PSYCHO-PASS 二次創作 MIDGRAY 作:ろくみ
その執行官の個室は、一般的なLDKのレイアウトがされていた。中央のアーチ型の柱で用途は半分に分かれている。入り口側には布団が積まれ、布団の間にテレビや本、ゲームなどが乱雑に置かれている。リビングといったところだ。奥の半分はキッチンカウンターが据えられ、中央に長机がある。ダイニングキッチンの用途があるらしかった。
壁には窓のホログラムがあり、偽物の綺麗な夜空が映されている。
「灰賀さんはこの席に座っててください。」
示されるまま、灰賀はダイニングテーブルの端の席に座らさせられる。長方形の短い辺に置かれた上座だった。俗にお誕生日席と言われる位置である。
朝津は尋ねる。
「そういえば灰賀さんは苦手な食べ物はありますか?」
「……特には。」
「天然食材は食べられますか?自動調理機械製じゃない食べ物……野菜とか、肉とか。」
「食べたことはない。」
天然食材を使った食事は色相を濁らせるものとして忌避されている。食材の流通もまた稀であり、あえて食べようと思わなければ口にする機会は無い。食に拘りの無い灰賀は、食べたことはなかった。
「興味があればどうぞ。」
キッチンに立ち、朝津が調理を開始する。
スーツの上着を脱ぎ、エプロンを付け、キッチン手袋とマスクを身につけながら、自動調理機械へと指示を飛ばした。
「まずはピザをお願いします。30cm、2枚、トッピングはハム、ピーマン、コーン、ベースはトマトソースで。」
朝津の声を認識した自動調理機は、粛々と命令を実行する。その隣で朝津は冷蔵庫からいくつかの天然食材を取り出した。漬け置きにされた鶏肉、未加熱の餃子、トマト、モッツァレラチーズの箱、レタス、ベビーリーフ、ベーコンの塊、きゅうり、にんじん。
ピザが焼けるまでの間に朝津はコンロの片方で油を熱し、もう片方ではフライパンに餃子を置き蓋をして加熱を始めた。トマトとモッツァレラチーズを切る。切ったトマトとモッツァレラチーズを並べ、オリーブオイルを回しかける。作業の間に餃子には火が通り、朝津は蓋を外して焼き目をつける。
捜査時のおぼつかなさが嘘のように、朝津はキッチンを仕切る。
《調理が完了しました。》
「お疲れ様。」
朝津はピザを取り出すとカウンターに置いた。フライパンに皿を当て、ひっくり返すと、見事にパリパリの羽根のついた餃子の円盤が皿上に落ちる。完成したトマトとモッツァレラチーズのカプレーゼも皿に盛り付け、カウンターに置く。待ち構えていた片倉が受け取り、ダイニングへと持っていく。
「先食べててください。」
朝津はそれだけ言うと、また調理へと向き合った。オートサーバーへ呪文を叩き込む。
「ひき肉とマッシュポテト。肉は100g、マッシュポテトは250g。」
オートサーバーが作業を進める間に、朝津はレタスとベビーリーフを千切り、薄く切ったベーコンと混ぜ、シーザーサラダが完成する。大きなお椀に中身を盛り付けると、これもまた待ち構えていた片倉がダイニングへと運んだ。
油がちょうどいい温度に熱されたのを確認し、朝津は漬け置きにした鶏肉に片栗粉をまぶして投入する。ジュワジュワと油が跳ねる音がキッチンから部屋中に響き渡る。
《調理が完了しました。》
「お疲れ、お疲れ。」
朝津はオートサーバーを労い、中身を取り出すと更に指示を与える。
「味の濃いめのディップソース……4種類ぐらい!」
言いながら、朝津は取り出した合成肉とマッシュポテトに塩胡椒をし、混ぜ、丸め、たねを作る。ちょうど先ほど投入した唐揚げが揚がったところで、朝津は油から唐揚げを掬い上げ空にすると、合成肉とマッシュポテトの混ぜ物に衣をまぶして投入する。
《調理が完了しました。》
「はい、どうも。」
手早くきゅうりとにんじんを切り、シーザーサラダに使わずに残ったレタスも加え、ディップソースを添えて盛り付ける。別の皿には余熱で火を入れ切った唐揚げと、揚がりたてのコロッケを乗せる。2枚のお皿もまた、片倉の手によって食卓に運ばれた。
あらかたの調理を終えた朝津はエプロンを外しながら最後の指示をオートサーバーに飛ばした。
「ケーキのスポンジ、直径は12cmでお願いします。」
調理の間に、食卓は執行官達が準備を整えていた。置き忘れられた荷物を丸ごとどかし、拭き、6枚の敷物を並べ、取り皿や飲み物が準備される。
飲み物はソフトドリンクとアルコールが半々、他には酩酊薬剤の準備までされていた。アルコールもまた色相を濁らせる物として避けられている。新人がどういう趣向を持つのかわからない故の配慮だと灰賀は察した。
席に着いた朝津はソフトドリンクの入ったグラスを片手に乾杯の音頭を取る。
「灰賀監視官の配属を祝って……乾杯!」
色とりどりの中身の入ったグラスが合わさり、宴が始まった。
朝津は手を合わせる。
「いただきます。」
朝津がピザを皿によそうのを見て灰賀もまた自身の取り皿に一切れ取り分け、食す。100%自動調理機製のピザだ。無難に美味であり、取り立てて珍しいものではない。
端の席に座る灰賀の視線の前には、必然的に執行官達が呑み食いする光景が広がっている。一番欲深く物を口にしているのは片倉だった。唐揚げを頬張りながらカプレーゼを奪い、餃子とコロッケを皿に乗せる。
「足りなくなったら作りますから、そんなに焦らなくてもいいんですよ。」
「むぐむぐ……むぐぐ!」
「口に物を入れて喋るな!」
片倉は口を閉じて料理を咀嚼する。その様子が余りにも美味しそうで、灰賀は興味本位で皿にコロッケとカプレーゼを取った。
5人の視線が集まるのを灰賀は感じる。
灰賀はコロッケを一口分に切り分け、食す。中身の芋と肉は自動調理機械製だが外の衣は天然のものだ。衣はサクサクとしていて、中身はほどよく塩っ気がある。塩胡椒が振られているからだろうか、自動調理機製のものよりも味が濃く感じる。
次に、灰賀はカプレーゼに取り掛かる。トマトとモッツァレラチーズを小さく切った。灰賀は口元にカプレーゼを持っていき、僅かに躊躇する。ピザやコロッケとは違い、それは全てが天然素材でできていた。だが躊躇は一瞬だった。灰賀はカプレーゼを口にする。トマトの酸味とチーズのまろやかな旨味が舌の上に広がった。
悪くは無かった。いやむしろ、良い方に入るだろう。祝い事があった時、高級料亭で食した品々に似通った上質さを灰賀は感じる。
取り分けた分をたいらげ、おかわりや別の品に手を出す灰賀を見て、執行官達の時間は再び動き出した。新人に手料理を気に入られ、朝津もほっと胸を撫で下ろす。
「美味いっスか?よかったっス!」
遠くに置かれたサラダとディップソースを盛り付け、戌井は嬉しそうに皿を渡した。
灰賀は曖昧に笑って皿を受け取る。
べらぼうに感激する程ではないと灰賀は思う。30年余りの長い時間、自動調理機に馴染んだ舌には天然素材の刺激は強過ぎた。忌避する程ではないとは思う。並んだ宴会料理の数々は普段灰賀が食べている物より高品質であるとも思う。思うだけだ。好みでは無かった。
6人分の料理はあっという間に減っていった。途中で朝津は離席し、追加で天ぷらを揚げ、ポテトサラダを作った。飢えた猟犬達が概ね腹を満たす頃には、冷蔵庫に蓄えていた材料類はすっかり空になっていた。
最後に朝津は生クリームを泡立て、自動調理機で焼いたスポンジに塗った。缶詰に入ったオレンジを手早く切り分け、デコレーションを整える。
「わーい!ケぇキだ、ケーキ!」
酔いが回り、若干呂律の怪しい片倉は、手を叩いて子供のように喜んだ。
「お前まだ入るのか……」
「甘い物は、別腹!だからな。」
一番沢山食べたはずの男は尚も食べる気満々の様子でフォークを手に生唾を飲み込んだ。
朝津は綺麗に六等分し、一人一人に渡した。
ケーキが作られる間に、里見は部屋隅に置かれたコーヒーメーカーでコーヒーを淹れていた。芥が砂糖を入れ、各々の席に置いた。
朝津はケーキを一口齧る。いつも通りの出来だった。調理法は全く間違えていない。だが、それ以上フォークは進まない。
既にケーキをぺろりと平らげた片倉に、朝津は尋ねる。
「片倉さん……食べかけでよければ要りますか?」
「ええっ、いいんですか監視官!わぁい監視官最高〜!大好き〜!愛してるよ〜!」
上機嫌で2個目のケーキを手に入れ、片倉は一口一口丹念に味わいながら喰らった。
その隣で、芥は心配そうに朝津を見下ろした。芥は食べながらずっと朝津の様子を観ていた。朝津は、雑談に参加し、皆のお酌をし、物を取り分けなどしていたが……まるで物を食べていない。唯一口をつけたピザも、食べ切れずに片倉に渡してしまった。
「監視官……体調は大丈夫ですか?」
「あ、ううん、全然大丈夫です。ちょっと気分じゃないだけ、なので。」
言いながら朝津はコーヒーを飲み、向精神薬を口にした。
「腹に物が無ければ動けませんよ。現場で倒れたらどうするんですか。」
「栄養は後で別に取っておきますから。」
母親と子のようなやり取りをする執行官と監視官を眺めながら、灰賀はコーヒーを啜る。
「ッ!」
注意が手元から外れており、灰賀は思いっきり熱湯を流し入れ、顔を顰めた。舌に軽く火傷したような痛みがある。
「灰賀監視官って猫舌っスか?」
「……ああ。」
灰賀はふーと息をかけ、コーヒーを冷まそうとする。だが、この分では飲めるようになる頃には酸化が進んでいるだろうな、と灰賀は思う。
新人の様子を見て、朝津は冷蔵庫から牛乳を取り出した。
「カフェオレにするのはどうですか?」
勧められるまま、灰賀は牛乳をマグカップに注いだ。深い黒は次第に薄まり、匙で掻き混ぜると薄茶の色が浮き上がった。
灰賀は一口飲む。
「……美味しい!」
思わず灰賀は感嘆の言葉を漏らしていた。熱すぎず、冷たすぎず。コーヒーとも、牛乳とも、どちらともつかない、まろやかで、優しい口当たりに、灰賀は心の安らぎを感じる。
それは料理に対する一言では無かったが、朝津は無邪気に嬉しそうな顔をする。
誰かが幸福を得ることについて、朝津は過程に頓着しなかった。
「よかったですね、里見さん。」
「褒めるべきはコーヒーメーカーでしょう。あんなもの、誰がやったって同じだ。」
あなたが淹れたコーヒーですよ、と朝津は褒めるが、里見は首を横に振った。
材料をセットしボタンを入れることを里見は調理だとは思っていない。
「……料理も美味しかったですよ。ご馳走様でした。少なくとも、30云々年生きていて、これほど高品質な料理はなかなか食べたことは無かった。」
「ほ、本当ですか!ありがとうございます……お粗末さまでした。」
率直に褒められ、朝津は照れながら喜んだ。
宴もたけなわ、綺麗に食べ尽くされた皿を朝津はカウンターに持っていき、皿洗いに入る。隣に芥が立ち、洗った皿拭きと片付けを手伝った。人員は足りており、残りはダイニングでコーヒーの残りを啜り、雑談を続けていた。