世界の隙間を埋める1%の閃き ~あるいはTSして手当たり次第にバッドエンドフラグを叩き折る天使~   作:信頼できる語り手

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諦めの悪い余に目を付けられたのが運の尽きよ。


【深層】に関する隙間

『うむ、それでは今日も始めよう』

 

 プレイスホルダーは自身の義体から魂を切り離し、意識の深層へと潜り込む。

 

 深層。

 

 あらゆる意識体に存在する無意識の底であり、異能を司る根源でもある。

 

 意識のシグネットを極めた彼は、この領域を適切に刺激する事で、人間の潜在能力を引き出す術式を開発した。

 

『余自身の深層だから当たり前ではあるが……やはり、ここは落ち着くかえ』

 

 そして、意識の深層から更に深く潜ると、彼の守護する摂理に辿り着く。 

 

 現在のプレイスホルダーは世界の総体意識──摂理にアクセスし、そこを中継点として様々な人間の意識に侵入できる。

 

 皮肉にも肉体の喪失によって、彼のシグネットは生前よりも自由度を増していた。

 

『焼け石に水なのは百も承知。しかし、可能な限りは修復しておくとしよう』

 

 摂理の修復作業。これは世界中でプレイスホルダーにしかできない仕事だ。

 

 この世界をオンラインゲームに喩えるとすれば、彼だけにサーバー管理権があるような状態である。

 

 一人で背負うにはあまりにも重い責任だが、後継を育てる案は現実的ではない。

 

 彼と似たシグネットを持ち、彼と同じレベル──超越者にまで到達できる人材が現れる可能性は限りなく低いからだ。

 

 その事実に気付いた瞬間から、摂理の守護者の孤独な戦いが幕を開けた。

 

『後悔はしておらんがな。黙示録ごときにくれてやるには、この世界は美し過ぎる』

 

 肉体を失った直後の数年間は、正気を保つのが精一杯だった。あまりの無力感に、放心と発狂を繰り返した時期もある。

 

 しかし、人々の意識に接続できる彼は、誰よりも人類の価値を信じていた。

 

 彼は摂理という意識体の美しさを知っている。これほどのものを生み出す今の世界が無価値であるとは到底思えない。

 

『諦めの悪い余に目を付けられたのが運の尽きよ。──敗者復活戦に付き合って貰おうかえ、遺失支族』

 

 プレイスホルダーは日課の修復作業を終えて、新しい義体へと意識を浮上させていく。

 

『ようやく同志と友人を得られたところなのでな。汝らを滅ぼして世界を安定させるまで、まだまだ死んでやれんよ』

 

 

 

「お邪魔するかえ、桃色の」

 

「おっ、プレぽん。また来たん?」

 

 桃色のポニーテールの女性──幽鬼の梅園(ウメゾノ)紗鶯(サオウ)が、機材の散らかった作業部屋でプレイスホルダーを出迎える。

 

 勿論、事前に杜鵑花を介して、面会の許可は取っていた。……マイペースな紗鶯がその事を覚えているかは不明だが。

 

「調べて欲しい情報があるかえ」

 

「おけおけ、いつものヤツね。りょ」

 

 紗鶯は軽く承諾した後、ゲーミングチェアを回転させて来客に体を向ける。

 

「てか、プレぽんさ。あたしの事、技術屋じゃなくて情報屋だと思ってない?マジウケる」

 

「汝の本職は心得ているが、余の知る限りでは、汝の情報網が最も広範囲をカバーしているのでな」

 

「広く浅くって感じなだけし。情報の深さならシホりん達の方が上だかんね」

 

 紗鶯は飲みかけの炭酸飲料を手に取り、一息に飲み干して続ける。

 

「で、今度は何なん?前は確か遺失支族が経営する10企業について、だったっけ?」

 

「その節は助かったかえ」

 

「未能社会にまで進出してる企業だから、情報収集はめっちゃ楽だったわ。マジウケる」

 

 電気のシグネットを持つ紗鶯にとって、電気に依存し切った未能社会から情報を抜く程度は造作もない事だ。

 

 まあ、やり過ぎると連盟に睨まれるので、必要な情報以外には触れなかったが。

 

「今回はある人物について調べて貰いたい」

 

 プレイスホルダーは懐から一枚の写真を取り出した。

 

「思姦のネルウス・アレキサンダー。四大結社に所属していない、フリーの超越者かえ」

 

 

 

 プレイスホルダーは自身の故郷──現在はヘリアンサスと呼ばれる国を訪れていた。

 

 目的の一つは、遺品の回収。紆余曲折あったが、彼は愛用品の一部を取り戻す事ができた。

 

「自分で自分の遺品を回収する事になるとは、妙な気分かえ」

 

 そして、もう一つの目的は、長年のブランクを少しでも埋める事である。

 

 直魂となってからも欠かさず使っていたシグネットと違い、彼の体術は錆び付いてしまっていた。

 

 これまでは仲間の支援に徹する事が多かったが、高性能な義体を得たからには体術の勘も取り戻したい。

 

「橙色の風に言うのならば、テコ入れというヤツよ」

 

 連盟の職員に案内された迷宮の前で、プレイスホルダーは呟く。

 

 迷宮は異空間だ。幻界の一部が周囲の生物を巻き込みながら、現実世界に出現したものである。

 

 数日前。ヘリアンサスの都市部──人口密度の高い地域にて、大規模な迷宮が発生した。

 

 巻き込まれた遭難者の数は甚大。直ちにヘリアンサス内の異能者が掻き集められたが、迷宮の攻略は非常に難航していた。

 

 ヘリアンサスは異能大国。この国の戦力で解決できない問題ならば、選べる方法は一つしかない。

 

 すなわち、超越者への救援要請。

 

「余の力量を確認する意味合いもあると思うが、こちらとしても好都合」 

 

 彼は迷宮の外郭にそっと触れると、律術でマナの流れを操作して、人一人が通れる穴を抉じ開けた。

 

 活術で身体能力を強化し、穴が塞がるまでの間に滑り込む。

 

 先遣隊が苦慮していた、迷宮への侵入。それを容易く成し遂げる。

 

「肩慣らしには丁度良い。年の功というものを見せてやろうかえ、若造共」

 

 人知れず世界を救ってきた男の新たな挑戦が始まった。

 

「それにしても、出発前にウールーズの連中が色々と渡してくるせいで、ピクニックのような気分になってしまったかえ。赤色のの手作り携行食は有難いが……」

 

 ただし、今度の戦いは孤独ではない。

 

 プレイスホルダーは無意識に笑っていた。




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