世界の隙間を埋める1%の閃き ~あるいはTSして手当たり次第にバッドエンドフラグを叩き折る天使~   作:信頼できる語り手

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貴方、今日死ぬわねぇ。


【タヴ・モンド】の世界

 未来を知覚しながら生きるというのは、どんな感覚なんですか?

 

 それは多分、私──タヴ・モンドが異能に覚醒してから、最も多く受けた質問だ。

 

 私は何と答えただろうか。よく覚えていないが、当たり障りのない言葉を返した気がする。

 

 おそらく、相手も深く考えて発した質問ではないはずだ。

 

 ……本当は、私の方がずっと疑問だった。

 

 未来を知らずに生きるというのは、どんな感覚なのだろう?

 

 何の心の準備もなく訪れる明日が、もしくは訪れる保証すらない明日が、恐ろしくはないのだろうか。

 

 多分、その質問を口にする事は永遠にない。

 

 きっと、おかしいのは私の方なのだ。

 

 自分の足で今を懸命に駆ける皆の後ろを、未来をカンニングしながら恐る恐る追いかける私は。

 

 ──最低の、臆病者だ。

 

 

 

「良い天気ねぇ」

 

 曇天を見上げながら、私は呟いた。これは冗談でも皮肉でもない。

 

 私のシグネットによると、この山脈周辺の空は直ぐに快晴になる。少なくとも、雨が降る未来は観測できなかった。

 

 だから、私にとっては、既に晴れているも同然。

 

 ……こういう思考が、感覚がズレていると言われる原因なのだろうけど、知覚系のシグネットを持った時点で人生観が歪むのは仕方ないと思う。

 

「キシシッ、奇人変人ってな」

 

「貴方に理解して貰おうとは思ってないわぁ」

 

 だが、他人に指摘されると腹が立つのも事実。

 

「貴方、今日死ぬわねぇ。私のシグネットの観測範囲では、貴方が生き残る未来が見えないわぁ」

 

 私は人間そっくりの偽典──アメイズに対して、意趣返しのつもりで言った。

 

「キシシッ、そりゃ残念無念」

 

 動揺なし。こういう恐れ知らずの人間を見るたびに、私は臆病な自分と比較して陰鬱な気持ちになる。

 

「そう言うアンタ自身はどうなんだ?っと、占い師は自分を占わないんだったか」

 

「……貴方の考える占い師像は知らないけど、生憎、そういう信条は持ってないわねぇ」

 

 そう。だから、自分自身の未来を観測する事で、黙示録に何をされたのかは何となく分かった。

 

 可能性の上書き。おそらく正史のタヴ・モンド(わたし)は、世界を滅ぼそうとするような人間ではなかったのだろう。

 

 道を踏み誤った私と違って。

 

(黙示録は願いを叶える存在、なのよねぇ)

 

 ならば、私の願いはたった一つだ。

 

 皆、私と同じように──未来に怯え、絶望すれば良い。

 

 私は、どこまでも身勝手な願いの為に、摂理の崩壊に加担する。

 

『タヴ!』

 

『やっぱり、貴方が来るのねぇ』

 

 深い青色の髪に、天使の輪のような光を絡み付かせた青年。

 

 壟断の梧桐志鳳。私と対になる過去知覚のシグネットを持つ超越者。

 

 想定内だ。最も可能性の高い未来が実現した事に、私は深く安堵する。

 

『キシシッ!予測的中ってな!』

 

 アメイズが私の斜め前に歩み出る。

 

 その通り。モナルキーアの奇襲が失敗する事も、私が逃げ損ねる事も。

 

 今。この時間、この場所で、私が妙覚に入る事も。

 

 全部、事前に予知した通りの──既定路線だ。

 

『口伝──既定路線の未知(ホロスコープ・スプレッド)

 

 私の意識は無数の未来を知覚する。

 

『ではでは、占いを始めるわねぇ』

 

 カード型の祭具の束を懐から取り出し、見せ付けるようにシャッフルした。

 

 何故、御園ではなく懐に入れていたのかというと……。

 

『再演──完全無欠な矛盾(アブソリュート・パラドックス)

 

 この男──梧桐志鳳を相手にするのならば、眷属召喚に必要な僅かなマナ消費さえ、節約すべきだと思ったからだ。

 

 無数の光の矛を躱しながら、私は自身の内側へと意識を向けた。

 

 

 

 私は他の超越者が関わる未来を覗き過ぎないように心掛けている。

 

 理由は二つ。

 

 一つ目。同格以上の存在が絡む未来は読み違えやすいから。

 

 二つ目。超越者の濃過ぎる人生に触れる事で、私自身の人格に深刻な影響を受ける可能性があるから。

 

 だからこそ、信じられない。

 

 固有術式を模倣できるくらいに深く、超越者の過去を追体験して、尚も平然としている梧桐志鳳の精神性が。

 

 同じ知覚系の私には理解できる。彼が正気を保っているのは奇跡だ。

 

 似たような真似を試みて廃人となった知覚系を、星の数ほど知っている。

 

 私に言わせれば、世界で唯一の複合シグネットなどよりも、その異形の精神構造の方が何倍も恐ろしい。 

 

 そんな怪物を相手にするのだ。こちらも出し惜しみなく切り札を切る必要がある。

 

『失伝──予定調和の運命(フォールス・シャッフル)

 

 望ましくない未来に続く分岐を全て塞ぎ、最良の結末への道筋を確定させる固有術式。

 

 妙覚に入っている今しか使いこなせない、身も蓋もない反則技。

 

『私が彼の未来を誘導するわねぇ。貴方はただ全力で攻撃すれば良いわぁ』

 

『キシシッ!合点承知!』

 

 アメイズは指先を志鳳に向けて、瘴気の刃を撃ち出す。

 

 どうやら、瘴気を纏って暴れる事しかできない戮辱者と違い、彼は瘴気を自由に操れるらしい。

 

 生命にとって、極めて有害な瘴気を。

 

『ッ!再演──無秩序な熱狂(ワイルド・オージィ)!』

 

 志鳳は四本の光の鎌を形成し、瘴気を振り払う。

 

『まずは一手、お手並み拝見ねぇ』

 

 私は手に持ったカードの数枚を活術で強化し、発術で射出した。

 

 このカードは祭具だが、予め術式が刻まれているわけではない。状況に応じて自ら術式を込めて使用する、上級者向けの代物だ。

 

 戦闘向きのシグネットを持たない私が愛用する主武器でもある。

 

『危な……』

 

 光の鎌の隙間を抜けて飛来したカードを、志鳳が両腕を強化して受け止めるが、威力に押されて後退した。

 

 その位置。私が事前に律術で仕掛けておいた罠の術式が、発動し……。

 

『いっ!』

 

 なかった。

 

『……発動までの一瞬で、術式を分析・解体したのかしらねぇ?』

 

 器用なんてレベルじゃない。どれだけの過去を知覚すれば、そんな真似ができるのか。

 

 知覚系の処理限界を軽々と越えている。

 

『知覚系同士の戦い。仕組んだ側が罠を張ってないわけないか。再演──厄災を示す地図(ハザード・マップ)

 

 おそらく、もう彼に罠は通用しない。代わりに、これから先、彼は罠を警戒する為にマナと意識を割き続けざるを得ない。

 

 知覚系の超越者が相対すれば、こうなる。

 

 じわじわと互いの選択肢を削り合い、戦況を自身の描いた勝利の絵図に近付けていく。そういう戦い。

 

『貴方の底を測らせて貰うわぁ』

 

 志鳳が受け止め、舞い落ちる途中だった数枚のカードから、錬術で形成されたマナの槍が飛び出す。時限式の攻撃術式。

 

『底なんてないから、第0位階。再演──洗礼(ラミナ)

 

 志鳳の動きが一変した。模範演舞のような美しい体捌きで、全ての槍を殴り砕く。

 

『流石に強いわねぇ』

 

 その様子を見ても、私に焦りはない。確かに多彩な手札は厄介だ。

 

 だが、思考の拡張と術式の模倣。二つの失伝の同時使用は、第0位階の身でも負担が大きいはず。

 

『時間は私の味方なのよねぇ』

 

 志鳳が私に高速で接近してくる。

 

『キシシッ!一刀両断!』

 

 移動中の志鳳の頭上から、瘴気の刃がギロチンのように落ちた。

 

 彼は錬術で形成したマナの足場を駆け、立体的な動きで回避する。

 

『瘴気は受け止められないから、面倒……!』

 

 アメイズに注意が向いている隙に、私は呪術でマナの気配を抑え、志鳳から距離をとった。

 

『再演──凝り固まった流血(クロテッド・ゴア)

 

 私を押し潰そうとする光の壁。しかし、その未来は既に知っていた。

 

 私は術式が構築される前に進路を変更する事で空振りさせ、同時に共有術式を行使する。

 

『再演──煌めく小さな御星様(トゥウィンクル ・スター)

 

 協術。一足早く、無形のマナと同調していた私の体を、光の弾丸が擦り抜ける。

 

『そう来ると思ってた。再演──独り善がりな栄光(ロンリー・アウレオラ)

 

 協術は無敵の防御手段ではない。全身をマナと同調させていられる時間は長くないからだ。

 

 効果が切れる瞬間を狙うのは、当然。

 

『そう来ると思ってたわぁ』

 

 追尾してくる光矢の群れを、的確な位置にカードを投げて迎撃する。

 

 不思議な感覚だ。

 

 私は彼の未来を知覚し、彼は私の過去を知覚している。

 

 梧桐志鳳。異能者としては、感覚派と理論派のハイブリッド。

 

 性格は素直で、他者に共感しやすい。友人達を何よりも大切にしている。

 

 無表情で見栄っ張りだが、実は意外と気が弱くて怖がり。他者に影響されやすく、些細な事も気にしてしまうタイプ。

 

 私に似ているが、私とは決定的に違う。

 

 彼はこの世界を深く深く──愛している。

 

 この短時間の対峙で、親愛の情すら湧くほどに互いを深く識ってしまった。 

 

『再演──傅膏(ヤザタ)

 

 志鳳が光の二刀でアメイズを攻撃する。

 

 正しい判断だ。多少強引でも先にアメイズを撃破し、私との一対一に持ち込んだ方が勝機があるだろう。

 

『ああ……』

 

 私は息を漏らした。

 

『結局、こうなるのねぇ……』

 

 志鳳が目を見開く。アメイズは光の刀を避けなかった。

 

 斬られながら、死にながら、志鳳の体に、ありったけの瘴気の刃を叩き込んだのだ。

 

『キ……シシ……ッ、窮鼠嚙猫……ってな……』

 

 予期せぬ特攻に対して、志鳳はまともな回避行動をとる事さえできなかった。

 

 志鳳が導き出す最適解は、知覚した過去の情報の集積から予測している。

 

 だが、最近自我を得たばかりのアメイズは、過去と呼べるものがまだ少ない。

 

 天使の拡張思考回路を以てしても、その行動を完全に予想する事は不可能だったのだ。

 

 それが、過去知覚による擬似的な未来予測と、本物の未来知覚のシグネットとの、絶対的な差である。

 

 

 

『未来を知らずに生きるって、どんな気分なのかしらねぇ?』

 

 アメイズの遺体を横目で見て、返ってくるはずのない問いを投げ掛ける。

 

 結局、私は彼の事を何も知らないままだ。

 

 いや、違う。本当は敢えて知り過ぎないようにしていたのだ。終わりが確定している存在に深入りするのが怖かった。

 

『罪悪感、なんて抱く資格はないのにねぇ』

 

 そして、志鳳の遺体に対しても……。

 

『──閃いた』

 

 呼吸が止まる。

 

 致命傷を負ったはずの志鳳が、私の目の前で立ち上がった。

 

『再演──忍び寄る恐怖(クリーピー・パスタ)

 

『消え……!?』

 

『再演──神品(ミリアム)!』

 

 全身のバネを余さず使った蹴撃が、私の右肩を掠める。

 

 反射的に距離を取ってから、気付く。

 

 知覚系だけに分かる感覚。今、私は判断を誤った。

 

『再演──泡沫(さつき)

 

 刹那。志鳳と目が合う。

 

『再演──溢れる程の目覚め(フル・アローザル)──自己限定』

 

 それは、勝利への道筋を見据える人間の目だった。

 

『今更、妙覚に入ったところで……!』

 

 志鳳が重傷を負っている事は間違いない。彼は固有術式を使いながらも、同時並行で活術による治癒を自らに施している。

 

 マナも目視で分かるほどに激減していた。

 

 少し時間を稼げば、失伝を維持できなくなるだろう。勝てる。勝てるはずだ。

 

 そう自分に言い聞かせていた私の頭に。

 

『……?』

 

 一滴の雨粒が、落ちた。

 

『ぇ……?』

 

 一滴、また一滴と。

 

 ──雨が、降り出す。

 

『嘘……』

 

 雨。雨。雨。

 

 想定外。想定外。想定外。

 

 この要素によって、未来はどう分岐する……?

 

 妙覚に入って加速した私の意識が、思わず想像してしまった。

 

 戦場における余計な思考。

 

 妙覚は自身の限界を超える技術である。乗りこなせば非常に強力だが、完全に御せるものではない。

 

 特に膨大な情報を精密に処理している私達……。

 

『──そう。僕達、知覚系にとって、その誤算は致命的』

 

『ッ!』

 

 私の思考を……!?

 

『あらゆる過去を完全に把握できれば、未来予知にも手を掛けられる。この術式を再現するのは、なかなか大変だった』

 

『まさか……!』

 

『再演──予定調和の運命(フォールス・シャッフル)

 

 私は悟った。

 

『残念。時間は僕の味方だったみたい』

 

 今、この舞台の主役は。

 

『悪いけど、僕は欲張りだから。主演は譲ってあげない』

 

 ──彼だ。

 

 

 

『タヴ、笑ってる?』

 

『えっ……?』

 

『なんだか、嬉しそうに見えた』

 

 分からない。私が死ぬほど恐れていた、未知の連続。なのに、何故こんなに……。

 

『そうかもしれない、わねぇ』

 

 高揚しているのか。

 

『再演──幻像(アイン)

 

 ここからは、ただ純粋な読み合い。

 

 なんとも地味で、知覚系らしい。私は苦笑した。

 

『一応、言っておくわねぇ』

 

『どっちが勝っても』

 

『『恨みっこなしで』』

 

 一つだけ、笑ってしまうほど重大な、新しい発見があった。

 

 結末の予測できない戦いは。

 

 とても、楽しい。

 

 

 

『反則よねぇ。アメイズの捨て身の特攻を生き残るとは思わなかったわぁ』

 

 紙一重。私の最後の足掻きは、彼の髪を掠めただけに終わった。

 

 地面に倒れた私を、勝者が見下ろしている。

 

 その表情には疲労の色が濃く、天使の輪は薄く消えかかっていた。

 

『嫉妬するわねぇ。ここ一番で都合の良い偶然を手繰り寄せるなんて、まるで物語の主人公みたいだわぁ』

 

 雨に打たれながら、私は思わず負け惜しみを漏らした。

 

 悔しい、なんて初めて思ったかもしれない。

 

『……偶然じゃない』

 

 志鳳は答える。

 

『僕を送り出す時に、ベートが言ってくれた。──私の許可なく死ぬな、だって』

 

『……!女王の至上命令による、致命傷の自動回避……。道理で仕留められなかったわけねぇ』

 

 卑怯とは言えない。全てを捨てた私に、そんな権利はないだろう。

 

 その人望も、彼の力だ。

 

『ねぇ、未来を知らずに生きるって、どんな感覚なのかしらねぇ?』

 

 気付けば、私は彼に訊ねていた。

 

『何の保証もない明日が、怖くないのかしらぁ』

 

 志鳳は掌を広げて、雨粒を受け止める。

 

『僕にとって、未来が不確定なのは、大きな希望』

 

 その顔を見て、私は何となく察した。

 

『これは、僕が全てを取り返す為の延長戦(セカンドチャンス)だから』

 

 それは、私と同じ。大きな失敗を経験した者の顔だ。

 

 そして、私は自暴自棄になり、彼は諦めずに戦っている。

 

『完敗、ねぇ……』

 

 素直に、そう思った。

 

『貴方なら、次こそ、きっと上手くやれるわぁ』

 

 私は傷だらけの天使に微笑みかける。

 

『私の最後の預言。外させないで欲しいわねぇ』

 

 天使は確かに頷き、光の刀を振り上げた。

 

 その淡い輝きは、悲しいほどに優しくて。

 

「……これにて、終演(カーテンコール)

 

 こんな私でも、彼が照らす未来になら、少しだけ期待を持てるかもしれない。

 

(ああ、良い天気……ねぇ……)

 

 ──最後に見上げた雨空は、何故か青空よりも輝いて見えた。




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