世界の隙間を埋める1%の閃き ~あるいはTSして手当たり次第にバッドエンドフラグを叩き折る天使~   作:信頼できる語り手

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もむもむ。


【残心】に関する隙間

 命を感じられない彫刻の鳥の群れが、空を駆ける1頭の天馬に殺到する。

 

『偽典か。余が迎撃するかえ?』

 

『気にしないで良いですよぉ。あの程度なら簡単に抜けるのでぇ』

 

 杜鵑花は模範的な騎乗姿勢を崩さず、自身の隷獣である天馬のクップルングに直進指示を出した。

 

 偽典の鳥達は遺失支族(そうぞうしゅ)の命令に従い、3人の超越者を背に乗せた天馬を真っ直ぐに狙う。

 

 そして、彼女達と衝突する寸前まで接近すると、見当違いな方向へと一斉に進路を変えた。

 

『天晴れな残心かえ、紫色の』

 

 プレイスホルダーが杜鵑花の腰に掴まりながら短く称賛する。

 

 残心は術式を維持する技術の俗称だ。

 

 術式は発動までの間が最も集中力を要する為、完成した術式を残して使えば余力を他に回す事ができる。ここまでは徒弟レベルの常識だ。

 

 そこから更に異能者の技量が上がると、意識せずとも長く術式を維持する事が可能になり、不測の事態にも備えられる。これが残心。

 

 ただし、戦闘中はともかく、普段から高出力の術式を維持しているとマナを消耗し過ぎてしまう。

 

 なので、歴戦の異能者達は条件を満たすと自動的に出力が切り替わるように、事前に処理手順を設定した術式を構築している事が多い。

 

 例えば、杜鵑花の場合は自身に接近する敵性存在を感知し、離れた場所に強い引力源を生み出す護身術式を常時発動していた。

 

 残心の完成度は異能者としての経験が物を言う。プレイスホルダーの目から見ても、杜鵑花の残心の熟練度は高かった。 

 

『あんな使い捨ての戦力に付き合っても時間の無駄ですしぃ。相手にせずに資料館に向かいましょうかぁ。クップルング』

 

『ヒーヒーン!』

 

 クップルングは翼を羽ばたかせ、強靭な4本の足で空中を蹴って進む。

 

『おい、揺れが酷いぞ!後ろで死にかけている私にも配慮してくれ!』

 

 最後尾のアインが悲鳴を上げた。

 

 聖剣を具現した事により疲弊し切った彼女は、プレイスホルダーのセーターを掴み、ウェーブのかかった緑髪を押し付けて項垂れている。

 

『きゃひひ、ネットオークションばっかり参加してるから、体力が落ちてるんじゃないですかぁ?ねぇ、プレイスさん』

 

『うるさいぞ。君のような刺激中毒者と違って、私は繊細な体なんだ。なあ、プレイスホルダー君』

 

『ええい、汝らの喧嘩に余を巻き込むな!余は引率の先生ではない!』

 

 プレイスホルダーを挟んで喧嘩しながらも、アインは記憶している道順を案内し、杜鵑花は騎手として最短経路で偽典を振り切った。

 

 程なくして、騙し絵のようなデザインの資料館が近くに見え始める。

 

『あ、援軍!待ってたであります!』

 

 水色の髪の女性が杜鵑達に気付いた。

 

『淫祠邪教のリーゼさんですかぁ。そう言えば、資料館は超越者が持ち回りで警備してるんでしたねぇ』

 

『随分と引き連れて来てるでありますね!でも、それで正解であります!』

 

 リーゼは杜鵑花達を追ってきた偽典の大群との間に、大盾の祭具を放り投げる。

 

『失伝──物言わぬ多数派(サイレント・マジョリティ)!』

 

 彼女の術式により夥しい数に増えた盾は、雪崩れ込む偽典を塞き止めた。

 

『ここは私にお任せあれ!』

 

 リーゼ・マルガリータ。

 

 シグネットは増殖。自他の数を増やす事ができる、応用の幅が広い超越者。

 

『遺失支族についてはご存知でありますよね!?奴らが失楽園の内部に侵入してしまったであります!それと……』

 

 ウールーズの3人がクップルングから飛び降り、杜鵑花が隷獣を幻界に戻した。

 

『レテちゃんが寝返ったであります!』

 

 擦れ違い様にリーゼが閑話で必要な情報だけを伝える。

 

 遠くから何かが焼けるような異音が聴こえ、大地が揺れた。3人は資料館の中に足を踏み入れる。

 

 

 

 激戦の跡が残る資料館を走りながら、アインは苦虫を噛んだような表情を見せた。

 

『なるほど。色々と腑に落ちたぞ』

 

『そんなに危険な人なんですかぁ?結社無所属の問題児な事は知ってますけどぉ』

 

『具体的にどの程度の脅威なのかは分からない。だが、連盟の警戒度はかなり高かったはずだ。それだけに、敵に寝返れば直ぐに露見すると思っていたんだが……』

 

『考えが甘いかえ。謀略において精神系の超越者を凌ぐシグネットはない。その気になれば汝らを欺く手段など幾らでもあるという事よ』

 

 プレイスホルダーの言葉には、同じ精神系だからこその実感が込められている。

 

『それよりも怖いのは異能の底が知れない事ですねぇ』

 

 シグネットは魂と紐付いている為、他者が全く同じシグネットを持つ事は基本的にあり得ない。

 

 それ故に、シグネットの特性や限界を完全に把握できるのも自分だけだ。

 

 当然、自分のシグネットの詳細を馬鹿正直に開示している異能者は少数派になる。多くの異能者は曖昧に暈していた。

 

 レテ・ダームは特にデータの少ない異能者だ。記憶のシグネットを極めると何が何処までできるのか、彼女以外に知る者はいない。

 

『それで、失楽園の入り口まで来たは良いが、ここからどうするつもりかえ?』

 

 中心に果実の紋様が刻まれた真っ黒な扉を前に、プレイスホルダーが訊ねる。

 

 そもそも、彼らは失楽園への侵入を阻止しに来たのだ。失楽園は脱出の宛もなく突入するような場所ではない。

 

『『それは……』』

 

『そのまま進めェ!』

 

 アインと杜鵑花が各々の意見を言葉にしようとしたタイミングで、頭の中に別の思念が割り込む。

 

『ポールヴさん……?これは、遠隔通信のシグネットですかぁ?』

 

『そうだァ!あんたらが先に着いてるなら話が早……』

 

『志鳳さんが遺失支族に誘拐されたわ!』

 

『ごめん……!私がレテちゃんの記憶改竄に引っ掛かったせいで……!』

 

 サラートと幕楽の焦った思念も重なるようにして届いた。

 

『2人とも少し落ち着いてくれ。確認するぞ。志鳳君の連れ去られた先が失楽園だというのは確かだな?』

 

『ポールヴが敵に付けた発信器の信号が資料館の位置で途絶えたから、間違いないわ!』

 

『そうですかぁ』

 

 アインと杜鵑花は同時に息を吐いた。

 

『落ち着いておるな』

 

『まぁ、あの人が騒ぎの中心にいるのはいつもの事ですしぃ』

 

『志鳳君を心配するだけ時間の無駄だぞ。あーあー。聴こえるか、幕楽君、サラート君。安心してくれ』

 

 アインが手を翳すと、扉がゆっくりと開く。

 

『──直ぐに連れ戻す』

 

 そして、扉の向こうに広がる深淵に迷わず身を投げた。

 

『きゃひひ!地獄巡りは初体験ですねぇ!』

 

 杜鵑花が後に続くと、プレイスホルダーも飛び込む。

 

『小娘共が!老いぼれ()よりも先に死ぬなど絶対に許さんかえ!』

 

 落ちる、とは少し違った。

 

 敢えて言うなら、コマ送りのような感覚。上下も左右も分からない空間の継ぎ接ぎが、3人を地獄へと運ぶ。

 

 プレイスホルダーは生存確認の意味も込めて、アイン達に言葉を投げ掛けた。

 

『汝ら、本当は目茶苦茶ブチギレておるな?』

 

『『全然』』

 

 

 

 アイン達が失楽園に入り、通信が切れる。

 

『秘伝──言葉にできない真意(ノンバーバル・メッセージ)

 

 業報の(ワン)筮亀(シーグイ)

 

 シグネットは交信。遠く離れた相手と意思を疎通できるだけの異能。

 

 彼女は自身のシグネットによって、遠い地にいながらポールヴとウールーズの面々の通信を繋いでいた。

 

 資料館の周辺では通信系の術式は乱されるはずだが、通信のみに特化した彼女の異能はその妨害を越える強度を持っている。

 

 あまり連盟には知られたくない情報だが、志鳳の命には代えられなかった。

 

『筮亀ちゃん、ありがとう!手伝ってくれて助かったかな!』

 

『王を第一に考えた結果です。どうぞ』

 

 筮亀はいつもと変わらない事務的な口調で返す。王の危機で取り乱すようでは、親衛隊の参謀たる資格はない。

 

『ところで、さっきの話は真実?』

 

 サラートが通信越しでも感じ取れるほど剣呑な雰囲気を出す。問うた先はポールヴだ。

 

『当たり前だろォ。俺が付いて行けば失楽園からの脱出は可能だァ』

 

 ポールヴが眼帯に手を掛ける。

 

『賢者の方舟と適合する事ォ。それが枢密院の総裁に必要な資格なのは、あんたも知ってるだろォ。なら、簡単だァ』

 

 眼帯の下の眼球が金色の淡い光を放った。 

 

『──失楽園と適合する事ォ。それが紋章院の総裁に就く為の条件だからなァ』

 

 黒と金。左右で色の違う両目が、その証だった。

 

 

 

『改編──可能世界(ライクリフッド)D159』

 

 アインは錬術で足場を組み、無事に失楽園に降り立つ。

 

 凹凸の激しい均されていない地面は噂通りだ、と観光客のような感想を抱きつつ、ノースリーブから露出した肩を軽く鳴らす。

 

 見える範囲に杜鵑花とプレイスホルダーの姿はない。

 

『侵入と同時にバラバラの座標に飛ばされたようだな』

 

 失楽園に備わっている機能なのか、遺失支族の仕業か。彼女の予想では後者だ。

 

 理由は何となくそう思ったから。単なる勘である。研究者でもあるまいし、客観的な根拠など必要ない。

 

『失伝──独り善がりな栄光(ロンリー・アウレオラ)』 

 

 そんなアインの視界の端に、見覚えのある光が映る。

 

 一瞬、志鳳の術式かと期待するが、流石にそこまで都合の良い事はなかった。光の矢を放って戮辱者と戦っているのは、青い長髪の女性である。

 

 しかし、ある意味では彼女も探し人だった。

 

『口伝──見かけ倒しの試作品(トランペリー・プロトタイプ)

 

 アインは人影に向かって走っていく。

 

『模造──粘着テープ!』

 

 ロール状になったテープを伸ばし、戮辱者をぐるぐる巻きにする。あまり強い個体ではなかったようで、そんな小細工でも一時的に動きを止められた。

 

『逃げるぞ!』

 

『は……?ア、イン……!?』

 

 青髪の女性は困惑しながらも、何処か慣れたような動きでアインと併走する。

 

『なんでここに……?』

 

『あ、一応言っておくが、収監されたわけじゃないぞ。親友が拐われたから取り返しに来ただけだ。そうだ。ちょうど君みたいな髪色の青年なんだが、見ていないか?』

 

『見てない、けど……』

 

 青髪の女性──ナーヌス・バレンシアはこめかみを押さえた。

 

『段々、思い出してきた……。そう言えば、こういう目茶苦茶な奴だった……』

 

『頭痛か?ここは瘴気濃度が高いからな。君のマナ量なら大丈夫だと思うが、あまり立ち止まらない方が良いぞ』

 

 アインは本気で心配そうに肩を叩く。

 

『ところで、アクイレギアの広場で私を助けてくれたのは君だろう?ずっと礼が言いたかったんだ!』 

 

 アインはナーヌスの長髪を指差す。

 

『光のシグネットを使う青髪の超越者。あの秘密主義で有名なナーヌス・バレンシア君が助けてくれた事は直ぐに分かったんだが、淫祠邪教に行っても会えなくてね。改めて、ありがとう!』

 

 ナーヌスは体の奥から込み上げる熱と、様々な感情を押さえながら、上擦った声で返答した。

 

『……人違い』

 

 

 

『どかーん!』

 

 間の抜けた掛け声と共に突き出された拳が、失楽園の空気を破裂させる。

 

『口伝──存在の耐えられない軽さ(フリー・フォール)……!』

 

 杜鵑花は咄嗟に引力を操って、巨体を流れる力の向きを乱し、体勢を崩させた。

 

『ぐわーん!と外れた!?……なあ、おい!今の!どうやったんだ!?』

 

 淡い茶髪を無造作に伸ばした黙示録──ドゥレッザが目を輝かせる。

 

『まったく、困るよな!』

 

 大人と子供以上の体格差のある2人が向き合う。

 

『面白い奴ばっかりいるせいで、この世界を終わらせるのが勿体なくて仕方ない!』

 

『ならば、汝らが滅びれば良い。失伝──深き眠りの果て(ディープ・スリープ)

 

 ドゥレッザの体が傾く。

 

『発信器を付けられて気付かなかった事と言い、汝らは能力こそ高いが隙が多くて危険に鈍い。生まれながらの強者故の欠陥かえ』

 

『眠……ってたまるか!気合いだりゃあ!』

 

 ドゥレッザは自身の頬に張り手を食らわせ、強引に意識を目覚めさせた。

 

『失伝──溢れる程の目覚め(フル・アローザル)

 

『根性論は古いですよぉ』

 

 擬似的な妙覚に入った杜鵑花は、引力の変化を察知する事で知覚精度を高めていく。

 

『補綴戦姫、特殊改造モード』

 

 そして、プレイスホルダーの額からは角のようなアンテナが、背からは2本の副腕が生えた。

 

『この改造はありで男体化だけはできない仕様は、流石にどうかと思うかえ……!』

 

『設計者が変態だったんですかねぇ』

 

『良いねえ!楽しくなってきた!』

 

 ドゥレッザは拳を打ち鳴らす。

 

『天使の争奪戦!どかーん!と始めようや!』

 

 

 

「ささ、いただきまーす!」

 

 ソーク・ブルームーンは散歩がてら、配下(なかま)から献上された林檎にかぶり付く。

 

「もむもむ、今回のは成功作かも!」

 

 瘴気で汚染された動植物を浄化して食べる。それが、失楽園での食生活である。

 

「ちょっと舌が痺れるけど、それが良いアクセントになって……もむもむ!」

 

『最悪の思想犯と呼ばれた異能者も、食事の瞬間は無防備なものだね』

 

 地面から生えた結晶がソークの腕を掠め、袖に付いているリボンの装飾が千切れた。

 

「もむもむ」

 

 後で縫って貰わないと、とソークはぼんやり考える。

 

『心臓を貫くつもりだったんだけど……残心とかいう技術かな?』

 

『失伝──頭の外の万能鍵(マスター・キー)

 

 白と水色のグラデーションヘアが翻り、ソークの体が後ろに倒れた。海老反りの姿勢で眼前の靴を眺める。

 

 機能性を重視したブーツだ。彼女自身、厚底のブーツを好んで履いているので、気が合うかもしれない、とソークは考えた。

 

『偶然ではありませんね……。グロリア。どういうカラクリかは知りませんが、彼女は私の速さを見切っています』

 

「もむもむ」

 

 考える。考えた。考える。考えた。考えた。考えた。考えた。

 

 ──皆で、一緒に考えた。 

 

「もむもむ、ごっくん」

 

 ソークは歯形の残った果物を見て、困り顔で言った。

 

「……あげないよ?」

 

 空気が、軋む。 

 

『安く見られたものだね』 

 

 黒髪に青インナーの黙示録──グロリアの足元が結晶で覆われていく。

 

『その自信と余裕、私の最高速で終わらせて差し上げましょう』

 

 毛先を巻いた銀髪の黙示録──クラシーヴィが右足の爪先で地面を叩いた。

 

『……40手、41手、42手。ああ、駄目だ。これ、どうやっても死ぬ展開かも』

 

 ソークは林檎を上に放り投げる。

 

『私1人なら、ね』

 

 爆発寸前までマナを注ぎ込んだ林檎は空中で炸裂し、それが合図となった。

 

「我、傲慢の罪を禊ぐ者なり!……なんちゃって!」

 

 グロリアが腕を振り上げる。クラシーヴィが全てを置き去りにする速度で踏み出す。

 

 周囲に集まってきていた多数の戮辱者が、余波で粉々に消し飛んだ。

 

 

 

 (ワン)筮亀(シーグイ)が持つ交信のシグネット。

 

 その真価は遠方との確実な通信、ではない。

 

『我々と取り引きしませんか?どうぞ』

 

『私達の協力は高いヨ?』

 

 通話相手は老婆のような嗄れ声で答える。前回は変声期前の幼い声だったが、そこはどうでも良い。

 

『今は特に忙しくてネ。相当な借りを作る事になるヨ、万筮亀』

 

『覚悟の上です。王から事前に許可は頂いています。報酬はレプタではなく──クオリアで払うと。どうぞ』

 

 情報屋はヒュウと口笛を吹いた。

 

『正しく、国家規模の取り引きってわけだネ。一介の情報屋には身に余る光栄だヨ』

 

 そう。許可は取っている。

 

 交信のシグネット。

  

 その真骨頂は──少し離れた過去や未来との交信。

 

 預言のタヴ・モンドには及ぶべくもないが、彼女はシグネットを使って擬似的な未来予知ができる。

 

 だから、志鳳から事前に全ての指示を受ける事ができた。

 

『それで、取り引きというのは失楽園に関わる話かナ?』 

 

 志鳳は知っていた。筮亀を介して未来の自分からのメッセージを受け、自身が誘拐される事を知っていた。

 

 何もかもを織り込み済みで、敢えて行動を変えなかったのだ。

 

『いいえ』

 

 筮亀は淡々と交渉を進める。

 

『敵の本当の狙いを潰す為の取り引きです。どうぞ』

 

 全ては、志鳳(おう)(めい)に応える為に。




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