フェルンは待てなかった   作:dolph

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暗転

 その日の朝、ハイターが目を覚まさなかったのは意外でも何でもなかった。いずれ訪れるものが訪れただけに過ぎない。

 フェルンはあの時のように叫びもしなかったし、涙も出なかった。眠り続けるハイターを呆然と見つめ続けた。フリーレンに声を掛けられなかったら、いつまでもそうしていたかも知れない。

 

 ハイターが倒れた日からこの日まで、フェルンはリュグナーの許しを得て泊まり込みでハイターの介護をしていた。

 突然だった両親とは違う。心残りがないように、ハイターが安らかに逝けるように力を尽くした。やり残したことはないはずだった。

 リュグナーに危険がない事をハイターもわかっていたはずだ。ハイターの元に訪れるようになった七年間で、リュグナーが死臭をまとった事は一度もない。リュグナーが次と定めた自分も、万全とは言えないまでもフリーレンから一人前の認定を受け、ある程度なら抗える力を持った。ハイターに心残りはなかった、と思う。

 熱心に介護したのは事実だ。フリーレンからもう休んだらと言われたのは毎晩のことだった。それでもハイターは死んでしまった。日毎に死に近づき、遂に目を覚まさなくなった。とっくにわかっていた事が起こっただけだ。

 悲しいのは確かだ。

 庇護者ではあっても傍に居るだけのリュグナーと違い、ハイターは父のように優しかった。二番目の父を失ったから悲しいのか、力を尽くして介護してきたから燃え尽きてしまったのか。

 

「フェルン、これからちょっと忙しくなる。付き合ってもらうよ?」

「……はい、フリーレン様」

 

 ハイターは隠棲していたとは言え、聖都では高い地位にある司教だった。内々に葬るわけにはいかない。聖都へ連れて然るべき手続きと葬儀が必要となる。

 

「リュグナーは」

「私が人間の街へ行くと思うか? 狸爺め。明日をも知れぬとわかっていなかったら首を刎ねているところだった」

「ハイターの遺言がなかったら私がお前をそうしてたよ?」

「ふん」

 

 亀の甲より年の劫、人間がエルフや魔族を上回れることの一つですね。ハイターはそう言って笑っていた。

 リュグナーが五年間も隔日でハイターの元を訪れたのは、フェルンの送り迎えだけではない。ハイターの蔵書を読むことが目的だった。ハイターの死後、蔵書は返却されると云うので通っていたわけだが、蔵書は全てリュグナーに譲ると言葉を遺した。

 それ以外にもリュグナーへ言葉を遺していた。そちらをフリーレンは伝えてない。魔族が故人の言葉を聞いて喜ぶとは思えない。鼻で笑われるくらいなら教えたくない。聞かされたフリーレンは大いに驚かされたが。

 

『女神様の教えの解釈を魔族と議論出来るとは思いませんでした。それなりに生きましたが一番有意義な議論でしたよ。向こうでヒンメルに聞かせたら何と言いますかね』

 

 フリーレンとフェルンが外で魔法の修業をしている間、家に残ったハイターとリュグナーの間で色々あったのだろう。それが女神様の教えとは。つくづく魔族らしくない魔族だ。ハイターが愉快そうに笑っていたのも頷ける。

 

「私はこれから聖都に行って知らせてくるよ。フェルンはハイターを綺麗にしてあげて。リュグナーはわかってるよね?」

「私がここにいては問題しかあるまい。蔵書は後で取りに来る」

「フェルンがいない間は虫でも食べてな」

「ほざいてろ」

 

 言うだけ言って、リュグナーは踵を返した。

 フェルンは反射的に手を伸ばしかけたがリュグナーには届かず、声も届けられなかった。

 

 

 

 

 

 

 ハイターの葬儀に埋葬は無事に終わった。ハイターの遺言によって盛大な葬儀ではなかったが、ハイターを知る誰もが心から冥福を祈った。無論のことフリーレンも。

 

 フェルンはずっと落ち着きがなかった。心情を表に出さない質なので誰にも気付かれない。ハイターなら気付いたろうが、今はもういない。

 フェルンは父と母を喪ってから、リュグナーの声が届かないところにいた事がない。リュグナーがいない事に、酷く心が粟立つ。ハイターを弔う間に何度も心を森の奥に飛ばしていた。

 

「フェルンはどうする?」

「……え?」

 

 フリーレンに声を掛けられ、フェルンは我に返った。

 二人がいるのは広い墓地。フリーレンがハイターの墓石に酒を掛けてやったところだ。土産に持ってきた酒は、結局墓に供える事になった。

 

「聞いてた? 私はエーヴィヒの魔導書にあったオレオールを目指してみるよ。時間は幾らでもあるからね。今のフェルンなら連れて行っても足手まといにはならない。フェルンにその気があるなら連れてくよ?」

「……いえ。お誘いはとても嬉しく思います。ですが、リュグナー様を置いて行くわけにはまいりません」

「その事だけどね。フェルンがいなくてもリュグナーは人類を殺さないと思うよ?」

 

 フリーレンがリュグナーを観察し続けた結論である。

 意味なく人類を殺すのが魔族なのに、リュグナーはそこへ意味を求めた。そんなものはありはしない。それを教えてやるほどリュグナーへの親しみはない。変わっていようと魔族は魔族だ。フェルンとハイターがいなければ、フリーレンはとっくにリュグナーを塵へ還していた。

 フリーレンにとっては当たり前と思われる事を告げただけなのだが、フェルンは目尻を吊り上げた。

 

「そんな事はありません!」

 

 反射的に叫んでいた。直後に自分が何を言ったのかに気付く。フェルンが気付いたのだからフリーレンも当然気が付いた。言葉の意味よりフェルンが大声を出した事に驚いていたが。

 

「それってリュグナーはやっぱり人類を殺すってこと? フェルンがそう思うなら今のうちに」

「そうではありません。リュグナー様がそうしようとした時に私がいなければ、私以外の誰かが犠牲になります。そうなってからは遅いのです」

「そうだけど……」

 

 可能性を言えばフェルンの言う通りだ。今はその可能性が低い事を論じている。それがわからないフェルンではないはずなのに、どうして頑なになるのか。リュグナーの傍に居たがるのか。

 フリーレンが初めて二人に会った時、良くないと思った事は全く改善されていなかった。ハイターから色々聞かされていると思ったが、そうでもなかったのだろうか。

 

「でもいつまで? ずっとってわけにはいかないよ?」

「……わかっております」

「わかってるなら良いけど。とりあえず私も一旦リュグナーのとこに行くよ。フェルンも行くよね?」

「もちろんでございます」

 

 折角聖都まで下りてきたのだから、色々買いたいとは思っていた。しかし、それはいつでも出来る。いずれ飛行魔法を覚えたら、自分一人で聖都まで来ることだって出来る。そうするとリュグナーに抱き上げられることがなくなってしまうのがジレンマだ。だからフリーレンからは、戦闘に必要な最低限の魔法しか習わなかった。

 

「あ」

「なに? 忘れもの?」

「いいえ、何でもございません」

 

 リュグナーが使う飛行魔法は魔族の魔法だ。人間が真似ても出来るものではない。フェルンが飛行魔法を使えるようになるには、魔法を解析したフリーレンに学ばなければならないと気が付いた。

 フリーレンは直に旅立つ。それまでに学ばなければ、飛行魔法を習得する機会はない。

 フェルンは一瞬だけ考えて、何も気付かなかった事にした。

 

 

 

 

 

 

 リュグナーは何処かへ行ってしまってもう二度と会えないかも知れない。そんな事を思ってしまったフェルンはフリーレンを急かして郊外にあるハイターの家へ急いだ。そこでリュグナーが来るのを待つか、来なければ森を越えるのか。しかし、杞憂であった。

 主人不在の書斎では、本棚から抜き出された多数の書物が床の上に平積みされていた。下手人は二人が来ても物色を止めない。但し乱暴には扱わず、一冊ずつ丁寧に重ねる。二人へはちらと一瞥を送った。

 

「もう来たのか」

「図々しい奴だね」

「私が譲り受けたものだ。どうしようと構うまい?」

「ハイターは何で魔族にあげちゃうんだか」

「書は読まれてこそだ。お前は魔導書を飾るだけで満足か?」

「読み終わったらそうするよ。ハイターはお前に譲るって言ったけどこれだけは私が持っていく」

「好きにしろ。そんなものに興味はない」

 

 ハイターは蔵書をリュグナーに譲ると言葉を遺した。リュグナーは貰っていく本を選別しているだけだが、葬儀の直後だ。故人を悼む気持ちは、と言いたくなるのをフリーレンは堪えた。魔族にそんな事を言っても無駄である。

 フリーレンが手にしたのはエーヴィヒの魔導書。不老の魔法も死者の復活についても書かれてなかった。あったのは魂が眠る地であるオレオールについて。そこに行けば故人と言葉を交わせるのだとか。貴重な魔導書である以上に、フリーレンにとってはハイターの形見である。

 

「リュグナー様、ただいま戻りました」

「……ああ」

 

 リュグナーの返事は短かったが、確かに返事があった。フェルンはそれだけで満足し、頬を上気させた。リュグナーに返事をさせるのがどれほど難しい事であるか、共に過ごした七年間で骨身に染みている。

 少しの間離れていたけれど、確かに帰ってきたのだと実感した。

 

「日が落ちたら運ぶ。フリーレン、手伝え」

「嫌だね。そもそも持てないし。魔族と一緒にするな」

「非力だな」

「お前の所に用があるから一冊だけ持ってってあげる。フェルンのこともちゃんと運びなよ?」

「……」

 

 既読の本を持っていくつもりはない。よって、既読と未読を分けて本棚に並べている最中だ。本をそのままロープで束ねると表紙が傷むので、本棚に入れたまま吊るして持っていくつもりだった。それでも数百冊となれば、一度では運びきれない。

 

「私もお力にはなれそうにありません」

「元から当てにしていない」

 

 フェルンの細腕では五冊も持てれば上出来だろう。それもフェルンごとリュグナーが運ぶのだとしたら、持ってもらう意味がない。リュグナーが一人で運ぶしかなかった。

 

 

 

 フリーレンは日がある内にさっさと森の奥へ飛んで行ったが、人目を避けたいリュグナーは暗くなってから移動する。リュグナーに運ばれるフェルンも一緒だ。

 

 ハイターの家の前には大きな本棚が二つあった。本棚ごとロープで括り、吊るして持っていく。万が一にも落とさないよう入念に確認し、問題ないと判断した。

 両手が塞がるため、いつものようにフェルンを抱えることが出来ない。先日のフェルンの提案を採用する事にした。

 

「あ、あの……。いつものように抱えていただくわけには……」

「出来ると思うのか? 早くしろ。お前が言い出した事だ。出来ないわけではないだろうな」

「それはそうなのでございますが……」

「早くしろ」

「ですがその……」

 

 リュグナーからの言葉はない。言い淀むフェルンへ冷たい視線を送るだけ。フェルンは覚悟した。

 

「失礼いたします」

 

 屈むリュグナーの背へ抱き着いた。

 

 少し前、自覚した夜に思わずリュグナーの背に抱き着いた事がある。しかし、それは椅子の背もたれ越し。リュグナーに触れたのは手と、肩に乗せた額だけ。

 今度は違う。リュグナーの首にしっかり腕を回し、上半身を広い背中へ密着させなければならない。幼かった頃に比べて顕著に成長した部分を押し付けるのだ。

 

 夜闇の中、フェルンは誰も見ていないのに顔を真っ赤にして尋常ならざる覚悟をした。だと云うのに、リュグナーは何も言わずに立ち上がって、腰に絡むフェルンの足を持った。

 フェルンの葛藤を何も受け取らず、背中の感触は持ち難い荷物としか思わず、リュグナーは飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 フリーレンがわざわざ奥まった石の家にまで来たのは、以前見た魔導書を読み返す為だった。

 家主がいないのに勝手に奥の部屋へ入り、リュグナーがいつも座っている椅子に座って件の魔導書を開いていた。リュグナーとて所詮は勝手に住み着いただけ。ましてや魔族。遠慮も何もない。

 

「ハイターが言ってたよ。ここは聖都の司教か高官が建てた家なんじゃないかって。ハイターみたいに隠棲した奴がいたのかもね」

「どうでもいい。それよりそこをどけ。邪魔だ」

「……そんなのどこに置くつもり? 別の部屋にしたら?」

 

 件の司教だか高官だかは書庫とした部屋を随分と機能重視で作ったようだ。室内は等間隔に本棚が並び、空いてる場所がない。リュグナーがハイターの家から持ってきた本棚は、並ぶ本棚より大きい。重ねることは出来ず、かと言って空いたところに置けば通路を塞ぐ上に既存の本棚から本を取り出すことが出来なくなる。

 

「ここは外の湿気が来ない。保管に一番適している」

「だけど置く場所ないよ。私はこれだけ読めればいいからどうでもいいけど」

「チッ……。いいからどけ。そこに置く。椅子を持って移動しろ」

「やだね。お前に指図される謂れはない」

「それはお前にくれてやる。私にはもう不要なものだ」

「フェルンに読ませなよ」

「何度も読んでいた。とうに中身は把握しているだろう」

「フェルン偉い。私から教わるだけじゃなくてちゃんと学んでたんだね」

「お前はどけ」

「魔族に指図されたくない」

「千年生きてそれか? 本当に魔法しかなかったのだな」

「魔法を忘れた落ちこぼれは魔法の研鑽でもしたら?」

 

 敵意を隠さず言い争う。しかし、魔法を発動する気配はない。ハイターが見たら柔らかく笑った事だろう。フェルンもそうだった。

 殺し合いをしていた二人が、和解まではいかなくとも一時休戦して言葉を交わす。フェルンは顔には出さなかったが、とても嬉しかった記憶がある。五年前に同じ場所で同じ光景を見た時はそうだった。

 今は違う。

 書庫を前にして足が竦み、中に入れない。向こうとこちらで何が違うのか。何度も言われてきたし、わかっているつもりだった。今日もフリーレンに言われたばかりだ。頭でわかった気になっていだけだった。

 

 フリーレンが初めて石の家を訪れたのは五年前。その頃はまだハイターが元気だった。皆で川遊びをした事もあった。当然のようにリュグナーは不参加だったけれど。

 今はもう、ハイターはいない。老いて死んでしまった。

 自分もあの頃とは違う。手も脚も伸びて背が高くなった。体付きも変わってきた。

 

 ハイターが永い眠りに就いた日。体の力が抜けてしまったのは悲しいからだと思った。懸命に介護をしたから燃え尽きたのかと思った。

 違った。

 人は老いて死ぬと云う極々当たり前のことを認識したからだ。自分もいつか老いて死ぬとわかってしまったからだ。

 なのに二人は違う。

 

「言われるまでもない。書に時間を取られても魔法の研鑽を怠った事はない」

「同じ魔法ばかりでよく飽きないね」

「それが魔族だ。一を極める事を何よりも重視する。お前こそ多芸は無芸と知らないのか?」

「芸を覚えても役に立てないのは魔族だけだよ」

「わかった。いいからどけ。何度言わせる」

「だったら読むのを邪魔するな」

 

 ハイターは老いて死んで、自分も変わってしまったのに二人は何も変わらない。まるで自分だけ取り残されたかのような。

 二人はいつまでも変わらないのに、自分だけ老いて死ぬのか。

 ハイターの死を悼んでいたと思っていたのに、自分は自分の事しか考えていなかったのか。自分はそんなにも恩知らずで身勝手だったのか。

 

「フェルン、どうしたの?」

「え?」

 

 気付けばフリーレンが目の前にいた。あまり表情が変わらない白い美貌が首を傾げている。

 フェルンは慌てて頭を下げた。

 

「忙しかったものですから気が抜けてしまったようです。申し訳ございません」

「そう? 私はもう行くよ。明日には聖都を出発する。気が変わったらおいで。リュグナーは好きにしろだってさ」

「え?」

 

 リュグナーは狭くなった空間で、相も変わらず本を開く。

 フェルンが目を向けても、リュグナーの視線が上がることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 親の死は過去の喪失である。両親を喪ったフェルンは、以前の自分を完全に失った。思い出はたくさんある。楽しかったことも嬉しかったことも覚えている。今のフェルンは同じように思えない。楽しいのも嬉しいのもあの頃のフェルンであって、今のフェルンではない。

 今度はハイターを喪った。第二の父とも思ったハイターである。フェルンが意識しなくとも、喪失感は確実にあった。自分の一部が失われたようで、心が空虚になった。ハイターの介護に力を尽くしたのは、迫りくる死から目を背けて忙しくしていたかったからなのかも知れない。

 ハイターの葬儀が終わって、フリーレンは立ち去り、また以前と同じようにリュグナーと二人きりになった。

 ハイターが死んでフリーレンがいなくなってもリュグナーがいる。少女の心は欠けた部分を補おうと、理性に反してリュグナーを求めた。リュグナーに求めて欲しかった。自分だけが取り残されることに耐えられなかった。

 

 そして致命的に問いを間違えた。

 

「リュグナー様はどうして私を拾ったのですか?」

 

 リュグナーにとっては今更な問いである。顔も上げずに答えた。

 

「そこにいたからだ」

 

 魔族の性質か、それともリュグナーの性格かはわからない。因果関係は理解しても、結果の良し悪しから原因を評価しない。

 出会った時のフェルンは、自らの死を望んだ小さな子供に過ぎなかった。

 

「いつか殺すと言った。お前をいつ殺したくなるのか知りたかった。その時に私は何を思うのか。魔族は何故人類を殺すのか。それを知れば、私はつまらぬことを考えなくなるだろう」

「殺すため、ですか?」

「そう言った。お前が私を殺すために魔法を研鑽しているのも興味深い。いつか私の喉に届く日が来れば、その時にこそ殺したくなるのかも知れない」

 

 フェルンは、今の自分をどう思っているか聞くべきだった。

 そうすればリュグナーは自身を観察するための触媒以外の価値を与えていた。干し肉を水で戻してローストした野菜と一緒にパイ生地で包んで焼いたスープが出されると、リュグナーの食事は遅くなった。一口一口を味わうからだ。ハイターが唖然としたように、フェルンの料理に餌付けされた魔族である。その意味で必要と言う事は出来たし、フェルンはそれで満足出来たはずだった。たったの七年とは言え傍に置き続けているのだから、フェルンの好きにさせていても他の魔族に手を出させない程度には執着心がある。

 しかし、フェルンは聞かなかった。聞けなかった。

 今の自分は、リュグナーを殺すための刃を研いでいるとしか思われていない。それだけと思ってしまった。

 

「……私でなくとも良かったのですか?」

「お前を選んで拾ったわけがない。私がいるところにお前がいたからだ。それ以上の理由があるわけあるまい」

 

 或いは、人の世で五年も揉まれていれば、出会いは偶然であっても何かしらの圧力によって縁が続き、それが絆となる事を知ったはずだ。

 リュグナーとハイターとフリーレンしか知らないフェルンは、そんな事を想像も出来ない。何よりもまだ若過ぎた。出会ったのは必然で、リュグナーの意思で自分を選んだと言って欲しかった。

 

「そんな事を聞きに来たのか?」

 

 リュグナーがようやく顔を上げる。

 魔族の表情は滅多に変わらない。時折嫌悪に歪むが、七年も一緒に過ごしたフェルンは、笑顔を一度も見た事がない。

 フェルンを見るリュグナーの顔は冷たかった。何者でもない路傍の石ころを見るような目だった。

 そこにどんな考えがあったとしても、フェルンはそうとしか思えなかった。

 

 

 

 リュグナーを想っても報われる事はないだろうと思っていた。

 あくまでも予想であって未来は不確定だ。ないとは思っても、万が一があるかも知れないと心のどこかで期待していた。それが完全に消滅した。それどころか何とも思われていなかった。

 

 殺すため、殺す理由を知るため、誰でもいい、自分である意味はない。自分の存在に意味も価値もない。

 

 リュグナーへの想いが、抱き締められた時の高揚が、何度も抱き上げられて空から見た森の美しさが、食事を全部食べてもらった時の満足感が、少年魔族から守ってもらった事も、熱を出して寝込んだ日に額を冷やしてもらった事も。

 リュグナーにとっての自分が失われると同時に、リュグナーの存在も消えていく。

 あれもこれも砕け散って、炎に飲まれる街が残った。

 

 リュグナーに心臓を抉られた母は、フェルンが初めて見る怒りの形相で何かを訴えている。

 母は何を怒っているのか。

 フェルンに怒っているのか、自身を殺した魔族に怒りを向けているのか。

 

 自分は、リュグナーを殺すと誓ったのだ。




本作を公開するつもりはあまりなかったんですが、7話まで書いて完結が見え、これならたぶんおそらく人様にお見せしても恥ずかしくはないだろうと信じて一般投稿した次第です

次回もう一回タイトル回収して最終話
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