PSYCHO-PASS 二次創作 MIDGRAY   作:ろくみ

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歩容

 朝の5時。灰賀は目を覚ます。身を起こすと、ダイニングに人影が見えた。俗にお誕生日席と呼ばれる上座に腰掛けた赤髪の男はぼんやりと宙を見上げていたが、突然の新人の起床に驚く。

 

「お……おはようございますっス。」

「ああ、おはよう。」

「布団、合いませんでした?」

「……?」

 

 灰賀は首を傾げた。

 

「今日は4時間も寝てしまった。私も疲れているのかな……」

「4時間“も”って……化け物かなんかっスか。」

 

 ピンときていない様子で、灰賀はまた首を傾げた。灰賀の睡眠時間の平均は3時間前後だった。体感として“よく寝た”から“寝過ぎて疲れた”の合間ぐらいの熟睡感だけがある。

 灰賀はキッチンに向かい、コーヒーを淹れた。冷蔵庫に残った牛乳を注ぐ。

 

「戌井君も朝が早いんだな。」

「オレはまぁ……なんというか。眠れなくて。灰賀さんがよく眠れたんならよかったっス。」

 

 戌井は目をしょぼしょぼさせながらあくびをした。目元には涙が滲んでいる。

 ニュースでも見ようか、と灰賀がくつろごうとした、その瞬間。館内放送が非常事態を告げる。

 

《大田区にて規定値超過のPSYCHO-PASSを計測。当直監視官は執行官と急行してください。》

「!」

「はにゃ……」

 

 アナウンスに叩き起こされた朝津は、目が開ききらないままに上体だけを起こす。どれだけ熟睡していてもこのアナウンスが入ったら身体を起こす、という習慣が朝津の中に完全に染み付いていた。

 戌井は朝津に布団を被せ、寝かしつける。

 

「大丈夫っスよご主人。今はまだ二係のシフトじゃあないっスから。夜番やってる一係か三係の役回りっス。まだ寝ててくださいよ。」

 

 首都圏の各地で発生する犯罪に24時間対応する為、公安局刑事課には係が3つ準備されている。ローテーションで日頃は回っており、今はまだ朝津達のシフトではなかった。が、寝ぼけた朝津の頭では正確なシフト割を思い出すことすら難しい。

 朝津は戌井の言葉を信じ、もそもそと布団の中に潜り込み、二度寝を始める。

 

 だが。朝津が深い眠りにつくよりも先に、矢継ぎ早にアナウンスが続く。

 

《豊島区にて規定値超過のPSYCHO-PASSを……》

《練馬区、葛飾区にて規定値超過のPSYCHO-PASSを……》

「ダメそうですご主人!起きて!起きて!」

 

 明らかに一係と三係だけでは対処しきれない事態に、戌井は朝津の布団を引っぺがした。

 

 その日。二係は朝から晩まで、街を駆けずり回ることとなった。手分けをして患者を発見、確保するも、その間にも新たな患者が発生していた。

 合計6件、8人の患者を確保しオフィスに戻る夕方頃には、朝津は完全に燃え尽きていた。

 白目を剥き、机の上に倒れ込み、弱々しい寝息を立てる。朝津はロングスリーパーであり、必要とする睡眠時間は長い。昨晩は宴に参加せず、食事を作ったらすぐ寝ておくべきだった、という後悔の中、朝津は意識を手放した。

 

「いつからこの街の治安は100年前に逆戻りしたッて言うんだ……」

 

 戌井は天を仰ぎ、言う。

 隣で里見が死んだ目で胃薬を飲み、コーヒーで嚥下する。

 

「ヘルメット暴動事件、ドローン乗っ取り無差別殺傷事件など、広範囲に影響を及ぼす犯罪はこれまで幾つかあったが……」

 

 里見は過去、東京で起きた広域犯罪を思い返す。

 昨日戌井も例に挙げたヘルメット事件は、色相を測られなくするヘルメットの流通による犯罪や暴動、それに伴う心理汚染(サイコハザード)が連鎖するという事件だった。ドローン乗っ取り事件は、国防軍や公安局のドローンが乗っ取られて人を襲い、それがゲームと偽装され、多くの市井の民が犯罪に加担させられた事件だった。当時里見は東京には配属されていなかったが、ある程度の情報は聞いている。

 一つ一つの事件を思い返し、里見は今回の事件とは違うと実感する。

 

「やはり……妙だ。今回の患者達には、動機(・・)がない。」

 

 今日確保した患者達も昨日確保した患者のように、きっかけとなりうるものは何も無かった。

 惨劇を目撃したわけでもない。知り合いが死んだわけでもない。ショッキングなニュースが流れたわけでもない。

 天気などの気象条件からの加圧ストレスを予測し、色相悪化の警告を告げるエリアストレス警報も、潜在犯の発生の影響を除けば特段大きな反応は見せなかった。

 世間は平穏そのものだった……増え続ける患者を除いては。

 

「突然の集団ヒステリー……にしては場所はバラバラ過ぎるしなぁ……」

「本当に患者達に繋がりは無いんスか?」

「無い。……流石に数が数だ、どこかの道ですれ違う可能性はあるだろうが、心理汚染(サイコハザード)が起こるほどの関係性は今のところ見つかっていない。」

 

 猟犬達は各々頭を抱える。原因は全く不明だったが、これが今日一日で終わるとは誰も思えなかった。長く続く戦いになると、勘が告げていた。事件の原因を考えては潰える時間が続く。

 そんな不毛な流れを、7人目の声が破った。

 

「よぉ。シケたツラしてんなぁ犬共。」

 

 二係のオフィスに、不躾な来訪者があった。

 天然パーマの黒髪に丸眼鏡、薄汚れた白衣を纏った男が、ニマニマと猟犬達を見下しながらオフィスへ立ち入って来る。

 

「……柳沢。何の用だ。」

「何の用だ、とは酷いね!君達が雑魚潜在犯の相手をしている間、誰が“仮面の男”の調査をしたと思ってんだい?感謝したまえよ。」

 

 灰賀は尊大な態度の来訪者のプロフィールを思い返す。

 

 柳沢奏分析官。25歳。元カウンセラー。二係の裏方役(サポート)を一手に務める腕利きの天才。新人君に対して各々の一言プロフィールを書いてあげるとても優しい男。

 

 自尊心は高めのタイプのようだ、と灰賀は認識を改める。

 

「本当、ありがとうの1つぐらい無いのかね?逃げ惑う潜在犯の逃走先をいちいち調べながら、一昨日の事件の情報分析(アナライズ)。とんでもなく大変だったんだから。」

「はいはいお疲れ様。で、成果は?」

 

 片倉が乱雑に聞くと、柳沢は灰賀に目配せした。監視官達には既にメールで結果が届いていた。灰賀は自身の席から情報を共有する。

 

「なかなか面白いことがわかりましたよ。あの改造銃は、正確には銃じゃなく、麻酔銃の一種だ。撃ち出すのは鉛玉じゃなく薬品入りのアンプルだね。」

「珍しい物を持ってるな……片倉、出元に心当たりは?」

 

 里見は片倉に意見を問う。銃などの闇マーケットの情報について、片倉はある程度の知識があった。

 

「ふぅん……チャカじゃないのか。じゃあ、扱いは実弾銃より稀そうだな……」

 

 灰賀に提案を行う。

 

「監視官。外出許可を。……行くのは明日でいいや。流石に今から行くのは夜が更けすぎてる。」

「了解した。」

 

 銃に関する話題が終結したのを見て、柳沢は残りの情報も開示する。

 

「ホロに関しての情報は無い。闇市のどっかで手に入れたものっぽくて、服装もホロスーツなのはわかった。」

「犯行終えたらボタン1つでパパっと模様替えってか。ホント、中身がわからねぇのがめんどくさいなぁ……」

 

 嘆く戌井に、柳沢は何故か自身ありげに言った。

 

「そんで最後に、奴の中身に関してだけど。」

 

 デバイスに、街頭スキャナで捉えた仮面の男の全身像が映される。

 

「顔はホロのせいで全くもってわからないんで、他の観点から探る事にしてみた。……おい犬。ちょっとこのオフィスの中を歩いてみろ。」

「ぁあ?誰がテメェの意味不明な命令なんか聞くかっての!」

 

 戌井は柳沢の呼びかけを無視し、足を組んでそっぽを向いた。柳沢は困ったように上座を見る。監視官の片方は眠っており、片方は黙って柳沢に視線を返した。

 

「……新しい監視官の方。ちょっと頼んでもらっていいですか?」

「何の為に?」

「その方が説明が楽なんで。」

「戌井君。」

「……へーい。」

 

 戌井は不本意ながらも立ち上がり、オフィスの真ん中に敷かれた動線を往復し、着席する。

 

「次、悪ガキ君。」

「ッテメェ……!」

「片倉君。」

「……あいよ。」

 

 拳を振りかぶった片倉は、灰賀の指示で従順に従う。

 片倉もまたオフィスの真ん中を歩き、自席に戻る。

 2人が歩いたのを見て、よくわかったろう、と柳沢は満足気に一同を見た。

 

「コレが何だって言うんだよ。」

「見りゃわかるだろ。それとも、ここの犬はご主人様に似て(・・・・・・・)皆低脳なのか───」

 

 ガン!と音を立てて芥が立ち上がる。今にも掴みかかりそうな剣幕に、流石の柳沢も怯んだ。

 

「芥執行官!」

「……。」

 

 視線で人間を殺せるのなら3回ぐらいは殺していそうな目で柳沢を睨みながら、芥は椅子に座った。

 安全が確保された柳沢は説明を再開する。

 

「旧時代的なやり方の1つに、歩容認証というものがあってね。人間、歩き方には特徴が出るもんだ。体格から、歩く時の腕の振り方、重心の高さとか、そういう色々が個人個人で違うのさ。足音1つで、コイツ神経質だな、とか、お気楽そうだな、とか、結構わかるもんだろ?」

 

 デバイスに仮面の男の歩行パターンが表示される。

 

「体格や重心の位置は里見っちや灰賀監視官に近い。歩速は犬と同じぐらい。腕の振りはヤンデレメガネ君に似てるかな?」

 

 その一挙手一投足が綺麗に分析されているのを見て、灰賀は意図を理解した。

 

「なるほど。仮面の中身がわからなくとも、これで本人を特定できるということか。」

「そゆこと!新米君はなかなかに優秀じゃないか!たとえ色相を何らかの方法で隠せたとしても、歩き方の癖はそうそう変えられるもんじゃ無いからね。」

「精神病院での消失の謎は解けそうだな。分析にはどれぐらいかかる?」

「病院内外の映像データありったけぶち込んでるからねぇ……今日は無理かな。明日……の夜ぐらいかなぁ」

「了解しました。ご苦労様です。」

 

 灰賀に頭を下げられ、気をよくした柳沢は上座に顔を向ける。

 

「本当にいい新米君が入ったもんだねぇ、アッシュ(・・・・)監視官?」

 

 返答はない。朝津は今も尚意識なく寝こけていた。

 代わりに執行官達の視線が鋭く柳沢に突き刺さる。

 “朝津(あさつ)”という名前と灰色の色相を絡めた、殆ど蔑称に近いあだ名で朝津を呼ぶこの分析官を、二係執行官達は嫌悪していた。

 ガルルルル、と戌井が低く威嚇する。が、そんなことお構い無しで柳沢は続けた。

 

「誰か起こしてやんなさいな。そろそろ夜番の一係とバトンタッチの頃合いだから、帰れる時間でしょうに……って、アッシュさんは帰んないんだっけ?」

 

 執行官室に宿泊する朝津の奇行を柳沢は知っている。

 

「せいぜい楽しくやんなさいな、そのきっしょい友情ごっこ(・・・・・・・・・・)ってのをさ。」

 

 芥が弾丸のような勢いで掴み掛かろうとするが、柳沢は既に見切っており、出入り口の扉まで逃げていた。

 

「アッシュ監視官に、“灰”賀監視官……次からは灰係さんとでも呼ばせてもらおうか。ばいばい、灰係さん。本日もお疲れ様でしたー!」

 

 そんな捨て台詞を吐いて、柳沢は去っていく。

 

「ふぁ……」

 

 元凶が去り、全てが終わってから、騒動の音を聞きつけた灰色の色相の監視官は目を覚ます。

 あくびをして、寝ぼけ眼を擦ってから、自身が眠っていたことにようやく気づく。

 

「す!すみません!何か、ありましたか……?」

 

 やたらと剣呑な雰囲気の二係に、緊急事態か、それとも寝こけた自身への怒りか、と怯えた目で一同を見る。

 芥は、そんないつもの朝津を見て、牙を抜かれたように拳を納めた。

 

「なんでもないですよ、監視官。仮面の男の事件の突破口が見つかったから、明日捜査に行こうって話です。」

「そ、そうですか!じゃあ外出許可を出さないと……」

「それはもう私がやっておきました。」

 

 優秀な新人は話を聞きながら片手間に申請の書類をまとめていた。

 

「あ、ありがとうございます……すみません……」

 

 朝津は自身の先輩としてのメンツが3日ともたずに崩壊していくのを感じた。

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