自信、いや、他信と言うべき、他者への信頼だけは人一倍あった。

 その狂気的な愚かさは、潜在犯に更なる動揺を与える。自身を見下す社会の象徴のような、エリートのはずの男が、自身の無実を叫んでいる。何の裏も感じ取らせない無垢さは、潜在犯自身知らない何かを知っているのではないか、とすら思わせ……過去を振り返らせる。

 潜在犯はずっと抑圧されたまま生きてきた。他者に迷惑をかけないように言動に気をつけ、色相が出来る限り綺麗になるよう貯蓄はメンタルケアに費やされた。

 確かに。そして、奇跡的に。この潜在犯は、朝津の言う通り、こんなことをする人間ではなかった。罪人になりたくないという心は人一倍強いはずだった。

 

 朝津は首元の手が僅かに緩むのを感じる。霞んだ視界の中で、執行官達が持つドミネーターが再度変形し、パラライザーの形に変わるのを見る。

 途端、朝津は腰に下げた自身のドミネーターを抜く。

 

《執行モード・ノンリーサル・パラライザー》

 

 朝津がトリガーを引いた。

 潜在犯は事態を把握できないまま、痛みに驚き目を見開く。薬を服用している影響か、この潜在犯もまたパラライザーが効かない様子だった。

 朝津はもう一度トリガーを引く。再び雷に撃たれ、白目を剥く潜在犯は、その背後から猛烈な勢いで突っ込んでくる芥に気がつくことは無い。執行官の男の腕が的確に潜在犯の動脈を押さえ、脳への血流を一時的に断ち切り意識を落とした。

 潜在犯は床に潰れ、また、解放された朝津自身もその場にへたり込んだ。

 

「ゲホッ、ゲホッ!」

「監視官!」

 

 芥が大慌てで駆け寄った。

 朝津の首元には真っ赤な手形がついていた。反射的に首を押さえ、全身を使って息をし、整える。その間も朝津の両目は隅で震える老夫婦の方を見ていた。市民を守らなければ、という義務感だけが身を動かし、立ちあがろうとするも、足に力が入らず、こける。

 意図を汲み取った灰賀が代わりに老夫婦の元へ向かった。

 

「公安局刑事課です。お怪我はありませんか?」

 

 怯えた市民の対処を、新人は完璧にこなしていった。

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