【百合】放課後の呼び出しが男子からなんて、いつから錯覚してたの? 作:冷泉七都
午後8時になり、あたりは完全に暗くなった。
湿度は高いが雲一つない空、絶好の打ち上げ花火日和だ――。
『まもなく、
アナウンスがかかり、河川敷一帯が盛り上がり始めた。
スマホを用意して撮影に備える人、目線を斜め上に向けて目に焼き付けようとする人、さまざまな楽しみ方をするようだ。
二人の左隣に陣取るファミリーの子供も「まだー? まだー?」と言って、今か今かと打ち上げの時を待ち侘びている。
「久しぶりだから、わたし楽しみだなっ」
「そうだね」
夏樹は無邪気に微笑んでいる。
しかし、こんな天真爛漫な夏樹に、今から気持ちを伝えるんだ――と思うと、伊吹は緊張で短く端的な言葉しか返せない。
………………。
二人が同じ空をぼんやりと眺めつづける。
そして――。
ヒュー……ドンッ。
シンプルな赤い丸型花火が、一発打ち上げられた。
その瞬間、おー、と周囲から歓喜の声が上がった。
その一発を皮切りに、夏のじめじめする暑さと星の見える夜空を切り裂くかのごとく、何発もの花火が次々と咲き乱れる。
夏樹と伊吹は、光り輝くその光景に見惚れていた。
「夏樹、聞いて欲しいことがあるんだけど……」
打ち上げ開始から25分が経ち、半分以上が過ぎたころ――。
伊吹は隣に座る夏樹に語りかけた。
花火の爆発音に遮られながらも、夏樹は伊吹を見つめる。
「んっ……? なに?」
「こっち向かなくても、花火見ながらで良いから……」
「ぁ、うん」
再び打ち上げ花火に視線を向ける夏樹は、伊吹の声に耳を澄ませる。
いや、実際のところ夏樹は花火を眺めている場合ではなく、伊吹にしか意識がいっていない。
さっき見えた伊吹の真剣な顔――。
告白はすでにされているにしろ、それと同等に大切なことが語られるというのは明白だった。
「一人語りみたいになるけど、聞いて欲しい……」
不安なんて見せずに凛々しく言う伊吹は頭の中で、高校に入学してから今までの出来事を振り返る。
そして、伊吹は口を開いた――。
「夏樹を初めて見たのは、一年生の入学したてのときだった。体育の授業でペアが上手く作れなかった私に、夏樹は話しかけてくれて、ペアになってくれた。
軽いみたいに思われるかもしれないけど、私はそれで一目惚れした」
「軽いなんて、思うわけないでしょ……」
夏樹は心からの声を漏らす。
「それから私は、夏樹に自分から話しかけることもできずに、二年生になってしまった。文芸部に入っているって知ったときは、テニス部なんて辞めて、転部しようかなと思ったことが何回もあったけど、しなかった」
「わたしはテニスを頑張る伊吹が、すごいし、格好いいと思う……」
いつの間にか、二人は花火の音なんて気にならなくなっていた。
「二年生になって、浮かれていたのかもしれない。私は夏樹のSNSを調べて、衝動的にDMを送ってしまった。それは結局良かったんだけど――。
ずっとメッセージだけでやり取りして、一目惚れのときに感じた優しさは本物なんだって気づいた。あと、一緒に話してて楽しいとも思った。だから、もっと好きになった」
「うん……」
好きになるのが、わたしと全く同じ理由だ――と思うと夏樹は恥ずかしくて、相槌しかできなかった。
伊吹は伝えてくれているのに自分は言えないなんて……。
「きっと夏樹も両思いなんだろうな、と思って放課後呼び出した。失敗するかも、なんて考えていたけど、夏樹が私のことを男子だと錯覚してたのは予想外」
「ごめん……」
夏樹は辛くなって謝った。
「これで私の恋も終わりか――ってなるはずなのに、夏樹は私を内面で見てくれて、チャンスをくれた」
「チャンスだなんて、
「それから何回もメッセージ上だけでなく、現実でも会った。部活で同じ時間を過ごして、二人で帰って、デートなんかもした。その全てで、夏樹をより好きになっていった。私がからかうと、夏樹は恥ずかしがってくれて、でも逆に私にしてくれたこともあって、そんな瞬間が愛おしくてたまらなかった」
「……」
伊吹が赤裸々に
「それが本当に嬉しくて、私は夏樹が本当に好きなんだって――思い知らされた」
「うん」
伊吹は一呼吸を置いた。
「ありがとう、私の気持ちを聞いてくれて」
「……嬉しい。わざわざ伝えてくれて、嬉しいっ」
伊吹の言葉で、夏樹の心は決まった。
ずっと曖昧にしてしまっていたことを解決しようと、心に誓った。
そして夏樹は左を向き、伊吹と目を合わせる。
「伊吹、それで?」
「? それで、って……」
伊吹は夏樹の求めるものが何か分からなかった。
「なんで、こういうときだけ鈍感なのっ?」
「ごめん……」
「伊吹、わがままだけど――」
夏の暑さも、花火の音も、歓喜の声も、すべてが一瞬だけ停止した。
夏樹の目線は、しっかりと伊吹を貫く。
「――わがままとは分かってるけど、今、もう一回だけ告白して」
「っ……、うんっ」
伊吹の視線も、しっかりと夏樹を貫く。
伊吹は生唾を飲み込んだ。
「私は、夏樹のことが――」
覚悟を決めた伊吹は軽くブレスを吸い込み、二回目であったとしても、世界で一番むずかしい言葉を言う。
「――好き」
そして――。
「付き合ってください!」
その気持ちは、まっすぐ夏樹の胸に届いた。
「はい、私も好きです。だから――」
夏樹は瞬きで心を落ち着かせてから言う。
「――喜んで」
夏樹と伊吹が微笑みあった瞬間、止まった時間は再び動き出した。
花火はクライマックスに突入していた。
怒涛の連続打ち上げとスケールの大きさに、一帯は歓喜の声に溢れる。
それはまるで、二人の恋を祝福するようだった――。
◇あとがき◇
もう少しだけお話が続きます。
エピローグまで、見届けて頂ければ嬉しいです。