勇者PTに追放されたので捨て鉢で魔王と相打ちになったらTS転生した ~実は仲間たちは自分を逃がそうとしていたみたいです~ 作:闇の有翼人種
見ないように。そう努めることは簡単だ。目を瞑ったり、逸らしたりすればいい。
触らないようにするのも同じだ。手を伸ばしたりしなければいい。どちらも要は自分からアクションを起こしさえしなければいい話だ。
でも向こうから触られるのは、抗えることじゃない。
「はぁ~……気持ちいいですねぇ」
白い湯気が立ち籠める湯船。その中に浸かりながら、マリアナさんは蕩けるような声を出す。
温かいお湯というものは、人の身体も心も解きほぐす物だ。普段緊張している分、思い切り弛緩できる。
特に勇者パーティ兼司祭として奔走しているマリアナさんなら、尚更。
「身体の汚れを取るならば水浴びで十分ですが、心の垢を落とすにはやっぱりお風呂が一番ですねぇ……」
「井戸水は冷たいものね」
「あれが平気なのはストラくらいですよ」
「修業時代の荒行で慣れてるから……」
そんな話を二人でしている。だけどボクは、とてもじゃないが呑気に聞いていられない状態だった。
何せ、頭の後ろに柔らかい物が触れている。
だけじゃない。お尻の下も、背中も、腕の前にさえ、柔らかな感触がある。全包囲だ。身体のどこに意識を向けても逃れられない。
ボクは今、マリアナさんに抱きかかえられていた。
「あ、あの、マリアナさん……!」
「ん~? どうしましたか~?」
「その、ボク、一人でお風呂に入れますから……!」
「駄目、ですよ~」
訴える。が、マリアナさんはボクの前に回した手を放す気配を見せなかった。
「もし溺れちゃったらどうするんですか」
そう言って、湯船に入っている間はボクを解放してくれないのだ。
「こ、こんなところで溺れないですよ!」
「いえいえ。油断はできません。溺れる人はいつだってそう判断してしまうんですから」
「足つきますし!」
「転んだらどうするんですか。滑ったらどうするんですか」
「ぐうぅ……!」
駄目だ、聞く耳持たない。
せめてどうにか心を無にしてやり過ごそうとするが、触感は否応なくダイレクトに情報を伝えてくる。
マリアナさんは大きな女性だ。男の平均身長を上回っている。
だけど、大きいのはそれだけではない。
胸も、尻も。
マリアナさんより大きい人を見たことはない。
胸は一房でボクの頭ほどはあるし、お尻は修道服を押し上げるほどだ。
いつも清貧な暮らしをしているマリアナさんがどうしてこんなに大きいのか。
本人は恥ずかしげに子どもの頃の暮らしの所為と言っていた。今思うとそれは昔は貴族で、いいものを食べていたからという意味だろう。
子どもの内に栄養のつく物を食べていたから、大人になってからもウンと育った。
こんな爆裂なボディに。
いやもう、何もかもがすごい。
どれもそんじょそこらのクッションなんか目じゃないくらいに柔らかい。
全身がマシュマロに包まれているかのよう。天国の心地である。
しかし心は安まらない……!
湯船の温かさと相まって気持ちよすぎて眠ってしまいそう……なんてことはない。豊満な感触にドギマギして心臓はバクバクだ。
「……熱い。もう出たい」
一方でボクとは違う種類の苦難に晒されているアズの不機嫌な声が耳に届く。
ボクらの正面には不満げな顔をしたアズが浸からされていた。
「駄目ですよ、アズちゃん。しっかり温まらないと風邪引いちゃいますから」
「熱、濡れ、最悪。羽根、重い」
ボクを……正確にはその上にあるマリアナさんの顔を睨み付けてくるアズはじっとりとした半目だ。
そんなアズも、例によって全裸である。
マリアナさんとは対照的に、アズは小柄で細い。
ほっそりとした四肢。肉付きの薄い全身。成長途中の身体は、今にも壊れてしまいそうな華奢な印象を与える。
子どものような体型。
かといって、安心はできなかった。
アズはボクを除いてこの中で一番幼い。スラムにいたので正確なところは分からないが、確か十四歳くらいだったハズ。
つまり子どもから大人へと変わる途中にある。身体もまた、それに準じた変化を遂げる最中にあった。
子どもの手足は短いが、アズのそれはそうではない。成長痛を経て伸びた骨格は、ちゃんと大人のそれに変わっている。しかし肉付きは追いついていないから、女性らしい丸みは帯びていない。それがアンバランスな魅力を生み出し、アズのどこか神秘的な雰囲気と相まって、危うげな空気を醸し出していた。
そして何より、アズは湯船に浸かっている。それが何よりマズかった。
何故なら、水中に空気はないからだ。
何を当たり前のことを、と思われるかもしれないが、非常に重要なことだ。
空気がないということは、その中を漂う気体もないということ。
そう、湯気がないのだ。
つまり何が言いたいのかと言うと。
ま、丸見え……。
「? カリーナ、どうして目を瞑る? 頭痛い?」
「そ、そんなことない、よ!」
過保護な面子の中であんまり挙動不審過ぎると、体調不良を疑われてしまう。なのでキツく目を閉じることも許されない。
せめて無害なところへ目をやろうとしても、三方をみんなに囲まれている。どこに目を向けても、誰かしらの裸を見てしまう……!
「う、ああ……」
ストラの健康的な肢体が、マリアナさんの豊満な包容力が、アズの成長途中の魅力が。
ボクの男だった部分を刺激して、脳を揺さぶる。
本能と自制心が鬩ぎ合って、戦闘中よりもドバドバと脳内物質が溢れていた。
「あうう……」
「……カリーナ? 顔が何か、赤く……」
頭が熱い。興奮で血流が加速し、熱の回りがいつもよりずっと速い。
肌が真っ赤になって、次第に視界が歪んでいく。
「きゅう……」
「いけない! のぼせちゃいました!?」
「嘘!? こんな早く!?」
意識が朦朧していく。マリアナさんとストラの声が遠い。
「? のぼせる、何?」
風呂嫌いですぐに出てしまうアズは、のぼせるという概念がよく分かっていなかった。
――思えば、それがその後の運命を決した。
「大変!」
「い、急いで冷やさないと!」
大慌てでストラとマリアナさんの二人はボクのことを湯船から上げる。その様子に、アズは尋常ではない事態が起きたのだと理解した。
理解したが、その重要度までは把握しきれなかった。
「……カリーナ、死ぬ?」
ボクの容態のことまでは、分からなかった。
だから重傷だと誤解してしまった。
そして、
「――"止まり木に蒼き翼" "煌々たる瞳" "何者にも成れず・ゆえに冷たき石礫と変わらぬ" ――」
「ちょっ!?」
"冷やさなくてはならない"――それだけは理解してしまった彼女は。
己が得意とする最大氷魔法を、
「――【
ぶっ放した。
※
吹き荒れた吹雪によって大衆浴場は一気に凍結。湯気が立つほど温まっていようと関係ない。全てを氷河期に閉じ込めて訪れた氷の世界となった。
水道管まで凍り付いて、水流が完全にストップする事態に。
どこまで被害が及んだかは一見では分からず、技師を呼び、施設全体を一度総メンテナンスすることになった。
当然、一般開放は更に遠のくことになった。
そして、裸だったボクは。
「……くしゅん!」
「だだだ大丈夫ですか!? 熱は、喉は、鼻は!?」
「……ごめんなさい」
物の見事に風邪を引いてしまった。
今は看病するマリアナさんと流石に甚く反省したアズの隣で、宿のベッドに寝かされている。
のぼせかけていたのに、解せぬ。
ちなみに他のみんなは、方々へ謝りに行ってここに不在なストラも合わせて健康体である。
……流石は勇者パーティ。肉体も頑健のようで何よりだった。
「くしゅん!」
「ああ、どうしましょう……そうだ! 薬が効くまで膝枕するのは」
「そ、そういうのはもういいです……」
断固として固辞する。
こうなったのも、己のスケベ心がゆえ。
これからしばらく、男の本能はナリを潜めることになりそうだった。