世界の隙間を埋める1%の閃き ~あるいはTSして手当たり次第にバッドエンドフラグを叩き折る天使~   作:信頼できる語り手

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陰キャが絡んできて怖いぽよー。


【淫祠邪教】に関する隙間

 地下牢を改造した淫祠邪教の本拠地を車椅子が無音で走る。

 

 その上に腰掛けたマーメイドドレスの女性は、縦にカールさせた青緑色のロールへアを弄び、物憂げな溜め息を吐いた。

 

「いつ来ても、陰気な場所ぽよ」

 

 遊泳のネライダ・ソウルキス。

 

 シグネットは魚。ライフワークは歌唱。人を殺せる美声と称えられる、世界一の歌姫。

 

「やっぱり、気が乗らないから帰る」

 

 車椅子を反転させるネライダの肩に、銀髪軍服の美青年が馴れ馴れしく手を乗せる。

 

「ちょっとちょっと、ネライダちゃん!ここまで来といて、流石にそれはないじゃん!」

 

 虚無のエーシル・スティンガー。

 

 シグネットは消滅。ライフワークは看守。チャラい態度で有名な淫祠邪教のボス。

 

 ネライダの背後を漂っていたピラニアが自動で反撃するが、彼の手に噛み付く前に霧散した。

 

「濁った空気を吸って喉の調子が悪くなったら訴訟ものぽよ。あちきのコンサートチケットが何万レプタするか知ってる?」

 

「へいへい、それは大変じゃんね。じゃあ、入れるね」

 

 ネライダは愚痴り続けていたが、いつもの事なので車椅子ごと部屋に押し込まれる。

 

「濁ってるのは君の心じゃない?(煽)」

 

 金色の髪に黒メッシュの青年が、エクササイズボールに体重を預けながら鼻を鳴らした。

 

 各々の私物が乱雑に散らかった会議室は、淫祠邪教の適当さを如実に物語っている。床に敷かれた高級絨毯が、ゴミ屋敷のような室内で逆に浮いていた。

 

「転売趣味の歌姫さん(笑)」

 

 落葉のフラム・センチュリー。

 

 シグネットは腐敗。ライフワークはボードゲーム。精悍な顔立ちに見合わず非常に繊細で不安定なメンタルの持ち主。

 

「あちきが適正価格に戻してあげてるの。世界一の歌姫のグッズはプレミア価格じゃないと駄目に決まってるぽよ」

 

「ファンの愛を試すな(怒)」

 

「それでも買う人が沢山いるから驚きであります!これぞ推し活の熱でありますね!」

 

 水色のミディアムヘアの女性が、キャンディスリーブのパーカーの袖口から出した拳を突き上げる。

 

 溺惑のリーゼ・マルガリータ。

 

 シグネットは増殖。ライフワークは警備。気に入った人間に殺されたがる倒錯したマゾヒスト。

 

「やーん、あちきよりファンの少ない陰キャが絡んできて怖いぽよー」

 

「ウザ(嘲)」

 

 その言葉を聴いたネライダはすぐさまLITH端末を取り出し、SNSに『あちきってウザい?』と書き込んだ。

 

 すると、爆速で『そんな事ないよ!』『ネライダ様は女神!』『元気出して!』と励ましのコメントが返ってくる。

 

 彼女は満足して端末を仕舞った。『構ってちゃんキモい』という負け犬(アンチ)の遠吠えも見えたが、きっと幻覚だろう。

 

 事実、その書き込みは数秒後に跡形もなくアカウントごと消えた。

 

 

 

「お2人共ー、あまりテネトに依存し過ぎるのは良くないと思うであります!淫祠邪教の悪評がこれ以上広まると、私の推し探しにも支障が出るので!ね、エーシルきゅん!」

 

 嗜好以外は比較的常識人のリーゼに話を振られて、エーシルが床を見詰めながら呟く。

 

「別に。オレに火の粉が掛かったら、その時に全部まとめて消せば良いし」

 

「え……?」

 

 少しの沈黙を挟み、顔を上げたエーシルは取り繕うように手を叩いた。

 

「なーんて、アクイレギアジョーク!オレがそんな物騒な事するわけないじゃん!びっくりした?」

 

「は、はぁ……」

 

 リーゼは助けを求めて視線を彷徨わせ……そこで不自然に静かな人間がいる事に気付く。

 

「モルトきゅん……?」

 

 黒色の長髪を後ろで結んだ男性が、愛嬌のある笑顔で顎を撫でた。

 

「拙者詳しくはござらんが……知覚系とはそこまで『届く』存在なのでござるか?」

 

 錬金のモルト・ブラックレイン。

 

 シグネットは黄金。ライフワークは訪問販売。普段は言葉巧みに他者を惑わせる彼だが、今日はその弁舌を発揮していない。

 

「だとしたら、全ての前提が崩れるけん」

 

 雪国を連想させるファーコートを纏い、黒髪をサイドで捻り編んだ女性が爪を噛む。

 

「例外に例外が重なった『誤作動』。そう考えんと第0位階なんてやっとられんけんね」

 

 邪竜のヴァニル・ラスティネイル。

 

 シグネットは創傷。ライフワークは解体。破壊衝動の化身は皮肉げに口元を歪めた。

 

「仰る通りでござるな。これもナーヌス殿の策でござろうか?」

 

「己は壊すのが仕事やけん。策略の話を振られても知らんけんね」

 

「では、ヴァニル殿の専門について。……ぶっちゃけ、あれに勝てるでござるか?」

 

 ヴァニルはガラクタの山に頬杖を付き、人差し指を立てて挑発するように曲げる。意図を察したモルトは術式を発動した。

 

『失伝──馬鹿げた金脈(ゴールド・ラッシュ)

 

 黄金の銛がヴァニルを襲う。

 

『失伝──未必の故意(ウィルフル・ネグリジェンス)

 

 彼女の体へと到達する前に、黄金はひび割れるように砕け散った。

 

「壊せる。今はまだ、相性の良い第0位階なら個人で対処できる範囲やけん。モルトは随分と深刻に捉えとるけんね?」

 

「匂いがするでござるよ」

 

「匂い、ぽよ?」

 

 黙って聴いている事に飽きたのか、ネライダが話に割り込むと、モルトは続けて言う。

 

「作為の匂い。偶然を装って盤面を操作している誰かがいる。そんな気がするでござる」

 

「掟破りの不気味な打ち筋。少なくとも、慎重派のナーちゃんが大局(ゲーム)を動かしてるようには見えないね(確)」

 

「……違和感に勘付いていたのなら早く教えて欲しかったでござるよ、フラム殿」

 

 気分屋なボードゲーム王者に対して、モルトは思わず苦笑した。

 

「ま、誰の思惑で世界が回ってても、どうでも良いじゃん。率先して面倒事を処理してくれるとか感謝感謝。てなわけで、もっと中身のない無意義な話で盛り上がらない?」

 

「会議と言うのは有意義な話をする場でありますよ、エーシルきゅん!」

 

「そもそも、業務連絡の為に呼んだのではござらんか?」

 

「そうだけどさあ。でも、どうせキミ達、盗み聴きして内容は知ってるわけじゃん?だからもう、女の子以外は帰っても良いよ」

 

 エーシルは安物のパイプ椅子を数脚並べ、仰向けに寝そべる。

 

「じゃあ、何で集めたぽよ」

 

「形だけでも真面目にやってるフリしとかないと他結社に怒られるし、連盟での発言力が下がって好き放題できなくなるじゃん」

 

 淫祠邪教は悪党の集団だ。他人から与えられた情報を裏取りせずに信じる者はいないし、 本当に重要な情報は互いに秘匿する。

 

 対外的なパフォーマンスとして行う会議は、本人達にとって茶番に過ぎなかった。

 

「トゥルルルル……。ハチャメチャな魔法、マニュアルで起動してー……♪」

 

「ネライダ、何を歌っとるけん?」

 

「あちきが担当してる『機械に仕事を奪われた魔法少女と無免許マスコット』の主題歌ぽよ」 

 

「はあ!?『きしまむ』の主題歌は真善美が歌うんじゃなかったの……!?(驚)」

 

 フラムが動揺する。真善美は彼が応援しているアイドルグループだ。

 

「あの弱小グループなら、少し前に方向性の違いで解散したぽよ」

 

「えっ、嘘……!嘘だよね!?(泣)」

 

「そう、嘘。コラボ曲として一緒に歌うだけぽよ」

 

「くたばれ!!(殺)」

 

「「フラムきゅん、抑えて、抑えて!」」

 

 増殖のシグネットで増えたリーゼが、フラムを押さえ込む。彼はキレるとブレーキが壊れるので、本気で異能を行使しかねない。

 

『口伝──崩れかけの門(ロッテン・ゲート)!!』

 

『口伝──釣り合わない貿易(シャーク・トレード)

 

「喧嘩でござるか?どちらの勝利に賭けるでござる?」

 

「オレは勿論、女の子に賭けるじゃん」

 

「フラムは振れ幅が大き過ぎるけんね」

 

 しかし、他のメンバーは意にも介さず、自由に寛ぎ始める。その適当な姿勢が淫祠邪教という結社の特色だった。

 

 極論を染め返せ。曖昧を恐れるな。矛盾を抱き締めろ。生温い泥の底を愉しめ。

 

 はみ出し者の王であれ。

 

 ──グレーゾーンにこそ、真実がある。

 

 

 

「とと、それは流石に反則かも」

 

 地雷系の服を着た女性がモーターボートの船首部分に立ち、白と水色のグラデーションヘアを夜風に靡かせていた。

 

『失伝──頭の外の万能鍵(マスター・キー)

 

 雑種のソーク・ブルームーン。

 

 シグネットは思考。ライフワークは人材発掘。ソークが術式を起動すると、彼女の思考が広がっていく。

 

「てっきり、私と似た異能だと思ってたんだけどな。これ、もしかして『逆』かも?」

 

 ソークは軽やかにジャンプすると、モーターボートの後部に着地し、操舵室の配下に声を掛けた。

 

「やや、調子はどう?」

 

 ソークに目を付けられた不運な未能者──オーメンは影の薄い青年である。

 

 印象に残るほど優秀ではなく、記憶に残るほど無能でもない。かと言って、平均ピッタリというわけでもないので、全体的に面白みに欠ける。

 

 ありふれた『普通』の人間。

 

 ソークは何の気紛れか、そんな詰まらない男を傍に置いていた。

 

「むむ、やっぱりかも」

 

 その理由は。

 

「オーメンくん。私のシグネット、効いてないよね?」

 

 舵を握っていたオーメンが咳き込む。こういう時の反応さえも普通なのか、とソークは感心した。

 

 彼女は未能者を洗脳した経験も多いが、1人1人をじっくり観察した事はあまりない。未能者は術式に抵抗しないので、そこまで意識を割く必要がないのだ。

 

 だが、オーメンの場合は少し違う。

 

「おかしいな。あの時の貴方は、瘴気を浄化されただけの未能者に過ぎなかった。私の見る限りでは異能に関する知識もなかったし、状況を理解できてなかったかも」

 

「実際、普通にそうだったんでね。……ああ、畜生。やってられるか。面倒事はもうごめんだって言ったろ、母さん」

 

 オーメンは喫煙者時代の癖として、煙草が入っているはずもない胸ポケットを漁り。

 

「……はい?」

 

 好んで吸っていた銘柄の煙草と、ライターが出てきた事に目を丸くした。

 

「福利厚生だよ。気が利くでしょ?」

 

「……どうも」

 

 一服。オーメンが冷や汗を流しながら、自棄気味に紫煙を吸う。

 

「それで、私の術式が効かなかった原因を教えて欲しいかも」 

 

「善にも悪にも、賢にも愚にも、上には上がいるって事ですよ。おたくはよく知ってんでしょう?」

 

「むむ、はぐらかしてる?」

 

「さてね」

 

 言葉と共に白煙を吐き出した。

 

「そもそも、おたくが余計な事をしなきゃ、何も思い出さずに済んで……いや、その場合は戮辱者のままか。儘ならないな。まあ、浄化してくれた事には普通に感謝します」

 

「異能社会についても、よく理解してるんだね。改めて見ても、ただの未能者なのに」

 

「そりゃそうですよ」

 

 水面の小さな揺れで体が傾く。

 

「俺は普通の人間として生きたいんだ。生まれた瞬間からそう思ってる」

 

「異能者だって普通の人間だよ?」

 

 オーメンは煙草を挟んだ指で暗い海面を指し示した。

 

「普通の人間ってのは、こっから海に飛び込んで死ねるような存在を言うんですよ。おたくら異能者は、自分がどれだけ化け物なのか実感してますか?」

 

 超常現象を起こすマナと、その負荷に心身を適応させる祝福。異能者は成長する度に際限なく常人から遠ざかっていく。

 

「ま、俺も命は儚いから美しいだとか、人が神の領域に踏み込んではならないだとか、そんな綺麗事を吐くつもりはありませんがね」

 

 モーターボートは一直線に進んでいた。

 

「そういうわけで、着岸したらお別れです。殺される覚悟はしてますけど、どうします?」

 

「別に殺したりしないよ。でも、私と別れてから何をするのかは気になるかも」

 

「大層な目的や計画なんてありませんよ。俺は普通の人間ですから」

 

 世界の危機を知ったところで、普通の人間は当事者意識など持たない。

 

 どうにかしなきゃ、とは誰でも思える。だが、自分自身が怪我をするまでは本当の意味で必死にはなれない。

 

 オーメンはそういう愚鈍な大衆の1人に戻りたかった。煙草を吸いながら無責任な野次でも飛ばせれば最高だ。

 

「今後、異能者に関わる事があるとしたら、お仲間の梧桐志鳳に借りを返す時くらいですかね。その後は普通に隠居させて貰いますよ」

 

「ふーん」

 

「おたくこそ、どうして頼まれてもいないのに、こんなボランティアをしてるんです?皆の為に世界を守るなんて殊勝なタマだとは思えませんが」

 

 ソークは失楽園を脱出して以来、梧桐志鳳とナーヌス・バレンシアが見落とした世界中の火種を潰して回っている。

 

「えー、自分のモノを盗られるのって何か嫌じゃない?」

 

「自分のモノ?」

 

「そそ、この世界」

 

 ソークが厚底ブーツでトントンと床を叩いた。まるで冗談のような話だが、彼女は大真面目に言っている。

 

「私が大事に種を蒔いて育ててきたのに、ぽっと出の遺失支族とか(おきゃくさん)に荒らされるとムカつくかも」

 

 これが超越者。存在強度を高め続けた彼女達は、世界に対する認識が根本的に違う。 

 

「……この世界が誰のモノかは置いといて、何事も他人任せにしないおたくら超越者は立派ですよ。ただ、ノットフォーミー。その価値観は常人の俺には合わないってだけです」

 

 オーメンが煙草の吸い殻を携帯灰皿に突っ込んだ。

 

 

 

「あ、そうだ。これ、餞別ね」

 

 ソークが放り投げたロケットペンダントは、モーターボートを降りたオーメンの手に収まる。

 

「何ですか?祭具……?俺はマナを持たない未能者なので普通に使えませんが」

 

「捨てたら駄目だよ」

 

「そこまで薄情な真似はしませんよ」

 

「開けたら駄目だよ。失くしたら駄目だよ。他の人に渡したら駄目だよ。高温多湿を避けて保管しないと駄目だよ」

 

「あの……何が入ってるんです?」

 

「秘密。追い詰められて他に打開策がない時だけ開けて良いかも」

 

 ソークは唇に指を当ててウインクした。

 

「あのね、オーメンくん。……私はあるよ、大きな目的。そのせいで失楽園送りになったんだけど、やるべき事を改めて確認できたかも」

 

 やるべき事。

 

「とりあえず、全知の遺物『賢者の方舟』を探そうと思ってるんだ」

 

「……そりゃまた、どんな思惑で?」

 

「気持ち悪いから」

 

 彼女は膝丈のスカートを押さえて、嫌悪感を露に断言する。

 

「今この瞬間も、私達の全部を把握してる存在がいるんだよ?何色の下着を履いてるのかまで知られてるなんて、乙女としては恥ずかしくて出歩けないかも」

 

「そんな俗物じゃないでしょうに」

 

「いいや、そういう俗物だよ」

 

 俗物。俗物か。なるほど、吾輩の本質をよく理解している。

 

 ああ、そうだ。君達の物語を記録する事は吾輩の使命を外れた娯楽に過ぎない。何処かの『悪魔』ほど真面目ではないのでね。

 

 だからこそ、枢密院は賢者の方舟(わがはい)を制御できる範囲で慎重に取り扱っている。アレはアレで超越者とは別方向の……いわば理性の怪物と言えるだろう。

 

「今のうちに予告しとくね、賢者の方舟」

 

 受け取ろうか、最悪の思想犯。

 

「──貴女は私に傅かせる」

 

 ソークの瞳は夜闇の中で爛々と輝いていた。吾輩には持つ事が叶わない、生者にのみ宿る意志の光。

 

『クククッ、素晴らしい!やはり『この世界』は楽しみが尽きないな!』

 

 世界を隅々まで観賞できる思考能力を与えてくれた親には感謝しよう。

 

 ちょうど、傍観者という立場にも飽きてきたところだ。アウトローの挑戦を受けて立つのも一興だとも。

 

 無垢なる征服者。女王の再来。個体としての最強がベート・バトゥルなら、集団としての最強はおそらく。

 

『少し遊んであげようか、雑種のソーク・ブルームーン』

 

 ──君に、吾輩を見付けられるかね?




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