蝶は羽ばたいた(銀河英雄伝説)   作:高島智明

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第11章 新ティアマト星域会戦(その3)

第2次大戦における「ガダルカナルの戦い」は大日本帝国にとっての「終わりの始まり」として知られるが、連合艦隊の視点では「吸血戦」の側面を持っていた。

 

敵航空基地の沖合での戦いである。

夜の間の海戦自体に勝とうが負けようが、夜が開け空爆が始まる前には撤収しなければ成らなかった。

何隻の敵艦を撃沈し自艦は浮いていても、つまりは海戦には戦術的に勝利していても、空爆から脱出出来るだけの航海能力を減失していれば未帰還の結果が待っていた。

そして退艦者が泳ぎ着くのは、敵の島である。

本来、海軍と言う軍隊は軍艦と言う機械に乗って戦う。

水兵に採用してから、そうした機械を取り扱えるよう教育していた。

特に当時ならば徴兵してきた普通の青年に銃を持たせていた陸軍に比較すれば元々、志願兵や下士官(職業軍人)の割合が高かったのだ。

その折角(せっかく)教育した人的資源を危険に晒(さら)す、そんな前提条件の戦いだったのである。

 

いわゆる「ヤン艦隊」は「アスターテ会戦」でラインハルトに撃滅された3個艦隊を再編成したものである事は知られているが、なぜ1個艦隊分の生存者や残存戦力を救助出来たか、と言えばアスターテ星系の位置が理由に出来る。

イゼルローン回廊を同盟側に抜けた同盟領内にアスターテは位置し、ラインハルトは勝利してもイゼルローン要塞へと撤収していた。

 

……『原作』での「アムリッツァ会戦」の様に、辺境とは言え有人惑星の存在する辺りまでの侵攻を許した訳では無い。

 

だが「その」手前辺りまでは引き込んで『原作』ではイゼルローン回廊に近いアムリッツァ星域で戦われた決戦を戦わせた。

そうして包囲殲滅をしかけた、少なくとも包囲に成功して殲滅しかけた上での追撃戦だった。

会戦の場所と成った星域からイゼルローン回廊の出入り口までの間に、ポロポロと同盟軍の艦列から損傷した艦が脱落し、そうした脱落艦や、何とか撃沈前に脱出だけは出来た救命艇の乗員が帝国側の捕虜に成って行った。

実の処、正確な統計は後に入手出来る様に成った同盟側資料と突き合わせた結果だが、狭い意味での会戦で発生した戦死・行方不明よりも、その後の追撃戦での脱落者・捕虜の方が、この戦役での同盟側の未帰還者を増加させていた。

 

……帝国軍の旗艦ブリュンヒルトの艦上。

 

すでにイゼルローン回廊の帝国側出入り口が近い。そして実は「あの」アムリッツァも近い。

少なくとも帝都オーディンからの距離からすれば、ちょうど地球上で東京を基点にして、ニューヨークとワシントンDCが近い遠いと言う感覚だろうか。

 

狭い意味での会戦が戦われた星域から、同盟軍を追撃し戦果を拡大しながら、ここまで来ていた。

そしてブリュンヒルトのスクリーンには、強行偵察艦からの映像が映し出されている。

 

ここまで収容して来た敵の捕虜の数そして尋問の結果からすると、『原作』での「アムリッツァ会戦」に相当近い損害を与えられた様だ。

だが其の代償として、こちら側の各艦隊も無傷とはいかなかった。

やはり腹を減らせ弱らせた敵では無く、行き成りの全面決戦だったのだ。

結局の処、帝国側の民衆を飢えさせたり、占領軍に対して暴動に追い込んで傷付けたりする代わりに、ラインハルト軍の兵士が犠牲に成った、とも言える。

だがラインハルト本来の目的が表面化する時は、この事実も「ローエングラム伯爵は民衆の味方だ」との宣伝材料に使われそうだ。

 

特に黒色槍騎兵は…言わずが武士の情けだろう。

それでも「この」程度の損失は回復可能だけの余力が帝国には残っていた。

貴族を平民に寄生させながらでも。

そして同盟側には、おそらく回復余力を超えた損失を与えた筈だ。

だが、それでもヤン艦隊だけは推定3分の2以上が生き残って帰ろうとしている。

最後まで踏み留まって味方を逃がしながら。

しかも、ここへ到着するまでに先行する味方からの脱落者を少なからず救助していた。

 

そのヤン艦隊が殿(しんがり)を全うして、イゼルローン回廊に消えて行く。

見送るラインハルトは、まるで肉に喰らいつく寸前のライオンが尻尾を振っている様な笑顔だ。

美人だけに尚更こわい。

ヤン艦隊を最後に、すべての同盟軍がイゼルローン回廊に撤収した事を見届けて、ラインハルトもブリュンヒルトを反転させた………。

 

……。

 

…未だラインハルトは、報告を受けるだけの立場では無い。

 

ブリュンヒルトを反転させると、宇宙艦隊「副」司令長官としてのラインハルトは、司令長官を超光速通信で呼び出した。

 

「ご苦労だった。ローエングラム元帥」

3長官と纏(まと)めても司令長官は本来、実戦部隊の指揮官だ。

惑星オーディンの地表上では無く、旗艦ウィルヘルミナをヴァルハラ星域周辺に待機させていた。

「優秀にして信頼出来る部下に恵まれました」これをラインハルトは言いたかった。

荘厳に頷(うなず)く司令長官。

「卿と卿の部下たちは、ただ航路局が割り振っていた符号を戦史に残る戦場の名に変えたのだ」

「その件で愚考いたしました事が在りますが」

ラインハルトは礼儀正しい演技で提案した。

「この星系を以後「新ティアマト星系」と呼んでは如何でしょう」

「新…ティアマト、だと?」

「いかにも。小官も軍務に就いている以上は戦史を学習せざるを得ませんでしたが「第2次ティアマト会戦」における「軍務省にとって涙すべき40分間」には帝国軍人として悲憤慷慨せざるを得ませんでした。

しかし、幸いにして今回は、叛乱軍が同様の涙を流した事で在りましょう」

 

後日ながら同盟は、艦隊司令として出征した8人の中将の内、ヤンとビュコックを除く6人に対して元帥への2階級特進と国葬をもって報いた。

 

重々しく司令長官は顎(あご)に拳(こぶし)などを当てていたが、数秒後には天井に鼻先を向けて大いに笑っていた。

 

かくて後世の戦史では、この戦いは「新ティアマト星域会戦」と呼ばれる事に成る………。

 

……。

 

…繰り返すが、帝都までの帰路の長さからすれば「アムリッツァ星域」と大差ない辺りまでブリュンヒルトは遠征して来た。

 

だが『原作』では、有人惑星が存在する辺りまで侵攻側を引き込んで、飢えさせるまで待ってから攻勢に出ていた。

しかし「今回」は、“その”手前まで「釣る」なり決戦を戦ったのだ。

それだけ決着は早く着いている。

つまり、俺ことザルツ大佐だけが知っている事ながら、皇帝フリードリヒ4世が未だ生きている間に帰り着く計算に成る。

4世が死んだ瞬間、ラインハルトが戦場からの凱旋途中では無く惑星オーディンの地表上に居た場合、どの程度まで影響が出るのか?

だが“この”情報だけは「現世」ではヴァルハラまで持って行く種類の代物だった。

 

……そんな「前世」からみの事をクヨクヨ考え過ぎた結果か、唐突な夢まで見た。

 

何回かの「前世」の中で『銀河英雄伝説』と言う小説に嵌(はま)っていた年頃、その頃やはり嵌っていた、とある美少女ゲームの夢だった。

正確には、オマケに付いていたミニゲーム中のエピソードだ。

プレイヤーキャラクターが、何人かのヒロインたちの中でライバル関係だった2人を仲直りさせる話だが、何とも「シュークリームを作らせる」と言う仲直りの方法だった。

材料集めやら製法やらでドタバタした挙句(あげく)1人のヒロインが作ったクリームを、もう1人のヒロインが作ったシュー皮に包んで食べさせた。

「シュークリームと言う御菓子には、クリームもシュー皮も両方必要なんだ」

と言うオチだった。

 

確か「シュークリームは甘い御菓子だが、クリームの中の砂糖だけよりもシュー皮に入れた塩の隠し味で更に美味しく成る」とかで、美味しい塩を手に入れようとする、と言うのがドタバタの1つだった。

 

……だが「前世」と言うのは「現世」に限ったら、結局のところ記憶である。

目が覚めればオーディンへと帰るブリュンヒルトの艦内だった………。

 

……。

 

…帝都に戻った俺は、元帥府事務局で書類とケスラーとの連絡事項とに追い回される毎日に戻りかけた。

 

ただし、書類は増えていた。当然である。

あれだけの戦いの後始末だ。勝ったから、と言って後始末が減る訳でも無い。

特に手間をとるのは論功行賞である。

ラインハルトは「自分自身よりもキルヒアイスを筆頭とする部下たちに手柄を立てさせる」と言う目的を、ほぼ達成した。

それだけに、元帥府から軍務省へと提出される推薦状その他だけでも書類は増えていた。

そして、そうした書類が全て処理し終わる前に来るべき時が来た。

 

皇帝が死んだ。




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