【百合】放課後の呼び出しが男子からなんて、いつから錯覚してたの?   作:冷泉七都

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第19話

 午後8時になり、あたりは完全に暗くなった。

 湿度は高いが雲一つない空、絶好の打ち上げ花火日和だ――。

 

『まもなく、五條(ごじょう)花火大会の打ち上げを開始します』

 

 アナウンスがかかり、河川敷一帯が盛り上がり始めた。

 スマホを用意して撮影に備える人、目線を斜め上に向けて目に焼き付けようとする人、さまざまな楽しみ方をするようだ。

 二人の左隣に陣取るファミリーの子供も「まだー? まだー?」と言って、今か今かと打ち上げの時を待ち侘びている。

 

「久しぶりだから、わたし楽しみだなっ」

「そうだね」

 

 夏樹は無邪気に微笑んでいる。

 しかし、こんな天真爛漫な夏樹に、今から気持ちを伝えるんだ――と思うと、伊吹は緊張で短く端的な言葉しか返せない。

 

 ………………。

 

 二人が同じ空をぼんやりと眺めつづける。

 そして――。

 

 ヒュー……ドンッ。

 

 シンプルな赤い丸型花火が、一発打ち上げられた。

 その瞬間、おー、と周囲から歓喜の声が上がった。

 

 その一発を皮切りに、夏のじめじめする暑さと星の見える夜空を切り裂くかのごとく、何発もの花火が次々と咲き乱れる。

 夏樹と伊吹は、光り輝くその光景に見惚れていた。

 

 

「夏樹、聞いて欲しいことがあるんだけど……」

 

 打ち上げ開始から25分が経ち、半分以上が過ぎたころ――。

 伊吹は隣に座る夏樹に語りかけた。

 花火の爆発音に遮られながらも、夏樹は伊吹を見つめる。

 

「んっ……? なに?」

「こっち向かなくても、花火見ながらで良いから……」

「ぁ、うん」

 

 再び打ち上げ花火に視線を向ける夏樹は、伊吹の声に耳を澄ませる。

 いや、実際のところ夏樹は花火を眺めている場合ではなく、伊吹にしか意識がいっていない。

 

 さっき見えた伊吹の真剣な顔――。

 告白はすでにされているにしろ、それと同等に大切なことが語られるというのは明白だった。

 

「一人語りみたいになるけど、聞いて欲しい……」

 

 不安なんて見せずに凛々しく言う伊吹は頭の中で、高校に入学してから今までの出来事を振り返る。

 そして、伊吹は口を開いた――。

 

「夏樹を初めて見たのは、一年生の入学したてのときだった。体育の授業でペアが上手く作れなかった私に、夏樹は話しかけてくれて、ペアになってくれた。

 軽いみたいに思われるかもしれないけど、私はそれで一目惚れした」

「軽いなんて、思うわけないでしょ……」

 

 夏樹は心からの声を漏らす。

 

「それから私は、夏樹に自分から話しかけることもできずに、二年生になってしまった。文芸部に入っているって知ったときは、テニス部なんて辞めて、転部しようかなと思ったことが何回もあったけど、しなかった」

「わたしはテニスを頑張る伊吹が、すごいし、格好いいと思う……」

 

 いつの間にか、二人は花火の音なんて気にならなくなっていた。

 

「二年生になって、浮かれていたのかもしれない。私は夏樹のSNSを調べて、衝動的にDMを送ってしまった。それは結局良かったんだけど――。

 ずっとメッセージだけでやり取りして、一目惚れのときに感じた優しさは本物なんだって気づいた。あと、一緒に話してて楽しいとも思った。だから、もっと好きになった」

「うん……」

 

 好きになるのが、わたしと全く同じ理由だ――と思うと夏樹は恥ずかしくて、相槌しかできなかった。

 伊吹は伝えてくれているのに自分は言えないなんて……。

 

「きっと夏樹も両思いなんだろうな、と思って放課後呼び出した。失敗するかも、なんて考えていたけど、夏樹が私のことを男子だと錯覚してたのは予想外」

「ごめん……」

 

 夏樹は辛くなって謝った。

 

「これで私の恋も終わりか――ってなるはずなのに、夏樹は私を内面で見てくれて、チャンスをくれた」

「チャンスだなんて、烏滸(おこ)がましいよ……」

 

「それから何回もメッセージ上だけでなく、現実でも会った。部活で同じ時間を過ごして、二人で帰って、デートなんかもした。その全てで、夏樹をより好きになっていった。私がからかうと、夏樹は恥ずかしがってくれて、でも逆に私にしてくれたこともあって、そんな瞬間が愛おしくてたまらなかった」

「……」

 

 伊吹が赤裸々に()()()()()()()()への気持ちを言うから、夏樹は何も言えなかった。

 

「それが本当に嬉しくて、私は夏樹が本当に好きなんだって――思い知らされた」

「うん」

 

 伊吹は一呼吸を置いた。

 

「ありがとう、私の気持ちを聞いてくれて」

「……嬉しい。わざわざ伝えてくれて、嬉しいっ」

 

 伊吹の言葉で、夏樹の心は決まった。

 ずっと曖昧にしてしまっていたことを解決しようと、心に誓った。

 そして夏樹は左を向き、伊吹と目を合わせる。

 

「伊吹、それで?」

「? それで、って……」

 

 伊吹は夏樹の求めるものが何か分からなかった。

 

「なんで、こういうときだけ鈍感なのっ?」

「ごめん……」

「伊吹、わがままだけど――」

 

 夏の暑さも、花火の音も、歓喜の声も、すべてが一瞬だけ停止した。

 夏樹の目線は、しっかりと伊吹を貫く。

 

「――わがままとは分かってるけど、今、もう一回だけ告白して」

「っ……、うんっ」

 

 伊吹の視線も、しっかりと夏樹を貫く。

 伊吹は生唾を飲み込んだ。

 

「私は、夏樹のことが――」

 

 覚悟を決めた伊吹は軽くブレスを吸い込み、二回目であったとしても、世界で一番むずかしい言葉を言う。

 

「――好き」

 

 そして――。

 

「付き合ってください!」

 

 その気持ちは、まっすぐ夏樹の胸に届いた。

 

「はい、私も好きです。だから――」

 

 夏樹は瞬きで心を落ち着かせてから言う。

 

「――喜んで」

 

 夏樹と伊吹が微笑みあった瞬間、止まった時間は再び動き出した。

 花火はクライマックスに突入していた。

 怒涛の連続打ち上げとスケールの大きさに、一帯は歓喜の声に溢れる。

 

 それはまるで、二人の恋を祝福するようだった――。




◇あとがき◇
 もう少しだけお話が続きます。
 エピローグまで、見届けて頂ければ嬉しいです。
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