世界の隙間を埋める1%の閃き ~あるいはTSして手当たり次第にバッドエンドフラグを叩き折る天使~   作:信頼できる語り手

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おいちゃん、張り切っちゃうぞい。


【砂紋部隊】に関する隙間

 異能の発動には必ず前兆がある。

 

 例えば、空間を一瞬で転移できるシグネットがあったとしても、マナの流れを注視していれば転移先の予測が可能だ。

 

 だから、実現性を無視した理論上の話にはなるが、少なくとも戦闘において。

 

 ──対処不能な異能というものは、存在しない。

 

 紫電が走る。猛獣が飛びかかる。繊維が地面を埋め尽くす。影が視界を遮り、砂が逃げ道を奪う。

 

『たった2人相手に総力戦とは』

 

 中世の西洋貴族を思わせる華美な服装の遺失支族──サピエンティアは、七三分けの水色髪を手櫛で梳いた。

 

『哀れな話じゃ』

 

 紫電を握り潰す。猛獣の体を折り砕く。繊維を爪先で引き千切る。影を振り払い、砂を息で吹き飛ばす。

 

 この世界の最高戦力が練り上げたシグネットは、紙屑のように捻り潰された。

 

『そこまでしても、儂の命に届かんとは』

 

 死角から巨大な黄金の銛が飛び出す。サピエンティアは一瞥すらもしなかった。

 

『ワオ!お次はゴールドだよ、サピエンティア。シグネットはバラエティに富んでいてクールだな』

 

 長い黒髪の内側に赤色が覗く遺失支族──ステファノスが、闘牛士のようにマントをはためかせて、重量感のある黄金の軌道を逸らす。

 

『夢のない話、金塊もこれだけ積まれたら希少価値がなくなるじゃろ』

 

 サピエンティアが不機嫌そうに言うと、ステファノスは肩を竦めた。

 

『モチベーションが湧かないのは分かるが、ラミナ・クルシフィックスの排除こそ、現人類に最もストロングなダメージを与えられるメソッドだ。それに……』

 

 サピエンティアは片手を挙げて制止する。

 

『其方のディザイアは信用しておる。じゃが、全員の合意を得ずに計画を進める不誠実さが気に入らん』

 

『ワーストなケースを想定しても、私とユーがいれば、プランの遂行はフィーザブルだろう?』

 

『気に入らんものは気に入らん』

 

 サピエンティアは弧を描いて飛んできた硝子の斧を掴み、力任せにバキンと粉砕した。

 

 

 

『ここまでは損耗なし。壟断から技術提供された感知術式のおかげかね?』

 

 顔をガスマスクで覆い、迷彩柄の防護服を着た男性が、バックパックから伸びたホースを握って呟く。 

 

『シリウス、指揮を』

 

『あいあい。カノープスとリギルは自己判断で火力支援。アークトゥルスからカペラまでは、そのサポート。他は全員、フォーメーションGね』

 

 今回、連盟の切り札──砂紋部隊に下された指令は、我の強い超越者達の間に入って連携をカバーする事。

 

無理難題(いつもどおり)ですね』

 

『超越者が味方側なだけマシだよ。いや、嘘。やっぱしんどいわ。エースナンバーが急に抜けたせいで、おいちゃん、過労死寸前なんよ』

 

『その話、何度目ですか?私が入隊する前の事でしょう?1人増えても変わりませんよ』

 

『それくらいヤバかったんよ、摘果の姉ちゃんは。あーあ、隊長なんて引き受けるんじゃなかった。正直、裏の仕事なんか早いとこ引退して、アクイレギアのリゾートで豪遊したいんだわ』

 

 砂紋部隊は異常者の集まりだ。

 

 部隊に選抜されるのは、超越者に通じるほどの異能を備えた人外の中の人外だけ。言うまでもなく、彼らが望めば地位や名誉など簡単に手に入るはずだ。

 

 その栄光に背を向け、殺しの技術を磨き上げて、同族である異能者を粛清する。部隊内ではコードネームで呼び合う為、互いの素性さえ分からない。

 

 動員されるのは非常時のみで、引退後は心身の消耗から異能を満足に使えなくなる者もいる。汚れ仕事で恨みを買ったり、陰口を叩かれる事もあった。

 

 彼らの功績が称えられる事はない。砂紋部隊が通った道に刻まれるのは、風に吹かれて消え去るような儚い紋様のみ。

 

 それでも、彼らは選んでここにいる。

 

 異能社会の最後の砦。自らの手で世界の秩序を守る為に。

 

『ほんじゃま、今日も世界を守りますかね。おいちゃん、張り切っちゃうぞい』

 

 彼らを総括する立場のポールヴは、作戦行動が始まる前に必ず全員と面会し、敬礼を捧げる。

 

 ──人類を代表して、諸君らの覚悟に最大限の敬意を。

 

 

 

『儂らをこの程度の数で倒せると思うておるなら、予算の見積もりがちと甘いな』

 

 圧倒的な密度で叩き込まれる攻撃術式の弾幕に包囲されながらも、2体の遺失支族は涼しい顔で立っていた。

 

 それもそのはず、ステファノス達の体には術式が命中していない。まるでアクション映画の撮影の如く、示し合わせたかのような安全地帯が形成されていた。

 

『正直な話、最初から其方に任せておくべきじゃったな。ここ最近、儂ばかりが厄介な仕事を押し付けられ過ぎじゃて』

 

 サピエンティアが愚痴を漏らす。

 

『タヴ・モンド、ザイン・ラムール、それからレテ・ダームの改編は特に難事じゃった』

 

『リスペクトはしているだろう?ユーのディザイアが優秀だからこそ、ワンオペさせているんだ』

 

『ブラック経営者め。まあ、儂の権能でもなければ、超越者クラスを改編できない事は認めるがな』

 

 サピエンティアは鼻を鳴らした。

 

『権能と言えば、其方。天使が現れてから自慢のディザイアが不調じゃの。あれだけの火種を生み出しておきながら、未だ摂理が存続しておる』

 

『その事にはタッチしないでくれ。摂理崩壊へのルートを描く作業はイージーじゃないんだ。これでも結構ショックを受けてる』

 

 本来ならば、スフィア・ミルクパズルが起こした遺物強奪事件を皮切りに、世界はドミノを倒すように終末へと向かうはずだった。

 

 ステファノスのディザイアにのみ許された必勝の手順。これまで665の世界を為す術なく蹂躙してきたそれが、今回に限って悉く阻止されている。

 

 ステファノスが自ら手を下す事自体、異例の事態なのだ。

 

『それにしても、辛抱強い連中じゃ』

 

 異能者側の戦力は未だに姿を現さない。遠距離攻撃による時間稼ぎに徹している。

 

『増援が来ると面倒じゃな。少し、こちらからも攻めてみるか?』

 

 焦れたサピエンティアは術式の嵐を掻い潜り、障害物の陰に隠れた人間達を虐殺し始めた。ガスマスクの男性の首を刎ねる。続けざまに、桃色のポニーテールの女性を蹴り殺した。

 

 ラミナがこの付近の医療施設に入院していた事は分かっている。それが確信できたからこそ、失楽園を陽動組に任せて最高戦力2体による奇襲を企てたのだ。

 

 つまり、非常に遠回りではあるが、敵を全員殺してしまえば炙り出せる。

 

 そう思っていたのだが。

 

『ちっ!またじゃ!』

 

 肩透かしにも似た手応え。

 

『変な話、何人か確実に息の根を止めたはずじゃが、実際に敵が減った感触がない。分身か幻覚か、はたまた別の要因か……!』

 

 左右から迫り出した大岩を、八つ当たり気味に頭突きで破壊する。

 

『サピエンティア。こういう時こそ、クールになろう。アンガーマネジメント、アンガーマネジメント。……おや?』

 

 ステファノスの持つLITH端末が振動した。

 

『ミセリコルディアからのコールだ。エンジェルに関してプログレスがあったのかもしれない』

 

 異能者の扱うマナと黙示録の扱うエネルギーは厳密には異なる力だ。しかし、祭具の動力源として互換性がある事が分かっている。

 

『これ、仮にも戦闘中じゃぞ』

 

『ソーリー。クールなリーダーはレスポンスが速くないとね』

 

 ステファノスは気にせず通信を繋げた。

 

『やあ、ミセリコルディア。何かリポートがあるのならショートリーに……』

 

『失楽園から追い出されて、天使に逃げられて、遺失支族が同士討ちで半壊したわ』

 

 ステファノスは顎を撫でて報告内容を反芻し、暫くして適切な語彙を絞り出した。

 

『ガッデム!!!』

 

『アンガーマネジメントは何処へ行ったんじゃ……?』

 

 

 

 ミセリコルディアが通話している後ろでは、重傷を負った遺失支族達が3名の仲間に介抱されていた。

 

『仲間同士で傷付け合うなんて、流石の私も涙腺が緩んでしまいます』

 

 自我を持つ偽典──降着円盤シリーズの第2号・ヴィジラ。

 

『いや、コイツらよく知らんけど仲間って柄じゃねぇだろ。いつかやると思ってたね、あーしは』

 

 黒縁眼鏡の瘴気適応者──烙印者・ツェーン。

 

 運良くエンテンデールの癇癪に巻き込まれなかった2人だ。更に、もう1人。

 

『モナルキーアの加勢がなかったら、エンテンデールのお馬鹿さんは未だに暴れていたかもしれないわね』

 

 ミセリコルディアが通話を続けながら、遺失支族の末席──モナルキーアに目を向ける。

 

『感謝は辞退。これの所有権を期待』

 

 モナルキーアは灰色の髪に挿した黙示録(かんざし)を指差した。貴重な備品の管理はミセリコルディアに任されている。

 

『使い途がある道具じゃないから、別に良いわよ。大切に扱いなさい』

 

『ありがとう』

 

 モナルキーアは頭を下げた。

 

『それはさておき、エンテンデールがあれほど暴走するとは思いませんでしたね。以前から、感情的な一面はありましたが……』

 

 銀髪のクラシーヴィが疑問を口にすると、ツェーンがせせら笑う。

 

『はっ!馬っ鹿じゃねぇの?あーしに言わせりゃ、どう見ても原因は明確だぜ』

 

 全員の視線がツェーンに集中した。

 

『感情で暴走したんじゃねぇ。感情を暴走させられたんだよ』

 

 ツェーンは元異能者である。異能については遺失支族よりも詳しい。

 

『思姦のネルウス・アレキサンダーに触られたろ、アイツ。精神系ってのは一流になればなるほど、術式をかけられた事すら悟らせねぇもんだ』

 

『なるほど。黙示録(わたしたち)は改編によってダメージをリセットできますが、そもそも気付かなければ手の打ちようがない、という理屈ですね』

 

 クラシーヴィ達は一様に考え込んだ。

 

 黙示録は幾つもの世界を侵略する過程で、攻略情報(なまのこえ)の重要性を理解している。専門家の意見を無碍に扱う事はない。

 

 その柔軟性こそが、人間からすると最も厄介な部分だった。

 

 

 

『……ミセリコルディア。ユーのディザイアなら、エンテンデールの起こしたアクシデントを止められたはずだ』

 

『ふっ、どうかしらね?』

 

『ミセリコルディア、クラシーヴィ。あと、モナルキーアもか?』

 

 ミセリコルディアの意味深な返答を受けて、ステファノスは思考を回す。

 

『ユーのサジェストだな、サピエンティア』

 

 自身のディザイアを併用し、正しい答えを導き出した。

 

『極端な話、儂は見込みのある企業には平等に融資する主義でな。納得の行く事業計画を提出できなかった其方が悪い』

 

 サピエンティアが笑い飛ばす。

 

『忘れとりゃせんか?儂らはお友達などではなく、利害が一致しておるだけの取引相手じゃ。其方に何もかも従う義理はない』

 

『オーケー、認めよう。ガバナンスが効いていなかったのは私のミスだ』

 

 ステファノスは降参を示すように両手を挙げて、芝居がかった所作で歩き始めた。

 

『なんじゃ、もう帰るのか』

 

『これ以上エネミーが増えると、アサップで終わらせられない。引き際をミスジャッジするほどヤングじゃないさ』

 

 数歩進んだ後に軽く跳んで、敵のシグネットで生み出された氷の柱の頂点に着地する。高い位置から見下ろすと、この場で行使された異能の威力がよく分かった。

 

 地面が抉れる、なんて生易しいものではない。稲妻が絶え間なく降り注ぎ、氷柱が乱立し、砂嵐が吹き荒れる。

 

 数々のシグネットがせめぎ合った末に、幻想的にすら感じられる歪な環境が現出していた。しかし、遺失支族の序列1位を脅かすには、残念ながらまだ足りない。

 

『異能者のエブリワン!ユー達の異能が私にエフェクティブではない理由をティーチしてあげよう!』

 

 ステファノスは何処かに隠れているはずの超越者達に向けて言った。

 

『極めてシンプルなロジックだよ。私は全てのワールドの主人公(ヒーロー)。ヒーローにはミラクルが微笑むものだ。アクションムービーを観た事はあるかい?』

 

 世界を移る度に行ってきた演説は、諳じられるくらいに手慣れている。

 

『ヒーローにヴィランの攻撃はヒットしない。プライオリティが高いイベントに、偶然にもエンカウントする。スペシャルなタレントが後付けされる。無茶なタスクもアドリブでサクセスさせてしまう』

 

 ステファノスが4本の指を折り曲げ、最後に残った親指で自身を指差した。

 

『そして、絶対に死なない(ウィルノット・ダイ)

 

 それは、都合の良い奇跡を手繰り寄せるディザイア。

 

『以前のワールドでは「あり得ない」などとブーイングされた事もあるが……エモーションに任せた断定はナンセンスだな。どのワールドにも100%あり得ないフェノメノンは存在しない』

 

 ステファノスの踵が氷の柱を叩く。

 

『人のイマジネーションが及ぶ限り、全てのミラクルは起こり得る。それは、異能者であるユー達が一番よく知っている事だろう?』

 

 氷の柱に変化はない。……肉眼で見える範囲では。

 

『アム……異能にアウェイクしていると逆に実感できないか?私達のように他のワールドを見なければ、シグネットというパワーの異常性に気付かないのかもしれないな』

 

 物理学的もしくは摂理学的に証明されている、1つの事実がある。

 

 世界も、惑星も、自然も、生物も、人間も、元素も、マナも、摂理も。

 

 ──万物は崩壊の可能性を秘めている。

 

 だが、突然の世界崩壊を心配する者は少ない。安定原子1個の崩壊ですら、冗談のような低確率で起こる事象なのだ。まさに、杞憂と言えよう。

 

『まあ、気付かないままでもノープロブレムだ。どうせ、私のディザイアと比べれば』

 

 それでは、もし仮に。天文学的とも言えるその確率を限りなく100%に近付けられる者がいたとしたら。

 

 あらゆる確率を捻じ曲げる、神や悪魔さえも越えた権能があったとしたら。

 

『全てのシグネットはコモンに過ぎない』

 

 崩壊の連鎖が始まる。氷の柱だけではない。空間を満たしていたマナとシグネットが、一斉に崩れていく。

 

『聴こえるかい?これは、ユーへのデクラレイションだ。受肉前の屈辱をキックバックしに来たよ』

 

 ステファノスの顔に初めて、表情らしい表情が浮かぶ。

 

『──摂理のガーディアン』

 

 

 

「盗聴の心配はないんじゃな?」

 

『その点に関しては、通信のスペシャリストである私をトラストしてくれ』

 

「……作戦は半分失敗、といった感じじゃの」

 

 革張りのソファに身を沈ませたサピエンティアが、頬杖を突いて今回の成果を総括する。

 

「実際の話、序列下位の連中も失楽園の淀んだ渇望を吸って、それなりにリソースを補充できたじゃろ。ようやく使い物になるくらいにはな」

 

 画面には通信相手のステファノスが映っていた。

 

『ユーのアドバイスでね』

 

「ボーナスは大事じゃ。酷使するだけのリーダーには誰も付いて来なくなる。まあ、今回はおまけみたいなもんじゃがの」

 

『ザッツライト。失楽園の方のタスクはクリアしたんだろう?』

 

「ミセリコルディアが如才なく済ませた。何処ぞの馬鹿共とは違って、仕事ができる奴よ。まあ、真正面から敵を叩き潰そうとする悪癖はあるが、完璧な生物などおらんしな」

 

 1レプタ硬貨を貯金箱から取り出し、指で摘まみ上げる。

 

「摂理も然り。完璧な生物が存在しないように、完璧なシステムもまた……存在しない」

 

 終末へのカウントダウンは、水面下で確実に進行していた。

 

「エンテンデール辺りは急かすかもしれんが、今回の失敗を持ち出せば強くは出れんじゃろ。まったく、あの大食漢は堪え性がない」

 

『イエス。ゲームで勝ちたければ、序盤のバッドスコアは受け入れるものだよ』

 

 サピエンティアが硬貨を指で弾く。

 

(バック)

 

「表。……おい、反則じゃろ」

 

 手の中を確認して、サピエンティアは口を尖らせる。ステファノスが口笛を吹いた。

 

『エンジェル。ユーが必死に演出した1%のチャンスも、私がオーバーライトしてみせようじゃないか』

 

 666の世界を呑み込み、自身の願いを叶える事。それが遺失支族の共通目標だ。

 

 ステファノスはそこに王手をかけている。見方によっては、最後の試練とも解釈できるだろう。

 

 だが、黙示録は天命を信じない。黙示録と人間との戦いが終われば、残酷なまでに明確な結果だけが残る。

 

 故に、正義もドラマも必要ない。  

 

 必要なのは──。

 

『全てのオッズを決定させる、確率のディザイアで』

 

 世界の真理を染める100%の偽り。




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