フェルンは待てなかった   作:dolph

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遭遇

 出会いは突然だった。

 

 リュグナーはフェルンを連れてハイターの元を訪れる際、ハイターの家に直接降り立つことはない。森に囲まれた家であるので、少し離れた場所に降りてから細い道を辿る。開けた場所に降りるより、森の中の方が隠れる場所があると考える習性がそうさせた。藪を払いながら進むリュグナーの外套を、フェルンはちょこんと摘まんで後ろからついていく。

 その日も太陽が顔を出さない時間に森の中に降りて、ハイターの家に続く細い道に出た。細い道の向こうではハイターの家が明かりを漏らしている。

 そこでばったり出くわした。

 

 

 

「魔族だ」

 

 フリーレンは、魔族の姿を認めるや否や杖を向けた。魔族に向ける魔法に躊躇はない。杖の先端に魔力が集積した。

 魔族を憎み、葬り続けた末に付いた二つ名が「葬送」であるフリーレンだ。魔族を容赦する謂れはない。ましてここは、郊外と言えど聖都に近い。聖都の防備は完全だろうが、魔族の侵入を許せば少なからぬ死者が出る。何よりも、これから行こうとしているハイターの家のすぐ傍だ。魔法には必殺の意思が込められた。

 

 杖から射出する魔法は一般攻撃魔法。魔族が使った「人を殺す魔法」を人間の魔法使いたちが解析し、「魔族を殺す魔法」に昇華させた。余りにも有用な魔法であったため、一般攻撃魔法は皮肉にも最も人を殺した魔法となった。特性は速度と貫通性。防御魔法はおろか、装備の魔法耐性すら突破する。

 

 フリーレンの魔法に魔族は素早く反応し、真っ赤な盾を生成する。

 光の槍の如き魔法は拮抗を許さず盾を貫通し、魔族の体を貫いた。はずだった。

 

「……逃げたね」

 

 魔族の体に穴を空けた魔法は、そのまま直進して森の木々に穴を空けた。空いた場所が悪かった木が、メキメキと音を立ててゆっくり倒れる。

 魔法が減衰する程度から、フリーレンは魔族に直撃はしなかったと確信した。

 すぐさま飛行魔法を行使して上空から森を見下ろす。フリーレンの魔法で幾本かの木が倒れたけれど、それ以外は何も見えない。木々の葉が遮って、地上を全く見通せない。魔力探知にもほとんど引っ掛からない。これなら下に降りた方がまだしも見える。

 無用心に見えて全方位を警戒しながら、フリーレンは魔族がいた場所に降り立った。魔族は死ねば魔力の塵に還る。この場に魔族が死んだ残滓はない。

 見回しても木々が視界を塞ぐだけ。魔族の存在は何処にも感じられない、でもなかった。魔力探知にほとんど引っ掛からないが、全く感じない訳では無い。

 フリーレンは杖を構える事なく、無造作に魔力を感じる方へ足を進めた。魔族の攻撃を警戒するよりも、木々が伸ばす枝の方が歩みを阻んだ。

 

「……血?」

 

 僅かな魔力の発生源は、樹の幹を濡らす赤黒い液体。ゆるゆると流れて微かな臭気がある。流れたばかりの血に思えた。

 魔族は血を流さない。正確に言えば、血を流しても魔力の塵に還元されて残る事がない。無数の魔族を葬ってきたフリーレンは、魔族の傷口から赤黒い湯気が立ち昇り虚空に消えるのを何度も見た。

 ならばこの血は魔族のものではない。しかし、魔族の魔力を微量に感じる。

 

「!?」

 

 突然、足を何かに捕まれた。強い力で引っ張られバランスを崩す。転んでしまう前に杖を振り上げ魔力を溜めて、元凶に叩き付けようとした瞬間である。樹の幹を濡らす血から音もなく赤い刃が伸びた。

 フリーレンは魔力の高まりから攻撃を悟ったが、回避する事が出来なければ、防御のための魔法も発動出来ない。刃はフリーレンの喉に届き、しかし毛ほどの傷も付けられない。赤い刃は、フリーレンが全身に纏う高密度の魔力を突破出来なかった。

 フリーレンは足首を縛る赤い輪を砕き、幹から伸びる刃も砕いた。

 

「血を操る魔法……。間違いなく魔族だね」

 

 人類が操る魔法に血を操る魔法は存在しない。必然的に魔族の魔法となる。だからこそ疑問が湧く。

 魔族にとって、魔力の顕示は絶対だ。魔力を隠して不意を打つことがあっても、必ず自身の魔力を見せ付けてくる。姿を隠し魔力も隠し攻撃を続ける魔族を、フリーレンは一度たりとも見た事がない。

 魔法の威力から、大魔族と呼べるほどの力は感じなかった。但し、有象無象の弱小とまでは言えない。魔力の運用が精密なら、戦術は狡猾だ。自分はまんまと囮に引っかかり、命を取られるところだった。

 先の一撃から、こちらの防御を破れないと確信した。しかし、長期戦になればわからない。ずっと魔力の防御を続けるわけにはいかず、いつか気が緩むか魔力が枯渇する。そうなる前に魔族を倒せればいいが、どこにいるのかわからない。この場を離れようにも、聖都に近くハイターの家はすぐそこだ。捨て置くことは出来ない。

 

「?」

 

 長期戦になる前にあたり一帯を吹き飛ばすか、ハイターの家まで向かって待ち構えるか。或いは聖都に戻って報告するか。次の一手を考えていると、続いての攻撃が襲ってきた。フリーレンも放った一般攻撃魔法である。

 フリーレンは避けも防ぎもしなかった。魔力の矢はフリーレンに届く前に著しく減衰し離散して、そよ風となってフリーレンの二つに括った銀髪を揺らした。

 先の狡猾な一撃と比べたら余りにも未熟。同一の魔族が放った魔法とは思えない。

 そしてそれは、その通りだった。震える声が大きく響いた。

 

「リュグナー様を殺すのはわたしです。杖を収めてください」

 

 魔法を放ったのは幼い少女。こうして目の前に現れるまで、存在を感じなかった。どのような研鑽を積んだものか、先の魔族と同じで魔力探知に引っかからない。その上先の魔法は、稚拙に未熟を重ねた魔法以前と言って良いが、杖もなく放ったものである。

 幼いのに異常なほど魔力制御が巧みだ。こちらも魔族なのかと思うが、頭部に角はない。真正面に相対すれば魔族か人間かの判別は確実に出来る。少女は間違いなく人間だった。

 

「リュグナー? さっきの魔族?」

「そうです。リュグナー様を殺していいのはわたしだけです」

「無理だね」

 

 この年であれだけ巧みに魔力を制御するなら、間違いなくいつかは届く。いつかであって今ではない。今の少女が先の魔族の前に立てば、何もわからないまま死ぬだけだ。

 

「無理でもわたしだけです」

「その前に殺されるよ」

「リュグナー様が次に殺すのはわたしです」

「……何言ってるの?」

 

 少女の言葉は意味がわからなかった。殺すと言ったその口で殺されると言う。

 魔族を殺すならフリーレンは積極的に協力するところであるが、殺されるとは一体何なのか。

 

「だからお帰りください」

「そういうわけにも行かないよ。魔族を放っておけないし、近くにハイターって人の家があって」

「ハイター様のお知り合いの方ですか?」

「……そうだけど。ハイターを知ってるの?」

「はい。ハイター様にはとてもよくしていただいております」

 

 ますますわからなくなった。

 少女は魔族を殺す殺されると言うが、どうにも先の魔族を庇っているらしい。そんな少女がハイターの知り合いで良くしてもらっていると云うことは、ハイターも先の魔族を知っている事になる。あの生臭坊主は一体何をやっているのか。

 元凶がおっとり刀でやってきた。

 

「まさか、フリーレンですか? 生きている間に会えるとは思いませんでした」

 

 フリーレンの記憶よりも皺が多い。左手の杖は魔法の媒体ではなく体を支えるためのもの。老いさらばえているけれど、フリーレンはかつての仲間を見違えない。

 小道の方から現れたハイターに、フリーレンは杖を向けた。

 

「ゾルトラークは曲げられる。ハイターを盾にしても意味ないよ」

「私が干からびた首を刎ねる方が早いだろう」

 

 ハイターの後ろには、フリーレンが見失った魔族がいた。左腕はない。右手からは赤い刃が伸びて、ハイターの首に突き付けられていた。

 

「ですから、リュグナー様を殺すのはわたしです。リュグナー様が次に殺すのもわたしです」

「はっはっは……」

 

 ハイターは乾いた声で笑った。眩暈がするのは、老いから来るものと思いたかった。

 

 七十年も前の昔のこと。勇者一行の一人として旅をしていた時は、様々な面倒に巻き込まれた。

 お人好しの勇者が人助けをして面倒に巻き込まれるのは日常茶飯事。魔法使いのフリーレンが確実に罠とわかっている宝箱に擬したミミックに飲まれるのは何度見捨てようと思った事か。かくいうハイターも重度の二日酔いで機能不全に陥り迷惑を掛けたことは数えきれず。ドワーフの戦士だけはいつだって堅実だった。

 それらも、現状の面倒過ぎる複雑さに比べたら笑いものに出来る。

 晩年と言って良い時期なのに、どうしてこうも面倒な事態が降りかかるのか。女神の慈悲はないのだろうか。

 散々言われてきたように、酒好きの生臭坊主でいたのが悪かったのかも知れなかった。

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