世界の隙間を埋める1%の閃き ~あるいはTSして手当たり次第にバッドエンドフラグを叩き折る天使~   作:信頼できる語り手

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全ては必然で構成されていると知り給え。


【残体同盟】に関する隙間

『グッ……ガアアァァッ!』

 

 黒髪に黒縁眼鏡をかけた学生服の女性──ツェーンは、腹に刺さった氷の槍を力任せに引き抜いた。

 

『痛ぇ……。でもまあ、戮辱者だった頃の激痛と比べたら虫刺され程度か』

 

 傷口が粘土細工のようにグチャリと塞がる。烙印者は死なない。死ねない。どれだけ苦痛に苛まれても、染み付いた瘴気(つみ)が彼女を生かす。

 

『ちっ、あーしとした事が残体同盟に捕捉されちまうとはな。パンピーの〇〇野郎共を狩りに来ただけなのによ』

 

 ツェーンの目的は未能者を絶滅させる事だ。しかし、遺失支族が移住予定の真説大陸には、ほとんど異能者しかいない。だから、彼女は1人で表の六大陸に残った。

 

『投降しなさ、い。徒に傷付ける事は本意ではありませ、ん。膨大な贖宥値こそ必要になりますが、貴女の実力ならばいつか自由の身になれるでしょ、う』

 

 全身鎧を身に付けた優男の言葉に、ツェーンは両手から瘴気の刃を飛ばす事で応える。

 

『残念で、す。失伝──冷たい方程式(コールド・イクウェイジョン)

 

 氷河のヘット・シャリオ。

 

 シグネットは冷却。彼のマナに触れた物は一瞬で凍結する。それが空間や瘴気であっても、例外ではなかった。

 

『ちぃっ!』

 

 ツェーンは冷気に触れた腕を斬り落とし、瘴気の足場を使って空中へと逃れる。不死身であっても、氷漬けにされてはどうしようもない。

 

『相も変わらず、騎士サマはお上品な戦い方をしやがる』

 

『しまっ……!』

 

 両脚に食い千切られるような痛みが走り、ツェーンは己の失策を悟った。

 

 視線だけで人を殺せそうな鋭い三白眼。白い外套と背中に括り付けた棺桶。処刑人が行く手を塞いでいる。

 

『鳥葬だ。観念しやがれ』

 

 執行のヌン・モール。

 

 シグネットは鳥。無数の鳴き声と羽ばたきが、何処か不吉な音を奏でた。前方には絶対の死。そして、後方からは……。

 

『暗殺者ちゃんに今期のスコアで抜かれた事、まだ気にしてるさー?』

 

 銀の弾丸がツェーンに降り注ぐ。瘴気の壁を作って抵抗するが、ほとんど効果はなかった。

 

『壟断のお零れで恩寵を仕留めた程度で、調子に乗ってやがる摘果が悪い』

 

『そりゃ、同族嫌悪ってヤツさー』

 

 巨峰のラメド・フォース。

 

 シグネットは銀。明るい茶髪をセンターパートに固めた、サラリーマン風の男性。

 

『……はっ!あーし1人に、残体同盟が3人?どんだけ厄日だよ』

 

 ツェーンは素早く視線を動かす。戮辱者から烙印者に至った彼女は、人間の限界を越えた肉体と冷静な思考を両立していた。その結果として、合理的な判断が下される。

 

『連中の思惑通りに踊らされるのはムカつくが、しゃあねぇ!──来い、エクスタ!』

 

 ツェーンは遺失支族から幾つかの戦力を渡されていた。どうやら超越者全員の戦闘データが欲しいようで、命知らずにも残留を希望した彼女が鉄砲玉として適任と評価されたらしい。

 

 協力してやる気など更々なかったが、意地を張れる状況でもない。ありがたく使わせて貰う事にした。エンテンデールからは威力偵察用の偽典部隊を、グロリアからは……。

 

『降着円盤シリーズ、第3号・エクスタ!性能試験を開始しましゅ!』

 

 焦点の合わない目をした黄緑髪の少女が、瘴気を纏った巨大鉈を振り回し、ヌンの鳥をマナの破片に還していく。

 

『その調子で時間稼いでちょ。あーしはバックレるわ。バイビー』

 

(コイツらが遠慮なく暴れられるのは、ここが無人の渓谷だからだ。どうせ逃げ切れないなら、未能者(パンピー)共を戦闘に巻き込んでやる)

 

 偽典達と入れ替わるように、ツェーンは手近な都市へと向かった。

 

 

 

 遺失支族が自分を処分したがっている事など、ツェーンはとっくに気付いていた。未能者を狩って異能者だけの世界を作ろうとする彼女の行動は、黙示録の利益と相反する。

 

 10番。番号で呼ばれて管理されていた頃の奴隷経験は、彼女に他者の機微に対する鋭敏さを身に付けさせた。

 

 あのモナルキーアとやらだけは、最後までツェーンの身を案じていたが、他の連中からは疎ましく思われていたに違いない。

 

『……何だぁ?』

 

 弾丸のような勢いで市街地に突っ込んだツェーンは、その場所に不気味な違和感を覚えた。

 

『人の気配がしねぇ……?』

 

『誤差5秒。完璧な再現性を求めるには、試行回数が足りなかったか。一応、ログだけは残しておこう』

 

 無人の車の上に寝転がったツーブロックの男性が、くすんだ銀髪を掻き上げる。ラフなカットソーを着た彼は、敵を前にしても戦意1つ表さない。

 

『……あーしがこっちに逃げる可能性に賭けて、ずっと待ち構えてたんかよ?ご苦労なこった』

 

『賭け?言い直(リセット)してくれ給え。私が偶然に頼るような愚物に見えるかね?』

 

 退歩のカフ・ルー・ドゥ・フォーチューヌ。

 

 シグネットは回帰。ライフワークはデバッグ。あらゆるモノの脆弱性を検証し、不具合を見付け出す専門家。

 

『知性に欠ける愚者達よ。賢者を目指したくば、全ては必然で構成されていると知り給え』

 

『それ、私にも言ってますぅ?』

 

 ツェーンが上を見上げると、ビルの壁面に山藤杜鵑花が立っていた。引力を操る彼女にとって、重力を横向きに作用させる程度は造作もない。

 

『むしろ、君に一番言いたいのだがね。ギャンブルなどという非合理的な娯楽は慎み給え。例えば、そうだな。これは以前、私が真説大陸に落ちていた謎の船艦の初期化バグを発見した時の話だが……』

 

『長話は身内で間に合ってるので、壁に向かって話してて貰えますかぁ?』

 

『何?私が考案した壁抜けバグの手順を知りたいのかね?』

 

『言ってませんしぃ。まぁ、頭バグってる人との会話はここまでにして……やっと会えましたねぇ、ツェーン』

 

『杜鵑花ぃ!』

 

 それ以上の会話は必要なかった。ツェーンの瘴気と杜鵑花のマナが衝突し、起点の奪い合いを始める。

 

『失伝──引き寄せる深淵(プリング・アビス)

 

 杜鵑花の前に泡のようなマナの塊が出現した。1つ、2つ、3つ。

 

「瘴の底より、息を継ぎ。千の疼きと、万の咎。血の祝福を、踏み躙る。解けぬ首輪よ、砕け散れ」

 

 ツェーンの首から吹き出した瘴気が、鞭の形に固定されて周囲の建物を薙ぎ払う。

 

 勝利後の事など考えない、正真正銘の総力戦。かつて友人だった2人の目には、互いの姿しか映っていなかった。

 

 

 

『昔もこうやって、よく喧嘩しましたよねぇ。覚えてますかぁ?』

 

『あの頃の杜鵑花は優等生ちゃんだったからな。規則を守れって一々うるせぇし。ってか、なんだよ、その露出の多い格好。ギャンブルとかも……昔のお前なら注意する側だろ。正直、かなり驚いたぜ』

 

『貴女こそ、黒髪に黒縁眼鏡って何なんですぅ?学生服も昔みたいに着崩してませんし……不良の癖にぃ。正直、驚きましたぁ』

 

『……さぁな。あーしも分かんねぇ。誰かさんから言われた事が、忘れられなかったのかもな』

 

『きゃひひ』

 

『……。なぁ』

 

 引力で押さえ付けられたツェーンは、身動きが取れない事を確認して、吹っ切れたように屈託のない笑顔を浮かべる。

 

「強くなったな、杜鵑花ぃ……」

 

「烙印者・ツェーンの聖別と浄化、完了したぞよ」

 

 黒々とした盛り髪と、アイラインを強調した化粧の女性が立ち上がった。桜国の振袖にも似た豪奢な衣装がはだけるが、本人が気にした様子はない。

 

「治療するついでに、変な病気とか仕掛けてませんよねぇ?」

 

「此方は仮にも医者。患者にそんな事をするわけがないであろう。何が不満ぞよ?」

 

「主に異名ですぅ」

 

 悪疫のユッド・レルミットゥ。

 

 シグネットは菌。ライフワークは医学。連盟三大機関の一角、治療院の設立者である。

 

「ゴメン、待ったー?ナンチャテ」

 

 2人が喋っているところに、左右で赤と黒に分かれた髪の小柄な男性が走ってきた。身に付けているチェーンがジャラジャラと鬱陶しい。

 

「1秒たりとも待っておらんし、今から帰るところぞよ」

 

「え!?アッレー、もう終わっちゃったワケ?某の出番は?」

 

「遅れてきた其方が悪いぞよ、フェー」

 

「ソンナー!残体同盟の皆が集まる珍しい機会だから、無理にスケジュール空けて来たワケなのにー!」

 

 ユッドの無慈悲な宣告を聞いて、フェーは情けない声を上げる。

 

 杜鵑花は『どの集団にもこういうタイプの人間がいるんですねぇ』とぼんやり考えた。彼らの名誉の為に、どういうタイプかは明言しないが。

 

 

 

 予想外の方向から放たれた攻撃に対して、その場の誰も反応できなかった。

 

『失伝──干涸らびた春(サプレス・スプリング)

 

 命の音が消える。杜鵑花の友人は眠るように静かな終わりを迎えていた。

 

『ツェーン……っ!』

 

 杜鵑花は愕然と彼女に手を伸ばす。死亡直後だというのに、触れた肌には僅かな温かさすらない。

 

『ユッドさん!蘇生の術式を!』

 

 ユッドは首を横に振った。

 

『無理ぞよ。今の彼女は蘇生できぬ』

 

『そんなはず……ありません……!!』

 

 杜鵑花は涙を堪えて、ユッドの肩を掴む。泣いてしまえば事実が確定してしまうような気がして、怖かった。

 

『強い負の感情を抱きながら亡くなった者は、蘇生できない場合がある!そんな事は知ってます!でも、さっきのツェーンは……!』

 

『医者をやっていると、たまに見る事例ぞよ。他人への恨みは消えても、自分自身への憎しみは……簡単には消えない』

 

『自分、自身……?』

 

『罪の意識に耐えられる人間など、そうおらぬという事であろう。ツェーンがどちらだったかは、想像するしかないが……』

 

 ユッドは虚空で指を弾くように動かし、溜め息を溢す。

 

『やはり駄目か。周囲をシグネットで探ったが、残留思念──雑魂すら存在しないぞよ。こうなると、此方にできる処置は何もない。……これで満足か?』

 

 ユッドは下手人に冷たい視線を流した。

 

『フェー。其方らしくないやり方ぞよ』

 

 旱魃のフェー・メゾン・ドゥ・ディユ。

 

 シグネットは枯渇。生命活動に必要なエネルギーが失われた、まるで寿命のような死に方は、彼のシグネットによるもので間違いないだろう。

 

『ま、そこそこ?一度で蘇生不能にできたのはラッキーだったワケ。ナンチャテ』

 

『旱魃……!貴方がっ!!口伝──存在の耐えられない軽さ(フリー・フォール)!!!』

 

 杜鵑花の器仗がレンチに変形した。引力に引き寄せられ、フェーの体が攻撃を避けられない距離まで接近する。

 

『殴らないワケ?』

 

 レンチはフェーの眼前で静止していた。

 

『……理由を、聞かせて下さい』

 

 杜鵑花は憎悪を飲み込んで、対話の言葉を絞り出す。ウールーズの皆に教わった全てが、彼女の軽率な暴力衝動を抑え込ませた。

 

『……酷い事件だったよな』

 

 フェーの腕の鎖がジャラリと鳴る。

 

『都市の中心部で戮辱者・ツェーンが暴走。梧桐志鳳と治療院の介入により、奇跡的に死者ゼロで収まったけど……。多数の負傷者の中には、精神に取り返しの付かない致命傷を負った奴もいるワケ』

 

『そ、れは……』

 

 杜鵑花の手が器仗を取り落とす。

 

『これ以上は、他人の名誉に関わる話だ。某の一存じゃ口にできない。……言っとくけど、君も被害者だよ。だから、知りたがらなければ、大人しく殴られて終わろうと思ってたワケ』

 

 それは、あまりに後味の悪い話だった。

 

 

 

『貴女があのアレフ・マットゥねーえ?私のお友達から噂は聴いてるよーう』

 

 世間一般がイメージする魔女のようなローブを着た人物が、フェイスベールの下でぎこちない笑みを作る。

 

 帽子から覗く美しい白髪の毛先は黄色に染まり、丈の長い礼装は可愛らしさを際立たせていた。

 

 冥府のメム・パンデュ。

 

 シグネットは死霊。ライフワークは墓守。死者の尊厳と安寧を守る事を行動指針とする、変わり者の超越者。

 

 そして、男性である。

 

『新世代では貴方が私を最も理解しているような気がしますね、冥府』

 

 メムの隣に立つ修道服の女性は、両目の間を通るように伸びた淡い茶髪を梳きながら、澄ました顔で返答した。

 

 始原のアレフ・マットゥ。

 

 シグネットは魂。ライフワークは布教。ただし、異能者の最大宗教である神智教徒ではない。

 

『お友達が教えてくれたからねーえ。昔は随分とヤンチャしてたらしいじゃなーい?』 

 

『死者の残留思念に干渉する事ができるとは、大したものです。使い方次第では、私のシグネット以上に汎用性があるかもしれませんね』

 

『超越者はほとんど死なないし、死んでも蘇生しやすいから、単独で強力なお友達は少ないけどねーえ』

 

『ですが、切り札はあるのでしょう?』

 

 メムが目を細めると、空気がボンッと小さく爆発する。

 

『よく分かってるじゃなーい』

 

『……何が、起きた?あーしは死んだのか……?ちぃっ……断片的にしか思い出せねぇ』

 

 メムとアレフは閑話(かいわ)を中断して『彼女』と向き合った。

 

『お目覚めですね。しかし、雑魂を飛ばして最初から直魂とは……。やはり、鬼才と呼ばれた才能は本物でしたか、怨嗟のツェーン』

 

『……なんで、あーしが隠してた異名を知ってんだよ。あれか?地獄では生前の行いを暴かれるヤツか?』

 

『破綻枢軸・付き合いたい女子ランキング5位の私が目の前にいるのに、地獄だなんて失礼ねーえ』

 

『女子……?それは、普通に無効票のような気がしますが……』

 

 アレフは1つ咳払いして、話を戻す。

 

『ツェーン。貴女の残留思念は冥府が回収しました。理由は分かりますね?』

 

『……あーしも手駒の死霊に加えるつもりかよ』

 

『手駒じゃなくて、お友達と言って欲しいじゃなーい。……実際、そうしても良いんだけど、ある人達から反対されてねーえ』

 

『はっ、あーしは指名手配犯だぜ?誰だよ、その物好きは……』

 

『──お姉ちゃんっ!』

 

 幼い女の子に声を掛けられて、ツェーンの言葉が止まった。恐る恐る、顔をそちらに向ける。

 

『おい……嘘だろ……?』

 

 甘え上手な妹。口うるさい母。心配性な父。……そこには、彼女が片時も忘れた事のない家族の姿があった。

 

『死者の味方になるのが私の仕事だからねーえ。さてと、少し席を外すよーう。ふあー、眠ーい』

 

『お姉ちゃんと会わせてくれてありがとね、メムちゃん!』

 

 メムは軽く手を振って客間を後にする。アレフもそれに続いて部屋を出た。

 

 

 

『信じるかどうかは自由ですが。本来の歴史ならば、貴女の行動は巡り巡って泡沫──山藤杜鵑花を殺していました』

 

 用意されていた義体に入ったツェーンは、ナーヌスが書いた『あり得た未来』の記録を受け取る。

 

『自身の行いで泡沫がどれだけ苦しみ、死んでいったのか。貴女には知る義務があるような気がします』

 

『……説教かよ』

 

『聖職者ですので』

 

 メムの所有する屋敷から出た後、ツェーンは行く当てもなく彷徨っていた。

 

 未能者に対する怒りも憎しみも、もうない。あるいは、死ぬ前から既に薄れていたのかもしれない。

 

 ただ、生き残ってしまった自分を肯定する方法が、それしかなかっただけで。

 

 苦痛しかない『生』を終え、救いのある『死』を得た今。ツェーンは抜け殻のようになってしまっていた。

 

「どうしたもんかねー。いっそ、死霊の軍団に入れてくれた方がマシだったかもなー。今更、何処に……どんな顔して帰れっつうんだよー」

 

 すっかり毒の抜けたツェーンは、覇気のない投げやりな口調で呟く。もしくは、それも罰なのだろうか。

 

 メムから渡された褐色肌の義体の外見は、指名手配されていた生前とは大きく異なる。こうして夜の街を徘徊していても、捕まる事はないはずだが……。

 

「捕まえたーっ!」

 

 赤と白の交じった短髪の女性が、ツェーンの腕を掴む。

 

「あー?」

 

「あっ、えっと……!私、直魂アイドルグループ『真善美』の、バーティカルバーで……!お姉さんも直魂ですよね……?あの……」

 

 バーティカルバーはもごもごと消え入りそうな声で喋っていたが、最後の一言だけはしっかり言い切った。

 

「アイドルに興味はありませんかっ!?」

 

「あーしがアイドルー?想像できんわー」

 

 軽く躱すツェーンに対して、バーティカルバーは懸命に食い下がる。

 

「待って……!せめて名前だけでも教えて下さいっ!」

 

「名前か……」 

 

 ツェーンは一瞬迷ってから答えた。

 

「ないなー」

 

 10番(ツェーン)は未能者への恨みを忘れない為に付けた仮の名である。今の彼女が使うべきモノではない。

 

 そもそも、彼女は死者なのだ。

 

「あ、そっか、直魂ならそういう場合もあるよねっ!じゃあ、えっと……」

 

 少しの間を置いて、バーティカルバーは様子を伺いながら提案する。

 

「アスタリスク、なんてどうかな……?」

 

「ま、良いんじゃねー?あーしの名前は今日からアスタリスクって事でー」

 

「適当っ!?無頓着にも程があるよっ!でも、それはそれで……お客さんにウケるかもっ?」

 

「加入確定の方向で話進めんなー。アイドルなんて絶対やらないからよー」

 

「やろうよっ!ちょうどクール担当が欲しくて探してたんだっ!お医者さんでも治せない心の傷も癒せる素敵な仕事だよっ!」

 

 妹を彷彿とさせるバーティカルバーの人柄に、アスタリスクは『こりゃ断れなさそうだなー』と苦笑した。

 

 

 

 ムー遺構の新拠点にて、ミセリコルディアは羽帽子の男性と面会していた。顔は仮面で隠れており、彼の表情は読み取れない。

 

「ふっ、面白いわね。残体同盟を裏切って、我の下に付くと?」

 

 白頁のサメフ・ラタンペランス。

 

 シグネットは紙。ライフワークはコンサルティング。

 

「疑念の眼差しを向けられる事。それもまた一興。理想を語れば笑われ、沈黙すれば疑われる。嗚呼、何と不器用な星の下に生まれた事か。この身はただの紙切れでしかない」

 

「貴君が残体同盟のボスと折り合いが悪い事は知ってるわ。どんな思惑を抱えていようと、我は関知しない。お互い、都合良く利用し合いましょう」

 

「世話になるとあらば、せめて華を添える所存。小生にとって、退屈は罪でしかない」

 

 サメフのマナから数個の紙飛行機が飛び出し、優雅に室内を滑空する。ミセリコルディアはその内の1つを手に取り、掌の上に乗せた。

 

『……黙示録が黙示録を破壊した時、それまで攻略した全ての世界は勝者に簒奪される。そういうルールがあるのよ』

 

 まるで世間話でもするような軽い口調で切り出す。

 

『そもそも、1体目の黙示録が発生したら、ほとんどの世界は直ぐに滅びてしまう。複数の黙示録が潰し合うなんて、現実には起こり得ない。そう思っていたのだけれど……』

 

『好機が巡ってきた、と?』

 

『ふっ』

 

 ミセリコルディアは紙飛行機を広げ、器用に折り鶴を作ってみせた。

 

『──我は、ステファノスを討ち取る』

 

 その宣言には『自分ならできる』という確信だけが込められている。

 

『貴殿の望みは?』

 

『来るべき刻。小生は女王の冠を奪い、その座に成り代わる。それこそが唯一にして至上の願い』

 

 サメフの体は虹色の紙吹雪となって消えた。彼の仮面だけが床のカーペットに落ちる。

 

『この身、この命。捧げるに値する相手は、ただ1人でしかない』

 

 ひっそりと、謀略の種が蒔かれた。

 

『──全ては母の御為に』




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