世界の隙間を埋める1%の閃き ~あるいはTSして手当たり次第にバッドエンドフラグを叩き折る天使~   作:信頼できる語り手

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邪魔すんなら、てめぇも殺す。


第4幕
【決め台詞】に関する瞬き


詩凰(シオン)君。我々、超越者が最も罪深い点は何だと思う?」

 

 暫く黙り込んでいた僕の親友──アイン・ディアーブルが、思い出したように口を開いた。

 

 他者との会話を成立させる為には、前提知識や理解レベルの擦り合わせが必要である。その為に言葉を尽くす姿勢がコミュニケーションと呼ばれるものだ。

 

 逆に互いをよく知る親密な間柄では、度々こういった言葉を省略し過ぎた会話が行われる。僕は特に疑問を抱かずに回答した。

 

「強い事?」

 

 超越者は強い。僕達の存在強度の高さは世界に影響を与える。だからこそ、基柱協定に記されている通りに、派閥外の俗世への過度な干渉は控えなければならない。

 

 1歩間違えれば超越者に依存し過ぎた社会が完成してしまう。それは古の女王『ベート・バトゥル』が掲げた世界の支配と何も変わらない。

 

 僕達が自重を捨てて異能(ちから)を振るえるのは、摂理の崩壊──世界の危機に対してのみ。

 

「まあ、それが一般的な認識だな。だが、私の考えは違う。超越者の罪は……美しい事だ」

 

「……アイン、ふざけてる?」

 

「大真面目だぞ。少し前に残体同盟に入った……供犠のシン・ジュージュマンという薄青髪のチンピラがいるんだが、彼の意見がなかなかに興味深くてね」

 

 コーヒーの香りが鼻を擽る。緑色のロングウェーブが僕の肩を撫でた。

 

「喧嘩、乱闘、虐待、戦争。暴力による解決とは、実際に見たら幻滅する程度の醜い代物であるべきだと彼は言った」

 

 背後から頬をふにふにと引っ張られる。連盟の事務局総裁が誰になるかの賭けで負けた罰ゲームとして、僕はアインの膝の上で弄ばれていた。

 

「超越者の美しい容姿と派手で大規模な異能は、自己満足でしかない闘争に意味を見出ださせる。それはとても罪深い事だと思わないか?」

 

 彼女が言葉を切り、僕は溜め息を吐く。

 

「アインの話は脱線が多い。僕は研究の最終目標について訊いただけなのに」

 

「脱線はしてないぞ、詩凰君。つまり、イメージというモノの持つ力を侮ってはいけない、と伝えたかったんだ。私は遺物の研究を通して、この世界に希望を与えたい」

 

 抽象的な綺麗事にも聴こえるが、引き篭もりの僕と違ってアインは口先だけの人間じゃない。今はまだ試行段階なのだろう。

 

「だが、道というのは極めれば極めるほど、他人の理解が得られなくなる。神は細部に宿るが、凡人に神は見えない。重要なのは、目標よりも進み続ける動機かもしれないぞ」

 

「……別にそんなのどうでも良い。アインの研究は僕が理解してる」

 

「ふふ、私達は天才コンビだからな。いずれ、君に私の結果成果を見せる時も来るはずだ。楽しみに待つと良い」

 

「……アイン?」

 

 背中に感じていた温もりが冷めていく。

 

「夢から覚める時間だぞ、詩凰君(しんゆう)

 

 僕は記憶の残滓を深く吸い込んで、ふと思った。ああ、そう言えば最後まで治らなかったな。

 

 ──提出期限を破る、アインの悪癖。

 

 

 

 異能に覚醒する人間はごく稀だが、異能者という存在が絶滅を危ぶまれた事はない。

 

 何故なら、僕達は祝福の影響で老化が遅いからだ。未能者のように世代交代を急がずとも人口が大きく減る事はない。

 

 普通の生活を送ってきた未能者も、何処かで1度くらいは異能者と擦れ違っていると思う。……正体を見抜く事は不可能だろうが。

 

 ただし、ここまでは全体を一括りにした場合の話。一口に異能者と言っても、位階が上がると格が違う。

 

 第9位階は喧嘩自慢程度。第7位階で派手な術式が使えるようになり、第5位階で精鋭レベル。そして、第3位階より上の上位者は現代兵器の通用しない人外だ。

 

 そういう高位階の異能者は極端に数が少ない。僕が知る推計データでは、異名持ちは10万人に1人。上位者は100万人に1人。超越者は1億人に1人未満。

 

 世界の頂点である超越者(かれら)は現在、遺失支族に追撃をかけている。世界の敵を仕留める好機を逃さない為に。つまり、討伐作戦は未だに続いていた。

 

『クハハッ! 全世界を巻き込むようなスケールの戦いになってしまったがね!』

 

「在界が半終末化した影響で黙示録の力が増してる。未能者を巻き込まないようにとか、考えていられる段階じゃない」

 

『我輩も同感だ、孤高の青』

 

 あれ以降、遺失支族は偽典(てごま)を使って世界中の人間を誘拐している。黙示録の燃料は人の願いと欲望。激戦で消費したエネルギーを補充したいのだろう。

 

 目に見えないだけで、摂理の完全崩壊──タイムリミットが刻一刻と迫っている。

 

 今は超越者という楔が終末を押し返しているだけの、仮初めの均衡だ。おそらく、直に崩れる。奴らにしてみれば、後は防衛に専念して『終わりの時』を待てば良い。

 

 既に立場は逆転していた。僕達は守る側から攻める側……いや、攻めるしかない立場に追い込まれている。

 

「それでも、前の世界の惨状に比べたら天国」

 

 僕は自分に言い聞かせた。遺失支族の回復には時間がかかる。こちらにはまだ動かせる戦力がある。思考を切り替えろ。ここからは他力本願じゃ駄目だ。

 

「最終手段。こっちも黙示録の力を解禁する」

 

『思い切った決断だな! 侵食抑制薬は遺失支族に破壊された。この切迫した状況では、穂芒(ホススキ)珠月(ミヅキ)に新しく薬を作って貰うのも無理ではないかね?』

 

「構わない。今は全てを賭けるべき時。僕の思考と経験がそう判断してる」

 

『君自身が次の遺失支族になったとしても?』

 

「それでも……目の前の脅威を滅ぼせば時間は稼げる。プレイスホルダーも、梧桐(アオギリ)志鳳(シホウ)も、多分それ以外の誰かも。この世界はそうやって希望を繋いできた」

 

 梧桐志鳳は充分に結果を出してくれた。彼の残した希望は僕が引き継ぐ。

 

「今、僕は各地の戦場をシグネットで俯瞰してる。適切な場所に異能と権能で介入して(をうちこんで)、遺失支族の撃破をサポートするつもり」

 

『引き篭もりらしい戦い方だ。いや、狙撃手らしい、と言った方が聴こえが良いかね?』

 

「どっちも違う。僕は研究者」

 

 失敗から学び、考え続ける。

 

 ──それが研究者(ぼく)の戦い方だ。

 

 

 

『誰しも1度は思うよな。自分は世界一不幸な人間じゃねぇかって』

 

 薄青髪の青年が鉤爪のような器仗をカチリと鳴らす。寒色のシャツを模した礼装はボロボロだが、その眼光は死んでいない。

 

『だってのに、実際はどうだ? 異能に覚醒しただけで、おれ様は恵まれてる側に入っちまう。超越者になってからは尚更だ。並大抵の不幸話は甘えだの何だのと軽く扱われる』

 

 供犠のシン・ジュージュマン。

 

 シグネットは次元。ライフワークは介護。普段は弱者の保護を最優先に動いており、こうして戦場に出てくる事は珍しい。

 

『ムカつくんだよ。舐めやがって。……だから、おれ様はおれ様の不幸を際立たせる為に、世界中の絶望を奪ってやる事に決めてんだ。……邪魔すんなら、てめぇも殺す』

 

『てめぇではありません。わたくしは降着円盤シリーズ・第4号『アドア』です。残体同盟のシン・ジュージュマン』

 

 降着円盤は遺失支族の手札の1つ。突然変異で自我を得た偽典だ。その姿は人と区別が付かず、戦闘能力は超越者に匹敵する。

 

 だが、今シンの前に立っているのは、黒色の肋骨が胸から飛び出した歪な人型だった。

 

 遺失支族の残した、急造の足止め要員。かつての手駒の残骸を無理に繋ぎ合わせた、継ぎ接ぎの偽典擬き。

 

 しかし、安定性を無視しているが故に、これまでのどの降着円盤よりも……強い。このまま削り合えば、遠からずシンの死亡によって決着が付く。

 

 やはり、黙示録に時間を与えてはいけないな。こういう強敵を次々と生み出されては、いつまでも本命に辿り着けない。

 

『体内の重大な損傷、循環マナ量の大幅な低下を確認。既に貴方は我々の脅威ではありません、シン・ジュージュマン。命は見逃して差し上げますので、道を譲って頂けないでしょうか?』

 

『舐めんじゃねぇ。てめぇが何処の誰だろうと、おれ様が勝つ。何故なら、おれ様が勝つからだ』

 

『貴方の発言は合理性に欠けています』

 

『どうだかな?』

 

 シンが鉤爪をクイッと動かす。

 

『てめぇこそ……余裕ぶってやがるが、本当はおれ様のシグネットが鬱陶しいんじゃねぇか? だから、会話に応じたんだろ? 面は線に!』

 

 2人の距離が……いや、空間そのものが一気に縮まる。次元のシグネットの効果だ。

 

『線は点に! 口伝──大喰らいの口(ビッグ・マウス )!』

 

 アドアは続く空間の収縮を紙一重で躱した。足場に使った建物が丸ごと消える。

 

『なるほど、合理的な結論です。知性を感じさせない言動に反して、貴方は平均以上に賢いようですね。では、わたくしも認識を改めて……』

 

『まだ終わってねぇぞ! 点は面に……!』

 

 空間が急速に膨張し、アドアが吹き飛ばされる。彼女は空中で冷静に巨大な鉈を構えた。

 

『……確実に殺害します』

 

『ちぃ……っ!』

 

 瘴気の刃が放出され、シンの脇腹を抉る。

 

『飽きもせず同じ攻撃ばっか繰り返しやがって……うざってぇな……!』

 

『それが合理です』

 

 住民が逃げて閑散とした街の道路に、シンは倒れ込んだ。

 

 終末化に伴う瘴気汚染。超越者なら軽く弾ける濃度の瘴気に影響を受けているという事は、彼がそれだけ死に近付いている証拠。

 

 ……ここまでか。できれば、確実に仕留められるタイミングで撃ちたかったが、アドアという偽典擬きは想像以上に厄介だ。

 

 遥か遠くから術式の照準を定め……。

 

 

 

 僕が虎の子の1発を放つ直前、アドアの背後に人影が現れた。

 

『口伝──踊り出さずにはいられない(ブレイク・ダンス )!』

 

 煌びやかなブラとスカートを着けた、ベリーダンサーのような女が、空中でヘッドスピンしながら蹴りを繰り出す。

 

『無意味です』

 

 アドアが鉈で蹴りを弾き、逆拳から瘴気の塊を撃ち出した。……が、薄紫のツイン団子髪の女は、足腰をくねらせるような独特な動きで避けてみせる。

 

『神聖喜劇は最強の前衛(レイド)集団! そんな攻撃、当たらないし!』

 

『なんて無駄だらけの非合理的な動き……。武術の理から外れています』

 

『武術じゃなくて創作ダンスだし!』

 

 神品のミリアム・ゼミーロート。

 

 シグネットは粘着。ライフワークは振付。彼女は今、空気にシグネットで貼り付きながら空を飛んでいた。

 

『チンピラ君、生きてる?』

 

『たりめぇだ……。女王と対面した時の圧に比べたら、この程度の瘴気……』

 

『オッケー、偉い偉い! でもまあ、ここは最強ダンサーのミリアム様に譲っておくし!』

 

 器仗から薄い布が広がり、ミリアムの脚にふわりと巻き付く。彼女は虚空を駆け出した。

 

『2度は通じません。貴方の動きは見切……』

 

『だったら、リズムを変えてくし! ボックスステップ!』

 

 振り回された鉈の上で、ミリアムが四角を描くようにステップを踏む。そうして刻み込んだシグネットで鉈を足に接着し、武器を奪い取った。

 

『はあっ!』

 

 アドアの判断は早い。即座に鉈から手を離し、拳での攻撃に切り替えた。

 

『クラブオープン! と、キックステップ!』

 

 ミリアムは太股を外側に開くように瘴気を躱し、左右交互に前蹴りを放つ。お返しとばかりに足先からマナを連続で飛ばした。

 

『トゥループ、アイソレーション、ヒップシェイク、ボディウェーブ! それから、ミリアムオリジナル!!』

 

 攻撃はミリアムに当たらない。反対にアドアには粘着のシグネットが直撃し、次々と身体部位を封じられていく。

 

『わたくしが……ここまで一方的に……!?』

 

 シンとの戦いで負ったダメージの蓄積。ミリアムとの相性の悪さ。僅かなズレで勝敗の天秤は容易く揺らぐ。

 

 アドアは実戦経験の短さのせいで、それをまだ理解していなかったのだろう。

 

 

 

『もはや、逆転は困難。合理的に考えて、ここが使いどころですか……』

 

 アドアは注射器のような何かを取り出すと、自身の浮き出た肋骨に刺した。

 

『グッ……ウォォォォォォォォ!!』

 

『……はっ!?』

 

 粘着のシグネットによる拘束が一瞬で引き千切られる。ミリアムの反応も追い付かない速度で、瘴気の雪崩れが周囲を消し飛ばす。

 

『ゥゥゥゥゥゥゥゥ……!!』

 

 全身が膨張して骨が飛び出した、まるで無数の腕が生えているように見える異形。重度の瘴気中毒者──戮辱者に似た姿だ。

 

『あっ、ぶなっ! 死ぬかと思ったし! ありがと、チンピラ君!』

 

介護(サポート)は……してやらねぇとな……。何故なら、おれ様は超一流の介護士だからだ……』

 

 シンが咄嗟に発動した次元のシグネットで、ミリアムは命を拾ったらしい。だが、2人の表情は暗かった。

 

 もし、あれが人間の戮辱者に近い存在だとしたら……その特性は不死身。絶望的な状況だ。

 

 そして。

 

『──ようやく、隙を見せた』

 

 黙示録の力を解放する。僕と契約した悪魔が司る権能とディザイア。これまで使った場面は1度だけだが、性質を把握するには充分だった。

 

『失伝──黒い星の光冠(ルーザーズ・クラウン)

 

 光の糸が僕の髪に絡み付く。拡張思考回路を利用し、異能(マナ)権能(ソド)を混ぜ合わせる。

 

 何度も見た作業だ。種類の異なる力を同時に行使し、掛け合わせる神業。梧桐志鳳にできて、僕にできないわけがない。

 

 少なくとも、術式の理解と制御に関しては……この極光のナーヌス・バレンシアが世界一だ。

 

『失伝──独り善がりな栄光(ロンリー・アウレオラ)

 

 僕の背後に光の輪が出現する。無数の光の矢を束ね、1本の矢を生み出した。

 

 射出。光が空を切り裂き、目標へと迫る。

 

『ァァァァァァァァ……!』

 

 理性の薄れた状態でなければ、アドアは避けただろう。合理的に。しかし、その合理(しんねん)を投げ出したのはアドア自身だ。

 

 着弾。同時に、律術でセットしていたディザイアが、予約通り起動する。

 

『総説──親愛なる約束(ビラヴド・プロミス)

 

 巨大な剣がアドアの胸を刺し貫いた。

 

『ウ、ガ……ォォォォォォォォ……!!』

 

 権能による殺害。不死身だろうが超越者だろうが、黙示録の力は全ての存在を殺し切る。

 

『これにて、終論(サインオフ)

 

 暴力による解決とは、実際に見たら幻滅する程度の醜い代物であるべき、か。同意見だな。

 

 親友との会話を思い出しながら、僕はアドアの死に顔を目に焼き付けた。

 

 

 

「いやはや、素晴らしい!」

 

 クールタイムに入った(ちからをぬいた)僕に対して、対抗神話のロムバス博士が手を叩く。人の心がない。

 

「意識転送装置を核に対抗神話(ぼくたち)が組み上げた特殊固定砲台を、初見で使いこなして見せるとは! まあ、制御できなかったら死ぬわけだが!」

 

「頭が痛いから叫ばないで。流石に負荷が大きい……。というか、これ。明らかに連盟が禁止してる素材と技術が20は使われてるけど」

 

「そこまで見抜くとは恐れ入ったよ! ちなみに、正確には21個だね!」

 

 だから、大きな声を出すな。うるさい。

 

「あと1個……。まさかとは思うけど、速度向上の為に通信網(テネト)バックドアを作って(あなをあけて)る?」

 

「……誰かと術式(プログラム)について語り合いたいと思ったのは初めてだよ、ナーヌス女史」

 

「そう。僕はお前の発想を理解したくなかった。世界の危機だからって、何をやっても恩赦が与えられると思わないで」

 

 研究者の間で意見が別れる思考実験がある。もし仮に、全ての倫理と人権を無視して実験と研究を進められるとしたら、人類の技術は何処まで発展するのか。

 

 無数の縛りがなくなれば、これまでが児戯に思える劇的な進歩を遂げると言う者がいた。

 

 はたまた、人類の内から湧き出る怠惰さや他の要因によって直ぐに頭打ちになると唱える者もいた。

 

 どちらが正しいのかは分からないが、これを真剣に試そうと考える人間はまずいない。人類の進歩の為に全人類から恨まれるリスクを冒すなんて、率直に言って頭がおかしいからだ。

 

 対抗神話(マッドども)。お前らの事を言ってるんだぞ。

 

「何処に行くんだい?」

 

「エネルギー補給。一応言っとくけど、付いて来ないで。お前の顔を見ながら食事したくない」

 

「了解! ちょうど解析したいデータもあるし、ここで待つとしよう!」

 

 少しは怒れよ。ある意味純粋というか……心底、研究以外に興味がないんだな。

 

 

 

「ごほ、ごほっ……! ふぅ……ふぅぅ……! 薬で抑えないと、1回でこんなに……。予想以上の侵食度合い」

 

 戻って来れなくなる日も遠くない、か。

 

『我輩としては君の体を奪えて助かるが、せっかく時間遡行までさせたのだ。中途半端なところで終わられると詰まらないのも事実だな』

 

「……分かってる」

 

 僕は以前の世界で終末の生き方を学んだ。

 

 情を抱くな。悲鳴に足を止めるな。感傷に浸るな。良心を殺せ。

 

 1番大切なモノ以外は切り捨てろ。

 

「梧桐志鳳は誰も犠牲にしないハッピーエンドを目指していたけど、僕は違う。遺失支族を滅亡させる。それ以外の事に構うつもりはないから」

 

 この世に無償の奇跡などない。僕がズルをして過去に戻った代償は、いつか何処かで取り立てられるはずだ。

 

 僕の体だけで足りない可能性も覚悟している。その上で、僕は他者を巻き込んででもやり直す事を悪魔に願った。

 

『ほう、それが君の認識かね? 存外、鈍いものだ。いや、長い引き篭もり経験の弊害か?』

 

「……? 何が言いたい?」

 

『クハハッ! これは滑稽だな! 自分と同一の存在だというのに、本当に気付いていなかったとは!』

 

 悪魔の甲高い笑い声が、僕の内側で響く。一頻り嘲笑った後で悪魔は言った。

 

『梧桐志鳳は誰も犠牲にしないハッピーエンドなど目指していなかった。むしろ、真逆だ。彼は……』

 

「彼は?」

 

『いや、やめておこう』

 

「また、嫌がらせ?」

 

『酷いな。今回ばかりは、我輩なりに君を思い遣っているのだよ』

 

 戯れ言には付き合っていられない。僕は悪魔の宿る絵札を手に取った。 

 

 裏面には、黒地に底の深い舟の紋様。表面には、未知の魔物の絵と混沌極まる金色の記号の羅列。変わらない外見を確認してから、部屋を出る。 

 

『これを聞いてしまうと、君は世界を救えなくなる可能性がある。それは嫌だろう?』

 

「下らない。僕は何があろうと世界を救う。自己満足の我が儘を貫く。アインとの約束の為に」

 

 そう、この救世は僕の自己満足。終わった世界に捧げる追悼。

 

 故に、正義もドラマも必要ない。  

 

 1%の閃きが欠けても、僕は先に進み続ける。この身を捧げて勝利を掴む。

 

 その結果、僕自身が──。

 

 星の瞬きのように消えていくとしても。




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