PSYCHO-PASS 二次創作 MIDGRAY   作:ろくみ

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状況整理

 二係達がオフィスに戻って来れたのは、日が暮れ、街に夜景の光が灯る頃の事だった。……もっとも、曇天続きの空模様で、夕日などは見れはしなかったのだが。

 

「ゔぅ……」

 

 曇った夜空と同じ、濁った目と色相をした朝津は自席に座り込んだ。外見を気にせずそのまま机に頭をコツンとつける。

 他の面々も、朝津ほどではないが多少の疲労を覚え自席の椅子に座り込んだ。執行官達は向精神薬の錠剤や菓子の残りをつまむ。色相が濁った執行官といえども、ある程度のメンタルケアは必要であった。犯罪係数300を超えればドミネーターは執行官にも牙を剥く。現場で処分されずとも、定期診断に引っかかった時にはガス室へと送られる運命が待っている。

 灰賀は冷め切ったコーヒーを口にした。熱くは無いが、酸化したコーヒーは嗜好品としての質を損ねていると灰賀は感じる。

 

「……まさか、翌日にも事件とは。」

 

 灰賀は素直な感想を述べた。

 

「ほんと、まさかのまさかっスよ。出動の翌日にまた出動だけでも珍しいってのに、同時に2件だなんて。勘弁してほしいっスよぉ……」

 

 犯罪係数の導入により、刑事事件の発生率は大幅に減少した。色相が濁ってくれば人々は病院を受診し、悪化を防ぐ為尽力し、時に隔離される。故に、街中に潜在犯が現れることは滅多になく、人口密集地である首都東京は僅か20人ばかりの刑事によって治安が保たれている───はずなのだが。

 

「今回の潜在犯についての資料は既にまとめてある。」

 

 里見が言うと、タイミングよく灰賀が資料の共有を始めた。朝津も首をもたげ、疲れ果てた目を根性でデバイスへと向ける。

 

「灰賀監視官と戌井と俺が向かった、新宿区の事件。潜在犯は林信雄、35歳。色相に関しては緩やかに悪化を辿っていたとのこと……だが。」

 

 里見は、昨日の林信雄の街頭スキャナのデータを見る。2つの緑色がデバイスに表示された。

 片方は、白には程遠いが、淀み切っているほどではない、エメラルドグリーン。11/01、昨日のデータ。もう一方は、かなり黒に近くなってしまった、ダークグリーン。11/02、本日のデータだった。

 

「今日になって、急に色相が悪化した。当人への事情聴取や、家宅捜索も行ったが……原因は不明だ。起きたらこうなっていた、街頭スキャナが突然鳴った……当人もそんな認識だった。」

 

 今日になって急に潜在犯として認定され、人生が終わると告げられ、ヤケになったのだという。ある日突然色相が悪化してしまった、という現象はよくある出来事だった。

 里見に続き、芥も報告する。

 

「世田谷区の潜在犯は和泉真斗、24歳。彼の色相も、クリアカラーとまでは言い難いが悪性では無かった。が……」

 

 和泉のデータは複数個あった。2週間前のもの、1週間前のもの、そして本日。

 2週間前のものはターコイズブルーを示している。白に近いとは言えないが、鮮やかな薄青。それが、1週間前のデータではオリエンタルブルーへと変わっている。深みがかかった濃い青色だった。そして本日のデータはダークブルー。黒と言っても遜色のないほどの暗さへと堕ちている。

 

「和泉の色相は数週間の時間をかけて、暗く澱んでいった。1週間前には警告を受け、自宅治療の真っ最中だったそうだ。が……効果はなかったようだな。」

「家宅捜索では何か出てきたか?」

「……特段、何も。」

 

 色相を濁らすに至る理由。犯罪の計画から身内の不幸、壊れてしまった愛玩ドローンまで。ありとあらゆる可能性を考慮し、家探しを行ったが……これといって理由なり得る物は見つからなかった。

 

「まぁ……今日のは、そういう日もあるよ、ってコトじゃぁないっスか?だって人間の心具合なんだぜ?ある朝急に死にたくなるような時だってあるでしょーよ。」

 

 戌井はそう言って、拾ってきた塩ビ菅をくるくる回す。

 

「片方は前から色相濁り気味で。もう片方も最近ダメになりかけだった。変な話じゃないだろ。」

「それは、そうだが……」

 

 執行官達は思う。何か、釈然としない。

 今回の事件は突発的に発生したもの。それは紛れもない事実であった。

 だが、どうしても、猟犬の勘が疼く。

 

「偶然色相が悪くなった患者が……偶然同じ日に発生したとでも?」

「じ、じつは、2人はグルで、何か同じ犯罪計画を考えていた、とか……!」

 

 朝津は回らない頭で必死に考え、意見を言う。しかし、執行官達は首を横に振った。

 

「記録を洗ってはいますが、手紙から電話、ネットにコミュフィールドまで、2人が会話したログは無い。学歴や職歴なども漁ってはいるが、2人の潜在犯に面識は無いはずだ。」

「そうですか……」

 

 推理が外れ、朝津は目を伏せる。だが、元々当てられる自信も無い上での発言ではあった。朝津が考えるようなことなど、誰もが既に一度は通った並みの思考である。そのことを、朝津自身もよく理解している。

 

「仮面の男の姿、見かけた奴いる?」

 

 戌井の言葉に、一同は首を横に振る。潜在犯自身以外、不審者の姿は無かった。加えて2人に最近近付いた怪しい人物の目撃情報もまた、ない。

 

「よっし!捜査会議、おしまい!今日のところはこれまで!」

 

 戌井は放り投げた塩ビ菅を器用に口で咥えてキャッチすると、立ち上がる。

 

「待て、帰るな。」

「ええー、なんでっスか里見サン。もう夜の8時っスよ?」

 

 塩ビ菅を手元に落とし、戌井は口をへの字に曲げる。

 

「今日の報告書を書き上げてからにしろ。それに戌井。お前は昨日の報告書もまだだったな?」

「ゲェッ!せっかく忘れてたとこだったのに……」

 

 お家帰りたい……と戌井はしょぼくれる。

 手に持った塩ビ菅を見て、粘る。

 

「せめてコイツだけでも部屋に戻してきちゃダメっスか?」

「ダメだ、それで何度部屋で寝こけて帰ってこなかったと思ってる。」

「うう……」

 

 戌井は塩ビ菅を傍に置き、しょんぼりとしたままデバイスに向かった。

 灰賀は尋ねる。

 

「そもそも……どこから持ってきたんだ、その棒。」

「近くにあった廃墟の入り口らへんに、こう、ころーんと落ちてて。いい感じでしょう!灰賀監視官もわかりますか、この“良さ”!」

「い、いや……全く……」

「長さ、重さ、色合い、振り回した時の質感!“今回の事件のいい感じの棒”はコレに決まりっスよ!」

 

 くるん、とまた手元で塩ビ菅を回し、戌井は自慢げに言う。しかし、唐突に塩ビ菅は手元から消えた。

 

「新人をドン引きさせるんじゃねえよ、バカ犬。」

「ぁイテッ!?」

 

 目も止まらぬ早さで棒をくすねた片倉が、ポカリと戌井の頭を殴った。

 呆れた目つきで他2人の執行官は戌井を見ていた。

 

「余り気にしないでやってください。あいつは二係の駄犬なので。」

 

 と、芥がフォローにならないフォローを入れた。戌井という男はああいう犬なのだという観念が、二係の面々の共通認識であった。

 里見は眉間に手を当て、言う。

 

「俺達のことを“シビュラの猟犬”と言うこともあるが……そういうことではないと思うのだが……」

 

 国家の犬であることに自覚的であるのはさておき、魂まで犬になってどうするのだ、というツッコミがある。

 

「ほれ、返してほしけりゃお手!」

「わん!」

 

 あったのだが。いつしかそのツッコミすら忘れてしまっていたことを、里見は恥じた。

 

 それから、2時間後。

 灰賀は自席で過去の捜査資料に目を通していた。研修用の手本書は既に読破していた為、事件解決に有用な情報を実際の書類から本格的に探していた。

 隣の席では、朝津が今だに報告書作りに勤しんでいた。光を失った虚な目でデバイスを見ており、その隣で芥が指示を飛ばしている。戌井もまた相変わらず報告書作成に苦しんでいる。仕事が終わった里見は灰賀と同じく資料の整理を、片倉は今日使った小道具のメンテナンスを行っていた。

 変化が先に起こったのは朝津の席だった。

 

「お、おわっ……た……」

 

 ぐったりと、疲れ果てた声を上げる。

 

「ぇえ!?ご主人!先に終わっちゃったんスか!?」

「芥さんの……おかげです……!」

 

 ずっと中腰でいた芥は立ち上がり、首を軽く回し、自慢げに鼻をフンと鳴らした。勝ち誇ったように戌井に告げる。

 

「報告書作りが終わってないのはお前だけか?」

「あああ!もう!これはもう!!明日!!やる!」

 

 戌井は諦め、書き途中の報告書を保存しデバイスを閉じる。1時間で1行しか進んでいない報告書をこれ以上続けるのは無理があった。

 ぎゅるるる、と戌井の腹の虫が鳴る。昼間に朝津が持ってきたお菓子の類いは綺麗さっぱりなくなっていた。任務に出かけ、現場や家宅捜索に出突っ張りで、その後書類仕事まで行っていた二係達の空腹はついに限界に達していた。

 朝津は言う。

 

「お夕飯にしましょうか……」

「わぁい晩メシ!晩メシー!」

 

 戌井はさきほどまでの鈍足の書類作成が嘘のように、キャンキャンと弾けて喜んだ。

 片倉は“晩飯”という言葉を耳聡く聞きつけ、朝津達をじっと見る。既に小腹の減りに負けデスクに置いていたドキつい原色のグミを齧っていたが、グミに噛みついたまま左目ががギョロリと朝津達を見る。

 そんな飢えた猟犬2匹を見て、朝津は芥に許可を伺った。

 

「芥さん、いいですか?」

「仕方ありませんね……」

 

 口ではそういいつつ、芥は既に決まりきったことと言わんばかりに即答する。

 そわそわとはしゃぎだす3人の執行官に、里見はまたため息をついて眉間に手を当てた。

 

「アルコールの類いは程々に、だからな。」

「わぁかってるっての、里見サン!」

 

 何の話なのかよくわからない新人は、楽しそうに朝津の周りに集いだす執行官達を戸惑いながら眺めるしかなかった。

 執行官に自由というものはない。許可が無ければ公安局の外に出る事は叶わず、自宅と呼べる場所である執行官の個室も公安局内にある。基本的には24時間公安局から出る事は許されず……勿論外食という概念は無い。

 そして、朝津が執行官達を外に連れ出す為の外出許可を申請する様子もまた無かった。代わりに朝津は、何故か灰賀に話しかける。

 

「あの……灰賀さん。この後、お時間空いてますか?」

 

 少し緊張した上目遣いで灰賀を見上げる。断られたらどうしようか、という小心者の表情が読み取れた。

 

「……何かな?」

「みんなで、ちょっとした……夕食会みたいなことをするんですけど。ご一緒しませんか?」

「特に予定は入っていない、構わないとも。」

 

 返答に朝津は無邪気なやったぁ、という歓声をあげた。

 

 一般的に、夕飯の席に新しい同僚を誘うことは賭けである。

 関係性を上手く築けているか、第一印象の構築に失敗していないかという審判から入り、その上新人が他者と食事を同席することに抵抗感が無いことを祈らねばならない。

 同席する他人が執行官という潜在犯であるなら尚更だ。潜在犯とは話すな、関わり合いを持つな、というのがこの社会の鉄則である。潜在犯と会話をするだけで心理汚染(サイコハザード)が発生し色相が濁ると恐れられており、親子であろうと面会を拒絶する例はザラにある。

 

 幸運にも、灰賀は朝津の提案を了承した。色相に自信のある彼にとって特に断る理由は無いというのもあるが……何より、灰賀は新しい同僚達の関係性に興味があった。

 多くの欠点を抱えた落ちこぼれ監視官と、それを咎める訳でも蔑むわけでもなく受け入れる執行官達。本来ならば、強力な恐怖政治、もしくは疑い合い前提の協力関係が構築されているはずのスペースに、お気楽な馴れ合いの空気が詰め込まれている、この二係を、灰賀はもっとよく知りたいと思っていた。

 

 わあいわあいと湧く朝津と執行官達に、囲まれた灰賀。それを見て里見はまた眉間に手を当てる。新人は思った以上に飲まれやすく、最早思考汚染が……などと危機感を持つ常識人は里見1人しか居なかった。

 気難しい様子を見て、戌井は念の為尋ねる。

 

「里見サンも参加っスよね?」

「当たり前だ!何かあってからじゃ遅いだろう!」

 

 監視役がいなければ何が起こるかわからない、と里見も泥舟に便乗する。止めはしない。一度朝津がこうと決めたことには従うのだ、という習慣が里見の中には根付いていた。

 二係達は揃ってオフィスを飛び出し、エレベーターに乗る。

 灰賀は、一同は食堂に向かうのだろうと思った。

 が。意図に反して、朝津達は食堂のある階ではなく、執行官個室のある階のボタンを押した。

 

「……ん?」

 

 何か忘れ物でも取りに行くのだろうか、と灰賀は到着後もエレベーターに残っていたが、二係達は当たり前のように全員がエレベーターを降りていく。

 

「灰賀さん、こっちですこっち。」

 

 朝津が手招きし、灰賀は言われるがままに執行官個室のうちの1部屋に足を踏み入れた。

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