蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

10 / 68
第10章 新ティアマト星域会戦(その2)

今や同盟軍7個艦隊は、それぞれ正面から帝国軍各1個艦隊ずつに押し込まれながらも、何とか踏みとどまろうとしていた。

彼らとて、最初に彼らを「釣った」1個艦隊が未だ敵に残っている事。

おそらく、現状で彼らの後方に成っている恒星の向こう側に隠れているくらいは想像出来ているだろう。

 

その同盟軍の後方に、恒星の向こう側から遂(つい)にキルヒアイス艦隊が出現した。

旗艦バルバロッサが陣頭に立ち、急速に接近して行く。

これに対して、未だ何とか対応する時間的距離は残っている、とでも思ったか同盟各艦隊が最後のモガキを見せ始めた。

だが、この時のキルヒアイスは新兵器によって敵を奇襲した。

事前に「例え敵に想像を絶する新兵器があろうとも、それを理由として怯むわけにはいきません」とか演説した同盟軍参謀が居たそうだが、この新兵器は同盟軍としても「まさか」よりも「やはり」という形で表現される筈だった。

何せ「第5次イゼルローン攻防戦」から遠くない時点で、開発中の新兵器を手土産に亡命しようとした帝国貴族が存在した。

サンプルに持ち出した実物は奪還されたものの「こんな新兵器が開発中である」と言う情報を知っていた亡命者は同盟側に保護され、侵入していた奪還者は、その新兵器で突破口を開いてイゼルローン回廊に逃げ込んだのだ。

 

「指向性ゼッフル粒子を放出せよ」

ナノマシンに誘導された見えない粒子が、未だ宇宙戦艦の主砲でも有効射程外の筈の空間を横断して、同盟艦隊に浸透していった。

 

変化は、少なくとも同盟軍には突然だった。

戦艦バルバロッサが、本来1隻の敵も居ない筈の仮想の1ヶ所を狙って主砲を炸裂させると、その仮想の1ヶ所から7本の火炎と爆発の道が同盟軍の7個艦隊へと其々(それぞれ)に延びて行き、それぞれの艦列のド真ん中で大爆発した。

この奇襲効果を見逃す様な凡将はローエングラム元帥府には抜擢されない。

同盟軍各艦隊と其々に対決していた各艦隊が好機を逃さず全面攻勢に出て、それぞれが担当していた敵艦隊を突き崩しながら、向こう側から急速接近するキルヒアイス艦隊の方向へと追い遣り始めた。

 

もはや同盟軍は正面からは帝国軍に押し込まれ、左右は押し込まれて来る味方がジャマし合い、そして後方の逃げ道もキルヒアイスに迫られ、ズルズルと主導権ばかりか艦隊フォーメーションを立て直す余裕すら奪われて包囲殲滅の危機に直面していた………。

 

……。

 

…この時、ラインハルトに引き離されていたヤン艦隊だけが、包囲の外に居た。

 

ヤンは装甲の厚い艦を並べて防御壁をつくり、その隙間から火力で反撃しながら、何とか味方の方へと艦列をシフトさせようとしていた。

これを見抜いたラインハルトもヤンに合わせて艦列を横ずらせ、ヤンにしてみれば味方の生命が賭けられたカバディが続いていた。

 

「行かしはしない。だが…10万隻の包囲殲滅戦ははじめて見るな」

そんな感想を漏らしたラインハルトが何気なしに横を見て、ヤンの狙いを見破った。

ヤンとのカバディを続けている間に、何時の間にか恒星が、やけに大きく近付いている。

「レグニツァだ!」

例えヤン相手でもラインハルトならば、実行されて分かるほど、してやられはしない。

だが、ここは瞬間だけ遅かった。

恒星から伸びて来たプロミネンスが、ヤン艦隊をブリュンヒルトのスクリーンから隠した。

 

……ラインハルトは1回だけ肘休めを殴り付けて冷静さを取り戻した。

 

その後ろで俺は、今更ながら「奇蹟の魔術師」の意味を知っていた。

ヤンは智将のイメージが大きい。

その特長は、歴史家として学習した戦史知識の豊かさである、と思われている。

だが敵味方の膨大な生命を賭ける実戦の中で、なまじ莫大な知識の中から1つだけの正解を、どうやって検索しているのか?

ある程度ヤンの内面まで記述された『原作』を深読みしてみれば、想像だけは可能だ。

目前の戦場を、陣頭に立っているからには自分自身の生命すら賭けのチップに成っている最悪のギャンブルを認識しながら、なおかつ「後世の歴史家」の視点で俯瞰(ふかん)して視る事が出来る、その言わば神の視点を可能にする彼自身の精神こそ、ヤンを「奇蹟の魔術師」にしているのだ。

 

その意味でもヤンに立ち向かえるのは、やはりラインハルトだけだ。

 

そのラインハルトは、瞬間だけは見失ったヤン艦隊の意図を早くも見抜こうとしていた。

もっともヤンは、意図そのものだけは隠す積もりも無いと疑わせるほどの猛進をしている。

その猛進の延長線上に位置しているのは……

 

「戦艦バルバロッサを呼び出せ!キルヒアイス提督にビッテンフェルト艦隊を援護させる」

正面攻撃ならば帝国軍最強なのが黒色槍騎兵だが、その代償が側面や背面の防御だった。

無論、普通の敵に短所を突付かれた程度で負けるほど弱くは無いが、敵はヤンだった。

 

……後に報告させた戦闘記録と、これも後に入手出来たヒューベリオンの記録によれば、事の顛末は以下のごとくだった。

 

すでに包囲の環は閉じ、徐々に縮み始めていた。

「包囲の中の敵は密集しているだけに狙わんでも撃てば当たるが、そればかりでも詰まらんな。

それにそろそろ左右の味方で窮屈に成って来た」

らしいと言えばビッテンフェルトらしい。

「好し!ワルキューレを出せ。

ワルキューレなら、あの中に突入して、もっと敵を倒せるぞ」

だが母艦機能を持つ全艦が全機を発進させ終わるよりも前に、ヤンが出現した。

「敵らしきもの、後方より急速接近」

「全艦一斉回頭!どうせ、そろそろ周りの味方で窮屈だった位だ。

包囲の中の敵は任せる。わが艦隊は、この新手の敵と戦うぞ!」

決断が遅い、と言う弱点だけは無かった。

決して黒色槍騎兵は、回頭が間に合わないままの横腹を撃たれたのでは無かった。

 

だが、ヤンは見破っていた。

「戦闘艇を発進させ終わってない敵艦を識別出来るか?そこへピンポイント攻撃をかけろ」

 

ただでさえ1隻の防御力を飽和させるヤン艦隊の1点集中砲火が、母艦よりも防御の弱過ぎる誘爆物を露出している処へと狙い撃ちしたのだ。

ワルキューレの誘爆で黒色槍騎兵の艦列には次々と穴が開き、その穴をヤン艦隊の特技、1点集中砲火が抉(えぐ)り続け拡げていく。

それでも尚「怯むな!反撃しろ!わが艦隊に退却の文字は無い!!」などと叫ぶのがビッテンフェルトだった。

 

「好し、今だ!あの黒い艦隊に残存戦力のすべてを一挙に叩きつけろ。

1点突破で味方を逃がすんだ。急げ!」

同時に副官を振り返った。

「中尉。何としてでもビュコック提督の旗艦リオ・グランテを呼び出してくれ」

そしてヤンはビュコックに、こう言った。

「私の艦隊が脱出口を確保します。

そのスキに各艦隊の指揮系統を再編成しつつ、イゼルローン要塞への撤退をお願いします…

…ご心配なく。あいにく自滅や玉砕は私の趣味では在りませんから」

 

……そのヤンを追うラインハルト艦隊の中に、当然に俺は居た。

 

だが、ヤンに追い付いたラインハルト艦隊と黒色槍騎兵を援護するべくシフトしたキルヒアイス艦隊から、今度はダムに開いた穴から溢(あふ)れ出る水流のごとく流れ出た同盟軍の残存艦たちがヤン艦隊を隠した。

このスキにヤン自身も撤収を開始した。

「よし、全艦隊、逃げろ!」とでも命令しただろうか?

尚も味方を逃がすため、追撃する帝国軍の先頭へとピンポイント攻撃で出足を止めながら、ヤンは逃げて行った。

 

……ラインハルトは、もう1回だけ肘休めを殴り付けて冷静さを取り戻すと、新たな命令を下した。

 

「全艦隊、包囲殲滅戦から追撃戦に移れ。

どうせ奴らは、この星域からイゼルローンまで逃げ帰らなければ成らないのだ。

彼らの故郷までの道は遠い。脱落者ことごとく、卿らの手柄首にしろ」

とかく戦闘中に発せられる言動は、トキの声まがいの戦意をけしかけるものに成りがちだが、この場合は、具体的な指示を兼ねていた。

 

命令を下し終われば当然に通信は切られるのだが、あえて俺はバルバロッサとの回線切断を最後にした。

そして玉座の周りの結界を遮音にして階段の下の艦橋に降りた。

おそらく、結界の中のラインハルトはキルヒアイスに向かって

「ヤン・ウェンリーはなぜ、いつもおれが完全に勝とうというとき現れて、おれの邪魔をするのだ?!」

とでも訴えている事だろう。

それが、もっとも狭い意味での「新ティアマト星域会戦」終了の儀式だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。