勇者PTに追放されたので捨て鉢で魔王と相打ちになったらTS転生した ~実は仲間たちは自分を逃がそうとしていたみたいです~   作:闇の有翼人種

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何者かになるまでに

 ストラ・フリストの人生は、貴族に拾い上げられた瞬間に大きく変わった。

 

 それまでのストラはよくも悪くも、一平民に過ぎなかった。

 病弱な母を支え、寄り合い所帯の長屋で住民たちと助け合いながら暮らし、そして日々の稼ぎや食事の品質に一喜一憂する。

 日中は洗濯婦として働き、夜は酒場の手伝いとして走り回る。

 忙しく精一杯で、それでも充実した日々。

 母親が病死して一人になってもそれは変わらなかった。

 

 変わったのは十二歳の時。

 ストラのことを、貴族の従者たちが迎えに来たのだ。

 母が死ぬまで語らなかった父親とは、どうやらその貴族のことらしい。

 

 母の形見と照合し、そして実際にストラが貴族と対面した時、それは確信となった。

 同じ緑色の瞳を持つ伯爵は、感動的であるハズの親子の初対面でこう言った。

 

『聖剣を抜け。それがお前の役割だ』

 

 イグニス王国――それはかつては大陸の覇者として君臨したこともある大国だ。

 歴史ある大国であるイグニスは、しかし当時は衰退の一途を辿っていた。

 理由の一つ。それは魔族に領土を切り取られたこと。

 西から迫り来る魔族たちと真正面からぶつかることとなったイグニスは、特に肥沃な大陸中部の領土を奪い取られてしまっていた。

 残された土地は寒々しい北の一帯。それでも大国と言えるだけの威信は保っていたが、同じ状況が続けば衰えるのみ。

 魔族との戦争は数十年に渡って続き、国王が幾度か代替わりしても一向に領地回復の兆しは見えない。

 このままでは国が滅ぶ。それゆえに国王は一つの決断をした。

 

 それは聖剣の利用。

 正確には適格者を見つけ、兵器として運用することだった。

 

 聖剣。あるいは『輝陽の剣』。

 太陽の力が籠められたその剣は、日の光が苦手である魔族に対し特効の力を持つ。

 炎に触れれば焼けただれ、切り伏せられれば二度とは起き上がれない。

 まさしく致命。魔族にとってこれ以上ないほどに恐ろしき兵器。

 

 それをイグニス王国が所有しつつも使用しない理由はただ一つ。

 その剣が、自らの持ち主を選ぶからだった。

 

『ああ゛ぁぁぁあぁぁ!! 熱い、あづいぃ!!』

 

 そう叫びながら、前の順番の少年は火達磨となって死んだ。

 それが代償。

 太陽の力を持つ剣を引き抜こうとするならば、その輝きに焼かれる覚悟が必要だった。

 

『次。フリスト伯爵家』

 

 王家はそのための生贄を、貴族たちから募った。

 理由は二つ。

 一つは勇者が生まれた場合、それが貴族の紐付けであれば扱いやすいからだ。無軌道な奴隷よりも、幾分かは。

 もう一つは貴族に忠誠を示させる踏み絵として。国力の衰えた身になってなお、疑心暗鬼というものは晴れないらしい。

 

『血筋から一人、勇者候補となる者を選定せよ』

 

 その王令に対し、貴族の対応は様々だった。

 馬鹿正直に嫡子を差し出す正直者。使用人を代わりに向かわせ、発覚して処罰される粗忽者。

 そしてフリスト家のように……それまで見向きもしなかった庶子を拾い上げて利用する者。

 

 なんのことはない。

 つまりストラは――ただの生贄だったのだ。

 

 それでも他に道はなく。

 逃げたところで実の父による制裁しかないストラは、抜くしかなかった。

 

 荘厳な神殿。その中央に突き刺さるように安置された美しい剣。

 ステンドグラスから差し込む陽光に照らされた白刃は、反射を待たずして自らが輝いているようですらあった。

 

 この剣に焼かれるならば、それもいいか。

 それが単なる捨て鉢から出た思考なのかどうかは、今でも分からない。

 意を決し、柄を握り。

 

 ――そしてストラは燃えなかった。

 

 炎は逆巻くことなく、銀の輝きは手の中にあった。

 騒然とする貴族と神官。安堵の息を吐く背後の令息。予想外とばかりに目を瞠る、父。

 しかし当の本人であるストラの胸中に浮かんだのは、不思議な充足感であった。

 

 だって、これでストラはこの世界で唯一の人になった。

 それまでのストラは何者でもなかった。

 洗濯婦など何百何千といるし、酒場の手伝いも同様だ。

 ただ一人の愛娘として肯定してくれる母を亡くし、父から求められた役割は嫡子の身代わり。

 誰でもいい役割しか持たなかった少女は、その瞬間、唯一の役柄を得た。

 ストラはその時、この世界にいてもいいんだと、誰かに言ってもらえた気がしたのだ。

 

 だからこそ、それからの地獄も耐えられた。

 壮絶な訓練。拷問紛いのシゴキ。国に逆らわないようにするための洗脳。

 勇者として最低限使えるようにするために、あらゆる非人道が許容された。

 思春期の少女の精神が壊れずにいられたのは、偏に勇者としての役割を求めてのこと。

 ストラにとって、聖剣に選ばれた勇者とは己の全霊をかけられる唯一のアイデンティティだった。

 

 そして二年後。詰め込み式の鍛錬を生き残った十四歳。

 ストラはマリアナを始めとするお目付役と共に、初陣に出た。

 その道中には、特筆のない寒村があった。

 名を――エリスト村。

 

『魔族に襲われているなら、向かうべきよ!』

 

 そのエリスト村に魔族が現われたとの報を聞き、ストラは即座に救援に行く事を決めた。

 しかしお目付役の騎士たちは反対した。

 エリスト村は国や貴族たちにとって重要地ではない。ならば一刻も早く指定された戦線に赴くべきだ。

 勇者の力は未知数。そこで死ぬのかもしれないのだから、無駄な場所で戦わせられない。

 賛成してくれたのはマリアナだけ。ストラには説き伏せるだけの実績も力もなかった。

 

 それでも必死に食い下がり、自分の力を証明する機会を訴えた。

 最終的に根負けした騎士たちが折れる形で、エリスト村へと行く事になった。

 

 説得に数日はかかったが、これで自分の力を証明できるとストラは喜び勇んで向かった。

 今の自分なら助けられる。自分にはその力がある。

 何故なら、勇者なのだから。

 

 ――しかし現実は残酷だった。

 

『……え……?』

 

 ストラが目の当たりにしたのは、破壊された家屋と火の手を上げる田畑。

 そしてそこら中に散らかった食い残し(・・・・)だった。

 

『ああ? なんだ、おかわりかァ? 丁度良かったぜ、もう食い終わっちまうところだったからよォ』

 

 生き残りは、今し方魔族に食われんとする少年のみ。

 ストラは、戦った。

 無我夢中で聖剣を振るった。

 鍛錬が役に立つことはなかった。聖剣の力のみで圧倒できる、魔族としては雑魚もいいところの相手だった。

 だが――。

 

『生き残りは、この子だけです』

 

 救えたのは、たったの一人だけだった。

 この少年に、なんて言えばよいのか。

 押しつけがましく助けたのだと宣えばいいのか。あるいは両親を救えなかったことを謝ればいいのか。

 無力感に苛まれるストラは、何も言えなかった。

 結局彼女はその瞬間まで――何者にもなれない、ただの少女だったのだから。

 

 少年が目覚めた時。保護したマリアナがことのあらましを語った。

 少年が状況を飲み込むのを、ストラは沙汰を言い渡されるような気持ちで待ち続けた。

 何を言われてもいい。

 恨み言を受け止めるつもりだった。

 

 しかし、少年の口から出たのは、

 

『助けてくれて、ありがとうございます』

『勇者様は、すごいですね』

 

 ただ、ストラを讃える言葉だった。

 こんな自分でも、少年は勇者と呼んでくれた。

 辛いだろう。悲しいだろう。それでもその不安をぶつけることなく、少年は礼を言った。

 

 変わったのは、その日からだった。

 もう二度と、こんな悲劇を繰り返さない。

 そう誓い、それ以降少女は死に物狂いで戦った。

 

 戦い、そして。

 

 ――また、救えなかった。

 

 

 

 ※

 

 

 

「……もう二度と。そう誓ったのに」

 

 桃色の髪をした少女の隣で、ストラは拳を握り締める。

 その少年、カリムは――永遠に失われた。

 また守れなかった。どれだけ研鑽を積んでも、届かない。

 この掌からこぼれ落ちた物は数え切れない程にある。

 勇者として心の底から胸を張れる日は、きっと一生来ない。

 

「だから、強くならなくちゃいけないの」

 

 自分が強ければ、守れたハズだ。

 自分が聡ければ、気づけたハズだ。

 憎い。己の無力が、どこまでも。

 だから、鍛えることを止めない。いや、止められない。

 

「今度こそ――今度こそ、守るために」

 

 戸惑いを浮かべたオッドアイで自分を見つめる少女へと、ストラは再び誓う。

 仲間の、救えなかった大切な人の忘れ形見――この少女を失わせるワケにはいかないと。

 

 例え(・・)何をすることになったとしても(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「えっと、ストラ、さん……」

「……ストラでいいわよ」

 

 だから今は、一心不乱に剣を振ろう。

 強くなるために。

 

「悪いけど、もう少しだけ付き合ってね。カリー……ナ」

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