世界の隙間を埋める1%の閃き ~あるいはTSして手当たり次第にバッドエンドフラグを叩き折る天使~   作:信頼できる語り手

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いつの時代も人間の可能性には驚くかえ。


【宝探し】に関する閃き

 超越者は大抵の問題を一人で解決できる。

 

 もっと残酷な言い方をすると、超越者が力を振るう場合、他の異能者では足手まといにしかならない。

 

 だから、喫茶ウールーズの五人のように、超越者の交友関係は超越者同士で完結している事が多い。

 

 あれは流石に仲が良過ぎるが、同じ不老の強者同士でしか通じない話もあるものだ。

 

 性格によっては、超越者同士ですら交流せずに、一人で趣味に没頭する者すらいる。アインと出会う前の僕が良い例だろう。

 

 では、超越者にとって他の異能者からの手助けが不要なのかと問われると、それも少し違う。

 

 具体的な話をすると、超越者が戦闘で辛勝し、または敗北して満身創痍の時。

 

 その身柄を回収して、マナによる治癒や蘇生を施す、もしくは連盟の治療院にまで護送する。

 

 そういう役割の仲間がいなければ、超越者は安心して全力を出し切れない。

 

 超越者の懐刀。その名を親衛隊と呼ぶ。

 

 超越者に及ばないまでも上位者に位置する実力者であり、高い忠誠心と判断力を持ち合わせた精鋭中の精鋭。

 

 時には超越者の代理として、重要な会議に出席する事さえある忠臣。

 

 一つ問題があるとすれば。

 

 僕には親衛隊がいない。

 

 

  

「僕は人付き合いが苦手」

 

 ダリアにある淫祠邪教の拠点の廊下を歩きながら、僕は呟いた。

 

「うえーい、なんか悩みありそうじゃん、ナーヌスちゃん!どしたん?話聞こうか?」

 

 凄いな、このチャラ男。反射的に失伝を撃ち込みかけたぞ。

 

 自然な動作で胸を触ろうとしてきたし。

 

 偶然を装った可愛らしいものではなく、ガッツリ揉む気満々だった。手慣れた手付きだ。

 

 実際、位階の低い女性異能者を勢いで口説いて、破廉恥な行為に及んでいるという噂もある。

 

 ネーベルが蟲を飛ばして裏付けを取ったらしいので、おそらく事実だ。

 

 ギリギリ違反にならないラインでやってるから罰則を受けてないさね、と悔しそうに言っていた。終わってんな、どっちも。

 

「お前にだけは話したくない」

 

「またまた、照れちゃって!淫祠邪教のボスであるこのエーシル様よりも、相談相手に適したナイスガイなんているわけないじゃん!」

 

「うるさい。どさくさに紛れて僕の胸を触ろうとしないで。お前もしかして、全世界の女の胸が自分のものだと思ってる?」

 

「なわけないじゃん!美人限定だって!」

 

「真性のクズ」

 

 睨み付ける僕を意に介さず、銀髪の美青年──エーシル・スティンガーは笑う。

 

「当ててあげよっか!あれだ!親衛隊が欲しいなあ、って悩みじゃん?」

 

「……何処で知った?」

 

「じっくり体に教えてあげるじゃん。今夜、空いてる?」

 

「そこまで聞きたくはない」

 

 まあ、推測できない話でもないか。なにせ……。

 

「てか、超越者の中で親衛隊すら持ってないのナーヌスちゃんくらいじゃん?美人なんだから人気ありそうなのにさあ!」

 

 うるさい、馬鹿。

 

 言っとくけど親衛隊を女ばっかりで固めてるの、お前だけだからな。皆ドン引きしてるから。

 

 しかも、際どいデザインの礼装を着せて連れ回したりしてるだろ。礼装職人に土下座しろ。

 

 あと、お前のシグネットはなんか怖いんだよ。どういう内面してたら……いや、落ち着け。 

 

「こっちにも事情がある。適当に選ぶわけにはいかない」

 

 黙示録に関わる事情を伝えたら引き返せない。僕の親衛隊は厳選する必要がある。

 

「それに、親衛隊クラスの上位者は既に別の親衛隊に入ってるか、人の下に付く気のない気質の異能者ばかり」

 

 そう、親衛隊として頼れる程の実力があってフリーの上位者なんて……。

 

「あ」

 

 一人、いた。

 

 スフィア・ミルクパズル。

 

 諧謔の異名を持つ上位者。遺物強奪事件の首謀者として、連盟の監視下に置かれている。

 

 彼女なら実力的には充分。それに、黙示録関連の事件に大きく巻き込まれていた。説明の手間がかなり省ける。

 

「なになに、可愛い娘?オレもちょっと味見して良いじゃん?」

 

「近付かないで。胸に触らないで」

 

 だが、彼女一人では足りない。他にも引き抜けそうな上位者はいないものか。

 

 

 

「閃いた」

 

「おお、これが青き同志のやり方かえ。シグネットの複合を最大限に活かした、天啓のような閃き。なるほど、確かに知覚系らしい……精神系の余にはない発想かえ」

 

 ここは梧桐志鳳の所有する巨大な船の上。

 

 小さな離島のような船は、マナを貯留する機関が搭載された祭具でもある。

 

 予め刻まれた術式で周囲から存在を隠匿し、防御用の結界を常時展開している。

 

 そして、志鳳と彼の親衛隊が拠点とする、いわゆる梧桐派閥の本拠地だ。

 

 志鳳だけでなく全ての超越者は、似たような形で移動式の拠点を持っている。

 

 理由は単純に超越者が強過ぎて、国が管理しきれないからだ。

 

 それに、管理できてしまっても困る。

 

 例えば国からの指示に従って他国に攻撃を仕掛けたりすれば、同じ超越者にしか止められない。

 

 故に、超越者個人が一つの国であるという建前を用意し、どの国にも属さない独立した王としている。

 

 そうする事で超越者同士に睨み合わせ、他の国は巻き込まれない。そういう算段。

 

 連盟の頭脳──枢密院が考案した施策は、今のところ上手く機能していた。

 

 超越者を刺激しかねない馬鹿共を、砂紋部隊が先手で粛清しているおかげでもあるが。

 

「おいおい、我が王。俺のマナを見る目が狂ってなけりゃ、その金髪の兄ちゃんは超越者じゃないか?しかも、王と同格級の」

 

 薄く紫ががった長い銀髪を二つに縛った小柄な人物──(ヤオ)飛龍(フェイロン)が、呆れたようにプレイスホルダーを見る。

 

 前髪をカラフルなクリップで留めて勝ち気な表情を湛えた飛龍は、梧桐志鳳をバックアップする親衛隊の筆頭。

 

 そして、外見のせいで活動的な美少女だと誤解されやすいが、第2位階に至った老獪な上位者で、紛れもなく──男性である。

 

「長く眠ってたから、家がないらしい。一時的に居候するけど、気にしないで良い」

 

「青き同志。もう少しマシな紹介の仕方はなかったのかえ?」

 

 金髪の青年──プレイスホルダーが思わず口を挟んだ。

 

「そりゃ気の毒に……?まあ、王の奇行は日常級の事だけど、大丈夫なんだよな?」

 

「過去を軽く覗いたけど、悪人じゃないと思う。それに、相性的に僕が有利。不意討ちでなければ、仮に暴れても制圧できる」

 

「なら良いさ。王が勝ちさえすりゃ、後は俺ら親衛隊級が上手くフォローしてやるよ」

 

「任せた」

 

 過去の黙示録に関わる事件でも、疲弊した志鳳を回収したのは親衛隊だ。

 

 志鳳は飛龍達に全幅の信頼を置いていた。

 

「で、青き同志よ。本題を言ってくれるかえ?」

 

「本題というか……宝探しがしたい」

 

「なるほど。余も付いて行って良いかえ?」

 

「勿論」

 

「王の思い付きに付き合うとは、物好き級な兄ちゃんだな。五人目の友達候補か?」

 

 飛龍の言葉に志鳳は首を傾げる。

 

「なんかよく分からないけど、僕に同行したいらしい。仕事見学……いや、趣味だから趣味見学?暇なのかも」

 

「紹介の仕方」

 

 

 

「と言うわけで、来た。財宝の発掘に定評のある真説大陸のアガルタ遺構」

 

「待たれよ、同志。この珍妙な男は何かえ?」

 

 プレイスホルダーは大量の洞窟が広がる異質な光景にも目を向けず、突然現れた異能者を見る。

 

 エノック・ザナドゥ。

 

 異能者の通貨──レプタの流通を管理する通貨基金の理事長で、肩にかかる程度の銀髪を持つ長身の美男子。

 

 異能者としての位階は上位者には至らず、その手前。ギリギリ第4位階の上澄み──異名持ちに滑り込む程度。

 

 しかし、切れ長な目元は涼やかで、位階による補正がなくとも充分に美形である。

 

 そして、頭に兎を模した二つの付け耳を付けていた。

 

「あら、酷いわね。志鳳ちゃんに頼まれて来てあげたのに」

 

「ありがとう、エノック」

 

「どういたしまして、志鳳ちゃん。はいこれ、ご要望の地図と資料よ。信憑性は微妙だけどね」

 

 志鳳は受け取った地図と資料を眺めた。通貨基金の倉庫にあった、宝の地図らしい。

 

 眉唾なものだが、過去を読める志鳳の手に渡れば有効活用できるかもしれない。

 

 エノックは死蔵しておくよりも、超越者に恩を売るメリットを選んだ。

 

「その兎の付け耳は何かえ?」

 

 思わず訊ねてしまう、プレイスホルダー。

 

「お金と言えば、バニーちゃんでしょう?験担ぎで付けてるの。可愛い?」

 

「素材の良さで、似合わなくもないのが返答に困るかえ」

 

「あら、超越者に容姿を褒められるなんて光栄ね」

 

 笑顔のエノックに、プレイスホルダーが問いかける。

 

「余が超越者だと分かるのかえ?上位者でもない汝には、認識失墜の祭具が有効であろうに」

 

「だって、凄く稼げる匂いがするもの。その領域の人間は、まず超越者よ」

 

「それはシグネット……ではないのだろうな。いつの時代も人間の可能性には驚くかえ」

 

 プレイスホルダーは少し嬉しそうに呟く。

 

「じゃ、私はこれでお暇するわ。ウールーズの皆さんによろしく言っといてね」

 

 

 

 プレイスホルダーと志鳳は、洞窟の中を移動していた。

 

 時折、近くの迷宮から溢れた鉱物を固めたような怪獣──鍍金種(ボウック)が現れたが、志鳳の体術だけで簡単に倒される。

 

「孔晶は拾わなくて良いのかえ?」

 

「面倒」

 

 迷宮に出現する怪異と怪獣からは、討伐後に孔晶と呼ばれる透明な結晶を入手できる。

 

 孔晶はマナの通りが非常に良い事から、祭具の作成に不可欠な素材だ。

 

 ただ、怪獣の位階によって素材としての価値が大きく違う。

 

 志鳳が倒したのは、第9位階から第8位階までの最弱の怪獣。超越者にとっては拾う手間を惜しむ程度の孔晶だった。

 

「で、肝心の宝は見付かりそうかえ?」

 

「……難しい。地形の変動が多過ぎて、無駄に遠回りしてる。でも、確実に近付いてはいるはず」

 

「どれ、そろそろ余も手を貸してやろうかえ」

 

 プレイスホルダーの自信ありげな発言に、志鳳が振り返る。

 

「先達として、一つレクチャーしておこう。精神系の異能者だけが有する最大の特長。汝は何だと思うかえ?」

 

「……敵の精神を直接攻撃できる?」

 

 プレイスホルダーは首を横に振った。

 

「余の出した結論は、味方の精神を強化できる事かえ」

 

「っ!なるほど」

 

 志鳳は無表情ながら理解を示す。

 

「流石に察しが良い。そう、異能者の力の源泉は内面、つまり精神に宿る。その技術を極めた余にとって、一時的に他者を強化する程度、造作もない話かえ」

 

「分かった。受け入れる」

 

『本当に察しが良い。失伝──溢れる程の目覚め(フル・アローザル)

 

 プレイスホルダーが志鳳に向けて術式を行使する。と同時に、志鳳の知覚範囲と精度が劇的に向上した。

 

「凄い。妙覚に入った時みたいな感覚」

 

 妙覚。

 

 異能者が極限の集中状態を経て、一時的に自身の位階を超えた力を発揮する現象。

 

 未能者の社会に例えるならば、スポーツ選手のゾーンやフローに近い体験。

 

 これまでの志鳳の人生でも、何度か妙覚に入って限界の壁を超えた経験がある。

 

 ただし、異能者自身が狙って妙覚に入る事は難しい。

 

 セルフコントロールに長け、集中力が高い傾向にある知覚系ですら、妙覚は偶然の産物だと認識している。

 

 しかし、もしも、その妙覚を意図的に引き出せるとしたら……?

 

「余のシグネットは意識。それの応用。時間制限付きで、異能者に更なる覚醒を促す術式かえ」

 

「戦略的に強過ぎる術式」

 

「何を隠そう、連盟の母体組織が超越者を過剰に警戒するようになった理由の一割は、余がこの術式を完成させたからと言われてるかえ」

 

 誇らしげに語るが、言うだけの事はある。

 

「残りの九割は?」

 

女王(ベート)

 

 プレイスホルダーは真顔で即答した。

 

 異能社会の全てに喧嘩を売った女。

 

 残体同盟の盟主──ベート・バトゥルは、流石に別格だったらしい。

 

 

 

「だから!ここはシビュラの狩り場なんだってば!お兄さん達、いい加減にしないとボコボコにしちゃうよ?」

 

 シビュラ・クリスタル。

 

 輝石の異名を持つ上位者である彼女は、青髪と金髪の二人の青年に凄んでみせた。

 

「シビュラは上位者だかんね!ヨワヨワお兄さん達なんて刹那で倒しちゃうから!」

 

 桃色のツインテールの下にある、少し太めの眉を吊り上げて、威嚇するようにマナを叩き付ける。

 

 これ自体に攻撃力はないが、上位者のマナ量を感じ取れば恐れ慄き、シビュラに平伏するはずだ。

 

 しかし。

 

「プレイスホルダー、何かした?」

 

「少し意識を弄ってみたかえ。認識失墜の祭具なんぞに頼るのは、精神系のプライドが許さなかった」

 

「効果、強過ぎない?上位者相手でも正体を誤魔化せるなんて」

 

「その分、長く保たないし燃費も悪い。我ながら雑な仕事かえ」

 

 まさかの無反応だった。

 

(この……っ!どうせヨワヨワ位階の分際で、調子に乗っちゃって!プレイスホルダーなんて名前の上位者、聞いちゃった事ないし!)

 

『こら!シビュラを無視しちゃうなんて、許さないから!皆伝──煌めく小さな御星様(トゥウィンクル ・スター)!』

 

 シビュラは宝石のシグネットを使って、威嚇射撃を仕掛ける。

 

 数発の煌めく宝石の弾丸は、目が眩むような光の槍に呑み込まれて消えた。

 

「えっ?……えっ?」

 

「はて、真説大陸に狩り場の規定などあったかえ?」

 

「真説大陸は無法地帯。力で主張を通すのは自由。……もう術式効果が切れた。確かに完成度は低い」

 

 その瞬間、シビュラの全身が感知した。

 

 これまで出会った異能者全員が塵芥に思えるほどの、海底に叩き込まれたようなマナの奔流。それが、二つ。

 

「訊きたいんだけど、この辺にこういう地形の場所ある?教えて欲しい」

 

 青髪の青年──否、超越者に問われて、シビュラは震えながら声を絞り出した。

 

「さ、ササササっと……!ご案内させて頂いちゃいますぅ……!」

 

 

 

「へ、へぇ、金髪のお兄様は最近の流行に置いてかれちゃってるんですね……」

 

「長く寝ていたから、世情に疎いかえ」

 

「バーグラーもバンケットも知らないらしい」

 

「そのレベルで!?」

 

 異能者の間で根強い人気を誇る二大スポーツを挙げられて、シビュラは驚く。

 

 それはもう、現代異能教育を全部すっぽかしたレベルの世間知らずだろう。

 

 いや、碌な教育を受けてない真説大陸の呑んだくれでも知ってるから、それ以上だ。

 

 シビュラが何と言おうか言葉を探していると、ちょうどタイミング良く目的地に着いた。

 

「あ、ここです。正直、これまで何度も調べた場所なので無駄足になっちゃう可能性が高いかと……」

 

 シビュラは保険をかけようとするが、志鳳は既に動いていた。

 

『失伝──針の上で天使は何人踊れるか(シースレス・エンジェル)

 

「ひっ、光の冠!?なんて綺麗な術式……!憧れちゃう……!」

 

 思わず目が釘付けになる。シビュラは光り物に目がなかった。

 

「仕掛けは大体分かった。人型の何かが隠されてる。解除に少し時間が掛かるから、待ってて」

 

「人型かえ!?まさか……いや、了解した。結果を待つかえ。トラップの類は?」

 

「ない。本当に解除手順が複雑なだけ。というか、過去をカンニングできる僕じゃないと開けられない」

 

「それはそれは。幸運というべきかえ?」

 

 プレイスホルダーが探りを入れる。

 

 彼は志鳳の複合シグネットと拡張思考回路のカラクリに迫りつつあった。

 

 それが事実だとすると、なるほど黙示録に対する切り札となり得る。

 

 いや、もしくは彼らの出会いすらも。

 

「それとも全部、計画通りかえ?」

 

「そこまで(てんし)は万能じゃない。拡張思考回路で処理した情報は、術式を解除すると無意識下に沈む。そうやって、普段の僕が壊れないように調節してる」

 

「天使、天使か。皮肉な名かえ。そして、なるほど。普段の汝の言動。その意味がよく理解できたかえ」

 

 知覚系と精神系。

 

 志鳳が壁や床に特定の手順でマナを流す間に、二人は必要最低限の情報交換を終えた。

 

 ちなみに、シビュラはぼーっと口を開けている。

 

 間違いなく彼女も上澄みの異能者なのだが、超越者の会話は欠片も理解できる気がしなかった。天使って何?

 

「解除成功。今、開ける」

 

「うわ!本当に床が開いちゃった……!」

 

 床下に隠されたソレは、埃一つ被っていなかった。

 

「確かに人型に見えちゃう。等身大の人形?」

 

「いや違う。これは……」

 

「「義体」」

 

 志鳳とプレイスホルダーの声が重なる。

 

「義体?」

 

「直魂は知ってる?」

 

 質問で返す志鳳に対して、シビュラが異能生物学の教科書を思い出しながら律儀に答える。

 

「幽霊みたいなアレですよね。生物の残留思念とかが、肉体を持たない魂だけで自立しちゃった存在」

 

「そう、直魂はあくまで魂だけ。君の言うように肉体がないから何もできない。マナもシグネットも使えない」

 

 志鳳は語っていく。

 

「そんな脆弱で無防備な存在──直魂の入る体として開発されたのが、義体」

 

「そ、そうなんですか……。結局シビュラ達には無用の長物かぁ……」

 

 期待していた宝ではなく、がっくりと肩を落とすシビュラ。

 

 だが。

 

『いや、君には必要なはず。プレイスホルダー』

 

『バレていたかえ』

 

 シビュラに隠れて閑話を繋げてきた志鳳にプレイスホルダーが苦笑を返す。

 

『君は言った。「見ての通りの亡霊、いや黙示録を抑えきれなかった敗残兵の末路」と』

 

『過去の知覚ができると、物忘れがなくて羨ましいかえ』

 

 プレイスホルダーは肩を竦める。

 

『あれは言葉通りの意味だった』

 

『残念ながら、黙示録に負けた時に、ほとんど存在を抹消されたかえ。肉体を喪失しながらも、残骸と残留思念を掻き集めて、意識のシグネットで補強し、長き眠りに付く事で……』

 

 凄絶な笑みを浮かべる。

 

『どうにか、超越者としての力だけは取り戻せた』

 

 志鳳は努めて冷静に訊いた。

 

『今の体は?』

 

『あの桃色の娘のいた研究施設の地下に、廃棄された義体が放置されてたかえ。忍び込んだのは、それが目的。その後、おかしな意識を持つ者を感知して、会いに行ったかえ』

 

 ニヤリと笑う。

 

『独立型の遺物。時間遡行者のドッペルゲンガー。二人の同一人物の過去が重なる事で、シグネットの複合を実現したイレギュラー』

 

 志鳳は黙って聞く。

 

『本来の歴史には存在しない故に、滅びを回避できるかもしれない唯一の希望。──世界の隙間を埋める1%の閃き(てんし)

 

 プレイスホルダーの義体に過ぎないはずの瞳には、強い光が宿っていた。

 

『これを見逃す手は、摂理の守護者()にはないかえ』

 

 

 

 その後、志鳳とプレイスホルダーは発見した義体を引き取った。

 

 シビュラは特に興味もなさそうだったので、少し色を付けた買い取り額を提示されて喜んでいた。

 

 どうやら、オークションで好事家に売るつもりだとでも勘違いしているらしい。 

 

「さて、このまま新たな義体に入っても良いが……義体の調整と改造ができる知り合いはおるかえ?」

 

「杜鵑花とアインは、そういうのが得意。あと仕上げはサラートも巧い」

 

「それは、重畳かえ。……しばらく、起こさないでくれ。夢の中でやりたい事があるかえ」

 

 プレイスホルダーは、志鳳の拠点に用意された自室に向かって足を踏み出す。

 

「意識のシグネットは夢も自在に操れるんだ。本当に便利。何をするつもり?イメージトレーニング?」

 

「なあに」

 

 プレイスホルダーは優しく微笑んだ。

 

「一人の孤独な功労者を労いに行くだけかえ」

 

 

 

 僕は目を覚ました。

 

 いや、目を覚ましたと言えるのだろうか。

 

 一人で研究に没頭していた頃のセーフハウス。

 

 何度も見た、夢の中の世界。なのに、不思議と意識がはっきりしている。

 

「どういう事?」

 

「やっと見付けたかえ、陰の功労者」

 

 声に振り向くと、金髪の青年が立っていた。

 

「プレイス、ホルダー……。僕に気付いてた?」

 

 プレイスホルダーは大仰に頷く。

 

「摂理とは大いなる一つの意識。余はそれを蝕む存在──黙示録を察知できる。その中で契約者がいながら、長く受肉していない個体がいれば、概ね察しが付くかえ。汝の大いなる働きに敬意を示そう」

 

 プレイスホルダーの姿が滲む。

 

「泣いているのかえ」

 

「ッ!泣いてない!」

 

 何が孤高だ、悪魔め。

 

 僕は、こんなに弱いのに。

 

「黙示録の意識をシグネットで逸らすのも、そろそろ限界かえ。では、また」

 

 それは、本当に短い時間だった。

 

 だが、僕は。長い長い孤独の果てに。

 

 ──確かに、一人の理解者を得たのだ。




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  • 橙:サラート・シャリーア
  • 青:ナーヌス・バレンシア(梧桐詩凰)
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