PSYCHO-PASS 二次創作 MIDGRAY   作:ろくみ

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夜更け

 戌井は先程の会話から新たな話題を見つけていた。

 

「30云々生きてきて……ッて話っスけど。30云々年、何してたんスか?」

 

 朝津は経歴への目通しを疎かにする傾向があり、灰賀の過去については何も知らなかった。執行官達は上司の経歴を覗き見することは簡単には出来ない。

 戌井達が知っているのは、灰賀編理は34歳であることぐらいだった。

 

「そう……だな。」

 

 灰賀は、そろそろ身の上を打ち明けるべき頃合いだろうと判断する。

 監視官とは公安局のキャリア候補を目指す人間である。三十路も過ぎた人間がなるのは珍しい。

 

「ここに来る前は、ERIS製薬に勤めていた。」

「ERISって……あの!?CMとかでよく見る……!」

 

 朝津は驚いて視線を手元の皿から灰賀の顔へと移す。

 ERIS製薬。最近頭角を表しつつある製薬会社だ。現在の国内最大手は実質国営企業でとされるOW製薬一強であるが、あと数年でそれを凌ぐ勢力になるのではないかと噂されている。

 飛ぶ鳥を落とす伸びの理由はその薬の効力にある。ここ数年の新薬のどれもこれもが色相に対し強い効力を見せるが大きな副作用を引き起こさない、良い薬だと評判を呼んでいる。

 勿論、灰色の色相に悩む朝津もヘビーユーザーの1人であった。

 

「お、お世話になっています!」

「こちらこそ。……薬は効いていますか?」

「あ……えーと……はい!」

「……医者に嘘はつくものではないですよ、先輩。まぁ私は医者ではなく研究畑の人間でしたが。」

 

 あからさまに嘘をついた朝津に、灰賀は苦笑いと共に窘める。

 

「そんな研究者がなんでまた公安局なんかに?スカウトっスか?」

 

 万年人材不足の公安局は様々な人間にスカウトの声をかけている。

 だが、灰賀は首を横に振る。

 

「いいや。自分から職業適性審査を受け直した。……昔の仕事も楽しかったのだが、他に社会貢献が出来る道があると思って。」

「ちなみに、適性は幾つでしたか?」

「Aです。」

 

 おお、と朝津は驚いて、少し表情を曇らせる。

 

「今日の任務の様子は伺いました。犯人確保で相手を捩じ伏せたとか……!」

「監視官なのに無茶をし過ぎです。」

 

 褒め言葉に被せるように、里見が警告した。

 A判定の新人の活躍に、朝津が早くも憧れを持っているのは明らかだった。

 

「でも、灰賀さんは僕と違って出来る人なんですから、任せても大丈夫なんじゃないですか?」

「そういう話では無い。常人には常人の、潜在犯には潜在犯のものの捉え方、考え方というものがある。そういうものに安易に染まるべきでは無いんだ。」

 

 里見の言葉に、朝津は納得しない顔を浮かべた。

 片倉が口を挟み、里見の内心を補足する。

 

「ま、そうやって、なんでもかんでも理詰めで考え込んだ末に執行官堕ちした奴が言うんだ。気持ちぐらいは汲んでやってよ。」

 

 片倉はわざとらしく眉間に皺を寄せ、里見のモノマネを始める。

 

「全てには、道理がある。常人には常人の、潜在犯には潜在犯の考え方がある……ッイッテェ!」

「自業自得だ、バーカ。」

 

 里見に頭をしばかれる片倉を、芥は笑い飛ばした。

 灰賀は話題を変えようと、自らに聞かれたものと同じ質問を朝津に返す。

 

「……朝津先輩は、何故監視官に?」

 

 軽い話題だろうと灰賀は選択したが……しかし、何故かピシリと空気が張り詰めた。執行官達は曖昧に口をつぐみ、互いが互いに視線を逸らす。

 その空気の変化に気がつかないのは、当の朝津本人だけだった。皿を洗いながら、呑気に回答する。

 

「夢があったんです。小さい頃読んでいた小説に、弁護士という仕事があって。窮地に立たされた人を守る人に憧れていました。でも……今の時代は弁護士も、裁判所も無かったので。」

 

 朝津が生まれた時点でドミネーターを向ければ罪が判定される社会となっており、裁判所は時代劇の奉行所と同じ、旧時代の[[rb:制度 > システム]]だった。

 

「せめて、裁が行われる最前線には行きたいと思って……本当に成れるとは思っていませんでしたが。」

 

 朝津が放り込まれた2118年の刑事課は、刑事課全体で監視官が2人しかいない、極限の人手不足の状態とのことだった。執行官だけ捜査に出す事は出来ない為、何の役にも立たずとも形式上の見守り役が必要だったのだ……という話だけを灰賀は伝え聞いている。

 

「……みなさんには、助けられてばかりです。」

「別に、朝津監視官の能力に期待はしていない。あなたは、後方からボクらを眺めてればいいんです。」

 

 芥の言葉は辛辣だが、不思議と蔑みの感情は無かった。淡々と、当たり前のことを当たり前に告げていた。

 朝津は最後の皿の1枚を芥に渡す。芥は皿を軽く拭き、棚に仕舞い込む。

 

「そう……ですよね。」

「今日だって、あと少しで殺されていたかもしれないんですよ。」

 

 芥の視線が鋭くなる。潜在犯に首を絞められた話をしているのだと、流石の朝津も理解する。

 

「でも……」

「ああいう無茶が無事で済むほど、あなたは強くないんですからね!?」

 

 正論を言われ、朝津は口をつぐむ。確かに芥の言うとおりだった。あの場に芥達が居たからこそ朝津は無茶が出来たが……居なければ無事では済まなかった事は朝津自身理解していた。

 潜在犯を無傷で取り押さえられるほど、朝津は強くない。強くなろうとはしているが、体格の問題かセンスの問題か、あるいは両方の問題か、トレーニングロボの最弱設定にすら勝てたことはない。

 それでも、朝津は無茶を後悔していなかった。

 

「倒れてからじゃ遅いんですからね。」

「わかってる、わかってますって。」

 

 咎める芥の説教を聞きながら、朝津は席に戻った。絶対に話わかってない!と嘆きながら芥も隣席に座る。

 あらかたの片付けは終わり、一同はコーヒーを片手にゆっくりした時間を過ごす。

 緊張感が抜けたのか、朝津は口元に手を当てあくびをした。

 

「芥さん……シャワー借ります……」

「どうぞ。」

 

 朝津はホロスーツを切りながら、部屋の奥に向かっていく。その間に芥と片倉がダイニングに布団を敷いた。畳まれた状態では何枚あるのか不明だったが、敷かれたことで敷布団と掛け布団と枕の組の数がわかる。6組あった。

 少しの時間の後、朝津は寝巻き姿で戻ってくる。そのまま、ふらふらと布団に吸い込まれた。ものの数十秒もせず、安らかな寝息が聞こえてくる。

 

「あ!ご主人もう寝ちゃったのか。」

 

 いつの間にか姿を消していた戌井が、部屋に戻ってきていた。スーツ姿から赤いくたびれたジャージ姿に変わっている。

 

「じゃあオレもお先に……おやすみちゃん。」

 

 戌井は朝津の隣の布団に潜り込み、丸くなって目を閉じる。

 当たり前のように目の前で行われる一連の出来事に、灰賀は目を丸くし、ただただ驚愕するしかなかった。

 灰賀は改めて思う。

 朝津定は、変だ。

 色相はいつも濁り切る前の灰色を維持している。改善したいという心はあるらしく、向精神薬を服用する姿は見える。が、潜在犯である執行官達との交流を避けるどころか積極的に行い、色相を濁らせるとされる行為に何の躊躇もない。

 おまけに……執行官個室で雑魚寝を始めるなど。愚かという言葉ですら霞む。

 灰賀から見た朝津は、まるで非合理な人間だった。そして、それを当たり前のように受け入れている執行官達も、また非合理に映った。

 灰賀の内心を知ってか知らずか。芥は呟く。

 

「本当に……倒れてからじゃ、遅いのに。」

 

 コーヒーを片手に、芥はリビングの方を眺める。

 

「あの人は、こんな所にいるべきじゃないんです。」

 

 はっきりと否定するがその口調は柔らかい。朝津が居る事が迷惑だ、といった意図は感じ取れない。ただただ朝津の身を案じる感情があった。

 

「あの人も……灰賀監視官、貴方のように、転職してきた人なんです。飲食業への適性はAだったそうですよ。」

 

 灰賀は朝津の経歴を知っている。

 朝津定は、学校卒業後、食品供給企業に就職し、1年で退職して今に至る。特に前職で問題があったという話は無い。

 

「真っ当な道を続けていれば、さぞ大成したでしょうに……」

 

 芥の言うとおり、朝津の料理の腕が高い事に灰賀は異論は無い。

 だが、それは尚のこと変な話だ。

 シビュラの適性判定により適材適所が徹底された現代に、わざわざ適性の無い職を選ぶのは大馬鹿としか言いようがない。決して幸せになれないと裏打ちされた道を進んでいるようなものだった。

 

「それなのに。なんでこんなこと続けているのか。」

 

 朝津が監視官を続けているのは、この1年間公安局の人手不足がまるで解消していないこと、ある程度つつがなく業務が回っていること、そして何より朝津自身が折れていないことが原因だった。

 一応、問題は出ていない。濁り続ける朝津の色相以外には。

 

「本当に……どうして。」

 

 言葉尻には深い苦悩の色がある。

 芥は、マグカップに残ったコーヒーを飲み込み、新人を見る。

 

「これから、永らくよろしくお願いします。」

「……こちらこそ。よろしく。」

 

 従順に頭を下げる芥が何をわざわざ“よろしく”と言うのか。灰賀は確かめずとも理解する。言葉の中には、朝津を助けてやってくれ、という新人に対する重い期待があった。

 灰賀の返答に、芥は安堵の表情を見せる。

 それから、ハッと我に帰った。

 

「……少し、疲れていたようです。ボクもそろそろ寝ます。」

 

 立ち上がる芥の様子を里見は注意深く伺う。

 

「飲み過ぎていないか?大丈夫か?」

「里見サァン、忘れたの?コイツがちょっとでも呑んだらデレはこの程度じゃ済まないでしょ。」

「……片倉ァ……」

 

 先ほどとは打って変わった、地に響くような声で芥は威嚇し、片倉を睨む。冗談じゃないの、と片倉はケラケラ笑って流した。

 部屋奥に消えていく芥を見て、里見も離席する。自室に戻るため出入り口から去っていく。

 後には片倉と灰賀だけが残される。片倉はデバイスで時刻を見た。既に日付は変わっていた。

 

「うっわ、もうこんな時間じゃん!灰賀監視官も早く帰った方がいいですよ。明日も仕事ありますし。」

「ああ、そうだな……だが、帰らないという手もあるようだが?」

 

 灰賀はリビングの方に目をやる。布団は6つ敷かれていた。このまま帰宅するのも面倒だと思う程度には夜は更け、灰賀にも疲労感が蓄積していた。

 片倉は目を少し見開き……笑った。

 

「ここまで来といて何ですけど。そこまで、無理に付き合わないでもいいんですよ?」

 

 片倉もまた、リビングの方に目をやって、言う。

 

「朝津監視官は……普通じゃない。当人はフツーの人間だと思ってるみたいですけど、全然そんなことない……やばい人だ。」

 

 その時、芥が戻ってきて、会話は途切れる。芥も身支度を済ませており、寝巻きに湿気を含んだ長髪が絡まっていた。

 

「あ……灰賀監視官……シャワー使うなら勝手にどうぞ……ふぁ……」

 

 芥は眠気が限界という様子で布団へと向かう。朝津の隣の布団に入ろうとして、朝津の腕が掛け布団の外に出ているのを見つけ、そっと布団の内へ戻す。掛け布団を肩までかぶせる。それから、自らも自分の布団の中へ入った。

 3人分の寝息が聞こえ始めた頃、片倉は次の言葉を続けた。

 

「灰賀監視官。貴方は優秀な人だから……もう、おれたちの経歴には目を通しているんでしょう?」

「……ああ。」

 

 灰賀は、目の前に座る片目を隠した男の経歴を思い返す。一言プロフィールにて確認したものとは別の経歴……あまり口外すべきでない、当人の暗部。

 

 片倉千秋執行官。元強盗犯。鍵開けの天才として名を馳せた男。主に廃棄区画(スラム)を中心に窃盗を繰り返していたが、それだけでは飽き足らず、シビュラ統治区域にて罪を重ね、確保されるに至る。

 

「真っ当な神経なら、同じ部屋で8時間働くのだって大変な気苦労になる……それぐらい、おれたちはよくわかってる。」

 

 色相を濁らすリスク以前に、そんな人間と同部屋など辛いだろう、と片倉は気遣う。

 灰賀はもう一度ダイニングの方に目をやった。先ほど寝入った、眼鏡の男の経歴を思い返す。

 

 芥蒼一執行官。元殺人鬼。幼少期、廃棄区画にて殺人を繰り返し、最後は実の弟を手にかけ逮捕された男。場所が故に被害者の総数は分からないが、死者は2桁に上ると推測されている。

 

 灰賀は経歴を思い返し、そして首を横に振る。

 

「……過去はどうあれ、シビュラは君達に執行官としての適性を見出した。ならば、とやかく言う物ではないだろう。」

「シビュラは警告もしてるはずだぜ。おれらは改心したワケじゃない。実際に罪をやらかした奴と、やらかした奴と同程度に危険だって言われてる奴。二係(ウチ)の執行官はそういうメンツなんだ。」

 

 適性も危険性も、両方がシステムに裏打ちされた当人の資質なのだと、片倉は新人を諭す。

 

「ああやってバカやってると、とてもそうは見えないけど。」

 

 片倉はリビングで寝こける3人を眺め、言う。

 真ん中に身じろぎもせず寝る朝津。右側に寝ぼけて手足をバタつかせる戌井。左側に長髪の中包まる芥。川の字で寝る3人組は、まるで家族か親友か何かのようだった。

 

「……貴方には、濁ってほしくない。」

 

 片倉なりの気遣いと、切実な願いを灰賀は感じる。芥が言った、『よろしくお願いします』と同じ圧がある。

 

「そうだな……」

 

 灰賀は手元でデバイスを弄り、自身の簡易診断を行った。少しの読み込みの後、灰賀の色相が表示される。色はアイボリーホワイト。犯罪係数、22。

 

「なっ……!?」

 

 片倉は左目を見開き、灰賀のデバイスの画面を凝視した。

 執行官達と交流し、天然食材を口にしても、その色相にはまるで揺らぎがない。

 

「……なんか、いい薬でもあるんですか?」

「特別なことは何もしていないよ。色相ケアにはERIS製薬を宜しく。……なんて宣伝、公務員は言っちゃいけなかったか?すまない、冗談だ、忘れてくれ。」

 

 唖然とする片倉を他所に、灰賀は笑った。

 

「もう夜も遅い。さっさと体を休めようじゃないか。」

 

 灰賀は二係を受け入れる選択を取った。

 朝津定は無力であり、執行官達が本気になれば……いや、本気にならずとも、その気にさえなれば消し飛ぶ程には弱い。

 そんな人間が無防備を晒すことを許されている。

 何があったのかは不明だが、朝津は猟犬の調教師として上手く立ち回ったらしく……躾の効いた執行官達の牙が自身の身に向かないことを、灰賀は実感せざるを得ない。監視官への下剋上を謀るのであれば灰賀よりも朝津の方が騙しやすく伸しやすい。それが起こっていない以上、灰賀自身に危害を加えられる可能性は考えづらかった。

 また、二係が新人を全力で歓迎している節を、灰賀はあちこちに感じ取っていた。オフィスに用意された6つ目のマグカップ。念入りに準備された宴の食材。そして、6枚ある布団。

 少し歓迎が大袈裟過ぎるかとも思ったが、灰賀は寄せられる好意を厭う人間ではなかった。

 

「……貴方も、かなりのやばい人ですね。」

 

 無理はしないように、とだけ言って、片倉もまた自室に戻っていく。

 交代で里見が戻る。里見もまた部屋着に着替え、身支度を済ませていた。

 ホロスーツを切りシャワー室に向かう灰賀を見て、里見は物言いたげな顔をした。が、何も言葉が出てこない。深くため息を吐いて、眉間に手をやり首を振った。新人は朝津のように愚かではないが、経験の無さから来る若干の過信と無謀さが見えた。眉間の皺がまた深くなったような気がして、里見は考えるのをやめ、戌井の隣の布団に入る。

 

 灰賀がリビングに戻ってきた時には、既に布団は5つ埋まっていた。芥の左隣の布団に片倉が入り、残っていたのは右端の布団だけだった。

 時間が経つのは早いもので、既に時計は夜の1時過ぎを示している。

 灰賀は布団に入ると、目を閉じた。

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