【百合】放課後の呼び出しが男子からなんて、いつから錯覚してたの? 作:冷泉七都
ここは……?
翌日目が覚めた伊吹は、慣れない天井を見てそう思う。
意識が明確になっていくと、身体に違和感を感じてきた。
なにかに抱かれていると気づき、目線を右にやる。
そこには可愛い寝顔を晒しながら眠っている夏樹がいた。
昨日の記憶、全てが蘇った。
「あぁそっか、夏樹の家に来てたんだった」
「……んぁっ?」
夏樹は伊吹の呟きで起きてしまい、寝ぼけた声を出してしまう。
可愛らしいあくびをしてから目を開いた夏樹は、隣の伊吹を見つめると、おはよ――と微笑んで言う。
柔らかい声と虜になるほどの破顔に、伊吹は胸がドキドキするとともに、夏樹と恋人同士になったのだと実感が湧く。
そして、こんな夏樹を愛していたいと心から思った。
「おはよう、夏樹」
伊吹は気持ちを抑えて、平静を装いながら挨拶を返す。
こうでもしないと、溢れた思いが夏樹を襲ってしまいそうだった。
夏樹と伊吹は、恋人二人がベッドの中――というシーンを無言で楽しむ。
そして、ふと夏樹がベッドの側においていたスマホを見た。
「――って、もうこんな時間っ!」
「ほんとだ……」
夏樹から伊吹に見せられた画面には『12:23』と表示されている。
確かに昨日は、二人ともアラームをかけずに寝てしまった。
状況が状況で、そんなことまで頭が回らなかったのだから仕方がない――。
夏樹と伊吹はそう割り切る。
しかし伊吹が自分のスマホを見ると、親と妹からの計4件の不在着信が入っていた。
ラウィンに『昼ごはん作ってないから、どうにかして』と来ているので、そういうことだろう。
伊吹は『ずっと寝てた』と返信しておく。
その時――。
「夏樹、まだ寝てるの? お昼ご飯できたわよっ!」
廊下から夏樹母の声が響いた。
「今起きたっ。すぐに行く」
「あ、廣渡さんの分も作ってるから」
「はーい」
自分以外の親子の会話を聞くと不思議な気持ちになる――と、伊吹は今まさに実感した。
二人は最低限の身支度をしてから、リビングへと向かった。
ダイニングテーブルには、白米と味噌汁、焼き鮭などが三人分用意されている。
「急に押しかけたのに、わざわざありがとうございます」
どこを切り取っても美味しそうな料理を見て、伊吹はキッチンに立っている夏樹母に感謝を伝えた。
「二人分も三人分も変わらないから良いわよ。夏樹の友達にも、ぜひ食べて欲しいしね」
夏樹の友達と言われて、否定したいのは山々だが、違います。付き合ってます――なんて怖くて言えない。
伊吹は「美味しく食べます」とだけ返しておいた。
そして、三人はそれぞれ席に座って食べ始めた。
栃沢家の味は伊吹の舌に合って、とてもおいしかった。
/ / /
昼食を食べ終え、二人は夏樹の部屋でテレビゲームをして遊んでいる。
一試合が終わり、キリがいいところになった。
「そろそろ帰ろうかな」
「もう帰っちゃうの?」
夏樹が伊吹に悲しげな顔を見せる。
「もっと夏樹と居たいけど、程よくじゃないと中毒になっちゃうから」
「それもそうか……」
伊吹自身でもよく分からない理由に、何故か夏樹は理解してゲームの電源を落とした。
伊吹が持ち物をまとめて、二人は一階に降りていく。
階段を降りたところで、夏樹母はリビングから顔を覗かせた。
「あら、廣渡さん。もう帰るの?」
「はい、長居してもあれなんで……」
「――そうだっ、夏樹。せっかくだから駅まで廣渡さん送っていきなさい」
夏樹母の提案に、伊吹が期待の眼差しを夏樹に向ける。
「そっか……、そうだよね。一緒に行こっ」
夏樹は伊吹に笑顔を送った。
玄関を出て、最寄り駅まで歩いていく。
夏樹の家が見えなくなると、二人は自然と手を繋ぎ始めた。
もちろん、恋人繋ぎだ。
しかし出発から1分が経つころまで、昨日あれだけ話し尽くしたせいか、特に話すこともなく時間が過ぎ去る。
でも、決してそれが辛いなんてことはなく、二人隣で歩くだけで満足を得られる。
そんなの良くある言葉だが、伊吹は実際にそうなると、夏樹と話さないのがもったいなく感じてしまう。
「ねぇ、夏樹」
「ん? なにっ?」
伊吹は話したいことを思いついて、夏樹に喋りかけた。
「付き合ったこと、葵とか霜崎さんに言うのどうしよう。応援してくれてるから、早めに言ったほうが良いとは思うけど……」
夏樹に抱く気持ちとは異なる恥ずかしさがあり、二人に上手く伝えられる気がしない。
「司沙には、伊吹が文芸部に来るときに、二人で伝えたら良いんじゃないかな」
「あぁ、それもそうだね。じゃあ、夏休み明け最初の木曜日か……」
「うん、あと二週間……。はぁ、秘密にできるか不安――」
これからのことを思うと、二人とも緊張してしまう。
歓迎されるのは今までからわかるのだが、夏樹も伊吹もこんな経験初めてで、いざその時にしっかり言えるかな――となる。
「あと葵さんは、伊吹から直接伝えたほうが良いと思う」
「? なんで?」
「だって、テニス部は夏休み中もあるでしょ。だから早めが良いかなって――」
「……うん、私から伝えるよ」
伊吹は明日の部活で言うと決心した。
夏樹が、付き合った宣言は伊吹一人が良いと思ったのには他の理由もある。
それは、葵が伊吹を好きなのを知っているのに、夏樹も行ってしまったら見せつけているようだし、なにしろ葵が悲しんでしまうだろうからだ。
こんな言い方では、夏樹が葵に対してマウントをとっているようだが、同じ人を好きになったよしみでの考え。
葵には、いらない辛い思いをして欲しくない。
不快でない沈黙を挟みながら、二人が取り留めのない話をしていると駅前に着いた。
「それじゃあまたねっ、夏樹」
「伊吹バイバイっ!」
そうして伊吹は駅の階段を登り、夏樹は来た道を戻っていった。
長いようで短い夏休みは、嬉し楽しの一生の思い出になった。
◇あとがき◇
これにて第三章は終了です!
ついに、次回はエピローグとなります。
ぜひ、残り一話もお楽しみください!